人間とゆっくりの境界3

再びあらすじ

 まりさの意識が戻った。相変わらず頭と腕と今度は胃が痛い。








 台所に戻った男は、久しぶりの本格的な料理という作業を楽しんでいた。
 買い物に出られなかったために、ここ数日は保存の利く代物を食うばかりだったので、まるで腕を振るう機会が無かったからである。
 昼にもその機会は有ったのだが、町での疲れや暑さ、れいむへの折檻などで、そこまでの体力が残らなかったのである。
 今、手元には買ってきたばかりの新鮮な肉と野菜。
 物が完成に近づいていくという工程は、建物でなくとも楽しいものだ。
「おいお前ら、飯が出来たぞ」
 両手に持った皿の上には肉と野菜の炒め物に、ただ千切っただけの新鮮な野菜。
 どちらも久しぶりの代物だ。
 両手がふさがっているために、足で襖を開ける行儀の悪さは見逃すべきか。
「よがっだよ、まりさぁ…………ゆ、おじさんごはん? ゆっくり食べさせてね!」
 まだくっついたままだった2匹が、そろってこちらに振り返る。
 やはりこの生き物、食べ物には敏感な様である。
 どれだけ感動の涙を流したのかは判らないが、飯を作っている間だけで畳に大きなしみが出来ている。
 まりさの顔面が比較的傷ついて無くて良かった。
 喜びの涙で傷口が開いてここで大量失餡子死なんてのはとにかく笑えないだろう。
「判った判った、食わせてやるから少し待ってろ」
 この物言いも、別に今くらいは構わないと思う。
 命が助かったという事実は、やはり人の心に優しさやら余裕を与えるものだ。
 まりさもまだあまり動けないようだが、念のために手を出すなと言い含めて残りの飯と味噌汁を取りに戻る。
 ああ、やはり夕食と言う奴はこうでないと、と男は思う。
 机に並んだ飯、味噌汁、おかず。
 こうで無いとどうにも落ち着かないのだ。
 無論、ゆっくりたちにとってはこんな食事をするのは初めてだろう。
 男にしても、ゆっくりと食卓を共にする事になろうとは夢にも思わなかったが、意識が戻った祝いとばかりに予定より量を増やしてある。
 まりさがかなり机側に動いていた事も、2匹のよだれで畳が汚れている事も笑って見逃してやろうという気になる。
 ゆっくりのすぐ横に自分の座布団を用意して着席。
「いただきます」
 合掌し、早速白米と野菜炒めを口に掻きこむ。
 美味い。
 声には出さないし、出す必要も無いが、美味い。
 自分の腕が決して良い訳ではないが、それでも調理された食材の「食事」というものの味。
 米も、昨日と何も変わらないものであるというのにまるで違うもののように感じられる。
 米と肉を良く咀嚼し、飲み下すと次はレタスを摘む。
 しゃり、と乾いた小気味良い音を立てながらも、口の中に溢れる水分。
 塩も何も掛けぬため、食材本来の味だけが広がっていく。
 さらに何枚かを味わい、味噌汁の器に手をかける。
 やはり、良い。
 この熱さ。
 味噌と葱と豆腐だけだが、それだけのシンプルさが逆に調和を壊す事無く上手く互いの味を主張している。
 それが目の前に山盛りだ。
 後どれだけこの味わいを楽しめるというのか。
「おじさん! おじさんひとりでたべてないでれいむたちにもはやくたべさせてね!!」
