ミオリネが死ぬ雰囲気





 バトル・ロワイヤル。
数多くの参戦者たちに生死を賭けた競い合いを強要し、最後の一人になるまで争わせる悪趣味な殺人遊戯。
まるで古代中国において用いられた呪術『蟲毒』に相似しているが、その蟲毒と決定的に違う点は虫ではなく生身の人間に殺人をさせることだろう。
地面を這うことしか能のない昆虫共と違い、我々人間には人を信用し、時には疑い、極限状態で悩み考えぬく『思考』がある。
すなわちバトル・ロワイヤルとは、本質的にはコンゲームでもあるのだ。


 ここで思い出されるのが、かの「南海ホークス」にて10年連続ベストナインとなったレジェンド選手の言葉だ。
彼は、あるインタビューでこのようなことを述べている。


「『野球』ほど駆け引きを重とするスポーツは無いと思うな。もはや将棋だよ、将棋。フィジカルエリートの為の将棋ね。
 投手は対戦打者のこれまでの境遇や心理状態から確実にアウトの取れる球を投げ、反対に打者は投げられる球種はなにで、どのコースに向かってくるかを頭の中でイメージしなくてはならない。」

「更には、打者も先を読んだうえで、裏の裏をかいて、わざと空振ってタイミング合わないようにすることもあるし、俺らバッテリーはそれが演技なのか否かを見極めなきゃならないんだ。」



「要はな、野球は、運動の皮をかぶった騙し合いの心理戦──コンゲームなわけよ、ね。」



 さすがは、野村御大。至言である。
一見にすると単純な攻勢だが本質は騙し合いの心理戦という共通点から、つまり、野球とバトルロワイヤルは似て非なる存在と言えよう。
だなんて、そんなこと書いたら「神聖なベースボールというスポーツと、バトロワなんてキチガイゲームを一緒くたにするな、あほちん」というお怒りの感想が湧く人も出るだろう。
それは重々理解できる。というか、ぐうの音も出ない正論だ。



 ────だが、参戦者の一人であるあの男なら。
ユニフォームを着るあの金髪の男は、間違いなく「バトロワは野球と似たような物」という倫理観が外れた考えを持っていることは付記させて戴く。





 時はオープニングセレモニーを終えたあのデデデ城にて。
参戦者たちが次々ワープさせられ会場から姿を消していく中、埼玉リカオンズのエース・渡久地東亜は話をしていた。
話──、交渉とも言い換えよう。
証明が消え徐々に薄暗くなる宮殿にて、毅然と光るモニター内に交渉相手・カスタマーサービスが映っていた。


「『願い』の前借り、……とおっしゃいますと?」

「ぁ? 簡単な話だよ。『1人殺すにつき5,000万その場で給付しろ』って言ってんだ。俺の願い事は金なんだから前借りって表現は正しいだろ」

「はぁーーー……1人辺り5,000万…ですか」

「おいおい拒否する気じゃねーーだろうな? 大体日本の司法じゃ盗撮罪如きでも1000万罰金するんだぜ。そう考えたらかなり安い賞金額を提示してんだろーが」

「いえいえ! 決して破格な金額で困ってるとかそういうのじゃないんですよ?」


カスタマーサービスは眉をひそめながら、サングラスの縁を指で上げる。


「…ただ、お言葉ですがその前借りは意味があるのでしょうか?」


 当然の疑問だ。
5000万円の現物支給、つまり1人殺す度に自分のバッグに現金を転送しろというわけだが。
この命を懸けたゲーム、バトル・ロワイヤルにて金を使う機会、そして必要性はないに等しい。
カスタマーサービスからしたら、拒否する理由もないがやる意味もない渡久地の提案なのだ。
渡久地は薄暗い笑みを浮かべながら、問いかけに返す。


「意味…ククク……。そんなの勿論ないさ。」


 野球には「アウトロー」という言葉がある。
Out Low<外角>。単純な和訳通り、打者から見て膝元、遠くのコースのことを指す。 


「だが、この殺し合いをさせられたのも何かのよしみだ。ならば、楽しまなきゃ損、だろ?」

「…ほう、」




「1人殺す度に金を得る…ゾクゾクするような快感を…僥倖を…! 身に沁みらせる為。それだけさ。クックク」


「…なるほど渡久地様。我々はさしずめ『ONE KILL』契約を結んだ、という訳ですね? ハハハハハ」 


 誰もいなくなった宮殿内にてゼリー状となったグズグズの肉片や血の匂いを傍に、悪魔同士の笑い声が共鳴する。
奴らはこの血の惨劇をどう思っているのだろうか。

渡久地東亜、彼は子供たちが憧れるヒーローのようなプロ野球選手ではない。
彼は、大悪党<アウトロー>だった。





◇ ◇ ◇


「…ァあぁああーーーーーーーーーっ!!!」


 白髪の少女、ミオリネ・レンブランが大股で歩くこの場所は、海沿いの道路だ。
ところどころ錆が付くガードレールを見下ろせば、身震いするほど遥か眼下に海が荒れている。
走り屋がカーチェイスを繰り広げそうなこの峠にて。
ミオリネを支配していた感情は、悲しみでも恐怖でも絶望ですらない。


