王処直 おうしょちょく
863-923
唐末・五代の藩鎮。字は允明。王寮の子。王全義の孫。義武軍節度使
王処存の従弟。王処存・
王郜に仕え、定州後院軍都知兵馬使となる。
光化三年(900)、
朱全忠が
張存敬に幽州を攻撃させると、義武軍節度使の王郜より直率の兵を与えられて張存敬軍の後方を攪乱したが、かえって大敗し、定州を包囲され、王郜は王処直を留後として、自身は一族と共に逃亡してしまった。そのため朱全忠に降伏。そのまま義武軍節度留後・検校尚書左僕射となった。
天祐元年(904)太保に任じられ、太原王に封ぜられた。唐が滅亡して後梁が成立すると北平王、検校太尉となる。開平四年(910)
李存勗に降った。晩年は義子の王都に子孫と幕僚は皆殺しにされ、自身も幽閉された後、殺害された。『旧唐書』『旧五代史』『新五代史』に伝がある。
列伝
『旧唐書』巻一百八十二 列伝第一百三十二 王処存
『旧五代史』巻五十四 書三十 列伝第六 王処直
『新五代史』巻三十九 雑伝第二十七 王処直
外部リンク
最終更新:2026年08月19日 22:45