武攸曁 ぶゆうき
?-712
武周・盛唐の官人・外戚・駙馬。
武懐道の子。
武士譲の孫。天授年間(690-692)千乗郡王となる。さらに定王に進封した。
武則天により妻子を殺され、
太平公主と再婚して、
武崇敏・
武崇行を生んだ。長安年間(701-705)寿春王となり、特進を加えられた。
中宗の時、司徒となったが(在任705)、辞任してして開府儀同三司となった。延和元年(712)に没したが、翌年先天の変で、夫人の太平公主、子の武崇敏・武崇行は誅殺された。『旧唐書』『新唐書』に伝がある。
列伝
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最終更新:2024年11月23日 00:54