僐物語-ヒトモノガタリ- ◆VxAX.uhVsM
01
「阿良々木君…少しの間そこで待っていて」
幸せだった感情も、いつかは終わりが来るものである。
それは必然である。
それは当然である。
それは明白である。
それは明瞭である。
いつかは完全に終わる、幸せの時間。
それが今だということは一目瞭然だった。
彼女は眼を復讐と言う色に染めていた。
「……行きましょう」
戦場ヶ原さんは歩き始めた。
俺はそれについて行く。
「……………」
「……………」
しばらく、無言が続く。
雰囲気が重い、とは思うが仕方ない。
彼女は、先ほど自分の彼氏との別れをしたばかりだ。
俺でも無理に声をかけてはいけないのは分かる。
しかし、彼女は俺がそう考えている中話しかけてきた。
「ねえ、人吉君…どこに行くべきだと思う?」
「……そう、だな」
正直言って、めだかちゃんがいるならば…箱庭学園と言う事になる。
しかし…俺はあまり行きたくない。
理由は単純明快。
俺はめだかちゃんに会いたくはないからだ。
彼女は今すぐにでも会いたいのだろう。
だが、俺は違う。
それは、俺の我が儘である。
めだかちゃんが阿良々木さんを殺したという事を知りたくない。
俺はまだどこかでこの事実を否定しているのだ。
だから、あのめだかちゃんが殺す訳ないと未だ信じている。
彼女が正しいのは知っている。
だが、今の彼女は彼女ではないのかもしれない。
めだかちゃん(改)という、彼女であり彼女でない人物。
都城王土の求める女性として作られた人格。
彼女ならば人も殺せる。
もし…本当になっていたのならば。
彼女を殺すか、人格を戻すかをするしかない。
だが、戻すといってもあの時は偶然という偶然が重なって上手くいっただけだ。
今度も上手くいく確証などはないのだ。
話がずれてしまったな。
行き先…出来れば箱庭学園ではない所がいい。
だが、思いつかないので俺は戦場ヶ原さんにこんなことを聞いた。
「阿良々木さんと関係がありそうな所、ないか?」
「……なんで?」
「何かあるかもしれない…そう思っただけだよ」
「…………そう、ね」
今度は、結構疑われている。
当たり前だよな。
自分の彼氏が死んだ事を誤魔化されて、挙句その彼氏を殺したかもしれない人と幼馴染なんて。
信頼される要素なんて、正直ない。
だが、彼女も仕方ないような表情を見せて語り始めた。
「ここから南側に、塾の跡地があるのよ」
「……地図で言う、E-3の奴か?」
「そうよ…ここは、阿良々木君に助けてもらったような場所よ」
「じゃあ、そこに行こうぜ」
「そうね」
なんとか、違う場所に行く事が出来る。
これでめだかちゃんに会うまでに時間ができる。
それまでに、心を落ち着かせて…覚悟を決めなくてはいけない。
02
「…あら、人吉くんではないですか」
さて…言っておこう。
失敗した。
人生で最大と言える失敗をしてしまった。
考えてみれば、行くまでに箱庭学園の近くを通るのだ。
これで、めだかちゃんと会うと言った状況が出来てしまった。
この確率はほぼ0だっただろう。
しかし、その確率が成立してしまった。
いくら確率が低かろうが、0ではない。
完璧に0でなければありえることなのだ。
その結果のこの遭遇である。
「めだか、ちゃん…お前、なんで」
「めだかちゃんではありません、めだかちゃん(改)です」
これはめだかちゃんではない。
そう戦場ヶ原さんにごまかすことはできなかった。