「クソッ! クソグラサン親父ィッ……! 死ねッ…、死ね死ねッ!!」


 激怒だ。矛先は勿論、主催者・カスタマーサービスに向いている。
彼女は自分が置かれてる現状に不平不満まみれといった表情で、『クソグラサン親父』・『死ね』の2つの言葉をループし続けていた。
八つ当たりのように強く地面を踏み歩く、タイツで包まれた両の足。足元に石ころがあれば、舌打ちを添えて強烈な蹴りが披露される。

「死いねぇーーーーーーッ!!!!!!!」


 宙を飛ぶ小石。
そして、高く上げられる右太もも。──ミオリネが何故ここまで怒りに駆られているのか。
それは彼女の潜在的意識が起するだろう。
 呼称・クソ親父──父・デリングは自社のトップに君臨する人間だった。
仕事、仕事…とビジネス拡大が最有視の父は、娘であるミオリネを誓約結婚と言う名の雁字搦めにかけていた。
やれ傘下会社の御曹司と結婚をしろ、だのやれわが社がバックの学園に通え、だのと徹底的に縛り付ける姿勢にミオリネは嫌で嫌で仕方がなかったのだ。
ミオリネは自分を縛り付ける父が大嫌いだし、反抗をし続けた。
というわけで、今まさに自分を抑えつける『殺し合い』が心の底から腹立つし、彼女が対主催の意志を持つのも必然なのである。


 首輪型爆弾という理不尽で文字通り縛られてる以上どうしようもないので、とりあえず峠を進むミオリネだったが、数刻歩いた頃合にてある参戦者と遭遇した。
そびえたつ街灯の光がスポットライトのようにその女を照らす。
短めの黒髪で、よれよれな赤いマフラーが特徴的な少女は、イライラ全開のミオリネと対照的に悲しみで沈み切った顔をしていた。
弱弱しく、見るからにネガティブそうな彼女の容姿。
初見時は思わず息を吞んだミオリネであったが、自分と同じく『戦闘に不向きな、駆られる側の参加者』と判断すると、フランクに話しかけた。


「アンタちょっといい? ……あ、怖がらなくていいから。私も殺し合いなんてクソゲーまったく乗ってないし」


 光のすぐ傍へと近寄るミオリネ。
マフラーの少女は、一瞬ビクっと小動物のように驚き、心配そうな面持ちでミオリネの方を向く。


「単刀直入に言うわ。私たち一緒に組まない?…まぁ、断ってもいいけど乗った方が賢明だと思うわ」

「ぁ……………あぅ………………………………」


少女から発せられたのは怯えたか細い声のみだったが、ミオリネはそれを勝手に承諾と捉え、自分ペースに話を進めていく。


「私はミオリネ、あんたは?」

「……………………エ、………………エレン…………」

「そう、『エレン』ね。ちなみにどこの星出身なの? ていうかアスティカシア学園の生徒? ……ってまあこれは別に後回しでもいっか。じゃ、行くわよ」


 ミオリネは軽い自己紹介を端的に終えると、また歩き出した。
少女が暗く人見知りそうな印象だったためか、随分と淡々と軽い扱いをして見せるものだ。
自分より下と判断した人間には冷たく高圧的になるミオリネらしいっちゃらしいが。
ともかく、弱弱しいながら同行者を手に入れた彼女は、歩を進めながら頭脳を回転させることにした。
 作家やクリエイターはアイディアに行き詰まると、よく遠出や、そこら周辺を散歩したりして気分を転換させるという。
その『移動』という無駄で退屈な時間を設けることによって、凝り固まった頭の中が整理され新たな発想が捻出されるのだ。
今、ミオリネがとくに理由もなく峠を下り続けているのも同じような意図で、彼女はゲームの脱出方法、具体的に言えば『首輪の解除方法』について思い悩んでいた。

 首輪の取り外し。ミオリネは考える。
アスティカシア学園屈指の学習成績を誇る彼女とはいえ、この問題の解決は易々と思いつかないようであった。
唯一明確に分かっている外す手段。それは、無論殺し合いに乗って優勝することなのだが、当然ミオリネはそんなこと方法を取るはずがない。
彼女は早々に主催者に徹底反抗をすることを決めているのである。指示など従う訳がなかった。
ミオリネにとってのバトルロワイヤルとはいわば『意地と矜持の闘い』なのである。

 ならば、首輪を外す手段は他にあるのか。
ふと、オープニングセレモニー時の説明を思い出す。
常人なら特に気にすることも勘繰ることもないだろう、あの時のカスタマーサービスから発せられた一節がなんだか妙に引っ掛かった。



──ちなみに、皆様の首にあるその爆弾は、死なない限り取り外せませんからねー。



 ミオリネは考える。
『死なない限り外せない』…言い換えればすなわち、『死亡したら取り外せる程度の脅威』なのだ、と。
ならばその『首輪から見ての死亡の基準』はなんなのか。
呼吸が停止したらなのか、それとも心臓の鼓動が聞こえなくなったらなのか、首輪だけに頸動脈から生死を判断しているのか。
…ほぼ完璧といえるバトルロワイヤルのルールだが、穴、いわば一筋の光のヒントがそこにはあった。
その穴を突いて掘り広げれば脱出の大きな手掛かりになりそうではあるが、そこから先についてミオリネはいくら考えても発想を広げれそうにいなかった。


 頭を悩ませ続けながら、足を進めていく。
考えて、考えて、悩んで、悩んで、悩んで、悩んで、悩んで、悩んで、悩んで、悩んで、悩んで、悩んで、悩んで、悩んで、悩んで、悩んで、悩んで、悩んで、悩んで、
────そこで、足を止めた。


 ミオリネは振り返った。
──彼女のその表情は、もはやデフォルトともいえよう怒りの顔つきであった。

視線を飛ばす先は、先ほどの街灯でただぼーっと突っ立っているマフラーの少女。


(あいつっ……、ついてきてねぇーーーーしっ!!)


