三つのモットー ◆mtws1YvfHQ
二つの影がゆっくりと歩いていた。
女と男。
女が前を歩き、その後を男が付いて行く。
女、その女は日本最強と言われた事のある天才、鑢七実。
男、その男は至上最低の過負荷を持つ大嘘憑き、
球磨川禊。
本人達には自覚一つないだろうが、恐らく現状最悪だろう二人組。
非常に遅い足取りで進む二人組の片方、球磨川が、ふと思い出したように指を立てた。
『そう言えば七実ちゃんに言い忘れた事があったんだ』
「なんですか?」
『マイナス十三組のモットーだよ』
「そうですか」
七実は、そんな事如何でも良いと思っている事が実によく分かる口振りで答えていた。
しかし気付いているのか気付かずに居るのか、球磨川は話を進めようとする。
『うん。七実ちゃんがマイナス十三組に入ってるんだし、ちゃんと説明した方がいいでしょ?』
「別に良いです」
竹を割るとしてもこうは行かないだろうと言うぐらいのバッサリ具合で斬り捨て、七実は足も止めず、進み続ける。
聞き流す気しかないと言わんばかりに。
一時停止したように固まっていた球磨川だが、
『うんうん、やっぱり気になるよね』
何事もなかったように続ける。
いや、続けようとした。
しかし面倒臭くなったのか七実、何を言うでもなくスルー。
匙一つ分の興味も持ち合わせていないと言わんばかりの無視。
『七実ちゃん』
声など聞こえていないような雰囲気。
『七実ちゃん?』
声など掛けられていないような態度。
『七実……ちゃん?』
声など、この世にないような無関心。
「………………」
『………………』
球磨川は黙った。
「………………」
『…………うぅ』
かに見えた。
しかしここからが球磨川禊の、『大嘘憑き』の、『全て虚構』の、始まり。
『うわぁーん』
「あら?」
突如球磨川は足を止めると、手で顔を覆って、しゃがみ込んで、泣き始めたのだ。
まさかと思うかもしれないが事実。
たかだか無視を決め込んだ程度で泣き始めるとは思ってもいなかった、思っても見なかった七実は、完全に虚を突かれた。
何度か瞬きをし、
「あの」
『七実ちゃんが虐めるー』
「いや、この程度で虐めると言われても困るのですが……」
思わず足を止め、七実は声を掛けるが止まらない。
それどころか更に涙の量が増し、地面に流れ落ちて行く。
七実は困ったような顔をし、思案に耽り、思い付いたのか、静かに言った。
「ふむ…………泣き止みなさい。爪を剥ぎますよ」
『びぇーん』
逆効果。
しかし表情一つ変えずにそんな事を言われては誰であろうと泣き出す恐ろしさがあるのだが、気付く様子もない。
七実本人はいたって平常のつもりなのだろうが、それだけに質が悪い。
再びどうするべきかと思案する。
「…………泣き止んで下さい。ね?」
『びぇーん』
思案の結果、そっと、諭すように声を掛けた。
しかし意味なし、甲斐なしで、単純に困った顔をした。
日本最強と呼ばれても所詮は人の子と言う事なのか、泣く子には弱いらしい。
分かり辛いながらも、うろたえていた。
まあ、無理もない。
幼少の頃は本土に居たが、過去も過去。
島流しに遭ってからその先で泣くような存在は弟の七花の子供時代だけだ。
気付かぬ内に泣くような歳から遠く離れていたし、泣き止まし方となると。
だから少し、うろたえた。
七実らしくなく、うろたえた。
手で隠された球磨川の顔も確認せずに、見る事もなくうろたえた。
物の見事に、球磨川の術中に嵌っていた。
それに気付く事無く、散々顔に出さずに困り続けた挙句、肩を落とすと、
「分かりました。ちゃんと話を聞いてあげます」
『……本当?』
七実は折れた。
未だに手で顔を覆っていた、未だにしゃがみ込んでいた球磨川が、顔を上げた。
涙で濡れに濡れた顔を上げた。
その言葉に、仕方がなさそうに、七実は頷く。
それだけで目に見えて球磨川の表情は明るくなった。
「ちゃんと聞いて上げます」
『うん』
そして立ち上がり、嬉しそうな笑みを浮かべる。
しかし本当に嬉しそうな顔である。
『マイナス十三組のモットーは三つ。ぬるい友情。無駄な努力。むなしい勝利。だよ☆』
「………………」
『ん、どったの七実ちゃん?』
「いえ、別に。良いモットーだと思っただけですから早く行きましょう――――いえ、悪いモットーなのかしら?」
『ハハッ、それほどじゃないよ』
自然な流れで球磨川の手を引きながら七実は話を聞いていた。
諦めたように、やけに似合うため息を付きながら。
そして気付かない。
手を引かれている張本人、球磨川禊は、全て予定通りと言わんばかりに笑みを浮かべていた事を、前で手を引いていた七実は知らない。
知らないでいた。
