「いーちゃんに会いたい」 ◆T7dkcxUtJw
千刀『ツルギ』。
戦国時代、四季崎記紀によって作られた十二本の完成形変体刀が内の一本にして、完全なる同一を誇る、千本で一本の刀。
その千刀の内の三本を地に並べ――とがめは熟考していた。
「……三本が三本とも、寸分違わぬ出来。これらはまさしく千刀に相違ない」
そう語るとがめの顔には、明らかに困惑の色が混じっていた。
それも当然のこと、これら三本は先刻
宗像形によって突き刺されたものだが――本来ならば、今、この場にあるはずがないものだ。
千刀は――去る弥生、出雲にて、他でもないとがめ自身が蒐集していたのだから。
入手した千刀は、一本残らず尾張城へと移送した。それらが失われたなどという報告は受けていない。
また、尾張城には否定姫がいる。
認めたくはないが、奴がいながら完成形変体刀が奪われるなどという失態は絶対に起こり得ないと、とがめは確信していた。
ならば、ここにある千刀はいったい何なのか。
「贋作、という線は薄いな……出雲では嫌と言うほど千刀を見続けたのだ。今でも形状ははっきりと覚えている。
それに、贋作だとすればこれらがこうも同一である説明がつかない。千刀を完成形変体刀たらしめる理由は、そこにこそあるのだから」
千刀に付着した自分の血液を拭き取りながら、とがめはいくつかの可能性に思いを巡らす。
まず、尾張幕府がこの殺し合いの首謀者である可能性。これならば千刀の存在に説明はつくが――幕府に利点がない、と即座に却下する。
仮に幕府がとがめの素性に感づいたとしても、自分を始末するためにこんな大掛かりな舞台を用意する必要性は皆無だろう。
ならば、尾張幕府をも凌ぐ力を有する何者かが首謀者である可能性ならばどうか。
力づくで尾張幕府が保有する完成形変体刀を奪えるような存在が、この殺し合いを催したのではないか。
「いや……たしかに全盛期と比べれば幕府の力は弱まってはいるが、だとしても未だ絶対的な力を保有しているはずだ。
幕府以上の力となれば、国内にはまずありえぬ。……それこそ、諸外国に目を向けるしかあるまい。
しかし、そのような動きがあれば軍所総監督の私の耳に入らぬはずが――」
と、まあしばらくの間そんな風に悩んでいたとがめだったが。
現状、これ以上悩んでみたところで答えは出ないだろうとしめくくり、地面の千刀を拾う。
二本は背負い袋に入れ、残った一本を左腰に帯びる。
実際にこの刀を振るうつもりはない――とがめは剣士ではないし、刀を使った戦闘の経験もない。
だから、この刀はあくまで今後の他の人間との交渉を優位に進めるための飾りでしかない。
刀を帯びていれば、相手も考えなしにとがめを襲うということはしないだろうし、ならばそこに交渉の余地が生まれるだろう。
それに、下手に扱って千刀を失いでもしたらことだ。
千刀は千本で一本の刀、それゆえに一本でも欠けてしまえば千刀はその価値を失う。
そして、それはすなわち、とがめたちの刀集めの旅の失敗を意味する。
こんなわけのわからない殺し合いで、刀集めを終わらせてなるもるわけにはいかない。
「おそらく残りの九百九十七本はあの男、宗像形が所有しているはず……いずれ回収する必要があるか。
わたしを刺したように、あちこちに千刀を撒き散らされると厄介だが……いや、撒き散らされる程度ならまだいい。
宗像形よ……頼むから、頼むから一本たりとも折ってくれるなよ……。
たしかに使い物にならなくなったら代用できるのが千刀の利点てはあるが、それをされてはわたしが困る」
新たに生まれた心配事に頭を抱えつつ、とがめは再び歩き始めた。
何処へ向かうというわけでもないが、ひとまず山を下りたい。山道は、どうにも苦手だ。
とにかくあちらこちらがでこぼこしていて、よく見て歩かなければ転びそうになる。
宗像の見よう見まねではあるが、支給品の懐中電灯の使い方を理解できたのは幸運だった。
これがなければ、月明かりすらろくに届かない鬱蒼とした森の中だ。何度無様にすっ転ぶはめになっていたかわからない。
文明の利器を片手に、とがめは慎重に山道を進んでいく。
「……む?」
視界に突如出現した、鮮やかなオレンジ。
奇策士が橙なる種と出会ったのは、それから間もなくのことだった。
■ ■
無防備にも、大木に背を預けて眠っていたその少女は――寝惚け眼を擦りながら、想影真心と名乗った。