 ミオリネは腹が立ったら大股になる癖でもあるのか、
イライラをアピールしながら元来た道へとグイグイ引き返していった。


「なんなのっ! そう突っ立って! さっき行くわよ、って言ったでしょうがっ!」

「エ……………ェレ…ン……………」

「はぁあっ? なんて言ったの? 小さくて聞こえなんかしないわよ!」


少女のか細い声を罵声でかき消し、徐々に距離を縮めていく。

 ここで、一旦、短い間ではあるが、ミオリネ・レンブランという人間について振り返っておく。
彼女は前述の通り頭脳面は非常に優秀な才女だ。
短時間でマニュアルを丸暗記したり、経営戦略科の成績はトップだったりと勉学の才能はビジネスグループ会長の娘として恥じぬ程のものと言える。
 ただ一つ、彼女は人を見る目、本質を見抜く力は欠陥している。
それは先天性のものではなく、ミオリネの常に他人を見下した冷笑な性格が災いしての、交友関係のなさ、孤立っぷりが由来していた。



 結果としてその人を見る目のなさが、彼女の命取りとなる。
マフラーをなびかせながら少女は呟く。



「エレン……………お願い…………、」


 ミオリネは気づけなかった。



「………………わ、私に力を………、貸してっ……………………!」



 少女──ミカサ・アッカーマンが凄まじい怪力と異常思想を持つ、『超危険人物』の参戦者であることに。




「チッ! …いい? アンタは黙って私についていけばい…────


 刹那であった。
四十メートルほどの距離を一瞬で詰め寄ったミカサは、呆れと怒りの混じるミオリネの顔目掛けて拳をストレートで突き出した。
──先程までの不安げな顔つきはどこへやら、少女ミカサの顔は無機質かつ目は邪悪で淀む。
コッペパンを指で押したかのようにミオリネの顔が弾力反応を見せていた。


「────いっぎゃぁあぁあああっ」


 スローモーション。殴られたその一瞬、ミオリネは時がゆったりとなる感覚に襲われた。
いとも簡単に潰された小さい鼻。
ぐにゃぐにゃに折れ曲がったそれからは暖かな鮮血が蛇口のように留まることなく溢れ出る。
見渡せば、真っ赤な鼻血が玉水のように宙を舞っている。
否、宙に浮くのはそれだけではない。拳の威力で、突き飛ばされた自分自身の体も緩やかに空中浮遊していた。
目の前にいるのは、鬼の形相で腕を伸ばし切るあの少女────。

(な、なんでよ…………こい、こいつっ……?!)

「ぐっばああぁあっ!!!………ぐげっへえぇ……………!!」


 地面に勢いのまま叩きつけられ、仰向けになるミオリネ。背中は鈍い痛みで埋め尽くされる。
ミカサは即座に馬乗りになると、ミオリネの顔への集中乱打を開始した。
握られる拳────…。


「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す…………………」


 ズダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ────────ッッッッ
右手、左手、間髪入れられず突き出される握り拳。
何度も、何度も。何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、それは打ち付けられる。
主に頬に浴びせられる拳のラッシュ。
弱弱しいミカサの外観とは裏腹な石つぶての雨に、ミオリネの表情、そして顔は文字通り徐々に歪んでいった。

 一発拳が突き刺さるごとに、鼻血があたりの道路を紅く乱雑にペイントする。
体力など並みの人間以下のミオリネが許せる唯一の動きは、殴られる度に太ももをビクっと反射運動させるのみだった。


「殺す殺す殺すっ………」

「………ががっ、ぁ……………ん…………………ぁあが………………」


 二十七発目がミオリネの右目に叩きこまれ、眼球が赤黒い黄色で変色した折、この理不尽な暴力の連打は唐突に停止された。
突如訪れた束の間の休み。
このわずかな時間の中で虚ろな目のミオリネは鼻血を流しながら、勘違いをしていたことを激しく後悔する。


(地雷…………踏んじゃった……………いかにも、地雷系って見た目の奴なのに……………………)


 成りで判断して無警戒にコンタクトを取った過去の自分を責めるミオリネ。
彼女が思考を終えた時、再びミカサの攻撃が開始される。
ミカサが真っ赤な左手を伸ばす先は、ミオリネの首。
──厳密に言えば肉と皮で包まれし頸椎の骨に向かって、三本の指をぐっとわしづかみする。

「…ぇぐえっっ………!」

 ミオリネの紅で染まった口内から、呻き声が漏らされたのは言うまでもない。
窒息する苦しみもさることながら、首の骨にかかる指の圧に、むず痒さと痛みが感じる。
いつでも首を折る臨機体制が敷かれた中、ミカサは実質初めてとなるミオリネとの応答を始めた。


