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《登場人物紹介》
鑢七実(語り部)―――――虚刀流
八九寺真宵(語り部)―――迷い牛
ぼく(語り部)――――――傍観者
◎
加害者面するなよ
◎
「それで、どういうことですか。説明してください」
月は降りはじめ、徐々に朝日が姿を見せる。
朝だ。
1日の始まり。
軽く首を鳴らす。
まだ少し肌寒い。昨日もこんなに寒かったか?
覚えていない。
ホットコーヒーを一口含む。
パーティというには白けた雰囲気。
賑やかな露店が軒を連ねるストリート。
成果物を確認し、少し話し合った後、ぼくたちは各々散らばってこれからに備えている。
色々あった。
心を揺さぶる何かはあった。
しかしとりあえず今は。
櫃内様刻。彼の動向を待たなければいけない。
一度この場を離れたようだけど、だけど、それでも、待つという姿勢は必要だった。
人間未満が粉々に砕いたチュロスをちまちま食べているのをはた目に、
真宵ちゃん――八九寺真宵ちゃんが、てくてくと寄ってきては苦虫を噛み締めた表情で説明を求めてきた。
「ああ、そうだね。ER3出身のぼくが織りなすレピュニット素数の証明だろ?
任せろよ、数字の基本にして基礎。入門にして最奥。人類の叡智の結晶たる壱の神秘について解説するぜ。
七愚人も膝を打つぼくの話術についてこれるかな」
「そんな話はしておりません」
「してたよ」
「してないですよ」
「だっけ?」
「です」
今、真宵ちゃんと話をするならこれしかないと断じていたけれど、
そこまで強く否定されてしまってはぼくも立つ瀬がない。
やれやれ、こどもの我儘に付き合うのも大変だな。
レピュニットなんて優しい語感、小学生女児にはたまらないはずじゃ? 半濁音だぜ?
崩子ちゃんなら誰もが見惚れる無表情で受け答えしてくれただろうに。
戯言だ。
世迷言でさえある。
では何の話をしてたんだ、ぼくは。
忘れたな。ぼくの記憶力だ、さにもあらん。
けれど思い返す間もなく、横から答えが投げかけられる。
鑢七実。
小柄な見た目や、肉付きの薄い――病的以上に退廃的でさえある細身の身体から、
ついつい「七実ちゃん」だなんてフレンドリーなファーストインプレッションを済ませてしまったけれど、
実際のところぼくみたいな若造には及びもつかない最年長だ。
さすがに800歳とは言わないにせよ。
場の空気を読む――読んで、見ることもお手の物らしい。
目敏いものだ、まったく。
「人間未満のことは?」
「……あなたたちとも仲良くやってね、とのことですので」
「それでこっちに? 律儀ですね」
「それに、
羽川翼さんともお話をなさりたそうでしたので」
ふうん。
確かに――二人は何か話しているようだ。
翼ちゃんも人間未満が散らかしたチュロスの一欠片を何食わぬ顔で味わい、相伴にあずかっている。
委員長な見た目のわりに、汚い食べ方を叱るというわけではないようだ。
言っても聞かなかっただけかもしれないが。
と、雑談をしていても、本題が逸れることも当然なく。
「それで」
と、真宵ちゃんが仕切り直す。
学習塾跡で抱いたはずの苦手意識があるだろうに、鑢七実を前にしても引かず。
随分と強かになったものだ――いや、あるいはこれが彼女本来の強かさなのかもしれない。
強がりではない、彼女の強さ。
目が合う、逢う、遭う。
「どういうことですか、と聞いたんですよ。戯言さん」
八九寺真宵は、同じ質問をぼくに投げかけた。
だからぼくは粛々と答える。
「どうもこうも、過ぎてしまったことはどうにもならない」
「どうしてそう、平然としていられるのですか」
「平然ではないさ、別に。ただ、どうしても、実感がわかないだけで」
同じ答えの繰り返し。
実感がない。掌から零れる水のように、実体がない。
玖渚友の死に。
だから、そう。
だから。
だけど。
だけど、真宵ちゃんは。
ぼくの目を見つめたままに。
「戯言ですよ、それは」
端的に、ぼくの言葉を切り捨てた。
「戯言さん。
戯言遣いさん。
あなたは自分のことを多く語ろうとしませんよね。
騙ってばかりで。
取り繕うばかりで。
嘘か真か、信頼に足るかも怪しい曖昧な言葉を遣って。
もしかすると、自分でさえ自分の心がわかってらっしゃらないかと思うほどに。
それでも。
車の中で語ってくれた玖渚さんの話。
先ほどお話しいただいたこれからの話。
そして、これまでのお話。
楽しく語るあなたではありませんでしたけれど、
これらの話は本当に心の底から抱き、真摯に伝えようとしたことだって。
私はそう思うんです。感じるんです。
そう、信じたいのです。
人が神様に願うように。
人が怪異に縋るように。
私は人間を信じたいんでしょう。
阿良々木さんを信じていたように、あなたという人間を。
あなたは多くの現実を殺してきた。
人であれ、独であれ、者であれ、物であれ、
関係であれ、奸計であれ、創造であれ、想像であれ。
多くの墓標の上に生きてきた――とおっしゃりましたよね
「多くの死。
多くの屍。
良いも悪いも関係なく。
すべてがおしまいに近づいていく。
幽霊であるわたしなんかよりもよっぽど、
あなたは物事の死に近かったんじゃないですか?
