全てが0になる ◆H5vacvVhok
そこは、かつて堕落三昧斜道卿壱朗研究施設という名称を持った研究施設である。
特異性人間構造研究という人類の禁忌に挑もうとした果てに、『死線の蒼』と『
戯言遣い』によって完膚なきまでに叩き潰され、圧壊された堕落の最果てである。
その研究施設の離れの廃墟に三人の人影があった。
一人は、私立桜桃院学園指定の制服を身に纏った平凡そうな少年である。一人は、同じく私立桜桃院学園指定の制服に身を纏ったどこか人を寄せ付けない雰囲気を持つ少女である。
一人は私立上総園学園指定の学ランを身に纏った少年……ではなく少女である。男装の麗人とはこの少女のための言葉ではないか? というくらいに男装が似合う美少女であった。
櫃内様刻と病院坂黒猫と病院坂迷路の三人である。
彼らは廃墟の玄関ロビーで呆然と立ち尽くしていた。
いや、彼らの視線の先にあるモノに釘付けにされていたというほうが表現としては適切なのかもしれない。
彼らの視線の先にあるモノ、それは……
体中を斬り刻まれて絶命している男の死体だった。
死亡してからそれほど時間が経過していないようで、傷口からは血が溢れ出ているため、彼の周りは血の海が出来上がっていた。
亡者の光を失った瞳がこちらを見つめる様は、おぞましくも恐ろしいものだった。
「なあ、様刻くんに迷路ちゃん? 僕たちの置かれているこの異常な状況について君たちならどう考察するかね?」
重苦しい雰囲気のなか、第一声を発したのは黒猫であった。
「どうって、戦争なんだから人が殺されていても不思議なことなんて何一つないだろ?
ていうかこの状況の考察よりも、この先、この戦いを生き残っていく手段について考えた方がよくないか?」
現実的な様刻の提案に黙って同意する迷路。
「まあ、様刻くんの意見は尤もだが、こういう状況では死体を観察し考察することにより、有益な情報を得られたりするものなのだよ」
例えばだね、と黒猫は続ける。
「この死体くんは触ってみるとまだ温かい。死後硬直もまだ始まっていないようだ。
状況からみて、彼は僕たちがここに来る少し前に殺されたと推測することができる」
「うん、だからどうした?」
「櫃内様ともあろうお方が情けない……。少しは自分で考えてみろよ。ところで、話は変わるが様刻くん。きみは『かもしれない運転』という言葉はご存知かな?」
「まあ、知ってるちゃあ知ってるけど……。あれだろ? 子供が道路で遊んでいるのを見て、ひょっとしたら子供が飛び出してくるかもしれない、
と予想し対応する心構えを身につけておけってやつ」
不服そうに言う様刻を見て、にやにや笑う黒猫。
「そう、その言葉にいまの状況を当て嵌めると、
殺人事件が発生した→死体の状況から判断すると殺害されてからあまり時間は経過していない→もしかしたら、犯人はまだこの建物に潜んでいるかもしれない。
という危機判断が可能なんじゃないのかな? 様刻くん?」
これに様刻は、溜息を吐き
「そうだな。警戒は十二分過ぎるほどにしておいたほうが十全だな」
と言った後に
「結局、何が言いたいんだよ? くろね子さん」
と続けた。
つまり、従姉どのはそういう危険因子を排除しておきたいとそう仰られているのですよ。様刻さん―――と目線だけで迷路は様刻にそう伝えた。
「排除ってまさか……」
「別に殺しまではしないさ。戦闘不能な状態には、なってもらうがね」
様刻の言葉を遮るように言う黒猫。
「それじゃあ行こうか」
言って黒猫は一人、廃墟の二階へと続く階段を昇っていく。
それに様刻と迷路は渋々といった感じで続いた。
☆ ☆ ☆
それから数分後、またしてもこの廃墟を訪れる人影があった。
その人影は、玄関ロビーにて血の海と化した場所を笑いながら眺めていた。
その場所の中心には、野良猫が息絶えていた。
「傑作だな―――」
その男、上半身裸でそのままサバイバル・ベストを羽織っており、下はハーフパンツというラフな出で立ちである。
