混沌は始まり、困頓はお終い ◆mtws1YvfHQ
不要湖。
ありとあらゆるがらくたが積み重なりがらくたによって出来がらくたによって形成されたがらくたの地。
そこに二つの影が姿を現したのは の頃だった。
姿を現した影の片方、総白髪の女、とがめがぽつりと呟いた。
「相も変わらぬ惨状だな、ここは」
「ん? 知ってるのか?」
聞き止めて影のもう片方、橙色の髪の少女、
想影真心が聞き返した。
それに白髪の女は、
「知らねば来る筈あるまい。いや、そもそも」
言いながら途中で気が付いたように首を傾げる。
「なぜおぬしは知らぬのだ? 何処に住んでいようが壱級災害指定地域の一つである不要湖の話の一つや二つ知っていても可笑しくはあるまい」
「いや、知らないぞ。そもそも壱級災害指定地域って言うのに誰が決めたんだ?」
「そんなもの尾張幕府に決まっておろう」
ふーん、とでも言いたげな雰囲気だった真心が今度は首を傾げる。
「……尾張幕府ってなんだ?」
「……まさか、尾張幕府を知らぬのか?」
「知らないぞ」
不意に二人とも足を止め、観察するように見詰め合う。
心なしかお互いの額に皺が寄っているようにも見える。
「髪の色で引っ掛かってはおったのだが、まさか異国の者だったのか? いや、それにしては少し言葉が流暢過ぎるし……」
「そもそも尾張幕府ってのは何なんだ? 幕府って言ったら……それに壱級災害指定地域って言うのも聞いた事ないし……」
「「――――――」」
お互いの認識に、あるいは知っている事に、多少ではない隔たりがある。
それに、この壱級災害指定地域、不要湖を切っ掛けに気が付いたのだった。
そして知っていることに違いに気付けば自然とどこがどう違うか知ろうとするのはそれ程おかしな事でもない。
切り出したのはとがめの方からだった。
「――これから」
少し躊躇いながら口を開いたとがめ。
真心は変わらずじっとその様子を見詰める。
「これから幾つか変な質問をするやもしれぬ。喋れぬ物があるなら仕方が無いが、喋れるものであれば正直に答えて貰いたい」
真心はしばし逡巡する。
逡巡するが、何かと不味い内容であれば答えなければ良いだけなのだし、真心自身もとがめに聞きたい事が幾つか出来た所だった。
「――――良いぞ。俺様の方も、幾つか聞きたい事が出来た所だし」
「では不公平が無いよう交互に質問し、答えると言う風にしようと思うがどうだ?」
「それで良いと思う」
「では、まず此方から一つ。おぬしは……」
質問をしようとした途端、まるで謀ったかのような絶妙のタイミングで絶叫が響き渡った。
「なんとまあ、間の悪い……」
「先に見に行くか?」
「うむ、仲間を増やせるやも知れぬからな」
会話をしながらも一応は足を悲鳴のした方に進んでいた。
途中、何処からかがらくらの崩れる音が聞こえはしたが見える範囲で崩れた場所はなかった。
「やっぱり誰か居るみたいだな」
「人であれば良いがな」
そしてがらくらの山一つ越え二人の目に映ったのは、うつ伏せ倒れた男の周りに立つ一組の男女が立っていた。
向こうの二人と目が合う。
途端、脱兎のごとく、とがめと真心が居るのとは正反対に向けて二人は逃げ出した。
「あ、おい待て!」
思わず前に出たとがめを真心が無言で引き止める。
「何を……!」
振り返ると、真心はじっと目を細め倒れた男を見詰めていた。
そしてその目は用心深そうに辺り一帯を巡り、再び男へと戻った。
「どうした?」
「見た目は怪我しているように見えるが、殆ど怪我をしていない。それに止めを刺さずに逃げるのはおかしくないか?」
「つまり、罠だと?」
「そう思う」
「ならば行こう」
真心の警戒を余所に、とがめはあっさりそう言った。
「え?」
「罠は知らずに掛かればこそ十二分に効果を発揮する。しかし、知っていながら掛かるのであればそれは最早罠とは言えまい」
「――罠をそのまま踏み抜くって事か?」
「簡単に言えばそうだ。しかし成功すれば精神的打撃も含めて十分な成果は期待できるがどうする? あくまで踏み抜くのはおぬしであるしな」
「……まあ、やってみる価値はありそうだな」
よっと、と言いながらがらくたの山を駆け下り、真心は男の少し離れた所に立った。
その後を派手な音を立てながら転げ落ちたとがめが立ち、並ぶ。
「うーむ、死んでいるようにしか見えないが……?」
ちらりと横目を向けるが、真心は確信を持っているようで表情を変えずに男の横に立ち、おもむろに男の頭を掴むとそのままあっさりと持ち上げた。