あなたの欠落が招くままに。
あなたの欠損が誘うままに。
あなたの欠陥が障るままに。
誰かが死んだときも冷静でいられたあなたの姿に。
冷静に立ち合うあなたの態度に、
冷徹に立ち回るあなたの勇姿に、
冷血に立ち上がるあなたの覚悟に、
わたしは助けていただきました。
ありがとうございます。
ありがとうございました。
「けれど、その冷静さ。
異様なまでの冷徹さ。
温もりなどない冷血さ。
あなたは見て見ぬふりをしたから耐えられたというのですか?
わたしのように。
幽霊になってまで死を受け入れられなかったように。
阿良々木さんが死んだことを受け入れきれず、多大なご迷惑をかけてしまったように。
誰よりも死と等しいがために、死に現実味がなかったわたしと、戯言さんは一緒だったのですか。
違うでしょう。
知ったようなこと言わせていただきますけれど、違うはずです。
戯言さんは死を受け入れてらっしゃいました。
重々しくなくとも、決して軽々しくはなく。
あるがままに、あるように、受け入れてきましたよね。
死を否定し、拒絶し、排斥する人ではなかったでしょう。
誰かの死を聞いては、『ぼくが悪い』と背負い込んでました。
死が当然であり。
死が必然であり。
死が身近であり。
死が隣人であり。
死が恋人である戯言さんにとって、
死とは驚愕に値するものではないかもしれません。
誰よりも死を肯定できてしまうからこそ、認めざるを得なかったんでしょう。
ツナギさんの最期の言葉を聞き、正面から受け止めていた戯言さんを、わたしは隣でしかと見届けました。
電話越しでも。
ツナギさんの死を背負って。
主人公になると、わたしたちを守れるようにと。
「それで、最後にもう一度だけ聞きますけれど」
一拍おいて。
三度目の正直。
三度目の戯言。
「一体どういうことなんですか、戯言さん」
真宵ちゃんは問うのだった。
◎
「――あなたは目を閉じないのですね」
真宵ちゃんの問い掛けに。
ぼくはなんて答えたのだろう。
意識はこんなにも統率されているというのに、まるで夢うつつのようだ。
夢なのか?
そんなわけがあるか。
こんなにも空気が冷たい。
実感がないなんて嘘――そう、まさしくその通り。
ぼくにとって死とはなんてことはなく。
超常あらざる日常として隣り合わせだった。
最愛の妹がいなくなってしまったのも。
真心がER3で死亡してしまったのも。
結局のところぼくの生活においては延長線上の出来事であって。
この一年の間でも。
多くの死と向かい合ってきた。
孤島で天才が無情に死んだ。
大学の級友が無駄に死んだ。
異常な学生が無謀に死んだ。
異様な学者が無影に死んだ。
表裏の兄妹が無惨に死んだ。
愚昧の弟子が無為に死んだ。
死んだ。
死んだ。
誰も彼も。
良いも悪いも。
酸いも甘いも。
強いも弱いも。
関係なく。
関連なく。
死んだ。
終息した。
収束した。
わかる。
そうだよ。
嫌悪感も。
嘔吐感も。
抱くかもしれない。
だとしても、ぼくにとって死とは受け入れて当然のものだった。
だからこそ、不思議だ。
姫ちゃんの死にあれほど取り乱したぼくが、
どうして友の死を悼めないのだろう。
いや。
悼んではいるのか。
傷んではいるのか?
労ってはいるのか?
でも感情ってなんだっけ。
ぼくは今何をしてるんだ?