理由は簡単…先ほど写真で見てしまっているからだ。
写真と言うよりはデジタルカメラのデータだが、特に気にすることもないだろう。
しかし、なんて運が悪いんだ。
もし少しでも速かったり遅かったりしてでもすれば。
戦場ヶ原さんがめだかちゃんの顔を知らなければ。
この場はまさに『なかった事』だっただろう。
俺がああだこうだ考えている間に、めだかちゃん(改)は語り始めた。
「なんて簡単で簡素で簡潔な事を言っているのでしょうか、私自身を"完成"させるためです」
「……"完成"?」
そんなワード、もう終わったと思っていた。
いや、正確には終わってはいない。
球磨川達が箱庭学園に来たのも、元々は理事長がめだかちゃんを完成させるためだ。
どこかでまだそのワードは続いていたのだ。
そして、今のめだかちゃんはめだかちゃんではない。
自身を"完成"させる事しか考えていない、めだかちゃん(改)だ。
「一つ…教えてくれ、なぜお前はめだかちゃん(改)になっているんだ…!」
「それについて答える義務なんてありません」
「………」
「さて、人吉くん…貴方にお願い、いや…命令があります」
「断る」
「……話を聞かずに断るとは…なっていませんね、少しくらい聞こうとでも思わないのですか」
「残念ながら、何を言うか予想はついているからな…」
「そうですか…ならあなたに付き合っている時間はありません」
めだかちゃん(改)は後ろを向いて歩きだそうとした。
だが、普通に見過ごすわけにもいかない。
「待て!めだかちゃん(改)!!」
「しつこいですね…荒業になりますが……『跪 き な さ い』」
「嫌だッ!!」
言葉の重みをもってしても抑えられない。
人吉善吉はただ気合いのみをもって言葉の重みにあらがっている。
だが、横にいる
戦場ヶ原ひたぎはその例ではない。
地面に寝ている、いや…圧されている。
「戦場ヶ原さん!大丈夫か!?」
「大丈夫…なわけない、でしょう…解く方法はないのかしら…?」
「えっと…気合と根性で!」
「ふざけないで」
これまでないほど冷ややかな視線である。
まるで下等生物でも見るかのように。
まるでゴミムシでも見るかのように。
まるでゴキブリでも見るかのように。
まるでミジンコでも見るかのように。
その目には、自分より下位である者に向けられるような冷酷な雰囲気があった。
「っていうか本当にすみませんでしたっ!」
俺はすかさず土下座を繰り出す。
なんか必殺技みたいになっているけどこれで俺の人間的地位が下がっていることは間違いない。
決していいわけではない、というか悪い事しかない。
「ええ、分かったからゴミムシ君…対処方法を教えなさい」
「…と、言ってもな…気の持ち様としか言えないんだよな…」
「だから、それ以外にないのかと聞いているのよ、便所コオロギ君」
「もう人間には戻れないのか…!」
「……悪いですが、貴方方の茶番に付き合っている暇はないのです、それでは」
「って…待て!……」
とは言っても止めるネタが思い浮かばない。
せめて何かがあれば…。
考えろ人吉善吉……。
めだかちゃん(改)を止めるためには…どうすればいい?
間違いなく何もしなければ行ってしまう。
そうすれば見失ってしまうのは確実だ。
だが…彼女をここに置いて行ってしまえばどうなるだろうか。
確実に彼女は予想できない行動を取る。
それだけは自分でも分かった。
だったらここで引きとめるしかない…。
考えろ…今までで一番脳細胞を働かせるんだ人吉善吉…!