「うおっ?!」
「今から十秒毎に握力を強める。死にたくなければ早めに死体のフリをやめた方が良いぞ」
言い終わった途端、ミシリ、と男から不気味な音が鳴った。
動かない。
「……九、十」
再び、ミシリ、と音がした。
動かない。
「……九、十」
ビシ、と音が鳴った。
それでも動かない。
「二、三、四……」
「おい、本当に生きているのか?」
「……七、八」
無視して数え続ける。
「九、じゅ」「悪かった。こちらの負けだ、辞めてくれ」
十、と数え終わる前に後ろから男の声がした。
ガラクタの中で足音一つしなかったのに。
え、と二人して振り返り、とがめは男と目を合わせ、真心は咄嗟に目を閉じた。
閉じたまま真心はもう片方の腕を男の顔へと伸ばす。
「守れ」
しかしたった一言言うと、横に居た女が身を投げ出すようする事でそれを遮った。
真心の手はその際に肩を掠めただけの筈なのに女の肩を外したが悲鳴の一つ、表情も変えなかった。
続いて、
「蹴ろ」
と言った。今まで頭を掴まれたまま微動だすらしなかった男の踵が真心の腹を蹴り付ける。
頭を掴まれたままで、勢いがない筈のそれは真心の脇腹にめり込んだ。
「ッく!」
来る予想は出来ていてもその威力は予想外だったのか思わず目が少し開いてしまった。
それを男は逃さず、真心と目を合わせた。
真心の身体が一瞬跳ね、地面に倒れた。
気絶したようだ。
その拍子に頭を掴んでいた方の手を離したが真心と目を合わせた男はそれを気にも留めていない風に真心を見下ろす。
「――――――――――」
「橙なる種、人類最終が何故此処に居るかは知らない。だが、此処に居るのは丁度良い。特に時期としてはるれろの《調教》も頼知の《病毒》もしたばかりの筈だ」
「――――――――――」
「さて」
「……ぐ……ぅ……」
身体が言う事を聞いて居ないらしく、妙な震えを全身に走らせているとがめの方を向いた。
「随分と強靭な意志を持っていたようだ」
そして男はとがめの顎を掴んで顔を上げさせ、
「…………く……」
「だが無意味だ」
目と目を合わせた。
「立て」
「………………」
「名前は」
「………………」
「名前は?」
「………………」
「……強靭な意志だ。まあ、後で精々働けるだけ働いて貰うよ。さて」
と、男は足蹴に真心を仰向けし、
「迷路、黒猫。立たせろ」
そう言うと、頭を掴まれていた男、迷路と肩が片方外れた女、黒猫は片方ずつ腕を掴み無理矢理引き立たせた。
男は真心の瞼を持ち上げたり、脈を測ったりとしながら、何度か頷き、あっさりと操想術に掛かった事も含め、男、
時宮時刻は確信した。
この真心にはしっかりと『操想術』の根が降りている。
解放する為に蜘蛛の巣のように繊細に張り巡らせた『操想術』と、逆に縛り付ける鎖として使うための『操想術』。
ならば好都合。この二つを起点として、しばらく完全な人形にしてやろう。
そう思いながら、瞼を引き上げる目を覗き込み、語り掛ける。
「起きろ、橙なる種。
夕暮れは過ぎ、夜を越え、黎明に入り、朝に到る。
夕暮れを告げる鐘は鳴り、十二時を叫ぶ時計は止まり、朝を告げる鳥は既に鳴き疲れている頃。
目を覚ませ。もう朝だ。もう――次の日だ」
ゆっくりと焦点が定まらずに何処か虚ろな真心の目を見ながら時刻は僅かな違和感を覚えた。
覚えたが、気のせいだろうと首を振った。
そして苦笑する。
「しかし橙なる種を使う事になるとは、全く何て」
呟く。
「――戯言だろうな」
と。
真心は緩慢な動作で隣の腕を掴んだままで居る二人の腕を掴み、男は腕と身体が別れる勢いで投げ飛ばし、少女は片腕だけを引き千切っていた。
時は少し遡り、場面も変わる。
そこで少年が二人、がらくたの中を進んでいた。
「くそっ! くそっ!」
「慌てんなって。慌てたって何にも変わらねえぞ?」
「ああ、分かってる――くそっ!」
その二人とは、言葉では冷静で居ようとしながらも焦りを隠せていない男、櫃内様刻とそれを呆れ半分面白半分に眺める男、
零崎人識だった。
二人は時宮時刻の進んでいる方向は分かっていながらも追い着けず、遂には不要湖まで到達し、そして時刻を完全に見失った。
ましてや木々と言う人工物の目立つ場所ではなく、人工物によって構成された場所。
ここで見付けようにもその見付け難さは並み尋常の物ではない。
それが様刻が焦りを隠し切れていない理由。
