崔鋋
?-895
唐末の官人。宰相
崔昭緯の同族。すなわち世系は不明であるが、唐代に「七姓十家」と称された名門・清河崔氏の出身となる。判官から、広明元年(880)四月に都糧料副使となり、崔昭緯の指示により、
王行瑜の幕下に仕え、崔昭緯は崔鋋を通じて王行瑜の圧力を朝廷に行使させて、自身の権力保持に用いた。後に邠州節度副使となるも、乾寧二年(895)十月、王行瑜が朝廷の意を受けた
李克用に攻められると、崔鋋の脱出を防ぐよう詔があり、崔昭緯とともに誅殺された。
列伝・史料
『新唐書』
巻二百二十三下 列伝第一百四十八下 姦臣下 崔昭緯
『旧唐書』巻十九下 本紀第十九下 僖宗 広明元年四月丁酉条
『旧唐書』巻二十上 本紀第二十上 昭宗 乾寧二年十月丁亥条
最終更新:2023年01月02日 12:49