Q&A(旧案と宴) ◆xR8DbSLW.w
§ Ⅰ 前段
「ああいうのはやめた方がいいんじゃないかな」
『つまり?』
「櫃内くんを追い詰めるような真似をしたことよ」
ランドセルランド。
露店の広がる屋外。
机に広げぐちゃぐちゃに潰されたチュロスを味わいながら、二人は喋る。
羽川翼と、
球磨川禊だ。
『僕が人を陥れるようなことをするわけがないだろう!?』
「現にしていたじゃない」
『まあね、でもさ、僕たちは愉快に今後を案じてただけなんだぜ?
横から盗み聞きをするようなやつのことまで心配してらんないな』
「……あなたの話法に乗っかるいーさんもいーさんですけど、
問題があるとするならあなたよ、球磨川くん」
『人を悪者みたいに言うなよ、悪いやつだな。僕は悪くない』
「ああいう話の持ち出され方をしたら、いーさんとしてもああ答えるしかないでしょうに」
悪者扱いするなというわりに、球磨川の顔色は明るい。
気にした様子もなく、指先で砕けたチュロスのかけらを拾い上げる。
対する羽川は、頭を押さえるようにして、話をつづけた。
「切磋琢磨と強さが互いに影響を与えるように、弱さも影響し合うものだって、他ならぬ球磨川くんなら分かるでしょう」
『負の連鎖ってやつ?』
「簡単に言えば、そういう類の話」
シンフォニーであり、シンパシー。
弱さは弱さを呼ぶ。
弱さを見ると、落ち着かなくなる。
自分の弱さを見ているように。
与える不和は些細かもしれないけれど、波紋は次なる波を呼ぶ。
自身に、他人に、多勢に。
『嬉しいな、こんなに僕を思って怒ってくれる人ははじめてだ』
「あんまり適当なことばっかり言っていると、七実さんも愛想を尽かすわよ」
『――きみは正しいね。いつも正しい。強いられているように、強がっているみたいにただただ正しい』
「阿良々木くんも時折持ち上げるような発言をしたけれど、それじゃあ聖人みたいじゃない」
『褒められてると思ったかい? 違うね、つまりきみは人間的じゃない。化物や化生の類、いない方がいい生物だ』
化物――化け猫。
尾のない猫。アンバランス。
感情表現もままならない、均衡のとれない化生。
『でも安心してよ。僕は弱い者の味方だ』
「味方でいてくれることは嬉しいけども」
『前にも言ったかな、やっぱりきみは僕たち側の人間だ』
「私は普通よ。取るに足らない普通の高校生ですから」
『謙遜するなよ。今度は褒めてるんだから』
「今度褒め言葉の意味を調べましょう?」
『僕の友達に蝶ヶ崎蛾々丸くんってやつがいるんだけどね、きみはああいうタイプに近いよ』
「――まあ、詳しい話は聞かないけど、どうにも褒められたとだけは感じないわね」
蝶ヶ崎蛾々丸。『不慮の事故(エンカウンター)』。
受けた傷をそのまま他へと受け流す、最悪の過負荷(マイナス)。
その有り様は、『ブラック羽川』のそれと近しい性質がある。
積もった傷(ストレス)を、他者を介して解消する怪異。
大きな違いがあるとするならば、
羽川翼には十六年間ストレスと受け入れ続けた実績がある――耐性がある。
阿良々木暦というファクターに起因して、彼女は『猫』に魅入ってしまったけれど、
耐える強さを持っていた。
不幸を当然とし続ける弱さを持っていた。
いや、正鵠を射るならば、羽川は自分を不幸とすら思っていないだろう。
嘘偽りなく、自分を『普通』と認識している。
遠くない将来、彼女は己の異常性を自覚するはずであった。
しかしこの場における
羽川翼はそうした契機を経ることなく、今、生きている。
悲惨な家庭環境も、そういうものと認知して、
虐待を虐待と認めず、目を閉じ続ける弱さがあった。逸らし続ける脆さがあった。
強がりでもなんでもなく。
不幸を不幸とも思えない、残酷なまでの鈍さ。
闇に対する鈍さを抱えて生きていけるほど、生物は上手に創られていない。
野性性のない生物は、朽ちるしかない。
(――それでも、私はやるべきことをする)
『今まで悪いことをされたんだから、他人に悪いことをしてもいい』――というのは、
球磨川禊と時を同じくして箱庭学園に転入してきた『マイナス十三組』、志布志飛沫の言だ。
『マイナス十三組』の掲げる
三つのモットーと等しく、『マイナス十三組』の骨子となる怨念である。
であるならば、羽川の弱さは、ある種『マイナス十三組』にも劣る。
たとえば志布志飛沫――彼女も両親からの虐待を受けて育ち、それを『不幸』とした。
現実を直視できる人格があった。主格があり、主体があった。
反して
