張仲武 ちょうちゅうぶ
?-849
中唐の武将・藩鎮(第16代盧龍軍節度使)。范陽(北京市西南)の人。会昌元年(841)盧龍軍で
陳行泰が軍乱を起こして節度使の
史元忠を殺害し、さらに陳行泰も
張絳に殺害されると、朝廷によって盧龍軍留後に任命され、翌年、盧龍節度使に任じられた。会昌二年(842)回紇の侵攻を受けたが、これを撃退し、さらに回紇北伐に参加してその滅亡に功があった。大中三年(849)病死し、軍は子の
張直方を擁立した。『旧唐書』『新唐書』に伝がある。
列伝
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最終更新:2024年07月12日 01:54