なんだか、おしゃれをガンバリすぎて妙な方向にそれてしまったという印象であった。
その格好だけでも人目を引いてしまいそうだが、右顔面には、禍々しい刺繍が掘られていて、彼の異様さをさらに引き立てていた。
「こういう役回りは、俺じゃあなくて『あいつ』が相応しいと思うんだが……」
なあ、欠陥製品。とその男は独り呟く。
「まあ、いいや。そんじゃ今回も殺して、解して、並べて、揃えて、晒してやりますか」
彼の名前は
零崎人識。
殺し名七名。序列第三位。
『零崎一賊』の最大の禁忌にして秘中の秘。
『零崎』同士の親近相姦によって産まれた鬼子である。
☆ ☆ ☆
二階に到着した病院坂御一行を更なる衝撃が襲った。
階段のすぐそばには、三つ扉が並んでおり、それぞれ血文字で次のように記されていた。
高貴なる者は、絶望に溺れ殺される。
不吉を呼ぶ黒猫は、四肢を切断され殺される。
不吉なる迷宮に座す者は、全てを奪われ殺される。
そして、二つ目の扉の上にはこう記されていた。
『そして、全てが0になる』。
「全てが0になる? 『すべてがF になる』じゃあなくて?」
センスが悪すぎる。と様刻は吐き捨てるように言った。
「センスの良し悪しは別として、三つの扉に記された血文字は、『黒死館殺人事件』の殺人予告を彷彿とさせるね」
目を輝かせながら暢気に言ってのける黒猫。
少しは空気を読んで欲しいものである。
そんな黒猫を呆れた目で見ながら、
「病院坂。お前はなんでも知ってるな」
とありったけの皮肉を籠めて言った。
それに黒猫は、酷く冷め切った声で、
「君が薄識なだけだろ」
と言い返す。
なんだか不毛な会話だった。
従姉どのも様刻さんも落ち着いてください。今は言い争いをしている場合じゃあ、ありませんよ? ―――と年長の二人を睨むことにより、怒りを表現する迷路。
「ああ、そうだな。ごめんな、迷路ちゃん」
言って、迷路の頭を撫でてやる様刻。
(しかし、こいつは―――)
扉に記された血文字を読み返す様刻に戦慄が奔る。
(こんなものを書いた奴の頭は完全にイカレている。もし、この狂気がぼくたちに向かっているならば、今すぐにでもこの場所を離れるべきじゃあないのか?)
嘗て経験したことのない異常な事態に様刻の第六感が警鐘を鳴らす!!
(そうだ!! 病院坂たちを連れて今すぐにでも、この薄気味悪い場所から―――)
「おい、病院坂! 迷路ちゃん! 今すぐにでも、この場所を離れるぞ!!」
櫃内様刻が声を掛けた先には―――
誰も、いなかった。
「あれ? 病院坂?」
「そうか、あの娘の苗字は病院坂というのですね」
背後からの突然の声に振り向こうとする様刻だが、
「―――――!!」
身体が動かない!!
「ああ、動こうとしても無駄ですよ。あなたはもう僕の『操想術』に嵌ってますから」
「『操想術』?」
「まあ、簡単に―――至極、簡単に説明するならば、催眠術のようなものとでも言いましょうか」
(催眠術!? いつの間にそんなものを掛けられた!)
思い返してみる様刻だが、思い当たる節が全くない。
そんな様刻の思考を読み取ったのか背後の男は、せせら笑うように
「そうでしょうね。相手に気付かれないように施術するのも、非戦闘集団である呪い名の必須技術ですから」
と説明する。
「実験は……そうですね。成功とは言えませんが、結果は悪くありませんでした。ご協力感謝します」
「あ……あんた、何を言って―――」
「お詫びと言ってはなんですが、苦しまないように一瞬で殺してあげましょう」
その場から逃げようとするも、全く身体は反応しない!!
「――――――!!!」
そして、刹那の刻。
断末魔が響いた。
☆ ☆ ☆
ぽた、ぽた、ぽた。
血が床に滴り落ちる。
「―――――っ!!」
あまりの痛みに顔をしかめてしまう。
だが、そんなことはどうでもいい問題だった。
(何故、絶対的に殺す立場だった僕がこんな目に!!)