「おい、お前に訊きたいことがある」

「…………がはっ、か………………はっ…………」


「お前は『エレン・イェーガー』という男を知っているか?」

「…………………じ、…………し、知ら…………ない……………」

「………そうか」


知らないという答えにミカサは失望…というより悲しみの顔つきを一瞬見せた。
が、すぐさま無表情を取り戻し二つ目の質問をかける。


「なら、お前はここで、黒髪で私と同い年ぐらいの青年を見かけなかったか? 私に似ていて、そして私と同じこの茶色の制服を着ているのだが」


ミオリネがこの殺し合いの場で出会ったのは目の前の殺人鬼のみなので、当然答えは『見てない』だ。

 何故、この少女が質問内容の男に固執しているのか。それでいてエレン・イェーガーという人間は何なのか。
──…ミオリネは何となく予想はできてはいたが、顔中の痛みがそれ以上の思考活動を邪魔する上、というか正直どうでもよかった。
今は、この首にかかる圧力から解放されたかったので、ふり絞るようにそのアンサーを口にした。


「…がはっ…………たは……………………み、み………見……て、な………………………」





その時だった。




『くっくく…、言い終えた瞬間用済みで即骨ボキだぜ。ミオリネちゃんよーーー?』




 この場にいた女子二人の誰のものでもない、第三者の野太い声が響いたのは。
そう、その声は、低いトーンで明らかに成人した男による声。
一瞬、呆気にとられたミカサ、そしてミオリネの二人だったが、慌てて声のした方へと首を向ける。


「だ、誰だっ…!」


 ミカサの視線の先、峠のカーブ付近にて、そいつはいた。
未成年の少女二人による地獄のトー横に訪れた、一人の男の客。
ゆっくりながら徐々に近づいて来るその男の『奇妙』な見た目を一言で的確に表す、としたら。
ズタボロの状態のミオリネは口を開く。



「…ね、こ……………………………………?」


 白猫だった。
否、そいつは猫というにはあまりに大きい。つぶらな瞳とヨレヨレな耳が付いた顔も平たくそしてでかく、身長は二メートルほどであった。
そしてその猫は二足歩行でムチムチと歩いていた。バランスが悪いのか、よたよたと全体的にぐらつきながら歩行を続ける。
武器が支給されなかったのか手ぶら状態。真っ白い手にはもちもちとした桃色の肉球が映える。
胸には「たまさくらちゃん」と書かれた名札が風に吹かれている。


男は、とってもキュートな猫の着ぐるみを着て現れて来た。



『おいおい、随分遊んでんじゃねーーか。なあーー?』


 可愛い見た目とは裏腹に、子供の夢を壊すような低い声が響き渡る。
堪らずミカサは怒号を発する。


「……お前っ……ふざ『けるなっ、何者だお前は? と、お前は言う。くっくく…』!!…………………──────はっ!?」


 ミカサは思わず口を手で覆った。
喋っている途中、着ぐるみ猫男が自分が言おうとしたことを被せるようにシンクロしてきたのである。
──「と、お前は言う」と見透かしたようなセリフを添えて。
警戒をするミカサに対し、猫男は嘲笑しながら口を開いた。


『何者、か。じゃあ、立浪って呼んでくれていいよ』

「っ……! ふざ……ふざけるなと私は言っているだろ………」

『おいおいーーー? …ったくだっりィーーな。じゃあ、たまさくらちゃんって呼んでくれな? おいーー?』

「いい加減にしろっ!!」


 怒りに駆られたミカサは、着ぐるみの元へと向かう為立ち上がる。
自分に乗りかかる対象が消え、たちまち楽になるミオリネ。
優先順位──、ほぼなぶり殺しにしたミオリネよりも、素性は知れずとも中身は明らかに成人男性の猫ちゃんを先に始末すべきと考えた末である。


『くっくく…良い判断だな。ほら、早く来いよ?』

 そんなミカサの脳内をまたも盗み読んだように、自称・たまさくらちゃんはあざ笑う声を響かせた。


 地雷系────vsマスコット。
ミカサの標的が変わったことにより、峠での死闘から舞台を降ろされたミオリネだったが、如何せん顔中の内出血がにじり痛むため逃げ出すことができなかった。
痛い。痛い遺体イタイ。
細く流れる冷たい血が通るは、三センチほどの裂傷痛ましい額の傷、すでにキーーーーーと耳鳴りしか流さぬグシャリと挫滅した右耳、ピンク色の肉が覗く抉られし顎の傷口、頬を突き破った開放骨折…。
ある程度顔の美形は保ってるとはいえ、ミオリネが動けないのも無理はないだろう。
そのため暫し、このどう傾くか予想もつかない一対一の観客役として座りつくすこととなった。


『ところでよーー、俺からも暴力少女ちゃんに訊きたいことがあんだが。まっ、いいよな?』


 声を発したのは、ミオリネから見て前方のガードレールカーブ部分で立ち尽くす寸胴白にゃんこ。
その低い声で紡がれる軽薄でチンピラのような口調は、自分をグチャグチャに殴りたくった凶悪少女に対しなんの恐怖心もなく舐め切っていることを表していた。
ミカサは「……………」と沈黙で答えつつ、一歩一歩確実に奴ににじり寄る。
どんどん自分から距離を離れていくミカサの後ろ姿。
スルーされた為か、「やれやれ」と呆れた様子を見せたたまさくらちゃんであったが、奴はもう一度声をあげた。


