阿史那斛瑟羅 あしなこくしつら
?-?
西突厥の王族、西突厥の継往絶可汗(在位686-703)。
阿史那歩真の子。歩利設であったが、右玉鈐衛将軍に任じられ、父の所領と可汗号とをすべて継承させた。
阿史那元慶と共に諸蕃の首領を率いて、
睿宗に武氏姓を賜わるよう願い出た。聖暦二年(699)左衛大将軍、平西軍大総督となったが、暴政によって民心を失い、また突騎施の
烏質勒が強盛となったため、あえて帰国せず、その部六、七万人とともに中国内地に移り住むにいたり、長安で死んだ。子に
阿史那懐道がいる。
列伝
外部リンク
最終更新:2026年02月13日 00:23