時宮時刻の背中には、一本のナイフが突き刺さっていた。
「―――ちょっと道を訊きてーんだけどよ。つっても、別にあんたに人生を説いてもらいたいってわけじゃあない。かはは」
『零崎一賊』の鬼子、零崎人識がにぃと笑いながら時刻の背後にナイフを突き立てていた。
「なあ、地獄にはどうやって逝けばいいんだ?」
これに時刻はこれ以上ない程に破顔し、
「地獄へは案内できそうにありませんが、その代わり世界の終焉へとご案内致しましょう」
と言って一切れの紙を取り出した。
その瞬間に時宮時刻は、ふっと消えて零崎人識の手には、血の付いたナイフだけが残された。
「おい、もう動けるだろ」
人識が呆然と立ちつくしている様刻に声を掛ける。
それに様刻は、ゆっくりと振り向いた。
(……子供? )
それが、櫃内様刻が零崎人識に抱いた第一印象だった。
人識は冷め切った声で言った。
「この戦いに巻き込まれた瞬間から、今この時に至るまでの全てを俺に説明しろ」
☆ ☆ ☆
時宮時刻の実験―――集団に同時多発的に操想術を施術―――は完全とは言い難かったが、実践レベルでの使用は可能だという結果だった。
まず、自分の体中に血で装飾を施し、対象者と眼を合わせる事により『操想術』発動までの下地を整える(安易催眠により対象者は施術者が死んだものだと思い込んでいる)。
そして、二階へ上がり三枚の扉を目にした数分後に『操想術』が発動する。
三人の内、二人が『操想術』を完璧に施術され、時宮時刻の配下となった。
万人に効果がある訳ではないが、この方法で配下を増やしていけば、時宮時刻の念願―――世界の終焉へと到達できるだろう。
(ふふふ。この戦いを生き残り、その果てに待つ世界の終焉へ必ず辿りついてみせる!!)
手傷を負った時宮時刻は、配下の病院坂黒猫と病院坂迷路の手を借り、足早にその場を離れた。
【一日目/深夜/D-7】
【時宮時刻@戯言シリーズ】
[状態]背中に負傷
[装備]
[道具]支給品一式、ランダム支給品(1~3)
[思考]
基本:生き残る
できるだけ多くの配下を集める。
この戦いを通じて世界の終焉に到達したい。
[備考]
※「ネコソギラジカル」上巻からの参戦です。
[操想術について]
※対象者と目を合わせるだけで、軽度な操想術なら施術可能。
※永久服従させる操想術は、少々時間を掛けなければ使用不可。
【病院坂黒猫@世界シリーズ】
[状態]健康、『操想術』を施術され操り人形状態
[装備]
[道具]支給品一式、ランダム支給品(1~3)
[思考]
基本:時宮時刻の命令どおり行動
[備考]
※「きみとぼくの壊れた世界」からの参戦です。
【病院坂迷路@世界シリーズ】
[状態]健康、操想術を施術され操り人形状態
[装備]
[道具]支給品一式、ランダム支給品(1~3)
[思考]
基本:時宮時刻の命令どおり行動
[備考]
※「不気味で素朴な囲われた世界」からの参戦です。
「ふ~ん、なるほど。そういうことか……」
零崎人識は櫃内様刻からの説明を受けて、めんどくさそうに言った。
「もう、ぼくには何が何だか……」
疲れたように様刻は呟いた。
「だろうな。普通の世界の人間にとっちゃあ理解不能な事態だわな」
にやにやと厭な笑みを浮かべる人間失格。
「だが、一つだけ言えることがある」
人識の言葉に顔を上げる様刻。
「その女とガキはもう、奴の操り人形だ。あきらめろ」
じゃあな、とその場を去ろうとする人識。
それに様刻は、
「待ってくれ!」
と必死の形相で呼び止めた。
「あいつらを助けたいんだ。協力してくれ!!」
それに人識は
「あん?」
と呟き
「どうして俺が?」
と不思議そうに言った。
「あんたは手を出さなくていい。ただ、ぼくにあいつと対抗できるだけのスキルを伝授してくれればいいんだ。あとは自分で殺るから」
必死な様子で懇願する少年を見て、
「……………」
と黙り込んだあと
「わかった。手伝ってやろうじゃあないか。お姫様救出を、な」
とにぃと笑って答えた。顔面刺繍が禍々しく歪む。
その表情を見て様刻もにぃと笑う。
「そんじゃあ、時間がない。今すぐにでも奴を追うぞ」
そして、この奇妙な二人組みは足早にその場を離れた。
【櫃内様刻@世界シリーズ】
[状態]健康
[装備]
[道具]支給品一式、ランダム支給品(1~3)
[思考]
基本:操想術を施術された仲間を助ける。
1、病院坂黒猫と病院坂迷路を助けたい。
2、時宮時刻を殺す。
[備考]
※「ぼくときみの壊れた世界」からの参戦です。
【零崎人識@人間シリーズ】
[状態]健康
[装備]サバイバルナイフ
[道具]支給品一式、ランダム支給品(1~3)
[思考]
基本:櫃内様刻の仲間を助ける(気紛れ)。
[備考]
※時系列的には、「ネコソギラジカル」上巻からの参戦です。
最終更新:2012年10月02日 08:00