羽川翼はどうだ? 親からの暴力暴言、軽視無視――それらを正しく受け止めたか。
誰からも慕われ、正しいと評判の委員長は、現実を正しく強く、受け入れただろうか。
あるいはそれは、
球磨川禊にも言えることかもしれないけれど。
強がりではなく、弱さを受け入れた
球磨川禊の弱さの底――。
「それで、私と喋りたいことってそれだけ?」
『うん』
「うんって……」
『え、何。おっぱいの話でもしたら揉ませてくれるの?』
「私を雑なおっぱいキャラにしないで」
『おっぱいキャラでしょ』
「そんな安いキャラしてません」
『三つ編み眼鏡委員長は安くないの?』
「これは別にキャラじゃありませんから」
はあ、疲れたように息をつく。
対する球磨川は相変わらずだった。
舞台もいよいよ大詰めというのに、まったくもって終盤感に乏しい。
「まあいいわ。暇を持て余しているぐらいなら私に付き合って」
『わかった! デートはどこがいい? やっぱ無難に富士の樹海とか?』
「そうじゃなくって……そんな路頭に迷ったカップルの真似事をしたいんじゃなくって」
やりたいことは、得られた情報の整理だ。
玖渚友と日和号から得られたデータの、その解析を。
「まずは『青色サヴァン』――玖渚さんからのメールを振り返りましょう」
『欠陥製品が執着してた天才のことだね』
「あんまり含みのある言い方をしないの。――いろいろ送られてきたけれど、
大きく分けると三つ、大事なことは書かれているわね」
『①首輪の解除について
②主催陣について
③
水倉りすかについて――だろう?』
「他にもこの土地についてとか、憂慮すべき点が纏まってたのらすごいわよね。
でも一旦、りすかちゃんについては置いておきましょう。
球磨川くんもいーさんも対処法ぐらい考えているんでしょう?」
『強大な力を持つということは、それだけの慢心(よわさ)が棲みついているということさ』
「そういうものかしら? どの道私にできることは限られているもの、任せるしかないのは忍びないのだけれど」
『きみが望めば、セクシー猫っ娘は今すぐにでも還ってくると思うけどね』
「……本当、私はどんな醜態を晒していたのかしら」
『らぶりーな下着の描写だったら克明としてやるぜ』
「遠慮しておくわ。そういうのは春休みに経験済み」
『実際のところ、一番の最適解は『ブラック羽川』のエナジードレインだ。
にも関わらずきみはきみのまま。保身で力を温存するなんて……許されることじゃないよ!』
「嘘も方便というけれど、本当にあなた、すがりつきたくなるような嘘が得意だね……」
攻略の鍵は流血を伴わない攻撃手段。
水倉りすかを攻略するうえで肝要となる。
不敵であれど、無敵でない――
水倉りすかには殊の外弱点も多いのだ。
それは『分解』であり。
それは『熱量』であり。
それは『電気』であり。
それは『吸収』である。
精神に大きく左右されるという点において、
戯言遣いや
球磨川禊のような人間に対しても、相性が良いとは言えないだろう。
供犠創貴が横にいたのならばともかくとして。
水倉りすか、ただ一人においては。
――あるいはこの場において、一番相性が良かったのは、鑢七実だったのかもしれない。
もしかすると、鑢七実を十全に『殺せる』最後のキーパーソンだったのかもしれない。
ただ、どうであれ、そうした議論も詮無きことだ。
二人の思惑とは別のところで、
水倉りすかの物語は完結している。終結しようとしていた。
話を切り替えて。
次の議題へ。
「首輪の解除――ね」
『あのメールで送られてきた――このコードだけで大分容量を食ってたみたいだけど』
「主催者の組み込んだプログラムがそれだけ高度であったということか、
あくまで既製品のスマートフォンに玖渚さんの才能を落としこむには、それだけの容量が必要だったのかしら」
『さてね、天才なんて軒並み一般社会にそぐわないんだから、付き合わされる機械も可哀想だ』
「でも、このコードだけじゃあ不十分だわ」
『なんだい、弘法も筆の誤りってやつ? やっだねー、天才ならなっさけない失敗談でも格好いい美談、格言にされるんだから』
「だから、あんまり含みのある物言いしないの。
――それにこれは、失敗というより、敢えて、なんでしょうね」
『ふうん、やっぱり天才は分かんないな。なんでそんなことするんだよ。
する意味がない。僕たちの命がかかってるんだぜ? 命をなんだと思ってるんだ!』
「玖渚さんに関していえば、私たちの命なんてどうでもいいんだろうけれど――」