そう遠くない昔。
過去の出来事。過ぎた記憶。
屋上で友と喋った。
城咲の、彼女の自室のあるマンションの屋上のフェンスで。
《屍(トリガーハッピーエンド)》の用意した最期の邂逅。
好きだと言った。
好きだと言われた。
必要だと言った。
必要だと言われた。
鞘と刃。
枷と鎖。
拘束と束縛と呪縛。
《青色サヴァン》について。
いろいろ話した。
色んな話を聞いて、伝えた。
でもあの時は無駄だった。
一緒に生きようと言ったのに、ぼくたちは反対の道を歩んでしまった。
一緒に死んでと言われたのに、ぼくたちは反発の傷を与えてしまった。
ボタンを掛け違えていた末路。
最初から間違っていた。
最後まで無様で、滑稽で、惨めだ。
あの時。
友がにこやかに別れを告げた時。
別れを――すなわち呪いからの解放を選んだとき。
ぼくは動き出した。
ぼくは変わる。
憎くて恋しくて嫌いで大好きな最愛の友と誰かを較べる人生から、ぼくの凡庸な人生へと。
変えるという気持ちが他殺であるならば、ぼくは紛れもなく殺された。
かつてのぼくはもはやどこにもいない。
それから、ぼくは友を死んだものとして扱っていた。
嘘かもしれないけれど、本当だった。
本当のような嘘だった。
ぼくはすっと受け入れていた。
受け入れるしかなかったから。
我ながら驚くほどに。
パニックとは無縁に。
薄情なほど酷薄に、それでもぼくのどこかに、ぽっかりと穴が開いたような心地だった。
だから。
今。
ぼくが取り乱さないのは必然とも言える。
友との別れは既に乗り越えたことだ。
タイミングを逸していただけで、ぼくと友との話はもともと終わっている。
だから。
真宵ちゃんの質問にぼくはこう返そう。
どういうこともなにも、あるべき形に収まっただけなのだからと。
元の鞘に収まった。ただそれだけの話である。
だから。
本当に?
哀川さん――潤さんなら今のぼくを見て、どんな風に蹴っ飛ばしてくれるのだろう。
「そう、あなたは泣かないのね」
七実ちゃんがなにか言っている。
泣く――泣く?
すっきりさせる行為のことか?
どうだろう、寝起きの時にはしているかもしれないけれど。
それが一体どうしたという。
「禊さんに近しく、同時に対称に位置するいっきーさん。
有象無象の雑草にも劣るほど弱く、それゆえに強いあなたと少しお話をしましょう」
柄ではないですが。
禊さんの頼みでもありますので、と。
ぼくの真正面に立つ。
ちなみに真宵ちゃんはぼくの隣にいた。
お茶を飲みながら、椅子に座っている。
もしかしたら、ぼくの返事を待っているのかもしれない。
「いっきーさん」
見つめられる。
儚い光を湛えた双眸は、ぼくの目を射抜く。
冗談のように寒気がする。
見透かされているような。
見抜かれているような。
看取られているような。
おそろしくおぞましい悪寒。
浅く息を呑む音が隣から聞こえる。
「やれやれ、蛇に睨まれた蛙の空々しさを味わった気分だ」
「蛇に睨まれたら人間でも怖いでしょう」
「そりゃそうだ。見守られるのならともかくね」
「蛇は古くから神様との結びつきが強いといいます。蛇が見守るというのも案外道理を外してはいないかもしれないわ」
よく知らないけれど、と。
七実ちゃんは他愛のない話を打ち切る。
可愛げのないことだ。
とはいえぼくに服従しているわけでもなし。
彼女は一帯の警戒を緩めることなく、静かに語る。
「あそこにばらされております日和号――その正式名称をご存知でしたね」
「……微刀『釵』って聞いたかな」
「ええ、完成形変体刀が一振り、微刀『釵』。それが日和号の本来の銘ということになるのでしょう」
人形が刀だなんて奇妙な話ではあるけれど。
同じように、変人奇人の奇行に意味を見出すのも奇怪な行いとも言えるのだろう。
その刀鍛冶を確か、四季崎記紀といったか。
戦国の世を鍛刀をもってして支配した鬼才――。
「理解に苦しむ刀工、四季崎記紀も人を愛したそうです」
どんな奇人であれ、人を愛することだってあるだろう。
生殖の本能。
あるいは人間の本質。
恋し、愛す。
つがいになるために。
生きるために。
ぼくも愛していた。
あいつを。
憎いほどに、憎々しいほどに、憎たらしいほどに。
玖渚友を愛していた。
そのはずだった。
「偏屈な刀鍛冶は愛するあまり、その女性を模した刀を鍛造しました。
贈呈するでもなく、餞に渡すものでもなく、愛したという証を残したといいます」
「つまりそれが、日和号だと?」
「ええ。『釵』とは女性の暗喩。微とはすなわち美の置き換えであり、
本来の銘を微刀とするならば、根源の銘は美刀――口にするのも恥ずかしいですが」
「刀に名づけるには、些か型破りな銘だ」
「きざ、もといロマンチックなお方ですね」
「名は体を表す。一方的に懸想される女性にしてみれば甚だ迷惑極まりないですが、それもひとつの愛の形でしょう」
