龐孝泰

龐孝泰

601-662
唐代の軍人。白州の人。南州刺史であったが、武徳六年(623)、南越州刺史の甯道明、高州首領の馮暄とともに叛いて南越州を陥落させたが、道明が殺害されると唐に帰順した。左驍衛将軍となり、顕慶五年(660)に新羅兵を発して百済を攻撃した。龍朔元年(661)に沃沮道行軍総管となる。龍朔二年(662)二月、嶺南の兵を従え高麗の蓋蘇文と蛇水で戦ったが、部隊は全滅して龐孝泰もその子十三人とともに敗死した。唐の将軍では蘇定方曹継叔劉伯英とならんで驍勇の者と称された。


本紀・列伝・史料

『新唐書』巻三 本紀第三 高宗 龍朔元年四月庚辰条、龍朔二年二月戊寅条
『新唐書』巻二百二十 列伝第一百四十五 高麗 百済
『新唐書』巻二百二十二下 列伝第一百四十七下 南蛮下
『新唐書』巻二百二十三上 列伝第一百四十八上 姦臣上 許敬宗
『旧唐書』巻八十二 列伝第三十二 許敬宗
『資治通鑑』巻一百九十九 唐紀十五 高祖 武徳六年四月丁卯条
『資治通鑑』巻二百一 唐紀十七 高宗 龍朔二年四月戊寅条

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最終更新:2022年12月22日 00:22
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