球磨川にだけは、玖渚も言われたくないだろう。
ただ、羽川は言葉を詰まらせたのは、そんなツッコミをしたかったからではない。
『どうしたの?』
「いえ……なら、コードを完成させるのは私の仕事ということになるわね」
玖渚友。『青色サヴァン』、『死線の蒼(デッドブルー)』。
直接交えたのはほんのわずかな時間であったけれど、確実に断言できることがあった。
彼女の行動指針は
戯言遣いのためのみに向いている。
間違いなく。紛うことなく。
であるならば、コードの欠けているのは――欠けているというのも直喩的ではあるけれど――
戯言遣いのためか。
わからない。
考えなければ。
彼女は言っていた。あとは実践に移すぐらいだと。
ならば、公式は本来完成していたはずだ。
理屈はさておき、理解もさておき、理論はおぼろげに教えてもらい習得しつつある。
(あとは私が、穴を埋めるだけ――)
きっと私じゃなくても、ここまでお膳立てされていたら、いーさんは解くだろう。
羽川は感じる。
戯言遣いは必ずしもそうと捉えているわけではないだろうけれど、
前提が――あのメッセージは
戯言遣いに宛てたものである以上。
本来想定されている、解答者――解凍者は
戯言遣いのはずだ。
であれば、羽川の出る幕はないのかもしれない。
脇役は引っ込むのが筋かもしれない――それでも、羽川は首を突っ込む。
いつも通り、正しくあるように。
余計なお世話もお世話の内と叫ぶように。
『で、主催者のことだっけ?』
「ええ――不知火袴さん、不知火一族のことをはじめ、諸々と書いてあったわね」
『驚きだ! まさかあの不知火袴が傀儡の一族だったなんて!』
「安直に考えるのであれば、不知火袴は誰かの影武者となるのかな」
『恐ろしく強大な敵を前にしてさしもの僕も震えが止まらないよ』
「武者震いってことにしておいてあげるけど、――」
判明しているだけで――判明するだけ恐ろしいけれど――下記の通りだ。
①不知火袴――箱庭学園理事長。不知火一族。
②斜道卿壱郎――堕落三昧(マッドデモン)。研究者。
③都城王土――元箱庭学園生徒『十三組』。創帝(クリエイト)。
④萩原子荻――澄百合学園生徒。策師。檻神ノアの娘。
『なんだ、噛ませ犬ばっかりだな』
「そんな一筋縄ではいかないでしょ」
ここまでは確定。
放送の発信者だ。曰く付きの策師について、
戯言遣いのお墨付きもある。
彼の記憶に太鼓判を押されたところでなんだという話でもあるけれど。
議論の余地があるとすれば、残りの面々。
⑤四季崎記紀――刀鍛冶。
⑥不知火半袖――箱庭学園生徒。不知火一族。
⑦安心院なじみ――悪平等。
これらは推定。
兎吊木垓輔――『害悪細菌(グリーングリーングリーン)』の補助。
それに、悪平等の端末に『為った』が故に、安心院なじみの手助けを得たのか。
文面で詳細は語られなかった。結果だけが残っている。
そうであったかもしれないし、なかったかもしれない。
異常(アブノーマル)も、過負荷(マイナス)も、悪平等(ノットイコール)も。
理外の範疇にある。
理屈である以上に、感覚の話なのかもしれない。
自分が過負荷と言われても、てんで理解が追いつかない。
――先の両名の名前が出てきた時、
戯言遣いと
球磨川禊が柄にもなく面白くなさそうな顔をしたのは印象深いけれど。
安心院なじみはともかくとして、
兎吊木垓輔なら自ら関わりだしてもおかしくはないだろう、というのは
戯言遣いの評価。
いわく、おぞましい変態。
戯言遣いをしてそう言わしめるのだから、相当なものだ。
一方で、兎吊木ならば、玖渚の手を煩わせるようなことはしないと思う、という判断も下していた。
事実、目論見は志半ばに終わったとはいえ、従者は暴君に告げていた。
『――You just watch,"DEAD BLUE"!!』。
黙ってみていろ、『死線の蒼』。
いつかの再来。
かつての再現。
あの
玖渚友が覚えていないわけがない。
『歩く逆鱗』は『裁く罪人』を認知した。
あの時浮かんだほのかな期待と笑みは、嘘ではなかっただろう。
にもかかわらず、『死線』は黙ることを止めなかった。手を止めなかった。
――斜道の研究所で巻き起こした過去と反して。
意味があるのか、なかったのか。
この場に疑問を抱けるものはもはやいない。
『ま、どちらであれ今尚連絡がないってことは失敗したんだろ、なっさけなーい!』
もしくは――今から。
玖渚友が死んだ今なら、兎吊木垓輔はリブートするだろうか?
