烏質勒 うしつろく
?-706
突騎施(テュルギシュ)の首領(位699以前-706)。
娑葛・
遮弩の父。西突厥の
阿史那斛瑟羅の下に隷属し、莫賀達干(バガ・タルカン)となる。暴政によって民心を失った阿史那斛瑟羅に対して、支配下のものをよくいつくしみ、威信があった。多くの国は帰順し、強盛となり、二十人の都督を置き、それぞれが七千人ずつの兵士を統べた。砕葉(スイアーブ)を攻撃して占領し、その領域は、東では北突厥、西では多くの胡国と隣接し、また東は西州・廷州の方向にあたり、阿史那斛瑟羅の支配地域をすべて併合した。神龍二年(706)安西大都護の
郭元振と協議したが、厳しい風雪が老齢にたえられず、急死した。子の
娑葛が突騎施を継承した。
列伝
外部リンク
最終更新:2026年02月13日 17:05