それ故に先へ先へと足を進め、その後を人識が追い掛ける構図になっていた。
これが後の悲劇の原因の一つとなる。
不意に不要湖の中に悲鳴が響き渡った。
「ん、今のは……?」
「迷路か!」
既に様刻は悲鳴のしたがらくたの山の方へ駆け出した。
「おいおい……待」
待てよ、と人識は言おうとしたのだろう。しかし言い終える前に悲劇は起きた。
前を走っていた様刻の足元からがらくたの山が崩れ始めたのだ。
様刻は慌てて飛び退いて逃れる事は出来たが、下の方に居る人識はそうはいかない。
がらくたは雪崩打って人識に向かって襲い掛かる。
「ォ、ウォォォォオオォオオオオオオオオォオオ!」
逃げる。
鉄片が飛ぶ。木片が砕ける。鉄屑が掠める。木屑が舞い散る。
その中を逃げ、最後の最後でがらくたの一つに足を取られ、倒れ、
「オォオ…………セーフ?」
巻き込まれたが、下半身に軽い重しがのっかっている程度の被害で済んでいた。
しかしその上にはがらくたの山。慎重に抜け出さなければ上が崩れる事は想像に難くない。時間を喰いそうに見える。
これには人識も思わず苦笑い。
「かはは…………全く、運が良いのか悪いのか」
「大丈夫か!」
慌てて降りて来た様刻に向かって人識は取り出したナイフを軽く放り渡した。
驚いた表情の様刻が何かを言う前に、
「行けよ、あいつを殺すんだろ?」
そう言った。
様刻は目を見開き口を開けて何かを言おうとしたが、結局は閉じて、今度は慎重にがらくたの山を越える。
「がんばれよー。あとあいつの目には気を付けろ」
その後を人識の気のない声を聞きながら、様刻はがらくたの山を越え、目撃した。
がらくたの中を絶叫が響く。
様刻が見ている所からでも十分見える。
橙色の髪の女が、迷路は片腕と身体を別れさせながら空高く放り投げ、黒猫の腕を人形の腕を外すように易々と引き千切ったのだ。
続いてその女は目の前に居たあの『操想術』の男、の片腕を踵で削ぎ落し、最後に呆然と立ち尽くしている総白髪の女をがらくたの山の一つまで蹴り飛ばし、
「ァアァァァァァアアアァァアアァァァアアァァァアァ」
絶叫を上げながら何処へと駆け去っていった。
がらくたの山を駆け下り目指すは、あの男。
迷路と黒猫の二人は腕を飛ばされているにも関わらず血を止めようともしていない。
その原因はあの男の言っていた『操想術』しか考えられない。
ならばここで最善の選択は、今すぐにでもあいつを殺す。殺せばその『操想術』が解けるか分からない。分からないが殺るしかない。殺らなければ死んでしまう。
男までの距離を一気に詰めようと足を急かすが、がらくたを踏み分ける音で気付いたのか、男が此方を向き、目と目があった。
「――ァ」
意識に一瞬空白が出来た気がし、気付けばさっきまでそこに居た筈の男は消えていた。
慌てて辺りに目を走らせる、安心する。すぐ傍で男は倒れていたのだ。
その男に近寄り、仰向けにし、馬乗りになる。まだ生きている。まだ、呼吸をしている。だったら、
「死ね」
まず首に深々とナイフを突き刺す。抜く。
次いで、胸辺りに突き刺す。抜く。
「死ね、死ね、死ね、死ね、死ね」
刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。
抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。
刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。
抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。
刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。
抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。
刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。
抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。
刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。
抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。
刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。
抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。
刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。
「死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」
服に飛び散る返り血を気にせずただひたすらに、死ね、死ね、死ね、と憑かれたように、一心不乱に突き刺し続ける。
「よっ、ほっ、ふんっ、ぬ……やっと、抜けれたぜ。あー首が痛ぇ」
人識はようやくがらくたの山から抜け出した。
「あーあ」
身体を軽く伸ばして軽い準備運動もして、がらくたの山を越える。
そこから少し離れた所に一心不乱に何かを刺している様刻の姿が見えた。
「やってるねぇ」
かはは、と笑いゆっくりと近付きながら、
「ん?」
首を捻った。
様刻が一心不乱に刺しているモノに違和感を覚えたのだ。
駆け足気味に刻様の後ろに立った。
そして、違和感の正体に気付き思わず顔を顰める。
「おい、何してんだ」
「ん? ああ、人識か。見ての通り殺ってる所だ」
恐らく様刻は、にぃ、っと笑ったのだろう。
後ろからでも顔面が歪んだのが見えた気がした。
「いや、それは分かってるが殺ってる何を殺ってんのか分かってんのかって聞いてんだ」
「はあ?」
言いながら様刻が振り返り目を見開いた。
そして先程まで刺し続けていたモノと人識を交互に見、慌てて人識にナイフを向けながら距離を取った。
目の移動が激しい。動揺しているようで、しかも口を金魚のように開いては閉じを繰り返す。息も荒い。
「なんで、お前、なんで? だって、刺して、そこに、なんで」
「よーしよしよしよしよしよし、落ち付け、まずは深呼吸をしろ」
そう言いながら人識は、かはは、と笑いながら後ろに下がり敵意がない事を示す。
そのお陰でかどうかは知らないが、多少なりとも余裕が出来て来たのか目を少し閉じ、頻りに深呼吸を繰り返し、落ち付いたのか、様刻はゆっくりと目を開けた。
そして、手に持っていたナイフが手から滑り落ち、カラン、と小さく金属音が鳴った。
「は? え? え? え? え? は? え?」
「あーあー、やっぱりか。折角あいつの目には気を付けろって言ってやったのによ」
はぁ、と溜息一つ付きながら先程まで刺され続けていたモノに近寄り、眺める。
どうやっても死んでいた。どこからどう見てもしんでいた。
「あーあ、こりゃあ…………」
首を振り、ナイフを落としてから後ずさりを続けている様刻に一瞬目を向け、
「こいつの名前、何て言ったっけ? 確か――――病院坂黒猫って」
「アアアアアアアアアアアアァァァァァァァァ!」
絶叫し、何処へと逃げて行く様刻をチラリと見はしたが、結局は声を掛けずただ溜息を付いた。
病院坂黒猫と呼ばれた少女は首を刺され、腹も刺され尽くし、どうしようもなく死んでいた。
辺りを見渡すと、迷路と呼ばれた男の死体も見えた。
「全く、最高に最ッ低な傑作だ。そう思わねえか…………欠陥製品」
そう呟きながら、人間失格はそっと手を合わせ、黙祷。
しばらくそれを続け、目を開けると、
「んじゃ、使ってないもんは貰ってくぜ? あんたらの友達に折角のナイフがぼろぼろにされちまったんだからよ」
そう言いながら、落ちていたナイフを拾い上げた。
拾い上げたナイフの刃はボロボロで、もう使えそうにはない。
それを後ろに放り投げ、かはは、と笑うと人識は黒猫と迷路の二人の持ち物を遠慮も何もない様子で剥ぎ取って行った。
【病院坂迷路@世界シリーズ 死亡】
【病院坂黒猫@世界シリーズ 死亡】
【1日目/黎明/E‐7不要湖】
【零崎人識@人間シリーズ】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]支給品一式×3、ランダム支給品(2~8)
[思考]
基本:この後どうするか決める。
[備考]
※時系列的には、「ネコソギラジカル」上巻からの参戦です。
「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで」
刺していたのはあの男だった。
だけど、何時の間にか黒猫に変わっていた。
なんで?
