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王虔裕

王虔裕 おうけんゆう

?-890
唐末の武将。瑯琊臨沂の人。騎射に優れ、猟師として生活を送っていた。若くして諸葛爽に従い、中和三年(883)、孫儒が河陽を陥落させると、王虔裕は諸葛爽に従って朱全忠のもとに亡命した。当時、朱全忠は新たに節度使に就任したばかりで、黄巣・秦宗権の兵が強力であったが、将軍が育っておらず、そのため王虔裕が騎兵を率いて常に先鋒となって黄巣を撃破した。功績によって義州刺史となった。秦宗権との戦いでも功績があり、大小百戦以上で常に功績があった。しかし秦宗賢が汴の南境を攻撃してくると、尉氏に派遣されたが、敗北して部下の将を失い、朱全忠は怒って軍中に拘禁された。邢州の孟遷李克用の軍に包囲されて援軍を求めると、朱全忠により王虔裕が精兵百人を率いて急行し、夜に李克用軍の囲みを破り邢州に入城し、李克用軍を撤退させた。李克用軍の再侵攻があると、孟遷は王虔裕は捕らえられて降伏し、王虔裕は殺害された。『旧五代史』『新五代史』に伝がある。

列伝

『旧五代史』巻二十一 梁書二十一 列伝第十一 王虔裕
『新五代史』巻二十三 梁臣伝第十一 王虔裕

外部リンク

維基百科,自由的百科全書 王虔裕(中文)
https://zh.wikipedia.org/zh-tw/%E7%8E%8B%E8%99%94%E8%A3%95

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最終更新:2026年08月11日 03:01
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