柳沖 りゅうちゅう
?-717
武周・盛唐の官人。蒲州虞郷県(山西省永済東虞郷)の人。
柳楚賢の子。天授年間(690-692)初頭、司府寺主簿となり、河東県男に封ぜられた。景龍年間(707-710)、左散騎常侍、修国史に遷った。先天年間(712-713)柳沖および
徐堅・
呉兢に詔して
魏知古・
陸象先・
劉子玄らと共に氏族系譜を編纂し、『姓系録』と名付けられた。太子賓客・宋王師・昭文館学士を歴任。致仕したが、さらに
薛南金と共に『姓系録』を改訂した。『旧唐書』『新唐書』に伝がある。
列伝
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最終更新:2026年05月10日 01:21