一つ、オモイ ◆mtws1YvfHQ
もう何度目か、胃の中の物を吐いた。
中身など既になくなっている。
それに吐き過ぎてもう口の中が酸っぱい。
それでも吐いていた。
「…………」
それでも唾を吐き出して歩き始める。
重い。
ある程度冷静さを取り戻せば、何とも重い。
足が進み辛い。
体が如何にもだるい。
理由は考えるまでもない。
始めて人を殺したからだと考えなくても分かる。
傷付けた事は何度もあった。
それこそ、数え切れない位。
そう言えば阿良々木君と出会った時も、傷付けたんだっけ。
口の中にホッチキスを突っ込んで、カチッと。
うん、今思えば少し悪い事をしちゃった訳だけど。
「そう思えば、懐かしいわね」
色々と合った。
色々と会った。
色々と遭った。
心も体も傷付けた事は幾らでもあった。
それでも、誰かを殺したのは今回が初めてだ。
真っ直ぐな刀でざっくりと、容赦なく突き刺して、殺した。
本当ならあの女ごと殺してしまう筈だったのに邪魔されて。
その所為で人吉君の事を無駄にしてしまった。
確実に殺せると思って動いたのに殺せなかった。
殺し損ねて、殺してしまった。
「…………はぁ」
それが、重い。
目の前にいたのに動けなかった屈辱、動けるようになって生まれた高揚、殺せると思った時に湧き上がった興奮、一歩手前まで来た時のある種の感動、そして、本当に死ぬ間際最後の手前の人吉君の言葉を聞いた時の驚愕。
それらが冷めてみれば何と重い。
別に殺した事については反省していない。
正しいとは思ってないし、悪いと思っても反省はしていない。
それでも間違っていたとは思わない。
これが私なのだから。
これが私なりの、愛なのだから。
それでも、そう思っても、重い。
始めて人を殺した事が。
それがひたすらに重い。
人吉君を殺した事が重い。
反省するつもりはないが重い。
あの女を殺せなかった事が重い。
ただ無駄にしてしまった事が重い。
「うっ……ぐ」
吐き気がまた込み上げて来る。
思わず口元を抑える。
例えそれが愛の為だと思っても。
例えそれが意味ある事だと思っても。
例えそれが優勝するのに必要と思っても。
未だに手に残り消えぬ肉を貫く感覚は何とも、重い。
手を洗っても決して消えないだろうと思うほど、重い。
目を背けようとも逃れられないと思いそうなほど、重い。
心の奥底にゆっくりと時間を掛けて染み込むように、重い。
多くの時が過ぎようとも残り続けるだろうと思うほど、重い。
それこそ、こんな思いを捨てたいと思ってしまうほどに、重い。
「 」
重い。
重い。重い。
重い。重い。重い。
重い。重い。重い。重い。
重い。重い。重い。重い。重い。
重い。重い。重い。重い。重い。重い。
重い。重い。重い。重い。重い。重い。重い。
重い。重い。重い。重い。重い。重い。重い。重い。
重い。重い。重い。重い。重い。重い。重い。重い。重い。
重い。重い。重い。重い。重い。重い。重い。重い。重い。重い。
体が、心が、ずっしりと重い。
こんな思いをし続ける事になるのか。
一生。
一生こんな思いをし続ける事になるのか。
そう思えば、重い。
重過ぎる。
吐き気がする。
それこそ。
こんな重さ、なくなってしまえば良いと思ってしまうほど。
「――っ!」
そう思っただけだった。
それだけだった筈なのに。
背筋に酷く冷たい物が走る。
何とも懐かしい感覚がする。
何とも恐ろしい感覚がする。
これは、この感じは、
「おもし――蟹、さま?」
あの神さまが来た。
いや、来てくれたと言うべきなのかも知れない。
否、この場合だと来てしまったと言うべきなのか。
すぐ後ろにいる。
すぐ後ろで、私を見ていると、分かる。
偶然か、それとも必然か。
