厳綬 げんじゅ
746-822
中唐の官人・藩鎮。厳丹の子。祖父の厳挹之は
厳挺之の兄。進士に及第し、侍御史となり、劉賛の宣歙団練使を補佐。劉賛が卒すると留事となり、長安に戻されて刑部員外郎となった。河東節度司馬となり、
鄭儋が卒すると、河東節度使となる。長安に召還されて尚書右僕射となったが、荊南節度使、山南東道節度使、淮西招撫使となった。
呉元済との戦いで持久戦を選択したから、罷免された。子に
厳澈がいる。『旧唐書』『新唐書』に伝がある。
列伝
外部リンク
最終更新:2026年04月07日 02:37