史憲忠 しけんちゅう
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中唐の藩鎮。史周洛の子。
史憲誠の弟。字は元貞。魏の牙門将となり、
田弘正が斉・蔡を討伐すると、先鋒となって三十戦もの戦闘を経験した歴戦の勇士であった。兄が魏博節度使となると、貝州刺史となった。魏が軍乱で兄が横死すると長安に逃げ、朝廷より検校右散騎常侍・隴州刺史に任じられた。会昌年間(841-846)涇原節度使となって吐蕃と対峙し、大中元年(847)振武節度使となり、北海県子に封ぜられ、検校尚書左僕射、金吾大将軍を兼任した。『新唐書』に伝がある。
列伝
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最終更新:2024年05月15日 00:49