『ったく、やれやれだぜーー…。まあいい。なあ、さっきあんたが口にした『エレン』ってのは仲間なのか? それとも恋人だったりすんのか? あーーーー?』


 予想の範囲外の質問だった。
こいつは何を聞いてるんだ……?とミオリネは思うのみだったが、どうやらミカサも予想外──いや、虚を突かれた質問であったようだ。

「………っ!」

 目の前の幼く黒い背中は『エレン』という言葉が飛び出た時に一度ビクっと、そして『恋人』という言葉で一瞬歩を止めたように見えた。
左目が酷く充血しぼやけるミオリネでもそう見えたのだから、確かなのだろう。
ミカサのそんな反応に滑稽さを覚えたのだろう、たまさくらちゃんは肩を震わせる様子を見せる。

『ほーーーーう、そうかい。くっくくく…、恋人か。青臭ぇーーなあ? おーーーーい』

「…ぐうっ………! 違うっ!!! か、家族だっ」


 荒げられる声。
邪悪と言う名の無表情を固めていたミカサが感情を乱した瞬間であった。
エレンという人間はそれほどまでミカサの核心を突く人間なのだろう。


『ははっ、家族、ねぇ。どっちだろうが俺ァどうでもいんだけどさ…』


 相も変わらず非常に軽く、それでいて暗いトーンで応える猫の着ぐるみ男。
奴のそんな素っ気ない言葉を最後に、しばらくこの峠は足音と風音のみの寂寥な雰囲気で落ち着いていった。
不気味で幻想的な雰囲気が漂う夜の峠。風は冷たく、山々が低い低い鳴りを立てながら舞い踊り、夜の神秘的なささやきがへしゃげた耳に触れる。
ミオリネはたまさくらちゃんがそれを訊いて何をしたいのか、まったく見当もつかなかった。
単に時間稼ぎを目的にした質問なのか──、バトルロワイヤルという緊張感を一切感じさせないマスコット野郎の思惑は予見すらも許せない。
それはミカサも同様に思ったようで、静寂を切り裂くようにはっきりと声にして問い質した。


「……お前、何が言いたい……………」


 …──。
気が付けば、ミカサとたまさくらちゃんの距離はほとんど、ほとんど目と鼻の先。
何が言いたい──に対して男がどう答えようが、今にも手にかけ瞬殺できるような距離感でいた。
背中越しでもはっきりと分かるミカサの漆黒な殺気。それを目前にメラメラと浴びせられるたまさくらちゃんは何を思うのだろうか。
臆した、か。さすがに奴も生命の危機に瀕していることを察したのか。


 否。
奴には恐怖心がまるでないようだった。
自称たまさくらちゃんは調子を落とすことなく、軽い口調で答えを飛ばす。
だが奴の回答はミカサに向けたものではない。
答えが飛んだ先は奴にとって遥か遠くで、座りつくす白髪の小娘────、


『おっし決めたぜ。おぉーーーーい! そこのエリンギ頭娘!! ミオリネつったよなあぁーーーー?』


「………………………………な………………………なに……よ………」


 ──ミオリネであった。
唐突に会話の輪に放り込まれ面を食らったものの、ミオリネはなんとか声を絞り出す。
その唐突さに行動を乱されたのはミカサも同様。歩行足の一時停止と振り返りを余儀なくされてしまった。
ミオリネが視線をたまさくらちゃんの、つぶらな目に向かって注いだ時、再びたまさくらちゃんは前方遠くに叫び飛ばした。


『今からぁーーー、そのエレンって奴、探してぶち殺しに行くぞおぉーーーーーーーーーー』


……

「は……………はぁ……っ………?」
「…何を言っているお前……」


 ミカサ、ミオリネが口を開いたのはほぼ同時だった。
ただし二人の言葉に籠る感情はほとんど対極に位置する。
たまさくらちゃんの突飛な発言が故、あっけらかんに口を開くミオリネと、たまさくらちゃんに少々嘲笑を加えた邪鬼の形相で首を向けるミカサと、だ。


『はぁ?、じゃねえぇーーーーーよ。』


 猫マスコットはミオリネの反応のみを拾い言った。


『あのなぁーーーーーーー………、テメェーはいいのか? あーーー? ンな一方的にボコられてよ、腹の虫は収まるのかつってんだよ?』

「ぁ……………は、ぁ………………………お、おさまら」

『気が済まねぇよなあーーー? じゃあ倍にして返すぞ。そのエレンって奴によぉーーーー!』


 ミカサを無視して自分に高く投げかけられたこの提案は、言い換えれば手を組もうと言っていることを意味する。
つまりミオリネ、彼女の返答次第では、この場はミカサ-たまさくらちゃんの1vs1から1vs2へと状況変貌することもあるのだ。


「はっ、馬鹿なことを……言う奴だっっ………!」


 口を開いたのはミカサであった。──その声には笑いに似た怒気の震えが込められている。
ミカサが震えたのは前述の、人数差による不利な戦況を危惧した為などではない。
というかそもそもほぼ瀕死のか弱い白髪娘が猫の男と組んだからって、波平に毛が一本のみ生えたが如し戦闘力のプラスにしかならないため、何も気にしてなどいなかったが。
ミカサの繊細な癪に障ったのは、ネコ野郎が発した言葉──『エレンを殺そうぜ』という内容であった。


「……エレンが………エレンが……っ! お前なんかに殺されるはずが…ないっだろうが………!」

「………」

 再生ボタンを押したかのようにミカサはゆらりと標的──猫野郎に向かってまた動き出した。
その怒りを堪えたドス黒いオーラを漂わせ動く背中は、常夏の日の陽炎を思い出す。
ミオリネは単純な恐怖と、そして歯ぐき中から痛覚と血をあふれだすめくれ皮から黙ったままでいたが、猫奴たまさくらちゃんはやや冷静に答えた。


