「正義は必ず勝つんだぜ」 ◆1aw4LHSuEI
腹部に走るは灼熱。
口に交じる鉄の味。
とがめは戸惑いを覚えると同時に理解する。
自分が攻撃されたという事実を。
千刀・鎩(ツルギ)。その内三本が、体から生えていた。
刺された。目の前の、この男に。
一瞬遅れて感覚がやってくる。痛い。
視線を落としてそれを確認した後、とがめは口を開いた。
「な……」
なんのつもりだ。
なぜ、こんなことを。
なにをした。
言葉にならない。
けれど、聞きたいことはたくさんあった。
先程までは友好的に話しあえていたはずだ。
お互いに名乗りあい殺し合いに乗るつもりはないと意見を一致させた瞬間。
だというのに、この攻撃。状況的に考えて目の前の男が自分を刺したということで間違いないだろう。
勿論、初対面の人間だし、自分に戦闘能力がないことは分かっていたから十分に警戒はしていた。
相手が武器を持っていないことは充分に確認したはずだったのに。
なのに、どうして。
自分は三本もの鎩(ツルギ)に貫かれている……!?
「さっきも言ったとおりに殺し合いをするつもりは僕にはない」
無表情に。当たり前のような顔をして。
男はとがめを見下ろした。
「ならば、何故だ……?」
「――――答える必要を感じないな」
宗像形は、冷たい声でそう語りながら刀を袖から取り出し構えて。
普通になんてこともなく。純粋な害意。いや、殺意を放つ。
殺人者の気配。これまでに何度も修羅場をくぐり抜けてきたとがめにはそれがわかった。
いきなりの奇襲。充分な準備が出来ていないのだから奇策は用意していない。
相手が武器を取り出すことにすら気がつけなかったのだ。身体能力も大きく劣るだろう。
逃げられない。ここで、自分は死んでしまうととがめの冷静な部分は告げる。
月の奇麗な夜だった。けれど、木々がその灯を十分に届かせない。
表情は、お互いに良く見えなかった。
こんなところで死ぬわけには行かないと、とがめは思う。
まだ、生きてやらなければいけないことがある。
例え文字通りに絶体絶命の状態でも諦めるわけにはいかない。
このまま無抵抗に殺されるという選択肢は、とがめの中に存在しなかった。
だから、無様にも逃げ出す。
振り返らず、一目散に。
逃げ切れるはずがないと分かりながらも、それでも生き延びたいという意思を捨てることが出来ず。
ため息が聞こえる。
余計な手間がかかるとでも思っているのだろうか。
風を切る音が聞こえてくる。
だめだ。やられる――――。
「てりゃあああああああああああああああっ!!」
「……!?」
と。
突然背後から聞こえてくる叫び声。
それと共に止まるとがめを追っていた気配。
何があったのか。
さきほどまでのことを思えば、当然とがめとして気にかからないわけはなかったが。
それ以上に今は逃げるべきであると思い直し、これ幸いとばかりに全力を出して戦場から離脱した。
□ □ □
「なにやってんだよ、あんた」
「なにをしているんだ、か。それはこっちのセリフだね。何のつもりだい、君は」
間一髪、というかすべりこみセーフであたしは間に合った。
あたしは女の子に襲いかかってた男の間に割り込み、勢いを殺さないままで蹴りを放った。
不自然な姿勢から放った蹴りだ。簡単に避けられてしまったがそれは織り込み済み。元々相手を一歩引かせるのが目的だ。
その間に女の子は走り去っていき、逃げることが出来たようだ。遠ざかっていく足音を感じる。
よし、最低限の目標は達成した。だけど、それを振り向いて確認することは出来ない。目の前の男から目を離すわけにはいかないから。
流石のあたしでも真剣を持った相手と戦ったことはそう多くない。ましてや、こんな殺意全開の相手は初めてだ。
肌にピリピリと突き刺すように伝わってくる。分かる。こいつはあたしを殺したがっている。
あたしがキッと、眼力を込めて睨みつけたら男はため息を付いて肩に担ぐ様に刀を持ち替えた。
「君は、僕の目の前に出る、ってことの意味がわかってるのかい。単刀直入に言うよ。……死にたいのか?」
「死にたくなんてねーよ。死にたいわけねーじゃねーか。だけどさ、こっちにも譲れないもんてのがあるんだよ」
「それは何だい。ひょっとしてさっきの子が知り合いだったりしたのかな」
「違う。あたしが正義だからだ。だから、人を殺そうとするあんたを見逃さない。そうさ。ここで怯んだらあたしじゃねー。
兄ちゃんと月火ちゃんとこのあたしの燃え盛る熱い正義の心に従って! 今ここで、あんたをぶん殴って止めてやる!」
体が震える。
怖いからじゃねー。
むしろその逆だ。
正義を愛し、悪を憎むあたしの心が震えている。
震えるぜ、ハート! 燃え尽きるほどヒート!
