未央宮

未央宮

長安にあった漢代の宮殿の旧址。長安宮城の北、禁苑の西端に位置した。長安は歴代の王朝がたびたび都とした地であったが、その地は時代とともに変遷したため、各王朝の宮殿の旧址は、隋・唐代には広大な禁苑として取り込まれることになる。貞観七年(633)上皇(高祖)が未央宮で酒宴を開いている。天宝十五載(756)に安禄山の反乱軍が長安にせまると、玄宗以下百官は未央宮に一時移動した。会昌元年(841)に武宗が未央宮が狩猟し、その遺跡を見て、詔して修復させた。全二百四十九間で、正殿をつくって通光殿といい、東を芳亭とし、西を凝思亭とし、未央宮の名を掲げた。

参考文献

徐松 撰、愛宕元 訳注『唐両京城坊攷 長安と洛陽(東洋文庫577)』(平凡社、1994年)

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最終更新:2024年12月21日 11:52
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