「俺には…『異常』がある!」
ついとっさに出た言葉だ。
だが出まかせなどではない。
こっちには正真正銘の『異常』がある。
「……ほう」
喰いついた…そうか、これで良かったんだ。
とりあえずこの後をどうにかしないといけないな…。
「貴方の『異常』とは…どんなものなのでしょうか?」
「俺の『異常』は相手の視界を"借りる"事だ…!」
「……相手の視界を"借りる"ですか」
興味は持ってくれているようだ。
ありがたいのかありがたくないのか。
だがどっちにしろ…めだかちゃん(改)との戦闘は避けれそうにない。
……いや、自分から戦いを挑んだ感じなんだがな。
「ああ、そうだ……その名も『デビルアイ』だっ!!」
「「……」」
「……あれ?」
さっきまで面白そうに見ていた(ように見えた)めだかちゃん(改)の目も冷ややかになっていた。
「人吉君…それはないと思うわ」
「あれ?さりげなく距離とられた気がするんだけど」
「そんなこと気にするならさっさと戦いなさい、ゴミ吉君」
「…ああ、はいはいそうですか分かりましたよ!」
まったくひどい連中だ……。
めだかちゃん(改)は表情を一切動かさないでこっち見ているし。
クソッ…いつになったら時代が俺に追い付くんだよ。
「…行くぜ、めだかちゃん(改)」
「……では、徴収させてもらいましょうか…貴方のその『異常』を」
それでは今から開始である。
正真正銘、二度目の『戦い』の。
03
「お、らぁ!」
蹴る、蹴る、蹴る、蹴る、
蹴る、蹴る、蹴る、蹴る、
蹴る、蹴る、蹴る、蹴る、
蹴る、蹴る、蹴る、蹴る、
とにかくひたすらに蹴る。
とにかく我武者羅に蹴る。
とにかく蹴り続ける。
この戦いは二度目だが、この戦いはあの時と違う。
意外な事に…と言っていいものかは分からない。
だが、今は人吉善吉が押していた。
確実にめだかの攻撃を避けて蹴る。
その『視力』を使用しながら、蹴る。
「どうしためだかちゃん(改)!あの時より動きが悪いぜ!」
「…………」
人吉が押している理由。
それは戦闘時における生理的行動によるものを利用しているからだ。
相手の攻撃すべきところを一瞬『視る』こと。
その行動を利用して人吉善吉は攻撃を避け、蹴りを繰り出す。
これで人吉善吉は勝ちを確信していた。
人吉善吉は勝ちを『確信』し自分の考えを『過信』しすぎていた。
「…………」
「さぁ、どうしためだかちゃん(改)!あのときみたいになってんのか!?」
「あの時、というのは私たちが始めて戦った時と取っていいのであれば、それは見当違いです。
私は貴方に勝ち、『異常』を徴収する策を練っていただけです…決して、あの時と同じではありません。
私がすべきことは私自信を『完成』させることです。あなたに心を許す事ではないのです」
「…ああ、そうかい」
めだかちゃん(改)が攻撃を繰り出す。
人吉の眼に映ったのは自分の右脇腹部。
その通り、右から来るはずだった。
だが、攻撃は右から来ることはなかった。
瞬間
左脇腹に走る激痛、そして衝撃。
その衝撃のままに人吉は吹っ飛ばされた。
めだかはそのまま追撃に入るが、人吉が受け身を取り蹴りでめだかを近寄らせない。
人吉の先ほどまでの表情から余裕が消えていた。
「……なんで、だ」
「なんで、とは何に対してのことなのでしょうか?
今まで当たらなかった攻撃が急に当たったことでしょうか?
貴方の能力に背くような事をしたからでしょうか?