地獄という地獄を地獄しろ。
虐殺という虐殺を虐殺しろ。
罪悪という罪悪を罪悪しろ。
絶望という絶望を絶望させろ。
混沌という混沌を混沌させろ。
屈従という屈従を屈従させろ。
遠慮はするな誰にはばかることもない。
死線の名の下に、世界を蹂躙したように。
されど、死線の寝室は消灯した。
とこしえの眠りに暴君はついた。
ならば、細菌はどうするのだろう?
とはいえ、これもまた欄外の戦い。
渦中の二人に関与のしようがない争い。
考えるべきは、他にある。
「勝てるかしら、私たちで」
『勝つんだろ、あいつらに』
「負け戦かもしれないわよ」
『負け戦なんていつものことだ』
「そもそもこの場合の勝ちってなんなのかしら」
『ルールを破綻させることさ』
まあ、そういうことになる。
羽川も頷く。
――結局のところ、望ましい展開はみな生存に着地する。
なかったことにするかはさておき。
今残っている面々だけは。最低でも。
球磨川禊も鑢七実も、もしかすると
水倉りすかもおよそ反人間的な存在ではあるけれど、死んでいいわけでは当然ない。
死んでいい人間なんていない。
どんな最低な人間でも。
示される道はひとつ、『生き残れるのはひとりだけ』とふざけた決まりを撤廃させる。
(問題は、それをどうやって――なんだけど)
さて。
球磨川の答えは。
『え? お願いすればいいじゃないか。みんなで生き残りたいですって。
こどものお願いを聞くのが老爺の務めだろ? なんのために年を取ってんだ』
「思いのほか浅い答えが返ってきてびっくりした。
もっとあるでしょう、せめて首輪を外して主導権を握らせないとか」
『だったら早く欠陥製品や七実ちゃんの首輪を外さないと』
「……それもそうね」
そう言われれば、返す言葉もない。
語勢が弱くなるのを皮切りに、議題は次へと移りゆく。
せめて次の放送が開けた後、景色が変わると信じて。
§ Ⅲ 日和号のデータ
「さて、日和号に眠っていたデータですけど」
『いよっ羽川屋』
露店からひったくってきたオレンジジュースとメロンソーダを無計画な配分でブレンドしながら、球磨川は羽川に応じる。
何とも気のない返事に言葉を詰まらせる羽川を待つことなく、球磨川は言葉を続けた。
『欠陥製品はここに主催者のデータ、とりわけ主催者の居場所が載っていると推理した』
「鑢七実さんいわく、そもそも日和号には現在位置を観測する性能があった。
――もともと不要湖の、四季崎記紀の工場を中心に徘徊する機能があった。なら、『日和号』と『位置』の符号は合致する」
『まるでログポースさながらね』
四センチにも満たないプラスチックケースから、メモリーカードを抜き取る。よくあるタイプのメモリーカード。
携帯機器の規格ともあう、変哲もないカード。
さて、中身はというと――。
『要領を得ないデータしかなかったわけだ』
「主催者の情報という意味では、当たりじゃない。なかなか辛い映像はあったけど。
――でも見る限り、まだロックのかかったフォルダは残っているわね」
『今解凍されているフォルダは5つだ』
「放送間の数と一致すると考えたら、もしかしたら次の放送のあと、何か変化があるかもしれない」
『ま、ないかもしれないけどね』
そうね、と羽川。
5という数字のきりの良さは、どうとでも取れる。
先の
玖渚友の死亡通知があったから、時限式の開封もありうると思考が引っ張られているだけなのかもしれない。
あるいは、
玖渚友が死んでしまった今、そうでもないと見れないからという希望的観測か。
「仮に時限式のロックだとして、何の意味があるのかしら」
『ネタバレはつまんないだろうって計らいじゃないの?
僕はネタバレをされたうえで作品を見る方が好きだけど』
盛り上げようとしている演出を見ると滑稽で、好き。
さらっと最悪な嗜好を披露している球磨川は置いておくとして、
さすがに理由までは考えたところで答えはない。
今はとにかく、入手した情報の整理が大事だろう。
「5つのフォルダの中身をまとめると――こんな感じになるわね」
①詳細名簿
②死亡者ビデオA
③死亡者ビデオB
④計画について
⑤不知火の里について
「この中で不知火の里については、玖渚さんから教えてもらったことと大きく齟齬はなかった」
『情報の信憑性の担保ってことかよ。くそっ、若者だからと舐めやがって』
「玖渚さんが一段飛ばしに真実に近づいていたってだけだと思う……」
つくづく、惜しい人を亡くしてしまった。
羽川は哀悼の意を捧げつつ、気になったことを振り返る。
――このメモリーカードに入っているぐらいだ。『不知火』であることは重大なのか?
『白縫』と『黒神』が対になるように。
不知火袴は、あるいは不知火半袖は――誰かの代役でしかないのか?
