暢璀 ちょうさい
?-775
盛唐の官人。河東の人。天宝年間(742-756)、
安禄山の奏上によって河北海運判官となり、のちに大理評事に遷った。
郭子儀に従事として
辟署された。
粛宗が即位すると諌議大夫となった。吏部侍郎に転任し、広徳二年(764)散騎常侍、河中尹、兼御史大夫となる。永泰元年(765)左常侍となり、
裴冕とともに集賢院待制となる。大暦五年(770)太常卿、戸部尚書となる。子に
暢当がいる。『旧唐書』に伝がある。
列伝
『旧唐書』巻一百一十一 列伝第六十一 暢璀
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最終更新:2025年12月07日 02:35