残念ながら私には貴方が何に対して言っているのかが分かりかねます」
「……何故、俺の右脇腹を見たのに、左側を攻撃した」
「…大方、あなたはその『異常』を利用して私の視界でも見ていたのでしょう。
そして、私の攻撃が読めるというのなら一瞬どこを見るか…と考えれば簡単でしょう。
私が攻撃するときに一瞬見たその方向…それを見ていたのだろう、と考えたわけです。
その方向のままに守っているのなら逆を突けばいい、意識すれば簡単に破れる策でしたね。
逆に考えればこの策を破られるまで過信している貴方の方に私はなんでと聞いてみたいものですね」
「……ああ、やっぱりもう…いらないよな……そうだよな…」
「どうかなさったのですか?人吉くん」
「俺は…もともとこの身一つで戦ってきたんだよ……。
『異常』なんて…元々いらないんだよ…………。
俺は、きっとこの力を得て天狗にでもなってたんだろうさ。
だが、これを使ってお前を倒しても、意味はないんだよ」
「……策が破れて、何を言い出すかと思えば…脈略もない会話をしだすとは…」
「そうだな…俺でも何言ってるか説明はできない……だから簡単に言っておく」
「俺は、『普通』の人間なんだよ」
人吉善吉は、目を閉じた。
『視る』事を拒否する。
『視る』事を放棄する。
『視る』事を拒絶する。
『視る』事を棄却する。
人吉善吉は『欲視力』を使う事をやめた。
あとは、自分の力のみで戦う。
今までだってそうして戦ってきた。
こんな力に頼り過ぎていたら、今までの彼の努力が否定される。
だからこの『異常』は棄てる。
「さあ、再戦だぜ…めだかちゃん(改)ッ!」
「……何をしたかは分かりかねますが、いいでしょう」
今度はめだかから攻撃を繰り出す。
右足による蹴り―――それを人吉は間一髪で避けて蹴り返す。
それを受けながらもめだかちゃん(改)は顔に蹴りを繰り出す。
今度は避けられずに攻撃を喰らい吹き飛ばされる。
そしてすかさずめだかちゃん(改)は追撃――もとい、必殺の一撃を繰り出す。
『理不尽な重税』である。
これを喰らってはいけない、それを一瞬で判断した人吉は腕に力を入れて思い切り地面を押した。
ドゴォ、と言う轟音―――。
地面がへこんでいる。
その場所はどこかなんて言うまでもない…人吉善吉がつい先ほどまでいた場所だ。
あれを喰らっていたら死んでいた。
その恐怖が少しであるが人吉に焦りをもたらした。
「……めだかちゃん、聞いてくれ」
「めだかちゃんではありません、めだかちゃん(改)です」
「……そうだったな…悪いな……聞いてくれ。」
人吉善吉は息をゆっくりと吸う。
そして、吐く。
そして目をしっかりと
黒神めだかに向けて、言い放つ。
「俺は――――お前が本当のめだかちゃん(改)だとは思えない
何故か、なんて聞かれても確かにそんな確証はないさ。
でもよ…本当に俺のこの『異常』が欲しいなら手段を選ばないはずだ。
少なくとも、自分を完成させる事しか頭にないめだかちゃん(改)ならな。
さっきの『理不尽な重税』の時に首を締めながらやれば、避けれなかったはずだ。
それ以前に俺が『異常』に頼っていたと気付いた時に何か行動を起こせばよかったんだ。
だが、お前は決して行動を起こさなかった。
俺を殺そうとはしなかったんだよ…お前は、めだかちゃんは。
それはどうしてだ?―――――俺は考えたよ、少しだけどな。
なあ、めだかちゃん……お前は迷っていたんじゃないのか?
俺にはお前の『視界』が視えるだけだが…お前の『視界』はおかしかった。
何かに迷っているような、そんな視界だったんだよ。
心の奥底で…人を殺すことに抵抗が出ていたんじゃないのか?
理由でいえば…阿久根先輩が死んだ事かもしれない。
他に理由があるのかもしれないが、俺が見えるのは『視界』だけだ。
お前の思考なんざ…読めないんだよ………。
なあ、めだかちゃん……だからこそ言わせてもらう」
「お前は――――止めてもらいたいんじゃねえのか?」
言い放ち―――終わる。
人吉善吉は、先ほどまでの真剣な眼差しのままめだかちゃん(改)を見る。
少しの間ではあるが、両者はただお互いを見ていた。
そして今度はめだかちゃん――
「馬鹿らしい意見ですね」
いや、めだかちゃん(改)の番だった。
目は再び死んだような目に。
視線は冷酷に人吉善吉に向けられていた。
「私の目的は自分自身を『完成』させることなのです。
そのためには、どんなことだって犯すつもりです。
殺人、放火、強盗、薬物―――極刑となるものだろうが。
私は迷うことなく犯す事でしょう……それが私を『完成』させるためならば。
だから――――貴方の言う事は、全て的外れです」
「嘘だっ!!」
「ッ―――!」
「目的が完成させることだって?ああ、それは否定しないさ。
それはきっとお前が少し前まで考えていた事なんだろうからな。
だが…どんな事だろうと犯す気があるだと?それは違う。
だったら、お前は確実に俺を殺しているはずだ!