だとしたら誰か。
明確な答えはない。
もしかしたら、ヒントを見逃しているだけか。
見直そう。見つけよう。
「もう一つのフォルダには色々な計画がまとまっていたわね。これも要所要所玖渚さんから聞いてはいたけれど」
『まるで黒幕候補を列挙しているかのごとくね』
「斜道卿壱郎博士の研究も載っていたわね。
兎吊木垓輔を利用した――特異性的人間の創造。なかなか際どい題材をやってたみたい」
『で、『箱舟計画』とやらは水倉神檎の計画だってね。
水倉りすかのお父さん』
「私が思っていた以上に、りすかちゃんたちの世界観は私たちに則してなかったようね」
『まったく、僕たちのにこやかシュールギャグの世界を重んじてほしいね』
「他にも完了形変体刀についてとか、いろいろ書いてはあったけれど。注目すべきはやはりこれになるのかしら」
羽川は、球磨川が新たにブレンドしていた謎ジュースを一口含んでから、文書を開く。
その文書は『バトル・ロワイアル』と銘打たれていた。
「といっても、目新しい情報はないのよね……。ルールなんかが書いてあるだけで」
『結局『完全なる人間の創造』についても書いてなかったんだろ?
ま、生き残った面々を見る限り主催者たちも絶句してるんじゃない?』
――完全な人間。
人類のハイエンド。
進化の最果て。
窮極にして終局。
人類最終――すらも『終わらせる』生体。
羽川は不知火袴の演説を直接聞いたわけではない――聞いたことを覚えているわけではないけれど、
自分が見合う人材であるかと問われれば、間違いなく首を横に振る。
過負荷がどうというのは一度置いておくとしても。
無理がある。
無茶がある。
無駄がある。
――生き残った人間に、完全に至る素養があるか?
少なくとも現在生き残っている六人に、そんな素養があるとは、羽川に到底思えない。
(だから要するに――話は戻るのだ)
不知火袴の主導で行われた実験か否か。
影武者としての単なる建前でしかないのか。
同じ疑問が、行ったり来たり。
ままならない。
話に区切りがついたと、球磨川は話を進める。
『それでそう、名簿? があったんだったね。今更ながらに』
「正直、肩透かしではあったわね」
しかも中身は未完成――ときた。
十中八九恣意的な落丁には違いない。
戯言遣いや玖渚友、それに羽川自身や
阿良々木暦なんかは載っていたりするけれど。
『善吉ちゃんはぶられてやんのー、やーいやーい』
「はぶられてるというなら球磨川くんもでしょ?」
『はぶられるのなんていつものことだ』
「もう……そういうのいいから」
球磨川禊をはじめとする、箱庭学園の生徒の面々が一切合切記載されていないのは、気がかりといえば気がかりではある。
果たしてそんなことをする意味があるのかどうかは推定もできない。
もしかすると、次に出てきた『映像』を踏まえれば、意味があったりするのだろうか?
「『死亡者ビデオ』――ね。たしか図書館にもそういうのがあったのよね」
『ああ、探偵ものを抜本から覆す興醒めな代物さ』
「今の私たちはどちらかというとスプラッタものでしょうけれど」
もちろん、にこやかシュールギャグでもない。
死者が平気で生き返る様は、案外シュールなギャグかもしれないけれど。
さておき。
メモリーカードの中にはたしかに死亡者ビデオが管理されている。
それ自体は大きな問題ではなく。
――疑問点があるならば、探偵もの風に表現するならば『被害者』。
二つのビデオを改めて視聴して、ため息。
この一時間で何度目かの、大きなため息だ。
「神原駿河さん、紫木一姫さん。参加者でさえない彼女たちの死亡シーン、なのよね。やっぱり」
『彼女が神原駿河ちゃんであるっていうのは、他ならぬ翼ちゃんが言ったことじゃないか』
「ええ、まあ……そうなんだけど」
釈然としない様子で、
羽川翼は頷く。
『死亡者ビデオ』の片割れに映っていたのは、首輪をつけた神原駿河だ。
少なくとも、姿かたちに関していえば、確実に。真庭蝙蝠のような変質者が擬態でもしない限りは。
中学時代にも
戦場ヶ原ひたぎとともに『ヴァルハラコンビ』で名の知れた、直江津高校のスーパースター。
この二年でバスケットボール部の実績を底上げした立役者にして、花形である。
その彼女がなんの脈絡もなく――羽川たちも知らないところで、殺されたらしい。
加害者は誰だかは分からない。
ただ、死んでいる姿だけは、克明と写し出されている。
死んでいる。終わっていた。
戯言遣いにいわく、紫木一姫と呼ばれて少女も、また。