芸術とは表現であり、体現だ。
作品を紐解けば、表出するのは思想であり、理想であり、懸想である。
鴉の濡れ羽島で会った天才画家――スタイルを持たない画家と称された彼女の作品にも思いは込められていたのか。
突き詰めれば刀鍛冶も表現者の一員であり、
そうであるならば四季崎なる刀鍛冶が女性を《打った》としてもなんらおかしな話ではない。
思い返せば、日和号の容姿は確かに女性らしさが垣間見えた。
おしろいを塗り、口紅を添えたような、一端の女性として。
――そんな裏話を知っていてなお、ぞんざいな扱いを出来る七実ちゃんの胆力も大したものだ。
「どんな腐った人間であれ、愛を表現することもあるということよ」
愛。
愛の表現。
ぼくの言葉は、お前に届いていたのかな。
戯言遣い、一世一代の偽らざる気持ちだったのだけれど。
いない。
玖渚友は、おそらくもういない。
おそらくなんてつけるからダメなのか?
仮に放送で名前が呼ばれたとして、ぼくは同じようなことを言うんじゃないか?
放送で名前が呼ばれたからなんだ、と。
戯言だ。
間抜けな戯言だ。
真庭鳳凰に与えた戯言が巡り巡ってぼくにまで帰ってきたような錯覚。
しかしまあ、なんというか。
七実ちゃんは楽しそうだ。
当然それはぼくとおしゃべりしているから、なんてつまらない理由からではないだろう。
「そういう七実ちゃんは、誰かを愛してるんですか?」
「はい、彼を――禊さんを愛することに決めたわ。一目惚れ――というものなのでしょう」
告げる七実ちゃんの表情に、感情が乗っている気がした。
人間未満の様子といい、ぼくたちが別れてから色々あったらしい。
まあ、学習塾跡で露わにさせた狂態を表さなければ支障はない。
ぼくはどんな表情をしているんだろう。
わからない。どんな表情を浮かべればいいんだ。
それで、本題なのだけれど、と七実ちゃん。
「そして、彼に惚れようと決めた時。すなわち禊さんの死を前にして――わたしは泣いていたの」
すべてを見通す目を閉じて。
人間未満の死に泣いたのだと。
泣いている七実ちゃんの姿などおよそ想像もできないけれど、
ひるがえるに、ぼくには想像もつかないほどの思いが、七実ちゃんの中で発生した。
たがが外れるほどの愛を自認したのだ。
泣いたことによる愛の発露。
泣けたことによる愛の自覚。
刀というには、あまりにも人間のような仕草だった。
「そして彼女――今生の好敵手を喪った時、禊さんもまた、泣きそうな顔で動転していたわ」
「あの人がですか?」
「ええ、禊さんが、です」
格好つけない未満と遭遇した時間はわずかではあった。ただ、理解できる。
装いを解いた人間未満であるならば、動転のひとつぐらいしても可笑しくないだろう。
あの時の彼はどうしようもないほどに傍迷惑(マイナス)ではあったが、腐ってはなかった。
不貞腐れてなどいなかった。
真っすぐに曲がった性根であれば。
内なる気持ちを曝け出すこともあっただろう。
彼の真実。
彼の偏愛。
大嘘つきの、飾らない思い。
「…………まあ、ワンパターンというのも恐縮ですが、それでいうならわたしも泣いてましたね」
「ああ、うん」
「その節はご迷惑をおかけしました」
「――いや、こちらこそ」
真宵ちゃん。
振り返ってみると、
巨大なる大英雄の死を目の当たりにし、
代替の効かないお友達の死を知らされて、真宵ちゃんも泣いていた。
その姿は記憶に新しい。
頑張ると決めて。
暦くんが易々と死んでしまったことを後悔するぐらいに楽しく生きてやると。
家に帰ると決めた、覚悟の涙。
さようならの涙。またいつかの雫。
友愛の結実だった。
「とりたてて、いっきーさんの挙動がおかしいという旨を伝えたいのではございません。
わたしでさえ、自分が人の死で泣くだなんて想像だにしていませんでしたから」
「いや、いいんですよ。七実ちゃんたちの反応の方が健全なんだと思う」
「ああ、慰めたいわけでもありませんので」
「……じゃあどういった用件なんでしょう」
「最初にお伝えした通りですよ。お話をしましょう」
一呼吸を入れて。
今までお話したのは、彼女にまつわる愛の話。
だとするならば、今から物語るべきなのは。
「わたしが聞きたいのは、あなたのお話です。――あなたの愛の話です。
いっきーさんの経験ならば、禊さんの糧にもなりましょう」
「空っぽなのはお互い様ですよ、おそらくね」
「それならそれで構いません。――わたしの裁量で迷い子を誘うだけですので」
ふうん、ずいぶんと好かれたものだ。
四季崎記紀の愛にはまるで興味を示さなかったのに、ぼくなんかの愛に興味を示すとは。
厄介(マイナス)も迷惑(マイナス)も変わってないにもかかわらず。
芯がぶれているというのに。――ぶれているのはもしかしてぼくもなのか?