『くっくく、殺れるさ。…根拠もある。…さっきアンタ、言ったよな。』


──お前はエレン・イェーガーという男を知っているか? 私に似ている男なんだが。


 つい先程。
ミカサがミオリネに対し拷問締めながら聞いた言葉をそっくりそのままたまさくらちゃんは復唱した。
月明かりの下、ミカサは目を見開いて動揺した様子だ。
少女はもしかしたら、こう返そうとしたのかもしれない。「それがどうした……?」とでも。
ただ矢継ぎ早にたまさくらちゃんが野太い声を発した為、その言葉は完全に遮られた。


 海風で「たまさくらちゃん」と書かれた名札がなびく。
猫のマスク越しではあったが、ミオリネの黄色く淀んだ眼球はこう見えた気がした。
たまさくらちゃんの中の男の、悪意たっぷりの、笑みを。

宣戦布告と共に──────。




『じゃあつまり、お前に似たバカって意味合いだろー? ハメるのは楽勝じゃねーか! くっくっくくくく…! はははー! なあ、ミオリネーーー! …んじゃ、とりあえずエレンの顔の皮でもはいで』



「死゛ぃぃいいぃぃぃいぃぃいぃいぃねえぇぇえええええええええぇぇぇぇええええっっっっっ!!!!!!!!」


 ────開戦。そして、迅速。
ドスの効いた響き渡る怒声と共に、その場から完全に消えるミカサの姿。
勿論、それは比喩。というよりそう見えただけで、アッカーマン一族が持つ最大限の潜在的力で対象に向かって飛躍したのである。
プリウスの如し突っ込む先は勿論ホワイトニャンコ。
上半身を仰け反らせ手を叩き笑い狂う奴の姿は能天気と言うべきか。全身を巡る湯沸かしのような怒りを沸騰させるいい態度を見せてくる。


「殺゛す殺゛す殺゛す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!!!!!!!!!!!!!」


 冷静さを失った狂鬼のミカサがたまさくらちゃんに危害を加えれる射程距離につくまで残り3.34秒。

「……お前、何が言いたい……………」────この台詞はさっきたまさくらちゃんの「エレンって誰だ」という問いかけに対するミカサの言葉だ。
 ──もう分かった方も、いるかもしれない。
何故、着ぐるみニャンコはそんな意味のなさそうな質問をしたのか。ミオリネは前述通り、時間稼ぎか何かと考察したが外れ。
奴の目的はミカサを激昂させ冷静な判断を失わせることにあったのだ。
奴は、「エレン」という餌を使い、頭脳優秀でバトロワ優勝候補クラスともいえる戦闘力のミカサを『コントロール』支配したのだ。


 ミカサは、白い猫の悪魔の術中に頭の先まではまり込んでいた、のだ──。



「がぁあっ!!!! ぁ、あっ…、ぎゃあ…!」


 突然の激痛にミカサは思わず声をあげる。
痛む先は、右足親指の爪──、同時に足が自由を失い歩めなくなる。すぐさま、ミカサは滲み出る嫌な汗を他所に、目を見張らす。
真っ黒い自身の靴から斜めに突き生えていたのは、二十センチほどの銀色に鈍く光る棒。
弓矢──だ…!
トランジスタラジオのアンテナのようにそいつが、親指の爪を貫通し地面に串刺さっていたので動こうにも動けない。
凄まじい激痛を覚悟に、矢を引きはがそうと両手を動かしつつ、次に目を移した先は矢の発射源であろう猫野郎の右手であった。
 (おかしい………っ! 奴は何も持っていない筈だっ……、それなのにどこから武器を…)ミカサの疑問、その通りである。
たまさくらちゃんはこれまた前述通りその白い両の手にはなにも武器らしきもの、物一つさえ握っていない。

 ──それは言い換えれば、『着ぐるみの中の素手』には武器を持っている、ということだ。

「き…………ぎい……………っ、か、隠し持って…………いたのかっ………!!!」

 ご名答である。
奴がこんなふざけた着ぐるみを着ていた理由、それは支給武器である『リコのボウガン』をカモフラージュする為なのだ。
拙い、されども狡猾な罠だ。普段のミカサなら、こんなボウガンの事など速攻で見破り、対処をできたに違いないだろう。
だが、術中にはまり射抜かれ身動き取れないのが現実である。

 ──だなんて、書くと「人類最強クラスのアッカーマン族のミカサを噛ませ犬扱いするな、ノーリスペクト」というお怒りの感想が湧く人も出るだろう。
それは重々理解できる。実際反論の余地など「ぐう」とも出すことができない。



 ────だが、参戦者の一人であるあの大悪党なら。
人の些細な行動から心中を読み取り、そしていい様に操り誘導するのを得意とする、金髪の奴が相手なら、手玉に取られるのも仕方ないとご容赦頂けるのではないだろうか。


『おいおい…やっぱりお前は単純だよ。…あっ、最後だし当てっこしてやるぜ? あんたの名前をよぉーーーー?』


 今度はたまさくらちゃんがゆったりと──まるで怒りを抱きつつにじり寄る先ほどのミカサを誇張したかのような歩き方で近づいてきた。
ミカサは咄嗟に右手を矢から離し、奴の頭に向かってはたきを入れる。
その攻撃は無駄な抵抗ともいえるものだが、奇しくもその攻撃で猫のどでかい頭部分が夜空天高くに打ちあがった。
──────たまさくらちゃん中身の尊顔とのご対面である。