同じように、生命が途絶えている。
「でも、どうしてでしょう」
『なにが?』
「なんでこんな映像を――見せる必要があるのかしら」
『見せる必要がないから、日和号のなかにあったんだろう』
「確かに――そういう見方もあるでしょうけど。でも――」
あんなあからさまに、秘蔵であることを演出しておいて。
物申したい気持ちもあったけれど、手に付着したチュロスを舐めながら球磨川が言葉を遮った。
『おいおいおい、翼ちゃん。まさかとは思うけれど』
見下すような瞳。
嘲笑うような三日月。
人を不快にさせることに特化しような、マイナス。
『誰が用意したとも知りえないこんな情報を信じるのか?』
こんなの、お遊び用のおもちゃだろう。
一瞬。
二人の視線が交わって。
息を飲みこんでから、羽川は答える。
「大嘘からもしれない。法螺吹きかもしれない。
でも、疑うためにも、一度信じないと始まらないわ」
信じるために、疑うように。
そもそも、審議のためにこうして二人、振り返っているのだ。
『そう、いや僕も大賛成だ! 翼ちゃんはさすが、おっぱいに夢がつまっているだけあるね!』
「だから、雑なおっぱいキャラにしない」
ついさっき、信憑性の担保がどうと言っていたのは、球磨川だろうに。
虚飾に塗れた嘘が交じっていたとしても、
玖渚友とのデータを合わせれば、きっと道は拓けるはず――。
真実から目を逸らしては――いないはずだ。
日和号は、おそらく主催者が配置したギミックである。
ならば日和号をランドセルランドに滞留させたのは、誰の采配か。
日和号にメモリーカードを挿入させていたのは、誰の思惑か。
五人の話し合いの際。
議題に上った案件。
仮に主催者が一枚岩じゃないとするならば、
謀反者は、四季崎記紀や都城王土が可能性として高いのだと。
日和号の製作者が四季崎であり、突き詰めれば電気をエネルギーとする日和号を操る都城。
結果から逆算される関連性――必然性。
次いで、萩原子荻あたりも、性格的な意味合いで忠僕であるかは疑問が残るといった具合だったか。
そういう球磨川くんは信じてないの、と問えば表情をからっと一変し。
『え、どっちでもいいよ』
「どっちでもいいって、あなたね」
『あんなおめめ真っ白になった耄碌したジジイどもの思惑なんて知ったことではないしね』
「確かにまあ、そうかもしれないけれど」
言ってしまえば、その耄碌したジジイにお願いをしようと提言したのも球磨川なのだが。
適当にでっち上げた嘘かもしれない。何もかも。
球磨川の言動に振り回されてはいけない。
櫃内に突き落とした過負荷が、彼を壊しかけているように。
今の彼の言葉には芯がない――真がなく、心がない。
惑わされてはいけない。
自制をしなければ――自律をしなければ。
今、『ブラック羽川』にすがるわけにはいかない。
(すべてを『なかったこと』にしようと言っている男の子だものね)
とんだ超絶理論(サイコロジカル)。とんでもない大嘘憑き(オールフィクション)。
自罰的で、自傷的で、自戒を重んじる
阿良々木暦とは、まるで真逆の生態。
地獄のような春休み――そこで受けた傷を一生をもって引きずると決めた彼とは違う。
理解しろ、弁えろ。
(それにしても、『記憶』がないっていうのは、不便なものだ)
球磨川禊は
八九寺真宵の記憶を一度消去したけれど、
それが救いたり得たのは――救いになったのかは八九寺にしか判断できないが――
八九寺にとって、記憶を失ったという感覚がなかったからだろう。
対して羽川の場合は、迷惑をかけている――ということだけは確定していた。
ゴールデンウィークにしろ、この、計画の最中にしろ。
むろんのこと、この場合悪いのは白猫ではなく、羽川自身に違いない。
(『なかったこと』になるっていうのは甘い響きがある)
飛びつきたくなるような嘘。
白々しく白をきるような、自分には。
自分でさえ預かり知らない、自分の蛮行を帳消しにできるのであればどれだけ楽だろう。
『それで、総括は終わり?』
「歯痒いけどね」
『そう、また困ったことがあったら言ってね。
翼ちゃんのためなら僕がみーっんな仲良くダメにしてあげるから』
そういって、球磨川は携帯機器の電源を落とす。
議題は尽きた。
ならばあとは、放送を待つのみ。
いや、羽川には首輪を解除するための責務がある。
「居場所はわからなかったけど、首輪さえ外れちゃえば、あとはしらみ潰しに会場を回ってでも――」
終わらせる。
機運に恵まれて、今まで生かされてきた。