迷うことなくなんていうのは、まっぴらな嘘なんだ!
的外れなんかじゃねえ!お前はきっと助けてほしいんだろう!
だって――お前はもともとは、周りの事しか考えていない優しい奴だった。
洗脳されたか何だか知らないがお前はきっと何かをされたに違いない。
だから―――きっと何かをすれば元々のお前になると思っている。
だったら俺が助けてやる!――――絶対にだっ!!」
人吉善吉の新・真骨頂『上から目線性善説』である。
黒神めだかの真骨頂を借りただけである。
だが、それはきっとめだかちゃん(改)に何か思わせる事でもあったのだろう。
先ほどまであった人吉善吉の焦りがめだかちゃん(改)に移ったような形となった。
人吉善吉はその焦りで、このめだかちゃん(改)を説得するという行動に出た。
それは案外成功の一途をたどっている。
だが、めだかちゃん(改)は逆にその焦りで追い詰められていっている。
次の一手が思い浮かばない。
だから―――めだかちゃん(改)は考えた。
いや、考えてなどいなかったのだ。
この焦りを消すにはどうすればいいかなんて、簡単だ。
目の前にいる、この人吉善吉を殺せばいいんだ。
少しでも戸惑いを見せてはいけない。
『私は私を『完成』させるのだから、甘えを見せてはいけない。』
その考えを守るために彼女は強く思った。
(確実に、殺す――――!)
「…ッ―――ああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
めだかちゃん(改)は駆ける―――。
距離としては4メートルもない位置だっただろう。
必殺の一撃こと『理不尽な重税』を心臓に撃ち、殺す。
人吉善吉は、それを避けなかった。
その代わり、思い切り叫ぶ。
「めだかちゃん!!!」
「ッ――――」
めだかちゃん(改)の動きが止まった。
いや、止められたというべきなのだろう。
『理不尽な重税』を使うために伸ばされた手刀が止められ、その横をすりぬけて人吉善吉は『異常』な行動に出る。
めだかちゃん(改)を抱きしめる。
そんな簡単な、そして愚かな行為。
「無理すんな、前も言ったけどよ…お前も幸せにならなきゃいけない。
人を殺して、お前は幸せだったのか?――――違うだろう。
俺は、悲しかったんじゃないかって思う…。
ほら…涙の痕が残ってんじゃねえか……お前にも優しさは残ってんだよ。
なぁ、めだかちゃん……一緒にさ………不知火理事長を止めようぜ?」
満面の笑みを私の前で繰り出した。
その笑顔に、再び浮かんでくる…あの笑顔。
始めて彼と会った時の、笑顔。
彼は、こんな時でも変わらなかった。
私を救ってくれたのだ。
だから、戻らなくてはいけないのか?
意地でも…戻らなくてはいけないのか?
私は――――――。
いや、騙されてはいけない。
もしこの考えが嘘だったら?
これが私を騙すための出まかせだとしたら?
