第一回放送 ◆mtws1YvfHQ
何処とも知れない目に悪そうな薄暗い場所。
様々な物が置かれたテーブルを前に、老人は座っていた。
周囲をモニターに囲まれ、それのみを光源とした光を浴びる老人。
実験名『バトルロワイヤル』。
その元凶とも言えるその老人。
箱庭学園理事長、不知火袴は静かに座っていた。
テーブルの上に置かれた様々な物。
まだ淹れたばかりなのか湯気の出続けている湯呑茶碗。
実に事細かに書き込まれた書類と思しき紙。
ついでのように置かれた食べかけのういろうなどなど。
置かれた物は実に様々。
そんな中、ぽつりと置かれている電源の切り替えが出来るようになっているマイクに時々目を移しながら座っていた。
「――――さて、もう間もなくですか」
不意に袴が呟き、時計を見た。
時刻は五時五十六分。
六時間ごとに放送すると言った手前、それを過ぎる訳にはいかない。
そんな事を袴は考えながらマイクを手元に引き寄せる。
電源はまだ付いていない。
そんな中、袴の後ろの扉が開き、一人の、老人が入って来たのだ。
老人。
白衣を身に付け、総白の髪と鋭い眼差しをした老人は、後ろ手に扉を閉めると何の遠慮もなく袴の隣にある椅子の一つに座った。
袴が顔を向けても何も言わず、引き寄せていたマイクをその老人は自分の方に寄せた。
「――死亡者等は分かっていますか、博士?」
「舐めるな」
それを軽く笑いながら袴は時計に目を向ける。
五十九分。
確認してからモニターを一通り見渡す。
誰もが、と言う訳ではないものの大半は放送を聞く気はあるようだ。
口元を歪めながら、時計を注視する。
六時零分。
「どうぞ」
袴が言うと、老人はマイクの電源を入れ口元を近付けた。
実験の最中だが、放送を始める。
不知火袴じゃないのかと思う者も多いだろうが、協力者の一人程度に考えてくれて構わん。
さて、まずは死亡者の発表――の前に、荷物を確認してみろ。
その中に白紙だった紙があるだろう?
今は参加者一覧――つまり名簿に変わっている筈だから確認しておけ。
見付からないと言う者が居ても、ない筈はないから良く探せ。
それでもなかったら落としたのだと諦めろ。
………………………………
さて、時間もある程度は取った事だから名簿の中から死亡者を言うぞ?
これは一度しか言わないから良く聞け。
以上の十名だ。
一応言っておくが、死んだ順番で言っている訳じゃない。
ああ、もう一つ言って置くが見せしめに死んで貰ったのは皿場工舎だ。
つまり十一名だが、大した違いではないな。
生き残りはあと三十五名。
最初からこの調子では後が……いや、先が思いやられるが……なかなか影響のある奴が殺されたから問題はないだろう。
では続いて禁止エリアの発表だ。
こちらも一度しか言わないから、死亡者の中に知り合いが居て呆然としていた云々の言い訳は聞かない。
言うぞ?
今から一時間後の七時より、D-4。
今から三時間後の九時より、B-6。
最後に五時間後の十一時より、F-1。
以上の三ヶ所が禁止エリアになる。
今言った時間以後に入ると警告を挟んでから首輪が爆発するから気を付けておけ。
場所を聞き逃した?
前もって聞き逃すなと言って置いたのだから居ても知らん。
精々別の所に行く時は警告に注意しておけ。
さて、言う事もこれ以上ない。
が、念のためにもう一度だけ不知火袴の言っていた事を聞きたいと言う者も居るかも知れない。
疑っている者も居るだろうから、もう一度言って貰おう。
「え?」
どうぞ――
「は、はあ――――それなら最初から…………えー、不知火袴です。
最初に言って置きましたがもう一度だけ。
最後まで生き残った『優勝者』にはひとつだけ、どんな願いでも叶えてあげます。
一国の王になりたい?
良いですとも。
絶世の美女を嫁にしたい?
