先農壇
長安郊外の祭祀施設。隋の時に造立され、
啓夏門外の十二里のところに地千畝を置いて壇をつくり、孟春吉亥に先農を祭った。垂拱年間(685-688)、
武后は藉田壇を先農壇と改め、神龍元年(705)帝社壇に改められた。
玄宗の時に万年県東北十五里、滻水の東の道北五里のところに移された。規模は高さ五尺(約115cm)、一周四十歩(約62m)であった。
東郊と共に藉田がたびたび行われた場所である。また洛陽にも造営され、
上東門外の七里、道北三里のところに位置した。
志・史料
『新唐書』
巻十二 志第二 礼楽二 五礼二 吉礼二 祭祀之節二 進熟 饋食
『新唐書』
巻十四 志第四 礼楽四 五礼四 吉礼四 耕藉
『隋書』巻七 志第二 礼儀二 藉田
『大唐郊祀録』巻第十 饗礼一 響先農
最終更新:2025年12月10日 00:35