鄭祗徳 ていしとく
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晩唐の官人。
憲宗の宰相
鄭絪の子。江西観察使となるも、子の
鄭顥が駙馬になったため閑職を求め、そのため太子賓客、分司東都となった。浙東観察使となったが、咸通元年(860)
仇甫の乱の討伐ができず、罷免された。子に鄭顥・鄭頊・鄭顗・鄭頎がいる。
表・列伝・史料
『新唐書』巻七十五上 表第十五上 宰相世系五上 鄭氏 南祖鄭氏
『新唐書』
巻一百六十七 列伝第九十二 王播 式
『資治通鑑』巻二百四十九 唐紀六十五 宣宗下 大中九年十二月甲午条
『資治通鑑』巻二百五十 唐紀六十六 懿宗上 咸通元年正月条
外部リンク
最終更新:2026年11月01日 01:55