「まりさいままでなにもたべてなかったからおなかすいたよ! けちなことしないでさっさとちょうだいね!!」
 いかん、一人で楽しみすぎたか。
 そもそもこの中にはゆっくりたちの分も含まれている。
 久方ぶりのマトモな食事のあまりの美味さにその事を半ば忘れていた。
 2匹を定位置の座布団の上に戻してやり、口に放り込みやすいよう野菜炒めを皿ごと目の前に持っていく。
 はて。
 そこで男はふと思った。

 昨日までの食事は煎餅やらお菓子の類だったが、今日は肉も野菜もふんだんに使ってある。
 油などは、ゆっくりなどとは一生縁が無いはずのものだろう。
 何か食べると危ない食材とかは無いだろうか。
 身近なものでも危険なものは幾らでもある。
 葱など入っているが、ネコのようにえらい事になったりしないだろうか。
 不安に駆られ、男は一応聞いてみる。
「おいお前ら、何か食えない物とか、食っちゃまずいような食材とかはあるのか?」
「だいじょうぶだよおじさん! れいむたちなんでもたべられるからどんどんたべさせてね!! たくさんたべるよ!!!」
 相変わらず遠慮が無いと言うか、一言多いと言おうか。
 しかし、こいつらの自己申告はまったく当てにならないと思っている。
 基本的に身の程知らずで自分の限界がまるで判っていない様な節が会話だけからでも見受けられる。
 毒入りの餌だろうがなんだろうが、食べ物と見るや即座に喰らいつくくらい注意力やらなんやらが無い生き物と聞く。
 外見さえごまかして餌だといえば、火薬だろうが生ゴミだろうが気づかずに食ってしまいそうな気がする。
 本当に大丈夫なんだろうか。
 ……自己責任。  
 自分で大丈夫だといったのだから、今は都合の良い言葉に甘えるとしよう。
 しかし最悪の事態を想定して、念には念を入れることにする。
「ほれ、まりさ。ここで飯食うのは初めてだし、今まで飯食ってなかったんだからな。まずはお前からだ」
 病み上がり?にいきなり油満点の食事を与える自分もどうかと思うが、こっちなら万が一何かがあってもその、まぁ、なんだ、子供は大丈夫だしな、うん。
 自分に適当な言い訳をしつつも、まりさの口へ肉と野菜を運んでやる。
「むーしゃむーしゃ……」
「おじさんまりさだけずるいよ! れいむも、れいむにもはやくちょうだいね! ゆっくりしてないではやくしてよね!!」
「まぁ待て。お前らの口に合うかどうか判らんからな。ダメなら他のものにしなきゃならんだろ」
 我ながら酷い事を言った気もするが、適当に流して様子を見る。
 それにしても、れいむだけなのかと思っていたが、まりさもいちいちむしゃむしゃ声に出しながら食うようだ。
 もしかするとゆっくり全部がこうなのだろうか。
 そうだとすると、意外とうっとうしいかも知れない。
 静か過ぎる食事は嫌なものだが、常に声が聞こえているというのもそれはそれで落ち着かないものだ。
「うめ、これめっちゃうめ!」 
 ……なんというか、まりさの方は品がねぇな。
 ゆっくり、では無くがつがつと咀嚼する様子を観察する。
 夫だからこれでいいのか?
 いや、そもそもそれ以前にこいつらに性別はあるのか?