……だったら、これを使えばいい。
行橋二年生の『人心把握』…これを使えば嘘は吐けない。
迷わずに使う……これが嘘かどうか……すぐに……。
「めだかちゃんっ!!」
叫び声が聞こえた。
急に頭に入ってきた声に私は驚く。
それと同時に、私の体は中に投げ出された。
訳も分からず、何も分からず、受け身も取れないまま、倒れる。
衝撃で視界が一瞬ぶれる。
だが、すぐに元に戻る。
しかし…その世界は見えない方が良かったものなのかもしれない。
彼の白い服が、赤くコーティングされていた。
その中心には、深々と刺さった刀。
四季崎記紀が作りし完成形変体刀が一つ―――絶刀「鉋」である。
決して折れず曲がらない刀である。
そしてそれを突きさしている人間、それは人吉善吉にとって衝撃以外の何物でもなかった。
「なんで、だ…よ、せんじょ、うあ、がはらさん」
「愚問ね、決まっているじゃない…彼女を殺すためよ…貴方ごとね」
04
人吉善吉が何故後ろからの襲撃に気付けたか。
それは、偶然見た戦場ヶ原ひたぎの姿。
『視た』理由などない、いうなればそれはわずかな心配である。
戦っている間も、彼女はひれ伏せさせられていた。
その彼女を、少し気遣ったのだ。
そして、彼女を見た。
首を少し曲げて、視界を出来るだけ寄せて。
もし倒れているならば、めだかちゃんとともに彼女を手当てしなくてはいけない。
もし起きているならば、すぐにめだかちゃんについて話さなくてはいけない。
そんな気持ちであった。
だが、現実はそんな理想のように甘くはなかった。
彼女は移動してきていた。
方向はこちらに――――。
手に持っていた物は、直刀。
人吉善吉は一瞬で判断した。
だが、見たころには遅かった。
すぐ近くまで来ている、このままいけば二人とも刺され御陀仏だ。
しゃがめばどうだろうか、だがきっとそれでもすぐに判断してめだかちゃんを刺すだろう。
振り払って戦場ヶ原さんを攻撃するか?
だが、そうしたら今度はめだかちゃんに何が起きるか分からない。
だから人吉善吉は選んだ。
黒神めだかを出来るだけ優しく押して、戦場ヶ原ひたぎに刺されることを。
05
「……人吉くん、何故…?」
「……待ってくれ、めだか、ちゃ、ん…少し、だけ…はな、させて、くれ」
「…………」
俺はなんとか気合いで戦場ヶ原さんに向き合う。
胸には刀が刺さったままだが…逆にその方が良いようだ。
刺さったのは肺のようで…抜けば逆に大惨事だ。
抜かなくても十分大惨事だけどな。
「なん、で…殺そ、うと…した……!」
「またなんでとは…貴方はなんでと言う言葉が好きなのかしら?
それともそれを使わないと死ぬ病気にでもかかっているのかしら」
「……!」
「……冗談を言ってる場合じゃないみたいね、まあ簡単に言えば―――優勝するためよ」
「………」
「もし優勝したら、阿良々木君を生き返らせてもらうわ
出来ないなんてほざけば…主催を殺して、私も死ぬわ」
狂っている…と言おうと思ったが言えなかった。
もう体に力が入らず、なんとか立つだけで精一杯なのだ。
だが、このまま何もしなければ…戦場ヶ原さんかめだかちゃんのどっちかが死ぬ。
それは避けなくちゃならない。
被害者は、俺だけで十分なんだ。
悲劇の役は、俺だけで十分なんだ。
これ以上誰も苦しむなんて、俺が許さない。
だから―――最後の力らしいものを振り絞って叫んだ。
「消えろ―――戦場ヶ原ひたぎ」
「呼び捨てだなんて失礼するわね、一応先輩なのよ?」
「殺し合いに乗るのなら、先輩だろうが関係ない」
阿久根先輩の時もそうだった。
俺は決して許さなかった。
あの時容赦なく攻撃し、撃退した。
だから、この場でも例外はない。
胸に刺さった刀を抜く。
血が一気に噴出し、息も苦しくなる。
「俺は、これで…あん、たを…刺す……刺されたく、なけりゃ…逃げ、ろ」
「逃げる?何を言っているのかしら……今更私が退くとでも」
「逃げろっつってんだ!」
「ッ―――!」
彼女は初めて俺に対し萎縮した。
そのためかは分からない。
だが、彼女は背中を向けて走り出して行った。
「さようなら―――人吉君、貴方の事…嫌いではなかったわ」
