0  はじまりはじまり ◆1aw4LHSuEI


「おはようございます。みなさん」

 誰かの声で目を覚ました。
 知らない天井だ。
 冷たい床に倒れていた体を起こして、私は周囲を見渡した。
 けれど、薄暗くて辺は良く見渡せない。
 せいぜいが、隣に陰気な若者が死んだ魚のような目で寝ぼけているのが分かる程度だ。
 それでも、他に何人もの人間が同じ部屋に集まっているということは気配から感じられた。

 だんだんと意識が覚醒してくる。
 そして、当然に湧き上がる疑問。
 ここはどこだ。
 どうして私はこんなところにいる?
 そんな疑問に答えるようにまた声が聞こえた。

「どうやらみなさん目を覚まされたようですね。……では、始めることにしましょう」

 ……始める?
 何をだ?
 それに、この声はどこから響いている?
 きょろきょろとあたりを見回してもそれらしい人影は見当たらない。
 周りの人間もこの異常な事態に困惑しているのか、ざわめく声が聞こえた。
 けれど、姿無き声はそれを意に解することもなく、言葉を続けた。

「みなさんには今から殺し合いをしていただきます」

 ざわっ、と。
 今まで以上の動揺が広がる。
 私とて例外ではない。
 切った張ったの立ち回りをしたことがないというわけではないけれど。
 さすがに拉致されて殺し合いをしろなんて言われたのは初めてだ。

「今からここにいるみなさんをとある『施設』に隔離します。そこでみなさんは最後の一人になるまで殺し合ってください。
 『施設』にはみなさんの知り合いがいるかもしれません。友だちがいるかも知れません。恋人が、家族がいるかも知れません。
 殺してください。一人残らず自分以外の全てを。……そうして残った一人だけを、『施設』から出してあげましょう」

 殺す。
 ……自分以外の全てを?
 私には最早何を以てしても守らなければいけないものなんてなくなった。
 だけど、殺せるのだろうか、私に。
 あのとき、上には上がいると思い知った、何も出来ずに敗北したこの私が。

「しかし、ただ殺し合いといきなり言っても納得できない方も多いでしょうし……。
 そうですね。そこのどうにも地味なあなた。――――そう、あなたですよ」




 え。
 いきなりだった。
 自問自答していた私は驚く。
 どういう仕組みになっているのか。
 私に向けて上方から光が浴びせられる。
 眩しくて目を細めながら周囲を見ても、そんな状態になっているのは私だけ。
 つまり、あなたというのは私のことなのだろう。
 そこまではわかる。けれど。これは、いったい――――。

「ええ。申し訳ないのですが。……ちょっと、死んでいただけますか?」

 な――――。
 どういうことだ。と、言おうとした。
 だけど、もう、そんな声は私の口からは出なかった。
 ボン、と鳴り響く軽い音。
 首が、あつい。視界が、ゆがむ。
 ゆっくりと回転しながら傾いていく世界に映るのは、頭の無くなった私の体。
 鈍い衝撃が、地面に頭が落下したことを伝える。
 ……あれ?
 よくわからないけれど、私の頭と胴体は切り離されてしまったらしい。
 ――――首が切り離されてしまっても、存外すぐに死んだりはしないのだな、と。
 どこか冷静にそんなことを考えている自分を薄れいく意識の中で感じた。
 けれど、それも終わる。
 一体これがなんだったのか、これから何が始まろうとしているのか。
 今から死んでしまう私にはどうせ関係の無いことなのだけれど。
 少しだけ、気にならないといえば嘘になる。
 ああ、それにしても――――。

 不幸すぎます。

 そう、つぶやこうと思ったけれど声は形にならず。
 こうして私はあっさりと死んだ。


【皿場工舎@刀語 死亡】


 ●  ●  ●



 流石に少し驚いた。
 とんだホットスタートだ。
 眠気が一気に引く。

 先程までがやがやと煩かったこの部屋も、急にシン、と音がしそうなほどに静まり返った。
 圧倒的な現実が、その場にいた全員から言葉を奪っていた。
 この部屋唯一の照らされた場所の真ん中で、赤いペンキをぶちまけたみたいに血が飛び散っていた。
 紅い赤い朱い血が隣にいたぼくにも飛び散ってくる。
 熱い。その熱を持った血潮は生命の証と言ってもいいだろう。
 けれど、首から上が無くなった彼女の体は、もうどうしようもないほどに終わってしまっていることを言外に示していた。
 そばかすの残ったどこか可愛らしい顔立ちをした首が、足元に転がっている。
 呆然とした表情で、しばらく痙攣したように動く口と瞼。しかしそれもやがて止まる。
 そして、まるでそれを待ち構えていたかのように、取り残されていた体もどさりとその場に倒れこんだ。
 ああ、死んだ。
 十人見れば十人ともが、横たわった骸を見れば、女の子が既に死んでいると判断するに違いない。
 死体は見慣れている。首がない死体だって何度も見た。そういう意味じゃこれは大して特別じゃないとも言えるのかも知れない。
 けれども、そんな悠長なことを考えていてもいいのだろうか? そんな訳はない。
 あの声は、ぼくたちに殺し合いをさせると言った。
 そして、ただ言われても納得できないだろうからと見せつけられたのが今の虐殺だ。
 つまりは、暗にぼくたちが殺し合いを素直にしないというのなら、この「首輪」を爆発させるぞ、とそういう意味を込めたデモンストレーションなのだろう。
 そう、首輪。
 ぼくは死んだ子のすぐ隣に居たからその様子が良く見えた。
 彼女は首に巻かれていた金属製の首輪と形容するしか無い何かが爆発して、その生命を奪われた。
 周囲に影響が及ぶ程の威力ではなかった(隣にいたぼくはせいぜい音に驚いたぐらいだ)ところを見ると、奇麗に首だけを吹き飛ばすように設計されているらしい。
 そして、ぼくの首にもなにか金属質の物体が巻かれている。たぶん、彼女が付けていた首輪と同じものと考えていいだろう。
 哀川さんじゃあるまいし。ぼくのような一般人では首輪を爆破されて生き残ろことが出来るとは到底思えない。
 ぼくの(そして恐らくは周囲にいる彼らも)生殺与奪の権は既に奪われている、ということだ。
 逆らえば先程の彼女のようにあっさりと、人生という名の舞台から退場することになるだろう。
 勿論ぼくは自殺志願者じゃない。
 かといって人を殺すなんてことがぼくに出来るのだろうか。
 そこまでして、ぼくは生きていたいのか?