だけど、高ぶる心とは裏腹に集中力は高まっていく。
かつて無いほどのコンディション。
今なら誰にも負ける気はしない。
そうだ。止めて見せる。ふざけんな。許してたまるか。
あたしの目の前で、もうこれ以上誰も死なせるか!
最初に首を吹っ飛ばされたあの子の姿が脳裏に焼き付いて離れない。
人が死んだのを、殺されたのを見たのは初めてだ。
許せなかった。悔しかった。何も出来なかったことが。
あたしは
正義の味方なのに。正義なのに。みすみす人を死なせてしまった。
だから、もう駄目だ。あたしの目が黒いうちは、一人だって死なせはしない。
こんな殺し合いを企んだじーさんも、こんなくだらない殺し合いに乗るような奴も。
全員あたしがぶっ飛ばして、完全無欠のハッピーエンドにしてやる!
「……僕の名前は宗像形。箱庭学園の三年十三組。『十三組の十三人』の一人だ」
「……、へ?」
熱くたぎっていたら名乗られた。
ちょっと調子が狂う。
「君の名前はなんていうんだい?」
「――――阿良々木火憐だ。人はあたしをファイヤーシスターズと呼ぶ」
何のつもりだろう。
お前の名前は墓標に刻んでおいてやる! というタイプの殺し屋だったりするのだろうか。
それともなんだ。ナンパか。あたしが好みのタイプだったりしたのか。
「言っとくけど、あたしにはちゃんと彼氏がいるんだからな!」
瑞鳥くんという可愛らしい年下だ。
兄ちゃんに似ている。
「……。阿良々木火憐か。いい名前だね」
「そうかよ、あんたの名前もなかなか格好いいぜ」
それでも手加減はしてやらないけどな。
ふざけた話をしているようで、あたしたちの間にある緊張感は尋常じゃない。
生きるか死ぬかの命のやりとりだ。緊張しないわけがない。
道場稽古や街の喧嘩とはわけが違う。けれど、今更だ。
あたしはいつだって、正義の為に命をかけてきた。それならこれも、いつもどおり。
月火ちゃんこそいないけど、いつもどおりにファイヤーシスターズを始めよう。
先に仕掛けてもいいのか? こういうのって先に仕掛けたほうが死ぬんじゃないか?
いやいやそんなこともないかな、別に。だけど、結構マンガとかだとお約束だしな。でもこれマンガじゃないしー……。
よく分からなくなってきた。取り敢えず殴ろうかな。
と、そこまであたしが考えたとき。
「見ず知らずの女の子をかばって前に出るなんて君はやさしい子なんだね」
割りこむように、声がかけられた。
「言っただろ、あたしは優しいんじゃない。ただ、正義なんだ」
「……そうか。君とは仲良くなれそうだ。だから――」
その言葉と共に、肩に担いだ刀を持ち上げる、目の前の男。
すわ、仕掛けてくるのか! あたしは構えを強くする。
「――降参だ」
「…………は?」
手に持った刀を地面に落とし両手を上げる男。
あっけに取られたあたしといえば、なんというか何もすることは出来ず。
「えーと……」
構えた腕の下ろしどころを考えて、ちょっと悩んだ。
□ □ □
なんとか、逃げ切れたようだ。
それなりに大きな木にもたれかかりながら、私は息を付き、刺さっていた?(ツルギ)を体から抜く。
それほど深くは刺さっていないようで、非力な私でもそれほど苦労することはなかった。
着物を破いて止血する。不幸中の幸いというべきか?
