ゆっくり堂 力の形態

「……何だ、また君か」

 からんからん、というカウベルの音。講談本から顔を上げたのは、香霖堂の店主、森近霖之介である。
その頭の上には、ゆっくりまりさが居た。顔はと言うと、普段の得意げな調子とは異なり、本を読んでたのに、と不平の一つも鳴らしそうな気色であった。

「何だとはご挨拶よね。……ところで、霖之介さん、それは何?」

 逆光になって見えづらいが、見る必要も本来なかった。この店主を霖之介さん、などと呼ぶのはただ一人である。
ただ、脇を露出させた巫女装束の少女はもぞもぞと動く袋を持っているため、霖之介はいやな予感がした。実際、それは大当たりだったのだが。




ゆっくり堂 力の形態




 ぽん、と霊夢の持つ袋の中から黒い影が飛び出す。彼女はそれを慌ててひっつかもうとするが。あいにく取り逃した。
その影は、どこか頭の上でふんぞりかえっているまりさによく似ていた。霖之介は、頭の上に感じていたまりさの重みがなくなったことを感じる。

「まりさ!」

「れいむ!」

 れいむと呼ばれた通り、その影は紅白めでたい色の巫女に似ている。例の顔だけのゆっくりとかいうナマモノだろう。
 まりさとれいむは二人で並び、例の笑顔をつくって、大声で、名前の由来となった言葉を叫ぶ。

「ゆっくりしていってね!!!」

 霖之介は、外から流れてきた漫画というものによくある、ぎざぎざした吹き出しが飛び出しているのを意識する。
なるほど、これならば「ゆっくり」と呼ばれるのも道理だ。おそらく、「二人そろえば吹き出しをつくる程度の能力」でもあるのだろう。
まじめに取り合うだけ損である。

「……で、これは一体何なんだ」

「……私が聞きたいわ。……あ、お茶隠す場所変えたのね」

 勝手に上がりこみ、霊夢はいつの間にやら茶を探し出す。
勝手知ったる他人の家とはよく言ったものだが、毎度上等の玉露を飲まれる霖之介はたまったものではない。

 定期的に隠す場所は変えているが、霊夢に効果があったためしがない。
だが、変えなければやすやすと取って行かれてしまい、それはそれで非常に腹立たしい。

 その様子を見て、ゆっくりの方のれいむは同情のまなざしを向ける。
まりさはれいむから離れ、店内をうろついていた。例のコーラは危険なので撤去済みだ。
仕入れ値はタダだが、だからと言って酒宴を店内で繰り広げられては愉快ではない。

「たいへんなんだね」

「何、慣れてるよ」

 どうせ霊夢のツケが増えるだけであるのだから。とはいえ、ここのところそうそう鷹揚に構えていられない理由ができた。
 最近二度ほど親愛なる博麗神社が倒壊し、その帳簿は真っ赤に染まっている。
あげく元々少ない参拝客を山の神社に奪われており、物の見事にコゲついていた。

 いっそあの胡散くさいスキマ妖怪に、保護者なんだから払え、と言ってみる頃合やもしれない。

 確かにそれは霖之助にとっては目の上のコブではあったが、それとこのナマモノを連れてくることが結びつかない。

「……ところで、なんで連れて来られたんだい?僕は生き物を取り扱わない主義なんだが」

「お茶のんでたらつれてこられたよ!」

  なるほど、やっていることが当人とよく似ている。
ようは勝手に霖之助の家からくすねたとっておきのお茶を飲んで、引きずって来られたのだろう。
おそらく、魔理沙から、ここにいるゆっくりの方の話を聞いたにちがいない。

 実際、話のネタとしては新しさも、その奇妙さも結構なものだ。
似たナマモノが炭酸水を飲んだら酔っぱらい、巻き添えでご本人が酔う羽目になったのだから。
 待てよ、と言うことは僕はこのナマモノをどうすべきか、という相談相手として好適だ、
つまりは専門家だと幻想郷の連中には考えられているのだろうか。
と霖之介は考えるが、だいたい霊夢がこのゆっくりを連れてきた時点でその通りだろう、としか考えられない。

 そんなことを考えていると、霊夢が勝手に入れたお茶を隣で飲み始めている。
もう注意することも霖之介はあきらめ、講談本を読み直そうとしたところ、その上にまりさが鎮座していた。

「わすれてたよ!」

 はい、コーラのお代。とまりさは一円札を差し出してくる。
慎重に手触りを確かめ、霖之介の能力でも確認してみるが、確かに本物である。
まさかどこかからか盗ってきたのか、と考えながらまりさを見るが、どこか違和感がある。

 つい先ほど見た時より、確かに一回りほど小さくなっている。表情の不遜さは変わらないのだが。
見間違えかと思うが、この一円札を出す前は隣に居るれいむと同じ程度の大きさであった。
だが、今はまりさの方が小さい。つまりそういうことだろう。

「これをどこで?」

「アリスおねえさんにコーラのことをはなしたら渡されて、はらってきなさい、っていわれたよ!」

 なるほど、幻想郷の少女の中では、常識のあるあの少女らしい選択ではある。
当人が来ないのは、大方今世紀最悪の二日酔いに見舞われているからだろう。と霖之介は当たりをつけた。
実際、その通りだったようであるが。酔っ払って帰って来た彼女のゆっくりの様子を不審に思い、自分でコーラを買いに来て実験する、などと言っていた。
そのときに払ってもらえばよかったのだが、霖之助は特に何も言わなかったのである。厳密には、言う暇も無かったのであるが。