 止めよう、今は食事の時間だ。
 飯が不味くなりそうな事を考える自分に制止をかける。
 ……これなら多分、大丈夫、だろう。
 よくよく考えれば、そこら辺の草花や野菜・虫やらを適当に食っているのだからそんなに心配する事も無かったか。
 肉……はどうだろうか。
 鳥もネズミもよっぽどのアホな奴でないと捕まらんような気もするが。
 案外山の奴なら毒草でも平気で食ってるかも知れんしな。
 とはいえ案外平気で食った後やっぱり死んでるかも知れん。
 男の中でのゆっくりの評価はこの程度である。
 しかし、今の一件で最低限の安全は確保できたと見ていいだろう。
 同じ様にして、れいむにも食わせてやる。 
「むーしゃむーしゃ……おいしー♪」
 この台詞は与える物を米にしても変わらなかった。
 豆腐ですらもむしゃむしゃ言いながら良く咀嚼していた。
 良く噛むあたり躾が良いなぁと言いたいが、食いながら喋るあたりで大減点、この様子だと恐らく心太やゼリーでもむしゃむしゃ言うだろうからバカも合わせてマイナス点だ。
 しかしきたねぇなぁ。
 なんで口の中に入れてやってるのにカスが飛び散るんだよ。
 喋ってるからだよな、うん。
 個人的要望によりかなりこってりとした味付けにしたのでそこが少し気になったが、こいつらはとにかく何でもいいらしく恐ろしい勢いで平らげていく。
 2匹合わせると、自分のペースよりも早いかもしれない。
 これはまずいと、男も一気に箸を動かし始めた。
 自分だって、腕の怪我は早い所治ってほしいのである。

「……ご馳走様でした」
 始まりと同じ様に、合掌の音が響く。
 結局、予定していた割り振りよりも大分ゆっくりに分けてやって、今日の食事は終わりを迎えた。
 流石に最初から全部自分で食おうと思っていたわけではない。
 しかし、どことなく物足りないのも事実であった。
 酒のつまみと一緒に軽い物でも作ってみるか。
 そんな事をぼんやりと考えながら、食器を重ね持って立ち上がる。
「おじさんありがとうね! きょうのごはんはいちばんおいしかったよ!」
 満足で頬をつやつやと、単なる油で口の周りをぎとぎとと光らせながら、れいむが足元で叫んだ。
 珍しい事もあるものだ、と男は思った。
「れいむ」
 手に持った食器を再び机に戻し、男は目線を合わせるように膝を着く。
「こういう時はごちそうさま、だ」
「ごちそうさま? なにそれおじさん?」
 ん、そうか。
 そういう概念は無いのか、ゆっくりには。
 元を正せば料理を作ってくれた相手に対する感謝の意だが、調理という概念はまずゆっくりには無いだろう。
 別に渡してもらっても「ご馳走様」でいいのだろうが、語彙の少なそうなゆっくりの事だ、「ありがとう」になってもおかしくないか。
 とすると、だ。
 理解してもらうにはどう言やいいか……
 いや、こいつら相手ならまったくそのまま単純にしてやればいいのか。
「そうだな、お前らも家族とかに食べ物を持ってきてもらったりしたら嬉しいだろう? そういう食事のお礼の気持ちを、人間はごちそうさま、って言うんだよ」
 いただきますも言ってなかったな、そう言えば。
 哲学的・宗教的な概念はまるで無いという事で良いのだろう。
 あったらあったで困りそうな気もするが。
「まぁ構わんさ、別に。無理やり人間に合わせる必要もねぇ。褒めてくれてありがとうよ」
 こちらも返礼のつもりで頭を軽くなでてやる。
「ゆー♪」と目を細めている所だけ見ていればそこそこ可愛いんだがなぁ。
 今のところ、一々躾けようなんて気はさらさら無い。
 感謝の言葉が出てきただけでもマシなのだろうからな。
 と、そこでまりさもこちらをじっと見ていることに気づく。
「どうした? まだ足りないとか言うんじゃねぇだろうな?」
「くちのまわりがべたべたするよ! きもちわるいからおじさんはやくふいてね!!」
 予想より酷かった!
 ……ええい、このバカは!!
 食器を台所へ持っていき、代わりに布巾を引っつかんでくる。
「よぉし、今拭いてやるからな。動かずにじっとしてろよ?」
「まっててあげたんだからはやくふい、むぐ、いだい、おじさんやめんぐぐぐぐぐ!!!」
 言葉どおり早く速くごしごし拭いてやる。
 これくらいなら許される範囲だろ、なぁ?