致命的な部分は貫かれていないようで、普通に行動する分にはそこまで問題はなさそうだった。
「ふう……」
なんとかこれからの目処がつきそうで一息ついた。
宗像形。朴訥で無害そうな外見に騙された。
これを戒めとしてこれからは他の人物との遭遇には十分に注意を払ったほうがいいだろう。
しかし、憎々しいがあいつも一つ、私の利になることをしてくれた。
この、怪我だ。
普段ならば恨めしいこの童女のような見た目も相まって、今の私はさぞかし同情を引ける姿をしているに違いない。
この姿に油断するような輩ならば、あの宗像ではかなわなかった私の身を守る役も任せられるだろう。
そう、私はどんな手を使っても生き延びる。そして、やらなければいけないことがあるのだ。
だが、ひ弱な私が真正面から殺し合いに乗ったとしても生き延びられるとは到底思えない。
ならば、最初は調査から。誰かに保護してもらいながらも脱出の手段を捜す。
その上でそれが叶いそうにもないのならば、改めて他の方法を考えよう。
手段は選ばない。選んでいられるような状況ではないのだから。
誰を犠牲にしても、誰も使い潰したとしてもそれを乗り越えて。
暗い暗い夜の森で。
頼るものも誰一人ない。
私は、孤独だ。
……だからどうした。
いつものことだ。
さあ、いこう。
積み重ねた屍の上で生き残り勝者となるために。
【1日目 深夜 E-8】
【とがめ@刀語】
[状態] 腹部に負傷(止血済み)
[装備]
[道具]支給品一式、ランダム支給品(1~3) 千刀・鎩(ツルギ)×3
[思考]
基本:どんな手段を使っても生き残る
1:利用できそうな人間と合流。身を守ってもらう。
2:ひとまずは脱出優先。殺し合いに乗るのは分が悪い
[備考]
※千刀・鎩(ツルギ)についての情報を持つ以降から
□ □ □
「――――分かったかな。僕が彼女を攻撃したわけが」
「えっと……つまり、どういうこと?」
「…………」
いきなり割り込んできた勇気ある少女は、熱血っぷりと対比するかのごとくあまり頭は良くないようだった。
ものすごくきょとんとした顔で僕の方を見つめてくる。
殺したくなる。
「……もう一度説明するから聞いてくれるかい」
「うん」
素直である。殺したい。
そんな思いを抱えながら僕は再び説明を重ねる。
あの女に僕が何を見て、何故行動を共にしないことを選んだのかを。
瞳に宿った野心と、人を何とも思っていないような意思のあり方を。
出来る限りの言葉を尽くして。
「ようするにさ。あの女の子を悪い奴だと思ったってこと?」
「まあ、そういうことかな」
悪い奴。悪人。
厳密に言えば違うのだろう。
どんな手を使っても生き残りたいと、こんな実験に巻き込まれた人間が思うこと自体を悪いことだとは僕は思えない。
だけど、彼女はそれとは少し違う。あれは本来からの物だろう。
きっと彼女を見逃せば多くの人間が犠牲になる。
弱いから。それもある。だけどそれ以上に彼女がその弱さを利用して他人を使い潰そうとしている。
ほんのわずかな会話しかしていないけれど、分かった。あれは自分以外に全く価値を認めていない。
……あいつは、過負荷(マイナス)だ――――。
「えいっ」
ざくぅ。
……あり得ない音がした。
「っ……」
いきなり腹を突かれた。
痛かった。
えいっ、とか。なんかかわいい感じだけど、そんなレベルじゃない……。
痛いというか、もうなんというか。息が、出来ない……。
むせながら前を見ると頬をふくらませて彼女がガイナ立ちをしていた。
「……阿良々木さん?」
「火憐でいいよ」
「……火憐さん」
「なに?」
「なにを、するんだよ」
問いかけた僕に、火憐さんはビシッと指を突きつけてこう言った。
「人をっ、見かけでっ、判断するなっっ!!」
「…………」
……微妙に僕が言ったことが伝わっていない。
というか。言っていることは正しい、のだけれど。
何となくお前が言うなという感じがした。
殺していいだろうか。
「そんなあやふやな感覚で本当に悪い奴だったかなんてわかんないだろ!
だいたい、もしも本当にそうだったからって刀で刺したら駄目じゃねーか!
話しあってなんとか出来たかもだろっ! 暴力からは何も生まれないっ!」
……たった今僕のみぞおちを強打した少女のセリフである。
もう一度思っておこう。お前が言うな。
「まあ、しかし。やっちまったもんは仕方ねー。誠意を持って謝るなら許してやらんこともない」
……。なんで僕がよりにもよって火憐さんに謝らなくてはいけないのかは不明だが、ごねても面倒な気がしたので大人しく従う。
「ごめんなさい」
「あたしに謝ってどうするっ!」
理不尽だ。
殺したい。
「あの子に謝らなくちゃだろーっ。さっさと追いかけようぜ」
「……それは、まあ、いいんだけれど」
夜の森の中、特に目印もなく走り去った彼女を追うのは難しいだろうと考えながらも。
僕はひとつ彼女にたずねる。
「君は、この殺し合い――――『実験』にどう向き合うつもりだい?」
「どうって、決まってるだろ。こんなくだらねー陰謀に乗ってなんてやるもんか。
あたしが悪いやつ全員ぶん殴ってそれで終わりさ。いつもどおりだ」
いつもどおり、か。根っからの正義の味方のようだ。いつかの生徒会の面々のようだった。
しかし、理事長ならば、恐らくこういった行動に出る人物のことも予想済みだろう。
だが、その上で何を考えている? 彼は一体ここでなにを目論んでいるのだろう。
フラスコ計画の一環……なのだろうか?