話を聞けば、最初の場所で強制的に眠らせられてから、一度はここで目を覚ましたものの、その直後に二度寝を始めたらしい。
悪びれもせず「だって俺様、眠かったし」と、しれっと言い放つ真心に、とがめは心の中で呆れる。
言うまでもなく、今は殺し合いの真っ最中である。斯く言うとがめも、つい先ほど宗像に危うく殺されかけたところだ。
だと言うのに、目の前の少女は寝入っていた。とがめが起こさなければ、そのまま寝続けていただろうことは想像に難くない。
この状況下で、あまりにも危機感が欠如している。
とがめが呆れ返るのも、無理なきことだった。
「まったく……見つけたのが、わたしのような善良かつ清廉潔白な人間でなければ、どうなっていたことか」
「うーん。多分、どうにでもなったと思うけどな。俺様、人よりちょっと強いから」
「たわけ。このわたしよりも、さらにさらに細身なその体で、なにができると言うのだ」
真心の小柄な体躯を指差して、とがめは言う。
とがめも決して背が高い方ではないが、真心はそれに輪をかけて小さい。童女と言っても何ら差し支えないほどだ。
童女でありながら、人並み外れた怪力を有する凍空こなゆきを、そして凍空一族を知っていたものの――
なまじ彼女の力を知っていたがゆえに、あのような規格外な存在がそうそういるはずがないと、とがめは考えてしまう。
目の前の少女が“こなゆき以上に規格外な存在である”という可能性には――至らない。
「まあいいや。えーと……とがめ、だっけ?」
「うむ。尾張幕府家鳴将軍家直轄預奉所――軍所総監督、奇策士とがめだ」
「んー。じゃあ、とがめ。あんた、これからどうするんだ?」
「これから、か。とにかく、なんとしてでもこの忌々しい首輪を外して、ここから脱出したいところだ。
わたしにはやり残したことがある――こんな殺し合いで死ぬわけにはいかないのだ。……それに、待たせている者もいるのでな」
嘘ではない。
最初に“今の段階では”を付けていない以外は、概ねとがめの本心そのままだ。
少なくとも現時点では、それが最も生き残れる可能性が高いと、とがめは踏んでいる。
その答えに、そっか、と真心は呟く。
「俺様もとがめと同じだ。殺し合いとか、実験とか……そんなのはどうでもいいし、面倒臭い。
できるなら、とっととここから抜け出して――いーちゃんに会いたい」
「……それが、おぬしの理由か」
「ああ。俺様は、いーちゃんが好きだ。好きだから、いーちゃんの、いーちゃんたちのいる場所に早く帰りたい」
「では、真心――わたしに協力してはくれぬか」
真っ直ぐに、真心の橙色の瞳を見つめ。
とがめは、少なからず緊張を含んだ表情で、そう言う。
力のない者が、この場で生き延びるには徒党を組むしかない。
身の安全を確保するにしても、脱出のための情報を集めるにしても、協力者は必要不可欠だ。
「別にいいぞ」
とがめの申し出に、真心は二つ返事で応える。
そして続けて、
「どうせ一人でいても、何をすればいいか俺様には判断つかないしな。
それなら、とがめを手伝ってた方が、時間の使い方としては有意義だろうし」
と、屈託のない笑顔を浮かべながら言った。
「これからよろしくな」と、真心が微笑み。
「こちらこそよろしく頼む」と、とがめが頷いた。
こうして――
はからずも、奇策士は最強の手駒を手に入れた。
けれど、奇策士は気付かない。
橙なる種自身も――気付いていない。
橙なる種に仕掛けられた罠――
時宮時刻によって施されていた“操想術による解放”、その瞬間が刻一刻と迫っていることに――
彼女たちはまだ――気付いてはいなかった。
【1日目 深夜 E-8】
【とがめ@刀語】
[状態] 腹部に負傷(止血済み)
[装備] 千刀・ツルギ
[道具]支給品一式、ランダム支給品(1~3) 千刀・ツルギ×2
[思考]
基本:どんな手段を使っても生き残る
1:想影真心と行動しつつ、利用できそうな人間と合流。身を守ってもらう。
2:ひとまずは脱出優先。殺し合いに乗るのは分が悪い
[備考]
※千刀・?(ツルギ)についての情報を持つ以降から
【想影真心@戯言シリーズ】
[状態]軽い眠気
[装備]
[道具]支給品一式、ランダム支給品(1~3)
[思考]
基本:いーちゃんのところに帰りたい。
1:とがめと協力して、脱出の術を探す
[備考]
※ネコソギラジカル(中)、十月三十一日から
最終更新:2012年10月02日 08:02