構いませんよ。
もちろん――死人を蘇らせる――何て事も、ね。
それでは、以上です。
皆さん、『優勝者』目指してどうぞ殺し合って下さい。
――これで良いですか?」
ああ。
余計な事を考えられて滞ると困るからな。
精々殺し合って願いを手に入れるために生き残ってくれ。
俺からも以上だ。
老人が電源を切るのと、マイクから口元を遠ざけるのは殆ど同時だった。
それからモニターに目を移す。
皆が皆、と言う訳ではないながらうろたえている者もいる。
恐らくこんな非道な実験に協力者が居るのかなどと喚いているのだろう。
「流石に少し緊張しますね――こんな事は初めてなだけに」
冷静にそんな事を言っている不知火袴を一瞥だけして、老人は再びモニターに目を戻した。
幾つものモニターに流し見て行く中で二度、老人の視線は不自然に止まっていた。
蒼い髪の少女と平凡な風貌の少年。
そんな二人の所で止まっていた。
モニターを広く流れ見て行く中で、思い出したように何度かその二人を見、また流れを戻している。
そこだけまるでつかえでもあるように、何度も、何度も。
「やはり、気になりますか?」
何度目かの時に、さり気なく、ういろうを口に運びながら袴が言った。
瞬間、老人は鋭い目を袴に向け直し、冷静な、それでいて僅かな怒気の籠った声を掛ける。
「――俺の研究を潰してくれたんだからな。気にならないと思うか?」
「まあ、そうでしょうね」
「今回の実験まで壊されやしないかとな」
「大丈夫ですよ。私が、あなたに、声を掛けたんですから勿論分かっています」
袴のその言葉に、苦そうに老人は顔を背けた。
場に沈黙が満たす。
モニターからの光が二人を照らす。
袴が茶を飲む音だけがやけに、そして静かに響く。
「はぁ」
溜息のような息を吐き、袴は茶碗を机の上に置いた。
老人は相変わらず苦そうな表情でモニターを見詰め、何も答えない。
「……持ちつ持たれつで行きましょう――私は天才を安価に量産したい。貴方は天才を創造し製造したい」
「……ふん、そうだな――理事長殿」
「ええ、博士――いえ」
首を振って、袴は老人に顔を向ける。
老人。
過去、唯一の目的と無二の希望をなくした男。
今、唯一の目的を見付け直し、無二だった希望を掴み直した男。
全てを滅茶苦茶に壊された男。
かつての、四十代を思わせる敏腕政治家と言った風の男。
かつての、押せば崩れ、突けば壊れそうだった小柄な男。
しかし、天才から下って益々、過去より墜ちてから益々、絶望を経てから益々、その老人は、
「《堕落三昧》斜道卿壱郎さん――目的は合致しているのなら、過程が違うだけならば、手を組まない手はないでしょう?」
《堕落三昧》に相応しい。
そう思える。
そう納得させられる。
そんな雰囲気を漂わせていた。
「ああ、その通りだ」
袴の同意を求める言葉に、斜道卿壱郎は、最もだとでも言うように笑った。
大きく頷いて笑った。
あたかも当然の事だと言うように笑った。
そして謳う。
「俺は天才を元に天才を研究し」
「私は天才を元に天才を研究し」
「創造し」
「解析し」
「製造する」
「量産する」
「その過程には」
「犠牲は付き物」
「仕方がない」
「仕方がない」
「多少の犠牲は」
「必要な物です」
そう謳う。
まるであらかじめ口を合わせていたような滑らかさで謳い切った。
しかし息の合っていた割には、終わっても顔を合わせるような事も無く、二人はモニターを注視し続ける。
天才の製造と天才の量産。
似通っているようで似通っていないそれを、無理矢理繋ぎ合わせているからか。
互いの理論に納得しない部分はもちろんあるだろう。
しかしそれがあってもなお、頷くだけの価値があると二人とも思っているのだから。
片や、既に終わってしまった製造計画「特異性人間構造研究」。
片や、数十の財団と国家軍部にまで出資者の居るフラスコ計画。
それだけの差異がありながら、頷く価値があると思ったのだ。
天才。
それだけのために。
否。
それだけではないかも知れない。
何かあるのかも知れない。
しかしそれでも。
「……ふふふ」
「……ははは」
モニターから目を逸らさず、二人は笑った。
実験の成功を祈るように。
しかしそれでいて、成功を疑っていないように。
最終更新:2013年11月28日 18:02