「そう簡単に行くとは思えないな。僕達の首にはまった首輪をどうするつもりだい。
外せたとしてこの『施設』の外に出る方法は。殺し合いに乗る連中は尋常じゃない化物がいるかもしれない」
火憐さんにそんなことを言いながら、実のところ僕自身特に行動方針は決めかねていた。
今更理事長の実験に付き合う義理はない。ほとほとに愛想が尽きている。
彼とて僕の目の前で人を殺すということがどういうことなのか分かっていないわけではないだろうに。
だから、僕とて大まかな類で言えば火憐さんと同じ括りになるのだろう。殺し合いには乗らないよ仲間だ。
しかし、だからと言ってこの実験そのものを破壊なんて出来るのだろうか?
集められていた規模からして『十三組の十三人』を用いたフラスコ計画以上のものを感じる。
あの理事長が、失敗を元にして立ち上げた計画……。そう易々と突破できるとは思えない。
死にたくはない。殺したくもない。死んで欲しくはない。
そんなわけで。僕は、場当たり的に他人の驚異となるだろうものを殺さない程度に取り除く、程度にしか方針を定めていなかった。
「んなもん関係ねー。きっとそのうちいい考えが浮かぶし、浮かばなかったとしてもそれは悪に屈服する理由にゃならねー」
それにさ。
と、彼女は続けて言う。
「知らないのかよ、宗像さん。正義はかならず勝つんだぜ?」
だから、あたしは無敵だ。正義を為すまでは殺されたって死なねーよ。
そんな感じで、にこりと彼女は僕に向けて笑った。
「じゃ、とりあえずさっきの女の子を保護しなくちゃなー」
それじゃ、行こうよ?
そう当たり前のように言って背中を向けて歩き出す彼女。
もう、出会ったばかりの僕を信用したのだろうか? 早過ぎる。
客観的にみるならば僕はさっきまで人を襲っていた危険人物だというのに。
ましてや殺気をぶつけてすらいたのだ。これまでのが騙すための甘言でないという保証なんて無いのに。
大物なのか。馬鹿なのか。……どちらにせよ、放ってはおけないか。
その後ろを僕は鴨のようについていくことにした。
ざんぎり髪の後ろ姿は斬りつけやすそうだけど、自重する。
全くもって羨ましいぐらいの楽天思考だ。
僕は正義が必ず勝つだなんて絵空事をサンタさんのように信じちゃいない。
現実は、もっと簡単だ。悪も正義も等しく死んでいく。あっさりと。
けれど、そんな言葉を本気で放っているだろう彼女は、尊いもののように、僕には思えた。
ああ。
殺したくなった。けれど、死んでほしくなかった。
彼女の正義が本物か、偽物か、僕にはまだ分からないけれど。
それでも、そのあり方は奇麗だ。
だから、それを汚しかねないさっきのような女とは出来れば出会って欲しくはないのだけれど……。
――仕方ない。僕が守ろう。彼女を、あらゆる外敵から。
まるっきり柄じゃないことは分かってる。僕は本来殺す側の人間だ。
でも僕は、この純粋な少女の正義の味方ごっこがまだ見たいようだから。
――――それに。彼女が本物なら。
僕がいつか殺しを我慢できなくなってしまったとき。きっと止めてくれるだろうし。
【1日目/深夜/D-8】
【宗像形@めだかボックス】
[状態]健康
[装備]千刀・鎩(ツルギ)×997
[道具]支給品一式、ランダム支給品(0~2)
[思考]
基本:殺したいけど死なせたくない。
1:火憐と行動を共にする。出来る限り彼女を守る。
2:誰も死なせたくない。そのために手段は選ばないつもり。
3:殺人衝動のことはとりあえず隠しておく。
[備考]
※生徒会視察以降から
【阿良々木火憐@物語シリーズ】
[状態]健康
[装備]
[道具]支給品一式、ランダム支給品(1~3)
[思考]
基本:この実験をぶち壊す。悪人はぶっ飛ばす。
1:さっきの女の子と合流したい。
2:宗像さんと一緒に行動。
最終更新:2012年10月02日 07:59