それとなく、生き残ってきた。
でも、これからは自分に甘えず、自分で戦わなければ――。
そう、羽川が意気込みを新たにしようとした時。
不意に球磨川が口を開く。
ぼんやりと、ジュースを飲みながら。
『翼ちゃんは優等生だね』
行儀悪く、ストローを齧りながら。
なんてこともないように。
『真実なんて案外、どうでもいいことだったりするんだぜ?』
§ Ⅳ 後段
そうして、羽川は首輪の解除に勤しんでいた。
知識とデータを見比べながら、どうにか穴埋めを試みる。
多分、大丈夫。自分を鼓舞する意味合いでも、羽川は頷く。
実際に現物が目の前にあると、電話口で
玖渚友が説明していたことの理解がある程度進む。
球磨川が置き土産に残したアンタッチャブルなお菓子の複合体を平然とつまみながら、
これからについて、思考を巡らせる。
(どうでもいいことだったとしても――希望を裏切る結果だとしても)
戯言遣いは真庭鳳凰に、こんな戯言を言っていた。
仮に優勝したとして――待ち構えている結末は裏切りである。
首輪の爆破であれ、願いが叶わないことであれ、意に沿う結果には到底なりえない。
これは時間稼ぎの詭弁に過ぎない。モンキートークの蔑称に違わぬ猿芝居だ。
ただ、可能性の一側面を捉えていることも、確かであった。
たとえばの話。
このメモリーカードはいわゆる黒幕と呼ばれる存在が用意したものであり、
救いにならない――どころか、何の意味もない――どころか、地獄に叩きつけるだけの代物なのかもしれない。
最悪の想定。
あるいはこれは、球磨川と二人で喋っていたから思考が誘導されているだけなのか?
目を逸らし続けてきた羽川をして、現実が重くのしかかる。
それでも羽川は、優等生なのだった。
(いったい何が目的なのか)
欲するところは極上の戦闘能力――ではないのだろう。
結果論ではあるけれど、生き残った面々で戦闘能力が卓抜しているのは、鑢七実ぐらいなものだ。
羽川には知る術もないが、その七実をしても
黒神めだかに敗れている。
想影真心を討ち損ねている。
ならば、あつらえられた真実とやらを紐解く探偵としての資質――か。
どうだろう。用意された材料はある。
玖渚友の成果しかり。日和号の成果しかり。
(私の支給品――にも用途のわからない箱がある)
黒い箱。
『黒』『箱』『鍵』――以外の情報がまるでない、文字通りのブラックボックス。
不知火袴が牛耳るゲームだ。もしかすると、箱庭学園の前身なる『黒箱塾』と繋がりでもあるのか。
(いや、あまりにも遠因がすぎるか――それよりも中を確かめてみないと)
タイミングを逸してしまったけれど。
いよいよ情報が手詰まりになった今、この箱を開封する時が来たのかもしれない。
神のいたずらか、恣意的な企みか、『錠開け道具(アンチロックブレード)』だったらこの場にある。
本来であれば球磨川たちと合流した段階――各々の所持品を確認した時点ですべきであったのだろうけれど、
メモリーカードの情報などを整理するのに手いっぱいになってしまっていた。
(それに、七実さんの白い鍵)
説明もなく鍵を渡されても――といった不具合もあるが。
鍵穴を見つけるのも、ひとつ探偵の仕事とでも言いたいのだろうか。
いずれにせよ、与えられたヒントや環境を駆使して、真実を解き明かすことにこそ、意義でもあるのか。
もしくは単純に生存能力が肝なのか。
いっそのこと、一種のエンターテイメントでしかないと言ってくれた方が気を揉まずに済むのだけれど。
(答えはない――でない)
なんでもは知らない。知っていることだけ。
だから、知っていることから片付けないと。
(首輪――首輪ね)
もう一度。
コードと実物を見比べる。
冷たい温度。容易に人の殺せる凶器。
そんなものが、自分の首にも嵌められている。
一刻も早く、解除しなければ。おそらくゴールはもう直前なのだ。
(神原さんも、こんな思いをしてたのかしら)
先の死亡者ビデオを思い出す。
首輪をつけた神原の姿――亡くなった神原の姿。
(それもただ亡くなったんじゃなくて、おそらく私たちと同じように)
こんな悪趣味な首輪をつけているのだ。
彼女も『参加者』であったことは想像がつく。
しかし、いつ、どこで? 神原駿河は昨日まで学校へ登校していたのではなないのか?
(下級生の出欠にまでは明るくないけど――最近頭痛がひどかったし、言い訳かなこれは……)
いや、そんな疑問でさえも、今のこの場――バトルロワイアルの場においては些末な問題なのか?