なんでだ?
なんでだよ?
なんでなんだ?
「なんでっ、僕は黒猫を刺していたっ!」
訳が分からない。
刺していたのはあの男の筈だ。
刺されていたのはあの男の筈だ。
刺したのは僕で、刺されてたのはあいつ。
なのに、なんで、黒猫を刺していた?
刺していたのは僕で、刺されていたのは黒猫。
どう言う事だ。何が起きた。
理解が追い付かない。
馬乗りに刺しながら、あの零崎人識に声を聞いて、振り返ればあの男が居た。
じゃあ馬乗りになっているのは何かと見れば、あの男が居た。
それから、振り返ってもあの男が居て、下を見てもあの男が居て、零崎の声が聞こえて、深呼吸をして、それど、それで、それでそれでそれで。
――――――目を開けたらあの男の代わりに、憐れそうに此方を見る零崎と、血塗れの黒猫が、
「なんでなんでなんでっ、なんでっ、なんでっ、なんでっ! なんでっ! なんでぇえええええ!」
気が付けば、叫んでいた。
気が付けば、頭を抱えていた。
そして、気が付けば、涙が零れていた。
そして、そして、気が付けば、膝を付いていた。
そして、そして、そして、気が付いた。
「――――催眠術」
そうだ。
あの男が、僕から逃げるために催眠術を掛けた。
それで幻覚を見せた。
そうに決まってる。
そうに決まってるじゃないか。
目を合わせた瞬間から全て。
倒れていたあの男を刺したのも。
何度も何度も刺し続けたのも。
零崎の声が聞こえて振り返ったのも。
あの男が二人居たのも。
深呼吸をしたのも。
身体を刺し傷だらけで死んでいた黒猫が居たのも。
「全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部ゼンブゼンブゼンブゼンブゼンブゼンブゼンブゼンブゼンブゼンブッ」
幻覚だ。
幻だ。
まやかしだ。
「…………いや、違う」
思い出した。あの橙色の髪の少女に迷路と黒猫が腕を引っこ抜かれた所は現実だ。
そこから溢れる血を抑えようとしなかったのも現実だ。
そうだ、だから、催眠術を解くために、一刻も早くあの男を殺さないといけないんだ。
そうだ。そうだ。そうだ。そうだ。そうだ。
此処が何処だか分からないけど、あのがらくただらけの場所には零崎が居る。
だからきっと二人の事はなんとかしてくれる。
きっと。
だから、そう、僕は、
アノ男ヲ殺サナイト
【1日目/黎明/E‐6】
【櫃内様刻@世界シリーズ】
[状態]健康 、興奮状態、『操想術』により視覚異常(詳しくは備考)
[装備]
[道具]支給品一式、ランダム支給品(1~3)
[思考]
基本:操想術を施術された仲間を助ける。
1:時宮時刻を殺す。
2:病院坂黒猫と病院坂迷路を助けたい。
[備考]
※「ぼくときみの壊れた世界」からの参戦です。
※『操想術』により興奮などすると他人が時宮時刻に見えます。
時宮時刻は、既に不要湖から抜け出していた。
どうやってあの時、櫃内様刻の目から逃れ得たかと言うと、目を合わせた瞬間既に、一回は掛け損ないだが、二回掛けた『操想術』の下地を利用して、十秒程度意識を奪うのと同時に、近くにいる人間が時宮時刻自身に見えるように変えた。
なぜ意識を奪うだけに留めなかったかは単純に、少しでも時間を稼ぐため。
少し前に研究所で時刻を襲い、今さっきは何故か居なかったもう一人が何時現れるかもしれないのだ。
少なくとも操り人形にできるだけの時間安全かも分からないし、欲を言うなら同士討ちするように仕向けたい。そう思ったからだ。
そしてそれはある程度の意味では成功しているのだが、ひたすら逃げている時刻はそんな事知るよしもない。
今の所は追って来ていない。それが大事だ。
そして多少なり余裕が出来た所で、
「…………しかし」
ふと、時刻の中に疑問が生じた。
それは、
「なぜ、解放されてしまったんだ?」
なぜ、橙なる種が、もう、解放されたのか。
いや、どちらかと言うと『調教』が解け、何らかの原因で弱まっていた『病毒』を無視して解放された。気がする。
右下るれろの『調教』が解けた理由は分かる。
「戯言」
そう、「戯言」と言う言葉がキーになり、るれろがその場にいたにも関わらず抑える間もなく暴走した事がある。そう聞いた気がする。
だから《調教》が解けた理由は分かる。
しかしそれだけが解けたからと言って奇野頼知の《病毒》は?