 それから少し経ち、男の家の裏手側。
 食後のどこかゆっくりとした空気がある。
 縁側に男が腰を下ろし、その隣に座布団に鎮座したゆっくりが2匹佇む。
 れいむの方はあいかわらずの何を考えているか判らない笑みを浮かべてどこかを見ている。
 自分で舐めたり、まりさに舐めてもらったりしてたようだが、まだどこか脂ぎった感じだ。
 まりさは先程の仕打ちが気に入らなかったのか、赤くなった口周りを膨らませて不満を表していた。
 そこにあるのはそんなどこか奇妙でまったりとした風景だ。
 しかし、1人と2匹の間に会話は無い。
 男は手持ち無沙汰にタバコの煙を燻らせていた。
 さて、どうしたもんか。
 頭にあるのは己に対する問いかけだ。
 追い出すのか、追い出さないのか。
 置いてやるとは言ったが、あれは床下の事とまりさが居なくなった時の話で、今とは状況が違う。
 だが、子供は未だにそこに居る。
 追い出さないとしたら、いつまで。
 答えてくれる者は、自分以外誰もいない。
 このままでは埒が明かないな、と男は動く事を選ぶ。
「なぁ、お前ら。一つ聞いてみたい事があるんだが構わないか」
 追い出すのは簡単だ。
 しかし、その前に問うてみても良いだろう。
「ゆー……おじさんなんだかけむたいよ! あかちゃんにわるいからさっさとれいむからはなれてよね!」
「げほっ、すっごくめにしみるよ!? はやくどこかにいってね!」
 吐き出された煙に2匹が咽た。
「あ、ああ、そりゃ悪かった。済まん、すぐに消す」
 あっさりと出鼻をくじかれた。
 よくよく考えれば自分より小さい生き物、しかも子持ちだ。
 自分の方が非常識だと言われればそんな気もしないでもない。
 男はまっとうな判断を下すと、縁の下にタバコを落とし踏みにじって消火する。
「……で、だ。まりさ、お前なんであんな酷い事になってたんだよ?」
 結局、切り出す時機を逸した後に出てきたのはそんなしょうもない問いかけだ。
「そうだよ、まりさ! どうしてすぐにかえってこなかったの!? れいむずっとしんぱいしてたんだからね……」
 あの時期の事を思い出したのか、俯き気味で声は細い。
 それは普通最初に聞いておかないか、という疑問はあえて飲み込む。
「ゆー……まりさだってはやくかえってきたかったよ! でもね、でもね……」
 それから、まりさはゆっくりとあの出来事の顛末を語り始めた。

「ゆっゆっゆ~♪」
 その日のまりさは普段とは違い、山へと向かっていた。
 最近は暑かった事もあってれいむが少し疲れ気味だった。
 そのため、常ならば草原で花や虫を捕まえていた所を、少しでも美味しくて栄養がありそうなものを探して、山の方へと餌を探しに行くことにしたのだ。
 生まれた頃は山で暮らしていたため、少しくらいなら勝手もわかる。
「れいむ、おいしいものたくさんもってかえるからまっててね!」
 常とは違う環境だが、生来の楽天的かつ能天気な餡子脳は警戒心をさほど持つ事も無く、都合のいい結果だけを追い求める。
 昔に両親が食べさせてくれた様々な食べ物。
 柔らかくて、でもとても身の詰まった虫の幼虫。
 色とりどりの山葡萄や蛇イチゴ。
 自分もあんな美味しいご飯をれいむに食べさせてあげるんだ!
 親がそれらをどうやって見つけたのか、そんな知識もなければ技能も無い。
 必死で探せば必ず見つかるはずだ、両親が出来たのだ、自分だってきっとなんとかなるよ!