気付かないでいた。
見れないでいた。
気付かぬまま、言った。
「はぁ…………早く着かないかしら、クラッシュクラシック」
『え?』
「?」
呟くように言った七実の言葉。
それに思わず球磨川は驚きの言葉を上げ、七実は振り返った。
実際に球磨川は、繋いでいた手を離し、さも驚いていると言うような表情とポーズをしていた。
「どうしました?」
『こっちって、学習塾跡の方向だよ?』
「――あら」
ついうっかりとでも言い出しそうな具合に、七実は自分の頬に手を当てた。
知らぬ者は多いが、実は七実、極度の方向音痴なのである。
それを知らない球磨川は少し心配そうな表情をして見せた。
『…………少し休む?』
「そうですね……そうしましょう」
球磨川の言葉。
それに大人しく頷き、七実と球磨川は道の端に、お互いに小さく笑いながら、腰を下ろす。
二人して軽く息を吐いた。
忘れられそうだがこの二人、地味に体力なしなのである。
ちょっとした意地だったのか途中まで休憩は取っていなかったが、今少しの休憩。
そして、休憩がてらと言った所だろうか、七実が口を開いた。
「そう言えばモットーの中にぬるい友情と言っていましたが、その友情の中にわたしは入っているんですか?」
『勿論だよ。だって七実ちゃんと僕は仲間なんだから』
「――ああ、そう言えば何時だったかそう言う感じの事を言ってましたね」
『そうだよ。だからぬるく仲良くやって行こうぜ?』
時間は少しずつ過ぎて行く。
丁度良く、放送までの時間があと少しの所まで迫っていると知らず。
時間は過ぎて行く。
何も起こらず。
何も変わらず。
何も変わらず。
そう言ったものの、事実として変わった事が、いや、起こった事がある。
球磨川と言う男の存在が、七実の何処か深い所に螺子込まれていたと言う事だ。
殺して欲しいと願った弟ほどでなく。
居なければと思った母ほどでなく。
殺そうとして来た父ほどでなく。
弟を連れ去った女ほどでなく。
しかし、螺子込まれていた。
孤島で殺し合った忍達よりも。
死の山の神衛隊の剣士達よりも。
凍て付いた山の怪力無双達よりも。
刀大仏の鎮座する寺の僧侶達よりも。
球磨川は、七実の中に螺子入っていた。
弱く弱く弱い男が、遥かに強い筈の、忍達よりも、剣士達よりも、怪力無双達よりも、寺の僧侶達よりも、心に、あるいは意識に、螺子入っていた。
言うほどに深くもなく、言うほど浅くもなく、螺子入っていた。
その証拠が、何時の間にか握り合い、離していた手である。
少なくとも、どうでも良い相手だったとしたら既に死んでいる。
草のように踏み躙られて、死んでいる。
前例としては、とある山の男が不用意に七実の足を掴んだために、原形を留めぬまでに踏み躙られて死んだ事がある。
如何でも良い相手なら、草のように踏み躙られて、草のように毟られて、死んでいる。
しかし現に、球磨川は生きている。
それが何よりの証拠だった。
何時の間にか、草程度の存在では無くなっている証拠だった。
そんな最初は、邪魔さえしてこなければ良いとしか思っていなかった心境と、それとは違う何かが混じっている今の心境との変化。
それに七実本人は気付いていた。
気付いて、ただ、笑っていた。
案外、ぬるい友情と言うのも、良いかも知れないと。
案外、ぬるい友情と言うのも、悪いかも知れないと。
機嫌良く。
機嫌悪く。
ぬるい友情・無駄な努力・むなしい勝利。
それがマイナス十三組のモットーです。
【一日目/早朝/E‐3】
【鑢七実@刀語】
[状態]健康、身体的疲労(小)
[装備]双刀・鎚@刀語
[道具]支給品一式×2、ランダム支給品(2~6)
[思考]
基本:弟である鑢七花を探す。
1:七花以外は、殺しておく。
2:まずは学習塾跡の廃墟に行く。
3:少し球磨川さんに興味が湧いてきた。
【球磨川禊@めだかボックス】
[状態]『健康だよ。だけどちょっと疲れたかな』
[装備]『大螺子が2個あるね』
[道具]『支給品一式とランダム支給品が3個あるよ』
[思考]
『基本は疑似13組を作って理事長を抹殺しよう♪』
『1番はやっぱメンバー集めだよね』
『2番は七実ちゃんについていこう!』
『3番は七実ちゃん疲れてるのかな。よく分からないや』
[備考]
※『大嘘憑き』に規制があります。
存在、能力をなかった事には出来ない。
自分の生命にかかわる『大嘘憑き』:残り2回。
他人の生命にかかわる『大嘘憑き』:残り3回。
怪我を消す能力は再使用のために1時間のインターバルが必要。 (現在使用可)
物質全般を消すための『大嘘憑き』はこれ以降の書き手さんにお任せします。
最終更新:2012年12月27日 15:41