七実ちゃんの要望に一瞬たじろぐぼくの様子を見かねたのか、真宵ちゃんも乗じてきた。
「戯言さん、勘違いをして欲しくはないんですけれど、わたしは別に責めているわけでも、詰っているわけでもないんです。
ドライな対応をせざるを得ない――あなたの生き様を否定したいのではないのです」
ただ、と。
あなたが、なにかに迷っているのなら。
それに寄り添うのがわたしの役割ですから、と。
「戯言さん。わたしにもお聞かせください、改めて。
戯言さん自身の気持ちを整理するためにも、もう一度。玖渚友さんについて、あなたから。
そういう寄り道ぐらい、いいんじゃないですか?」
みんな好き勝手言って。
まるで悲しむのが当たり前みたいな空気を作って。
悲しんでるさ、ぼくだって。
これは優先順位の問題であって。
ぼくは生きると決めたから。
大切なものが増えすぎてしまったから。
友の後を追うことが出来ないだけで。
前を向くしかないだけで。
現実を見るしかないだけで。
――笑って生きていくしかないだけで。
それすらも戯言なのか。傑作なのか。大嘘なのか。
同じことをずっと考えている。
ぼくの思考は円を描くように、9の字を描くように、渦を巻く。
ぐるぐる、ぐるぐる。
蝸牛のように。渦は広がる。
考えれば考えるほどに、渦から逃げ出せない。
しようがない。
だったならば。
どうせ様刻くんの決断まで――放送まで時間はまだ残っている。
落ち着くためにも、ぼく自身のためにも。
現実を見るために、ぼくは語ろう。
他愛のない、愛の話を。
「始まりは復讐だった」
◎
しかし。
些か不思議なものですね。
彼女――八九寺真宵に対して。
見れば見るほど、ただの少女――むろんのこと、
黒神めだかにも感じた怪異性なる異常性はあるにせよ――肉体も精神も、取るに足らない雑草に違いはないはずですが。
――ならば、その怪異性にこそ、意味が、意図があるんだろうよ
なるようにならない最悪。
視れば視るほど、引きずり込まれるような深淵。
直視してはいけない。
人間の生存本能に背く存在。
されどわたしは彼を見る。
禊さんと相似にして背反する存在を。
欠けているものが多すぎる。
そのために、心がくすぐられる。
そわそわと、ぞわぞわと。
なでるように、さかなでるように。
首を絞められるようだ。
そんな彼。
戯言遣いなるいっきーさんに。
一日以上付きっ切りになってなお、
まるで変わらない。
廃墟で見かけた時から。
記憶を消された時から。
今に至るまで。
根底にあるものは変化していない。
記憶が戻って、なお。
正気、なのでしょうか?