二度も出逢ったからだろうか。
おもし蟹さま。
二つのオモイを引き受ける神さま。
「ぅ――、ぉ」
言葉が詰まる。
それでも言おう。
言わないといけない。
今言わなければ、後悔する。
絶対に後悔する事になる。
だから、
「どうか――」
言葉は辛うじてだけど、出た。
だったら言える。
思いを言う事が出来る。
どうか、おもし蟹さま。
「私の、この思いを――」
お願いしますから私のこの重いを。
どうか、どうか、
「――持って行かないで下さい――!」
持って行かないで下さい。
この思いは。
この重しは。
私が背負う。
覚えていなければ。
重いと感じるからこそ、それが私の力になる筈だ。
あの女を殺す力に。
だから、持って行かれては困る。
どれだけ重かろうと。
どれほど辛かろうと。
どれほど酷かろうと。
どれほど先まで残る事になろうと。
この思いはきっと、この重さはきっと、力になる筈だから。
あの女を、
黒神めだかを殺して優勝する為の力になる筈だから。
だから持って行かれる訳には、行かない。
後ろにいるおもし蟹さまは動かない。
ただ漠然と居る、と感じる。
それに何も言わずに進む。
口の中は未だに酸っぱいけれど、それでも心なしか、思いを吐露したからなのか軽くなった足を進める。
「ごめんなさいね、人吉君」
心の中に思っていただけの事を、小さく呟いてみる。
何処か分からないけれど、奥底に響く。
それでも立ち止まるつもりはない。
立ち止まる理由にはならない。
私は、優勝する。
人吉君が庇ったあの女を、黒神めだかを絶対に殺して、その上で優勝する。
気付けば吐き気はなくなっていた。
それでも覚悟に揺らぎはない。
覚悟に何の変わりはない。
必ず優勝する。
絶対に優勝する。
だから、それまでの間、
「待っててね、阿良々木君」
あの場所で、待っていて。
土の中で悪いけど。
好きだと口にするつもりはないけれど。
それでも見守ってくれると、嬉しいかな。
【1日目/朝/D-3】
【
戦場ヶ原ひたぎ@物語シリーズ】
[状態]右足に包帯を巻いている、逃走中、強い罪悪感
[装備]
[道具]支給品一式、ランダム支給品(0~1) (武器はない)
[思考]
基本:優勝する、願いが叶わないならこんなことを考えた主催を殺して自分も死ぬ。
1:今はまだ逃げる。
2:黒神めだかは自分が絶対に殺す。
3:使える人がいそうなのであれば仲間にしたい。
[備考]
※つばさキャット終了後からの参戦です。
※名簿にある程度の疑問を抱いています。
※善吉を殺した罪悪感を元に、優勝への思いをより強くしています。
戦場ヶ原ひたぎが過ぎ去った後にも前にも、そこには何もいなかった。
少なくとも、おもし蟹と呼ばれるような物はどこにもなかった。
誰も見てはいない。
いや、元から怪異とはそう言う、見えない物なのかも知れないが。
それでも、いると思っていた戦場ヶ原自身も振り向いて見ていない。
果たしてそれが人を殺した彼女の思い浮かべた想像だったのか。
それは分かりはしない。
実際見えないだけでそこにいたのかも知れないし、いなかったのかも知れない
あるいは、戦場ヶ原の心の中にはその時だけでも確かに居たのかも知れない。
だがそれはもう分かりはしない。
戦場ヶ原の重さはそのままなのだから。
しかし本当か嘘かも分からない存在であっても、強い意味はあった。
おもし蟹と言う思いを重さと共に引き受ける神らしからず、思いをより重く戦場ヶ原に残す事になった。
人一人を殺したオモサが。
決して後に退けない思いとして。
決して逃れられない重しとして。
優勝のための思いに。
黒神めだかを殺す為の重しに。
より強く。
より深く。
最終更新:2013年01月15日 21:16