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厳澈

厳澈 げんてつ

?-813
中唐の官人。厳綬の子。元和年間(806-820)、李進賢が振武節度使になると、辟署されて判官となった。統治は苛酷で、軍中は苦められたという。元和八年(813)に振武軍で軍乱がおこると、叛軍は厳澈・李進賢の一族を皆殺しにした。『新唐書』に伝がある。

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最終更新:2026年04月07日 02:43
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