最後に少し、ツンデレのデレの部分を残して。
06
「…人吉くん」
「悪ぃ、な…めだか、ちゃん」
人吉の顔には血の気がもうほとんどと言っていいほどなかった。
かすかに残った魂を振り絞っているような感じであった。
人吉は、左側にいためだかの手を握った。
その手を使い、自分側にめだかを引き寄せる。
そして、二人の唇が重なり合った。
「…何を?」
「最後の、残し物だ…お前、の…行きすぎ愛情表現、とでも…言って、おく、よ」
人吉は満面の笑みでめだかを見た。
だが、その満面の笑みはすぐに失われた。
力が抜けて、動かなくなる。
だが、まだ死んではいない。
だから、人吉善吉は最後にこの言葉を残した。
一度死んだときに残したこの言葉を。
「好きだぜ、めだかちゃん」
『だから、泣くんじゃねえぞ…お前の泣き顔なんて見たくねえ』と、言おうとしたところで彼は力尽きた。
人吉善吉はここに二度目の死を迎えた。
だが今度は、生き返らない。
「善吉?」
彼女は、いつの間にか元に戻っていた。
先ほどのキスで、戻っていたのか。
最後の言葉で、戻っていたのか。
それは分からない。
「善吉―――」
彼女の頬に涙が流れた。
今度は彼女自身でも泣いていると分かったのか、涙を拭いている。
そして、善吉の胸に耳を当てた。
死んでいてほしくない。
生きていてほしい。
それだけを願って鼓動が残っているか耳を当てる。
だが、鼓動は止まっている。
動いてはいない。
それが指す物は―――『死』
「うわああああああああああああ!!!!!!」
彼女は泣きだした。
涙を流すだけではない。
子供のように、泣いている。
子供のように泣きわめいている。
「善吉いいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!」
髪から色が抜けていく。
それは彼女が壊れた証。
黒神めだかは大事な人を亡くし、乱神した。
彼女に救いは――――無い。
【人吉善吉@めだかボックス 死亡】
【1日目/朝/C-3】
【黒神めだか@めだかボックス】
[状態]乱神モード、『不死身性』(弱体化)
[装備]なし
[道具]支給品一式×2、ランダム支給品(2~6)、心渡り@物語シリーズ
[思考]
基本:善吉―――――。
1:善吉を殺した奴(戦場ヶ原ひたぎ)を殺す。
[備考]
※『不死身性』は結構弱体化しました。(少なくとも、左右田右衛門左衛門から受けた攻撃には耐えられない程度には)
※都城王土の『人心支配』は使えるようです。
※
宗像形の暗器は不明です。
※めだかちゃん(改)は解けました、それに伴いめだかちゃん(改)の思考が消えています。
※戦場ヶ原ひたぎの名前、容姿、声などほとんど記憶しています
※戦場ヶ原ひたぎのランダム支給品である絶刀「鉋」は人吉善吉の死体の傍に置いてあります。
07
今回の後日譚…と言うか今回の終わり。
私はただ逃げていた。
武器であった、あの刀を失い…もう武器は無い。
だから、利用できる者は利用する。
それが友人であろうが。
それが怪異であろうが。
それが武器であろうが。
それが異常であろうが。
それが負荷であろうが。
私は阿良々木君を愛している。
だから、止まるわけには行かないのよ。
これを見たら阿良々木君は怒るかもしれないけれど。
それが、私なりの愛し方なのよ。
覚えておいてね、阿良々木君。
あと、一つだけ…届かないかもしれないけれど。
ごめんなさいね、人吉君。
【1日目/朝/C-3】
【戦場ヶ原ひたぎ@物語シリーズ】
[状態]右足に包帯を巻いている、逃走中、思考能力低下
[装備]
[道具]支給品一式、ランダム支給品(0~1) (武器はない)
[思考]
基本:優勝する、願いが叶わないならこんなことを考えた主催を殺して自分も死ぬ。
1:今は逃げる。
2:黒神めだかは自分が殺す。
3:使える人がいそうなのであれば仲間にしたい。
[備考]
※つばさキャット終了後からの参戦です。
※名簿にある程度の疑問を抱いています。
※嗅覚麻痺は解消しました。
最終更新:2012年10月02日 13:19