既に正気を喪失されているのかしら。
いえ、いえ。
八九寺真宵の孕む少女性はその実一切揺らいではおりません。
こどものように喜び。
こどものように悲しみ。
こどものように許し。
こどものように恨む。
禊さんを睨むようにするその視線は感心しませんが、
ただ、それだけ。
憎悪に塗れるでもない。
忘我に染まるでもない。
わたしたちと廃墟で出遭ったとき。
癇癪の末に同行者から逃げ出したと聞きますが、癇癪程度こどもの所作の範疇にすぎません。
――まったく、こどもとは変化をする象徴でしょうに。
斬って捨てようかしら。
冗談ですが。
今のところ。
「わたしは変わりませんよ。――変われません。いくら受肉をしようとも、わたしはしょせん怪異ですから」
怪異は名に縛られる、というのは四季崎記紀の言。
変わったが最後、――本分を忘れたが最後、無窮の監獄――《くらやみ》とやらに飲み込まれるそうで。
どうでもいいですけれど、悪いですけれど。
あれから少し、お話をすることとなりました。
ほんの少し、些細な接触。些末な折衝。
「鑢七実さん」
「なんでしょう」
「わたし、あなたを許せません」
「そうでしたか」
「人を殺して楽しいですか」
「さて」
「だったらなぜ」
「あなただって、飛んで回る羽虫は鬱陶しいでしょう」
「わたしにはあなたたちが理解できません」
「ええ、当然のことです。
ですが、それでいうならいっきーさんのことだって、理解できたりしないでしょう」
「お言葉を返すようですが、それも当然のことなのですよ、七実さん。
人が人を理解できないように、怪異だって人を理解できているわけではありません」
「その割に口幅ったく進言したようですが」
「ご存じないですか? 怪異って存外にいい加減なんですよ。相手のことを知ったかぶって、憑りつくのです」
「いい迷惑ね」
「知ってます。怪異なんてもの、本来遭遇しない方が良いに決まってます」
「なら離れればいいじゃない」
「おっしゃる通り、本来そうするのが正しいのでしょう。
わたしが足を引っ張っているのは事実ですから。あなたに襲われたことも含めて」
「あなたがいなければあの大男ももう少しうまく動けたでしょうに」
「……日之影さんには申し訳ないことをしてしまいました。
ツナギさんにも、戯言さんにも、頭が下がるばかりです」
「そうね」
「――玖渚さんがお亡くなりになったことに実感が持てない理由があるとするならば、
彼が彼女に対して何もできなかったことも、要因として大きいのだと思います」
「……」
「この六時間、わたしたちはこのランドセルランドに待機をしていました。
そういう手筈だったから――ですが、もしもわたしたちがいなければ、戯言さんは違う行動もとれたでしょう」
「少なくとも、あなたは、体調が優れないようですが」
「七実さんほどじゃないでしょうけれど――わたしが熱で倒れたりしなければ、と思わずにはいられません」
「思い出しましたが、いっきーさん主人公がどう、とおとぎ話のようなことをおっしゃっておられましたね」
「はい。ですが実際のところ、どれだけ議論を重ねようと、意味はありません」
「まあ、元来主人公というのは目的を指す言葉ではないでしょう」
「その通りです。主人公とは善であれ悪であれ、行動を起こしてなんぼの役職でしょう。
それで、戯言さんがこの一日やっていたことはどれほどありましょう」
「あなたの子守に他ならないのではないですか?」
「まったく自分でも恥ずかしいですが、言葉もありません。
おかげで、事の中枢にはまるで関われなかった。
知らない間に、話は勝手に始まり終わっている。あなた方の馴れ初めを知らないように」
「右往左往して、さながら迷子のようね」
「迷子であり傍観者です。無駄足ばかり踏んで、ヒロインを助けられない主人公がどこにいますか」
「いるでしょう、どこかには」
「共感を得られない作品のことなんて知りませんよ」
「あなた、相応数の方を敵に回しましたね」
「こういうのは王道でよいのです。奇を衒う必要なんてないんです」
「はあ、あなたの持論はどうであれ、でしたらなおのこと、あなたはどこかへ行けばいいのではないですか」
「――事が済めばそれもいいでしょう。いつまでも迷惑をかけるわけには参りません。ですが、仕事はやり遂げなければ」
「ああ、先ほどいっきーさんにおっしゃっていた――」
「はい。わたしは迷いへ誘う蝸牛ですけれど、――裏を返せば迷子に寄り添う怪異ですから」
「ふうん――それで。結局。
いっきーさんを助けたいとでもいうのかしら」
「そうしたいのは山々ですが、戯言さんが自分で答えを見つけられますよ、きっと」
「主人公として――とでも?」
「いいえ、一人の人間として」
どうか、わたしたちの帰り道を阻まないでくださいね、と。
八九寺さんは言う。