 パッと見で目に付く金髪のツンツン頭をかきあげたオールバックの男。
奴のその目つきはナイフで切り裂き抜き取ったかのように鋭く、その顔は他人の不幸が一番の快感と言いたげな悪しき面影で覆われていた。
男は、口を開く。
ミカサの焦燥した顔を凝視し、考える素振りを白々しくしながら、口を動かす。


「そうだな。あんたの名はーーーーーーー……、うーん、『マイルス・モラレス』、だ!」

 その当てっこを言い終えて一拍子。
厳密に言えば、ミカサの表情を少しばかり見た後、すぐ横のガードレールで守られし崖下に向かって──ミカサを突き落とした。
落下の際、ぢぐぎょりっ…──となんとも言えない鈍い音が、鮮血と共に流れる。
地面に射抜かれていた親指が落下していくミカサの胴体と離れ離れに引きちぎれた音だ。


 暫くして、この場に響いた次の音は小石を川に落としたような「ドボン」とそんな軽い物であった。
ミオリネが、そのか細い音を聞き入れた時、かつてのキュートなオニャンコ、現・大悪党はこちらに向かって振り返って来た。

奴は──渡久地東亜は、一言のみ吐く。やや、残念そうに、


『って、ちげーか…』



と。



◇ ◇ ◇




 一筋の弱弱しい白い煙が、夜空に向かって一直線に伸びていた。

ミッドナイトを象徴する暗闇中の暗闇な峠にて、冷気が漂う中、渡久地東亜はガードレール越しに佇んでいた。
口に咥えたタバコの火が孤独に燃え輝く。足元にはボウガンと、もう用済みとなった『たまさくらちゃんの着ぐるみ』が転がり落ちていた。
黄昏れた様子でザザァーーザザァー…とどこまでも暗い海を眺める東亜。深い吸い込みとともに口から吐き出す煙が、寒々とした夜空に舞い上がっていく。


「あの……その」

「ぁあ?」

 突然隣から発せられた、か細く弱弱しくも、甲高い声。
その声の様子を表すように、よろめきガードレールを支えにしながらも強がった面構えで、顔中血塗れの娘・ミオリネが立っていた。
顔は酷く腫れ凄惨さは以前保ったままではあったが、ダメージは自然治癒力で比較的回復していた様子だ。
彼女はプルプルと震えながら言う。


「べ、別にアンタがいなくても、私一人で…なんとかできたわ……だからこれで借りを作ってやったとか……勘違いしてんならすっごい腹立つんだから……………」

「くっくく…あーそうかい」


 ミオリネの高い矜持が邪魔して素直に言えなかったが、それは彼女なりの『お礼の言葉』であった。
その点はさすがは東亜。ミオリネの心中のプライドという高い壁を透視したうえで、感謝の真意を笑いながら受け取る。
「くくく…くっくく……」、先ほどの喧騒とは一転、平穏を取り戻した峠で響く静かな笑いは、終戦を象徴する演出のようだった。

 そんな東亜をチラチラと、そして身体はモジモジと見上げるミオリネ。
何も彼女は、お礼一つ言いに来ただけではない。東亜に対し伝えたい気持ち、言うならば『提案に対する答え』を届けに来たのだ。
自尊心の聳え立つ高さ故、それを言い出せずしばらく言いたげな表情で見つめるばかりのミオリネであった。
が、ぎゅっと握り拳を作り、「すう」傷だらけの唇から一息吸うと、勇気を出して東亜に再度話しかけた。


「…あのっ!!!」

「おいおい、まだ喋り足りねぇのかよ? 鬱陶しい嬢ちゃんだぜ……」


「……私に……力を貸してほしい」


「………あ?」


 ヘラヘラと薄ら笑みを浮かべていた東亜の表情に変化が生じた瞬間だった。


「私には…まだぼやけているんだけども…あるのよ。ここを脱出する明確なプランが…っ。できるだけ最小限の犠牲でこの殺し合いを終えさせる方法がっ……!──」

「──あなたと…私なら、絶対…私の脳内にある必勝法が通用するはず、できるはず…。だって、あんな馬鹿力女を仕留めたあなたなのだもの………、できるわ…っ…!──」

「──主催者のクソ親父共に…見せつけてやりましょうよ、私たちの実力を…底力を……だから、お願い…」


 途切れ途切れだが、言葉にして紡がれる彼女の意志。
東亜は何を思うか、タバコを咥えながら黙ってその気持ち表明を耳に入れていた。
彼の目をしっかり見合わせ、ミオリネは口内を震えながら舌を回す。
なんだか泣きそうな気分だった。顔を走り続ける痛みもさることながら、痛い台詞を吐かざるを得ない現状が何より涙の好成分だった。
それでもミオリネは、言葉の締めを伝えるため口を開く。
頭を深々と下げ、彼女はお願いを一つ、申し立てた。