それにこの《時宮時刻》の掛けた《術》はどうした?
《病毒》の効果が弱まるのも、あるいは切れるのはまだしばらく先の筈。《術》もまたしかり。
《調教》と言う鎖の一本がなくなろうと、依然として《病毒》と《操想術》の二本の鎖はある筈だ。
にも関わらず、《鎖》が絡まり身動きもまともに動く出来ぬ筈なのに、《操想術》と言う鎖を締める間もなく――――――
「――――――違う」
締める間もなかったんじゃない。締める鎖自体がない。そんな感触の方が近かった。
それが本当なら掛かっていた筈の『操想術』が解けた?
それもまたおかしい。
精神的時間を進めたのは精々半日程度。解けるまでの間の有り余る膨大な日数をどう間違えば半日程度の時間と間違える道理などある筈もない。
「いや、待て」
半日程度?
もしも、なんらかの理由で三本の鎖が解けるまでの時間が肉体精神共に半日程度になっていたとしたら?
だとすれば精神に作用する『操想術』は時間を進めて僕自身が解いてしまい、肉体に作用する『調教』は「戯言」と言う言葉が解いてしまったと言う事か。
そして残る『病毒』は、時間が解いてしまう。
仮定としては面白い。しかし――そうなる理由がない。
そう出来る理由もない。
何と言っても時宮の『操想術』に奇野の『病毒』、そしてなにより右下るれろの『調教』。
この三つを揃えるのは、恐らく不可能。
出来る理由がない。
理由はないが、
「もし、この仮定が本当にそうだとすると……」
世界の終わりは、
「もう」
すぐそこ?
「――ふ、ふふふ、ふふふふふ、ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふうふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
笑いが底無しに込み上がってくる。
今しばらくこの仮定を元に動くのも悪くない。そう思えて来たのだ。
と、言ってもやる事は変わらない。
「まずは」
時刻は左腕に目を向ける。否、左腕のあった場所に目を向ける。途中で削ぎ落された腕。
今は縛って血が出ないようにしているが、念の為にも消毒はして置きたい。
とすれば行き先は、薬局か、レストランが妥当な所だろう。
《時宮時刻》は歩き続ける。ただ、世界の終わりを見るために。
【1日目/黎明/F‐7】
【時宮時刻@戯言シリーズ】
[状態]背中に負傷、左腕欠損
[装備]
[道具]支給品一式、ランダム支給品(1~3)
[思考]
基本:生き残る。
1:できるだけ多くの配下を集める。
2:この戦いを通じて世界の終焉に到達したい。
3:薬局かレストランに行って傷口を消毒する。
[備考]
※「ネコソギラジカル」上巻からの参戦です。
[操想術について]
※対象者と目を合わせるだけで、軽度な操想術なら施術可能。
※永久服従させる操想術は、少々時間を掛けなければ使用不可。
想影真心は走る。
己の心のままを執行する為に。
ただ、壊す為に。
いーちゃんも、狐も、何もかも。
まず目指すは、骨董アパート。
既に頭の中に地図は入っている。
故に、方向を間違える事もない。
ただ己が心を実行する為に。
心臓に施された『操想術』。その役割は『解放』。
故に、今まで抑圧され続けていた感情は、迸る。
激流のように。
激情のように。
激昂のように。
押し流すだろう。
打ち砕くだろう。
削り割るだろう。
しかしそれを止める手立てなど有りはしない。
解放された人類の最終形を止めるなど、出来る人間など居ない。
【1日目/黎明/F‐7】
【想影真心@戯言シリーズ】
[状態]解放
[装備]
[道具]支給品一式、ランダム支給品(1~3)