それはこちらの台詞なのだけれど。
迷子の禊さんのともにあるのはわたしなのですから――。
刀として、仕えましょう。
女として、支えましょう。
刃こぼれを起こす前の七花は、とがめさんに四つの誓いを立てたそうだ。
とがめを守る。刀を守る。己を守る。――そして、己を守る。
軍所の出身のわりにとがめさんも甘いことをおっしゃるのだなと感じたものですが、
わたしもずいぶんとぬるま湯に慣れてしまったようですね。
禊さんを助け、守る――ただそれだけを誓って。
とりたてて意味のない幕間はこれにておしまい。
放送の時間でした。
◎
――生きたいと願った。
阿良々木さんがばかばかしくて笑っちゃうぐらい楽しく生きたいと、わたしは希う。
ですが、本来、それは過ぎた願いなのです。
わたしは死んでいますから。
とうの昔に。
殺し合いなんかとは関係なく。
脈絡もなく、わたしは死んでしまったのです。
阿良々木さんに『助けていただいた』――なんていうと忍野さんや阿良々木さんは否定されるかもしれませんが、
ともあれ、お声をかけていただいた母の日に、わたしは『迷い牛』としての束縛から解放されました。
地縛霊から浮遊霊に昇格――。浪白公園の辺りを迷い、いったりきたり、そんな生活とはおさらばしました。
阿良々木さんとお話できた三ヶ月間、わたしは楽しくて、嬉しくて、満足しています。
ともすれば、成仏してしまいそうなほどに。
殺し合いが始まる前でしたなら、消えるとなっても受け入れられたでしょう。
怖くても、きっと。わかんないですけど。
でも、もう充分与えられてきましたから。
都合よく――わたしは生きていた。現世に留まり続けている。
ですがそれは厳正なる結果というわけではないのでしょう。
怪異は存外にいい加減だから、今はまだ見逃されているだけであって、
世の摂理がきっと、こんな反則を認めることはないのです。
怪異は名に縛られる――阿良々木さんの主にして従者、傷を分け合った吸血鬼のなれの果てを忍野忍と改名させたように。
迷い牛は人を迷わせる怪異。
迷わせもしないわたしはつまり、迷い牛ではないのでしょう。
それなのに、わたしはまだここにいる。
わたしを救ってくれた阿良々木さんや戦場ヶ原さんを差し置いて。
幸運に、幸運を重ねて。
のうのうと。
一度記憶を失ったからか、ちょっとばかり俯瞰的に――蝸牛にあるまじき鳥瞰的な視野で物事が見える。
七実さんとお話させていただいて、改めて実感しました――突きつけられる。
わたしが足を引っ張っている、というのは、歴然たる事実なのです。
残念ながら、残酷ながら。
皆さんから離れた方が、良い方に転がる。
忍野さんは一度限りのウルトラCで違う解法を見出しましたが、本来、わたしという怪異の対処法とはわたしから離れること。
戦場ヶ原さんから教えてもらうまでもなく、感じ取っていた。
「あなたのことが嫌いです」――いうなれば、それがわたしの処世術だったのですから。
世に馴染まない――怪しくて異なる、わたしの処世術。
だけど、独りよがりなのかもしれないけれど、支えなければとも思うんです。
戯言さんたちに支えてもらったように、わたしも。
他には何もできないかもしれませんが、それぐらいなら。
ここまで恵まれておきながら「嫌い」になれるほど、わたしは薄情にはなれなかったのです。
戦場ヶ原さんの蟹も、神原さんの猿も、羽川さんの猫も。
こんな風に表現したら彼女たちから非難されるかもしれませんが、怪異は人に寄り添う現象です。
意に沿っていたかは別でしょうけれど、怪異は求められたから与えたのです。
どこにでもいて、どこにもいない。
思いに、呼応する。
生きるために何をするか。
わたしは何をするべき存在なのか。
怪異には発生する理由がある。
突き詰めれば、わたしがここにいる意味は、きっと。
誰かに寄り添うためなのだ。
迷える誰かの隣のいること。
独りぼっちは寂しいですからね。
しょうがありません。
人は一人で助かるだけ――戦場ヶ原さんたちにしろ、
本来、怪異なるよるべが必要なかったように、今後の答えは戯言さんなら出してくれるでしょう。
彼は、そういう強かさをもってらっしゃる方ですから。
七実さんにも言い切ったように、おそらく、あの人なら大丈夫です。
ですけれど、どうか。
わたしは役に立ちたいのです。
『迷い牛』ではない、きっとわたしの――『八九寺真宵』の思い。
自分の我儘さ加減には我ながら腹立たしくもありますが、
おんぶにだっこは、それはそれで嫌なのです。
阿良々木さんのようには誰にでも優しくできるわけではないですけれど、
阿良々木さんのように、困っている人には寄り添いたいとは、思ってしまうのです。
背負えることは、ないでしょうか、わたしにも。
こう見えていつもは、とっても大きいリュックサックを背負ってるんですよ?