 根拠も何も無い、そんな程度の考えで世の中うまくいく訳も無いが、そんな事は餡子脳には判らない。
「ゆゆ、あったよ! やっぱりまりさはやればできるね!!」
 たまに毒見と言い訳しながらむーしゃむーしゃと自分の分をつまみ食いしつつ、餌を探して闇雲に山の中に分け入って行く。
 だがそれではあまりに効率が悪い。
 山々への知識も無く、虫や木の実の生息場所や時期も良く知らない。
 たくさんあるはずの美味しいご飯はなかなか見つからず、焦りと疲労だけがどんどんたまっていく。
 こちら側の山は人もあまり立ち寄らず、木々は伸び放題で麓近くでも最初から日の光が指さぬ場所が広がっていた。
 そして、れいむのために何としてもたくさんご飯を持って帰ろう。
 それらの条件が重なり、まりさに早く帰るという事を忘れさせていた。
「ゆー……つかれたよ……ごめんね、れいむ……」
 疲労がかなり溜まり、これ以上の探索は無理だ。
 散々山々を駆け回った挙句の疲労と失望の極地、そこでようやくまりさは事態に気がついた。
「ゆゆ? まっくらだよ? ……ここ、どこ?」
 初めてこの辺りに来た時、重なり合った木々の葉で最初からかなり暗かった。
 その直前までは普通に明るかったし、所々は光がさしている場所もあった。
 そのため、まりさはここはそういう場所だと理解した。
 だから、暗いのは当たり前。
 そう思っていた。
 だが、今ここにあるのは昼間の影ではなく夜が作り出す闇だ。
 まりさは今までの自分の行動を振り返る。
 しかし、貧弱な餡子脳が思い出すのは自分がご飯を求めてさまよっていた事だけで、道のりなど当然のように覚えていなかった。
 どうしよう、と今更ながらに事の重大さに気がつく。
 まずはれいむの事。
 次に初めての子供たちの事。
 そして、あの人間の事だ。
 人間にしては珍しく、自分達を見てもいきなり殺しにかかったりしなかった。
 脅しをかけられはしたが、約束通りしばらく大人しくしていると、その後は何かちょっかいをかけるでもなくそのまま放って置いていた。
 だが、自分が居なくなったらどうするか。
 まりさは今までの経験から、心の底からは人間を信用していなかった。
 事実はさておき、あくまでゆっくりのレベルではあるが、自分があの人間かられいむを守っていた、という自負がまりさにはあった。
 自分が居なくなったら。
 帰らねば。
 そうと決まれば単純な餡子脳の事、行動に移るのは速い。
「ゆっくりいそいでかえるよ! まっててね、れいむ!!」
 とりあえずは下だ。
 山とは登るもので、自分は下から上がってきたのだから、下っていけば少なくとも麓には着くだろう。
 開けた場所に出ればとりあえずは何とかなるはずだ。
「ゆっ、ゆっ、ゆっ、ゆっ、ゆっ、ゆっ!!!」
 それだけを信じて、まりさは転げ落ちるような勢いで山を下っていく。
 時折落ちた枝や木に当たったりして痛みが走るが、気にする事無く山を下る。
「いそいでかえるよー! ゆっぐりまっででねーー!!」
 時折上げる声は自分を鼓舞する物。
 だが、警戒もせずに上げるその声が自分を窮地に追い込んでいる事にまりさは気づかなかった。
「うー♪」
 頭上から響いた声に、まりさは跳ねる事を止めて思わず硬直してしまった。
 この声は。
 大丈夫だ、きっと自分は見つかってない。
 たまたま近くを通りがかっただけのはずだ。
 どう考えてもそれはありえないだろうが、ゆっくりの餡子脳は都合のいい事ばかりを弾き出すものなのだ。
 大丈夫という心の声に従い、恐る恐る振り返るまりさ。
 だが、その目に映ったのは一直線にこちらに向かってくるゆっくりれみりゃの姿。
「たーべちゃーうぞーーーー♪」
「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!!!!!!」 
 理性よりも早く、餡子に刻まれた本能が体を動かした。
 それまで以上の勢いで山道を転げ落ちる。
「こっちにこないでね! まりさはたべてもおいしくないからさっさとあっちいってね!!」