たとえば、羽川と
八九寺真宵の記憶に齟齬があるように、時間という流れは今に限ればひどく曖昧だ。
『赤き時の魔女』
水倉りすかの名前を挙げるまでもなく。
(そうよね、萩原子荻、それに紫木一姫も一度お亡くなりになった人間だというし)
死んだ人間が、平然と跋扈する。死んだ人間が、平気で生きて死ぬ。
狂っている――まだしも八九寺のように幽霊だと言ってくれた方が現実味がある。
さながら
球磨川禊のように、死を『なかったこと』に――。
(『なかったこと』――死を、なかったことに)
一度思考を止めて。
羽川は、浅く呼吸をする。
息を吸う。朝の冷たい空気が肺に流れ込む。
底冷えする。冷静に考えろ。
(一致しない『名簿』、神原さんたちという『参加者』、不知火という『影武者』。
死を『なかったこと』にする――『なかったこと』にする)
この一時間で手に入れた符号を整理する。
(殺し合いを『なかったこと』にする――)
様々なドラマをすべて等しくまっさらに。
喜劇も悲劇もひっくるめて、なかったことにして、おしまい。
この物語はフィクションである。警句を末尾に、話を〆る。
(それでももし、終わらないことがあるとしたら)
すでに完結した話の二次創作でもするように。
ああ、そうだ。
繰り返す満月のように、なんどもなんども、同じことを繰り返すようなことが仮にあったとするならば。
「一分――考えさせて」
そうして。
羽川翼は思索に耽る。
当然『真実』がどうであったところで、計画の進行に影響は、一抹もない
【二日目/早朝/E-6 ランドセルランド】
【
羽川翼@物語シリーズ】
[状態]健康、ノーマル羽川、動揺
[装備]パーカー@めだかボックス、ジーンズ@めだかボックス
[道具]支給品一式×2(食料は一人分)、携帯食料(4本入り×4箱)、毒刀・鍍@刀語、黒い箱@不明、トランシーバー@現実、真庭忍軍の装束@刀語、
ブラウニングM2マシンガン×2@めだかボックス、マシンガンの弾丸@めだかボックス、
戯言遣いの持っていた携帯電話@現実、
[思考]
基本:出来る手を打ち使える手は使えるだけ使う。
0:殺し合いに乗らない方向で。ただし、手段がなければ……
球磨川禊は要警戒。
1:情報を集めたい。ブラック羽川でいた間に何をしていたのか。
2:メールを確認して、首輪に関する理解も深める。
3:いーさんの様子に注意する。次の放送の前後は特に。
[備考]
※ブラック羽川が解除されました
※化物語本編のつばさキャット内のどこかからの参戦です
※トランシーバーの相手は
玖渚友ですが、使い方がわからない可能性があります。また、相手が
玖渚友だということを知りません
※ブラック羽川でいた間の記憶は失われています
※
黒神めだかの扱いについてどう説得したか、他の議論以外に何を話したのかは後続の書き手にお任せします
※
零崎人識に関する事柄を
無桐伊織から根掘り葉掘り聞きました
※
無桐伊織の電話番号を聞きました。
※
戯言遣いの持っていた携帯電話を借りています。なのでアドレス帳には
零崎人識、ツナギ、
玖渚友のものが登録されています。
【
球磨川禊@めだかボックス】
[状態]『少し頭がぼーっとするけど、健康だよ。ただ、ちょーっとビックリしてるかな』
[装備]『七実ちゃんはああいったから、虚刀『錆』を持っているよ』
[道具]『支給品一式が2つ分とエプロン@めだかボックス、クロスボウ(5/6)@戯言シリーズと予備の矢18本があるよ。
後は食料品がいっぱいと洗剤のボトルが何本かもあって、あ、あと七実ちゃんのランダム支給品の携帯電話も貰ったぜ!』
[思考]
『基本は疑似13組を作って理事長を抹殺しよう♪』
『0番はやっぱメンバー集めだよね』
『1番は七実ちゃんは知らないことがいっぱいあるみたいだし、僕がサポートしてあげないとね』
『2番は欠陥製品に気を配ることかな? あんまり辛そうなら、勝手になかったことにしちゃおっと!』
『3番は……何か忘れてるような気がするけど、何だっけ?』
『4番は、そんなことよりお菓子パーティーだ!』
[備考]
※『大嘘憑き』に規制があります
存在、能力をなかった事には出来ない
自分の生命にかかわる『大嘘憑き』:残り0回。もう復活は出来ません
他人の生命にかかわる『大嘘憑き』:残り0回。もう復活は出来ません
怪我を消す能力は再使用のために1時間のインターバルが必要。(現在使用可能)
物質全般を消すための『大嘘憑き』はこれ以降の書き手さんにお任せします
※始まりの過負荷を返してもらっています
※首輪は外れています
※
黒神めだかに関する記憶を失っています。どの程度の範囲で記憶を失ったかは後続にお任せします
※
玖渚友が最期まで集めていたデータを共有されています。
最終更新:2022年01月06日 19:00