「力を貸して、ください……た、たまさくらさん………」



「………………………」

 ミオリネのスカウトが、偶然にも埼玉リカオンズのスター・小島弘道が不良時代の自分をプロに導いた申し入れの言葉と、ほぼ相似だったのはどういう神のいたずらか。
渡久地東亜、彼はどんな気持ちでミオリネの発言を聞いていたのだろうか。
珍しくもただ黙って聞くばかりであった。
この長いようで短い沈黙の間。未だ、頭を下げるミオリネには押し潰されそうな時間であったろう。


「くっく……、とりあえずさー、そのスプラッターな顔拭けよ。年頃の娘が鼻血ブーだぜ?」


 ミオリネの鼻下に、そっと指で撫でられる感覚が来たのは、この発言直後であった。
ヤニの煙たい匂いが漂い、ゴム板のように固く太くも、どこか優しく暖かいそんな人差し指。
鼻から噴出した赤い体液が東亜の指で拭われる。
頭を、やっとのことで上げたミオリネ。一連の東亜の発言、行動は彼にとっての「承諾」代わりの返答と捉えてよいのだろう。

 一体これからどうすればよいのか、主催者に対抗する手段は存在するのだろうか。
今はとにかく荷物をまとめた方が良いのだろう。策を練るというていで何か見晴らしのいい場所で一時休憩するのもいいわ。
──色々な思考がここに来て急によぎるミオリネ。
くっくくくっく…と笑い声が響く中、とりあえずミオリネが映した行動は一つ。


「絶対……、生きてやるんだから……!!」

この殺し合いの場に来させられて初めての──むしろ、ここ数か月ぶりの笑みを、口角をやや上げたのみであったが浮かべるまでであった。









 安堵。
言い換えるのならそれは『最大の油断』である。
もう一度言う。
たまざくらちゃん──改め、渡久地東亜という男は、






大悪党だ。




「──────────────お前を殺す……………………!」




「ぐえぇえっえええっっ………!」


 ミオリネの呻き声が響き渡る。
デジャヴ、再演と言うべきか。
ミオリネの首に伸びる腕──その太く筋肉質な腕の先にはまごうこと無き、渡久地東亜がいた。
悪党は口にする。外道な答えを。


「手を貸せだぁー? おいおい冗談じゃねーぜ、こっちは一人殺す度にポンと札束貰う契約になってんだよなぁ? 誰が脱出なんかすんだよ?」

「ぇぁ……………っ!! ぁ、はぁっ………! …!! ががっ………ぁっぁあ……………!!!!」




「…だがな、ミオリネ。あんたのそのプランってのも正直気にはなるのも事実だ──」


「──言ってみろ。その必勝策ってのを。面白かったら協力をしてやるさ──」

「──お前に助かる道はそれしかない。くっくくくく……くっくく…!」



 東亜はいつまでも腕を伸ばし、その白い首を離そうとはしなかった。
峠の遥か高くにて、宙ぶらりに吊るされるミオリネ。縛られるのが嫌いな彼女が物理的に縛り首に遭っているのは、どういう皮肉な物か。

 一秒ごとに消費されていく、脳に供給された分の酸素。
ミオリネが意識を落とすまで推定で187秒ほど。頭脳労働に必要な酸素が完全に耐えるのは時間にして151秒だ。
その間に『彼女の最適解』を見いだせねば──、死神が微笑むのみ。
ナイターは悪夢の延長戦へと続く。




【D5/海沿い/1日目/深夜】
ミオリネ・レンブラン@機動戦士ガンダム 水星の魔女】
[状態]:顔中アザ/切り傷まみれ(鼻骨折、頬骨開放骨折、視力低下、聴力低下、歯欠陥等…さんざんだが一応顔の整いっぷりは保ってる)、首絞められ中
[装備]:未確認
[道具]:食料一式(未確認)
[思考]基本:対主催
1:ががっ………ぁっぁあ…………
2:たまさくらちゃん(渡久地)と行動したい、が…
3:そんなくだらないプライドは…捨てる!
4:クソメガネ親父と地雷女(ミカサ)死ね死ね死ね!
参戦時期は「やめなさい!」より前のどこかです。

渡久地東亜@ONE OUTS】
[状態]:健康
[装備]:リコのボウガン@メイドインアビス
[道具]:食料一式(未確認)、真庭白鷺の煙草@刀語、たまさくらちゃんの着ぐるみ@まちカドまぞく
[思考]基本:皆殺し or それとも
1:ミオリネを殺す、返答次第では行動を変える
2:仮称マイルス(ミカサ)はバカだ
3:俺はこれを待っていたのさ…。こういう、ゾクゾクとする戦いをね





◇ ◇ ◇




────アッカーマン、王家の武家だった一族。



────リヴァイ、君があれだけの負傷をしてもなお無事でいられるのはやはり血筋なのかな…。




 脳を絞ったような妙な痛み。
子供のころからだ。
この片頭痛にはいまだ慣れない。

 そして、今新たにできた痛み。
親指の欠損…。




「エ、…………エレン…………………。」


 ミカサが、目を覚ました時は深く海の底だった。

アッカーマン一族は、このくらいで死なない。


【海中】
ミカサ・アッカーマン@進撃の巨人】
[状態]:右足親指損失
[装備]:未確認
[道具]:食料一式(未確認)
[思考]基本:皆殺し(エレンに奉仕)
1:頭が痛い…
参戦時期は壁外調査編~マーレ編以前のどこかです。


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014:栗悟飯とかめはめ波 016:シン・希望の船?絶望の城?
渡久地東亜
ミオリネ
ミカサ

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最終更新:2024年01月13日 17:28