「……今、どうやったの?」

 霊夢は、鳩が豆鉄砲を食らったような表情を作っていた。どうやら、霖之介と同じように始めて見たらしい。
霊夢は当人のゆっくりにつかつかと歩み寄ると、持ち上げて前後にがくがく揺する。揺すられている当人はと言えば、ニヤニヤ笑いを崩さない。

「おお、こわいこわい」

「こわいこわいじゃない! 私のお茶の代金、出しなさいよ」

「……だいきん、ってなあに?」

 霊夢は必死と言うより、出せるものなら出せ、という調子だ。勝手に人のお茶を飲んでいたどこかの誰かさんとも思えない台詞である。
対して、れいむのほうはというと、金の話題を出されて困惑している。

 半ば以上霖之介は呆れていたが、しかしどうやったらお金が出てくるのか、と言う点はいささか気になる。

 財布などをぶら下げている様子は無いし、仮に下げていたのであれば小さくなる、という道理は無い。
そこからお金を出すだけで、当人にはなんらの影響もないからだ。
なるほど、お金がその存在を成り立たせる類の妖怪であれば、力が弱まるのは理解できるが、これはおそらくそうではない。
というのも、仮にそうであれば、同類のれいむが金のことを理解していないはずも無いのだから。

「……ねぇ、香霖のおっちゃん」

 くいくい、と服の裾をまりさは引っ張っている。お釣りをくれ、という意思表示なのだろう。
女性的な丸みを持ったコーラの空き瓶を数え、代金を引いて、残りを渡す。
それを渡すと、ふい、と硬貨が消え、まりさは再び大きくなる。だが、前より大きくなる割合が小さい。
なるほど、額面が目減りした分だけ、体積も減ったようだ。
 さて、この違いはなんだろう。と霖之助はあごに手を当てる。
まりさが貨幣の価値、すなわちそれを支える『カネという幻想』を知っているのは、恐らく香霖堂に居たからだろう。
商売というのは、要は労力の対価を変換した、貨幣という存在で成り立っている。

 鏡や本、あるいは食事を作るのには労力がかかることは、まりさにも理解できるだろう。
そして、それを交換するのに『カネ』を使っているということは、ある種の労力を変換するものなのだ、と了解したのではないだろうか。

 無論『カネ』の価値を保証しているのは『金』でありそれは幻想ではない。
ある程度以上智慧のある人妖いずれも、その価値を認めている。
だが、根本的な話、その価値を了解しないものにとっては『キン』というものは、周りがありがたがるただの光る石だ。

 そして、れいむはその価値を了解しておらず『金』が作り出す『カネ』の力を理解しては居ない、と言うことだ。
つまり『カネ』という幻想を、れいむは共有していないということだろう。
そしてそれを共有しているまりさは、力として、身内に蓄えることが出来るようになったのだ。という推測ができる。

 そのうち、れいむのほうも出来るようになるのではないか、と考えるが、しかしそうはいかないだろう。

 というのも、同居人が『カネ』の価値を理解しているが、その幻想から遊離している霊夢だからだ。
力の一形態である事も了解し、その上でそこに縛られない。つまり、自由で居られる。

 とはいえ、それに縛られる商売人であり、巫女でもなんでもない霖之助からしてみれば、さっさとツケを払ってもらいたくあり、
そしてれいむに幻想を共有してもらいたいところなのだが。

 そんな霖之助の心境とはおかまいなしに、霊夢と、そのゆっくりはわあわあと騒いでいる。
その力を変換すれば、うちのツケなど何とかなるだろうに、と霖之助はつぶやいた。







あとがき

 さて、何でこんな生臭い話題を出すのだろうか、という話になりますが、たまたまアイデアとして思いついたと言いますか。
元々のネタは、神林長平氏の『天国に一番近い星』の通貨という制度です。
 言い訳じみていますが、実は思いついた当初は、それを意識していませんでした。
書いているうちに、どうやらこいつはどこかで見たことがあるぞ、と思ってぺらぺらと本をめくっていたら……と、突っ込まれる前にゲロしておきます。

……それにしても、この手のアイデアものだと、霖之助さんの使いやすさは異常。

ゆっくりと動物の人

  • 確かにストーリーテラー、解説役に霖之助さんはぴったりだな・・・でも褌スッパでネタにされる・・・いい人なのにっ・・・!スゴクいい人なのにっ・・・! -- 名無しさん (2009-04-10 02:53:18)
  •  あれですよ、2008年春が未だにやってきてないからですよ、ネタ分が異様に濃いのは>霖之助さん
    ……なんだか涙出てきました。

    いや、香霖というと褌という人の母数も減りましたし。あとは香霖≠褌こーりんと解釈すると幸せです。精神衛生的に。 -- ゆっくりと動物の人 (2009-04-11 00:01:53)
  • どこかうさんくさいところが面白かった。
    ゆっくりとこーりんの相性の良さは異常。 -- 名無しさん (2009-04-14 12:28:26)
名前:
コメント:

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2009年04月14日 12:28