[思考]
基本:壊す。
1:骨董アパート。
2:いーちゃん。狐。MS-2。
3:車。
[備考]
※ネコソギラジカル(中)、十月三十一日から
※三つの鎖は『病毒』を除き解除されています
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」
息も荒く、意識も遠退いて行く。
それでもとがめは生き残ろうと、逃げようと、もがく。
全身を苛む鈍痛を堪え、身体から流れ出る血を無視し、這いずる。
痛みにも耐える。今までだって耐えて来たのだ。
どんな手を使おうが、どんなに人に罵られようが、どんなに人を踏み躙ろうが、どんなに思いを叩き潰そうが、耐えて来たのだ。
例えどれ程の血が流れようが、例え屍山血河の中を歩む事になろうが、例え自分の心を偽ろうが、決めたのだ。
あの時、白く変わったこの髪に。
あの時、恐怖に染まったこの髪に。
その為ならどうなっても良いと。
生き残る。
生き延びなければならない。
全身木屑に塗れながら、全身鉄屑に傷付けられようが、這いずってでも、何をしてでも。
混沌に沈みそうでも耐えて来た。
困頓に倒れそうでも耐えて来た。
それを今更、志半ばで、諦められるかと。
こんな、何かも分からない殺し合いに巻き込まれ諦められるかと。
しかしその思いを絶ち斬るように、
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……ッ!」
「 」
足音が鳴った。
恐る恐るとがめは足音のした方を見る。
全身を覆う金属が光る。
四本の手に持つ四本の刀が光る。
四本の足があらゆるがらくたを踏み躙る。
無機質な目が、とがめを睨む。
無機質な声が、無常を唱える。
「人間・認識」
「日和、号っ……!」
それは、不要湖の主。
尾張幕府認定の壱級災害指定地域の原因。
がらくたの国のがらくた王女。
それは紛れもなく、日和号。
「即刻・斬殺」
「く、く、く」
「微刀・釵」
「来るなぁああああああああああああああああああああああ」
とがめが叫ぶ。
しかし聞こえてもいないと言う風に。まるで聞き流していると言う風に。日和号は口を開いた。
「人形殺法・竜巻」
一瞬にして、四方から同時に来る四本の刀によって服が、腕が、足が、血が、臓が、斬り裂かれ、宙を舞う。
「ぁがっ」
斬り裂かれた身体から淡々と血が流れる。
呻き、残った腕を無意識に日和号に伸ばすが、一瞬の内に斬り裂かれ、がらくたの中に落ちた。
「う、ぁ……う、ぅ」
身体が震える。
死ぬのかと。果たせぬ内に死ぬのかと。こんな所で死ぬのかと。
目の前がぼんやりと黒くなっていく。堪えようとしても、黒くなっていく。
「……七、花……ぁ……」
身体を容赦なく苛む幾多もの苦痛からか、世界が黒に染まっていく恐怖からか、果たせぬままに逝ってしまう無念からか、積み重なった今までの歩みへの虚脱からか、これから逝くであろう場所への拒絶からか、喉からか細い声が漏れた。しかし何処にも聞く者は居ない。
誰にも聞き遂げられず、有象無象の混ざった戦場の中で、とがめは静かに目を閉じた。
【とがめ@刀語シリーズ 死亡】
金属音を奏でながら、日和号は歩く。
どれだけの時が流れようと、幾星霜の歳月が過ぎようと、役目は変わる事のない。
黙々と不要湖を徘徊し続ける。
数百年立って尚も、課せられた役割を果たす為だけに。
【1日目/黎明/E‐7不要湖】
【日和号@刀語】
[状態]損傷なし
[装備]刀×4@刀語
[思考]
基本:人間・斬殺
[備考]
※不要湖を徘徊しています
最終更新:2013年12月17日 10:47