「結構。みなさん懸命なようで話が早くて助かりますよ」

 懸命……というよりはただ絶句してしまい言葉になっていないだけの人間もいると思うけれど。
 嬉しそうにその声は言う。
 先程から「声」と単純に呼んでいたけれど、それは男の老人の声に聞こえた。
 何となくだけれど、気のいい好々爺を思わせるような声色だ。
 とはいえ、先ほどから口にされる内容はどうにも物騒なものばかりで、とてもおじいちゃんだなんて呼びたくなるような愛嬌のある人物でないことは明白だったけれど。

「念の為に説明させていただきますが……みなさんの首には爆弾を仕込んだ首輪が巻いてあります。
 殺し合いに積極的に参加していただけないのならば、残念ですがこちらで爆破させていただきます。
 ……ああ、体力に自身がある方でも首輪の爆発に耐えられるとは思わないほうがいいですよ。
 首輪が爆破されれば、確実に『死に』ます。そういうルールなのだ、と心得て欲しいですね」

 先程の彼女のように。
 そう告げた彼の口調はやはりそこまで重いものではなくて。
 死んだあの子さえいなければ、質の悪いドッキリか何かなのではと勘ぐってしまいそうになる。
 そういった意味では、女の子一人をそうそうに爆破したことは正しい判断だったのだろう。
 ぼくのように考えて、殺し合いを真面目に捉えられないものを予め減らすことが出来るだろうから。

「また六時間ごとに放送を行い、そのたびにそれまでに死んだ人間と残り人数、『禁止エリア』の発表をします。
 『禁止エリア』というのは踏み込んではいけないエリアです。もしも踏み込んだ場合には警告を行いそれでも立ち去らないようなら首輪を爆破します」

 『禁止エリア』。
 終盤に人数が少なくなってきたときに殺し合いが停止しないようにする仕組み、というわけか。
 それに時間制限をつけるという意味もあるのだろう。最後まで殺し合いを嫌がり避け続けたとしても、『施設』とやら全域が禁止エリアになってしまえば、残っている全員が首輪を爆破されて死ぬ、というわけだ。

「ああ……。言い忘れていました。もしも最後まで生き残ったなら……そうですね、『優勝者』とでも呼びましょうか。
 『優勝者』にはひとつだけ、どんな願いでも叶えてあげましょう」

 どんな願いでも。
 神龍のようなことを言うおじいさんだった。
 地球に接近してくるサイヤ人を倒してくれといえばこの人はそうしてくれるとでも言うのだろうか?
 だとしたらすごい。この老人の力は界王様を越えているといえよう。
 ……戯言だった。

「どんなことでも構いませんとも。一国の王にしてくれでも、絶世の美女を嫁にしたいでも……死人を蘇らせてくれ、なんてものでも 結構ですよ?」

 にぃ、と。
 顔も見えないのに笑った気配が伝わってきて。
 少しだけぼくはぞっとした。こんなことをする以上分かりきっていたことだが、この声の主もぼくがいままで出会ってきた天才たちに及ぶほどの……異常者だ。

「異常……。 私のことをそんな風に考えた人はいますか? とんでもないですね。私など異常(アブノーマル)と呼ばれるのもおこがましい、ただの老人ですよ。
 それでも、私の目的だけは教えておきましょうか。私は教育者でしてね。理想があるんですよ。みなさんはそれに手伝っていただきたい」

 そんな考えを悟ったのだろうか? まるでぼくに返事をするように声の主は言葉を放った。
 殺し合いの末につかめるというその理想。教育者としての理念。しかし先生って生き物はどいつもこいつも人格破綻者なのだろうか。
 自分の恩師や大学の教授、そして狐面のあの男をそれぞれ思い返してぼくはどこか的はずれな疑問を浮かべた。

「そう、『完全な人間』の創造……! この『実験』で遂に悲願を果たせると私は確信しています! ふふっ……。あなたたちには期待していますよ」

 『完全な人間』。何故それが殺し合いから生まれるというのだろう。
 完全にほど遠い、むしろ欠けているところしかないとすら言われるぼくに分かるはずもない。
 そんな言葉と共にぼくの意識が薄れていく。
 催眠ガスだろうか……? この部屋の外がそうなのかとでも思っていたけれど、眠らせた状態で『施設』とやらに運送するつもりか。
 体から力が抜けていく。膝を付いた。まぶたが重たい。
 床に体を横たえながら、老人の最後の言葉が聞こえた。


「それでは実験名『バトルロワイアル』……只今より開始いたします!」

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最終更新:2012年10月02日 07:59