戯言さんがハッピーエンドを望まれるのであれば、
鬼にも悪魔にでも、新世界の神にだってなりましょうとも。
というのは、いかにもな大言壮語で恐縮ですが。
生きたいと願う。
わたしは帰りたいと希う。
今でも変わらない、わたしの指針。
過ぎた願いだとしても、まかり通りましょう。
生きて帰るんです、絶対に。
退屈で静かになった帰り道へ。
わたしはわたしの役割を背負って、これからも。
【二日目/早朝/E-6 ランドセルランド】
【戯言遣い@戯言シリーズ】
[状態]健康、右腕に軽傷(処置済み)
[装備]箱庭学園制服(日之影空洞用)@めだかボックス、巻菱指弾×3@刀語、ジェリコ941@戯言シリーズ
[道具]支給品一式×2(うち一つの地図にはメモがされている、水少し消費)、ウォーターボトル@めだかボックス、お菓子多数、缶詰数個、
赤墨で何か書かれた札@物語シリーズ、ミスドの箱(中にドーナツ2個入り) 、錠開け道具@戯言シリーズ、
タオル大量、飲料水やジュース大量、冷却ジェルシート余り、解熱剤、フィアット500@戯言シリーズ、
タブレット型端末@めだかボックス、日和号のデーターメモリー
[思考]
基本:「■■■」として行動したい。
1:これからどうするかを考える。
2:不知火理事長と接触する為に情報を集める。
3:その後は、友が■した情報も確認する。
4:友の『手紙』を、『■書』を、読む。読みたい。
5:危険地域付近には出来るだけ近付かない。
[備考]
※ネコソギラジカルで
西東天と決着をつけた後からの参戦です
※
第一回放送を聞いていません。ですが内容は聞きました
※地図のメモの内容は、安心院なじみに関しての情報です
※携帯電話から
掲示板にアクセスできることを知りましたが、まだ見てはいません
※参加者が異なる時期から連れてこられたことに気付きました
※八九寺真宵の記憶を消すかどうかの議論以外に何を話したのかは後続の書き手にお任せします
※日和号に接続されていたデーターメモリーを手に入れました。中身は共有されています。
※玖渚友が最期まで集めていたデータはメールで得ました。それを受け取った携帯電話は羽川翼に貸しています。
【八九寺真宵@物語シリーズ】
[状態]体調不良(微熱)、動揺
[装備]人吉瞳の剪定バサミ@めだかボックス
[道具]支給品一式(水少し消費)、 柔球×2@刀語、携帯電話@現実
[思考]
基本:変わらない。絶対に帰るんです。
[備考]
※傾物語終了後からの参戦です
※玖渚友が最期まで集めていたデータ、日和号のメモリーデータの中身は共有されています。
【鑢七実@刀語】
[状態]健康、身体的疲労(小)、交霊術発動中
[装備]四季崎記紀の残留思念×1
[道具]支給品一式×2、勇者の剣@めだかボックス、白い鍵@不明、球磨川の首輪、否定姫の鉄扇@刀語、『庶務』の腕章@めだかボックス、
箱庭学園女子制服@めだかボックス、王刀・鋸@刀語、A4ルーズリーフ×38枚、箱庭学園パンフレット@オリジナル
[思考]
基本:
球磨川禊の刀として生きる
0:禊さんと一緒に行く
1:禊さんはわたしが必ず守る
2:邪魔をしないのならば、今は草むしりはやめておきましょう
3:いっきーさんは一先ず様子見。余計なことを言う様子はありませんから。
4:羽川さんは、放っておいても問題ないでしょう。精々、首輪を外せることに期待を。
5:八九寺さんの記憶は「見た」感じ戻っているようですが、今はまだ気にするほどではありません。が、鬱陶しい態度を取るようであれば……
6:彼は、害にも毒にもならないでしょうから放置で。
7:四季崎がうるさい……
[備考]
※支配の操想術、解放の操想術を不完全ですが見取りました
※真心の使った《一喰い》を不完全ですが見取りました
※宇練の「暗器術的なもの」(素早く物を取り出す技術)を不完全ですが見取りました
※弱さを見取れます。
※大嘘憑きの使用回数制限は後続に任せます。
※交霊術が発動しています。なので死体に近付くと何かしら聞けるかも知れません
※球磨川禊が気絶している間、
零崎人識と何を話していたのかは後続の書き手にお任せします
※黒神めだかの戦いの詳細は後続にお任せします
最終更新:2021年12月11日 23:17