「うー♪ うーーー♪♪」
 必死で嘆願しつつ逃げるが、その声が自分の位置を知らせているなど露ほども思わない。
 もっとも、れみりゃの能力であれば、声など一々無くとも転がる饅頭を捕獲するのは容易いことだ。
 徐々に2匹の距離が詰まっていく。
 そして、大きな木の根に躓いてまりさの体が大きく宙に舞った。
 勢いのままに回転する視界の中、れみりゃが口を開けて近づいてくるのが嫌でも見えた。
「いやあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!! だずげでね゛え゛え゛え゛え゛え゛!!!!!!」
 そしてれみりゃが回る視界から消えた後、背中に強烈な痛みが走り、同時に顔面から地面に叩きつけられた。
「いだい゛い゛い゛い゛い゛!!!!!」
 背中を齧られた、と認識する間も無く痛みに絶叫しつつさらに転がっていく。
 少しでも距離をとらなければ。
 そしてれいむが待っている家に帰るのだ。
 だが、れみりゃは離れる事無くしっかりと付いて来る。
 いつの間にかまりさは気がついた。
 こいつは自分が転がっている時には追いかけてくるだけで、自分が何かの拍子で跳ねるとその時に齧りに来ると。
 遊ばれている。
 どうして。
 自分はれいむの、家族のためにご飯を探しに来ていただけなのに、何故こんな風に遊ばれて殺されなければならないのか。
 そうは思っても、自分とれみりゃとの力の差は絶大だ。
 ましてや疲れ果て傷ついた体では、どう足掻いても敵いそうに無い。
「いやだ!! ゆっぐりじだい! ゆっぐりさせで!! れいむとずっとゆっぐりじでだいよ!!!」
 確実に麓に近づいてはいる。
 しかし、それと同じくして死にも近づいている。
 だが、ここで幸運がまりさに味方した。
「うー♪ ……うーー??」
 れみりゃがはっと頭上を仰ぐ。
 雨だ。
 逃げに逃げて、木々の密度の薄い麓へとかなり近づいていたのだ。
 夏の雨は僅かな間で一気に勢いを増し、たちどころに滝のような雨へと変わる。
 遊びすぎた、とれみりゃは足りない頭なりに自分の失敗を悟った。
 仕留める寸前まで来た獲物を取るか、自分の身を取るか。
「うー……うーーーーーー!!!!」
 迷った末に、れみりゃは自分の身を取る事にしたらしく、一目散に山の山頂側へと去っていった。
「ゆ……ゆっくり、できるの?」
 振り向きはしなかったものの、遠ざかっていく声にまりさはれみりゃが去っていった事を知る。
 れみりゃが特別雨を嫌うことに感謝だ。
 だが、自分もうかうかしてはいられない。
 れみりゃよりはマシだが、自分にとっても雨は危険な物であることに変わりは無い。
 ましてや今の自分は表皮に傷を負い、中の餡子が直接晒されている状態だ。
 皮がふやける前に、餡子が染み出して死んでしまいかねない。
 叩きつける雨が山肌に小さな流れを作る中を、まりさは必死で這いずり回って身を隠せる場所を探した。
 餡子とともに流れ出ていく命と意識を必死で繋ぎとめる。
 そして、運良く見つけた木の洞にようやくの事で身を隠した。
「ごめんね、れいむ……ごめんね……」
 口の中に僅かに残った木の実を、涙を流しながら食べる。
 れいむのために探してきた物なのに。
 それを自分が食べてしまう事。
 その自分は、こんな所で足止めをされている事。
 そして、もしかしたらこのまま帰れないかもしれない事。
 様々な思いが餡子脳裏によぎる。
 帰りたいよ。早く雨止んでね。
 口の中の感触をせめてとばかりにゆっくり味わいながら、まりさにできる事は、ひたすら雨が止むのを祈る事と、命が途切れてしまわぬように必死で耐えることだけだった。

 などという事をゆっくりの餡子脳が細かく説明できるはずも無く。

「うんとね、れいむのためにおいしいごはんをとってきてあげようとおもってやまのほうにいったけどまよっちゃったの。
 そしたらよるになってて、れみりゃがきていっぱいかじられたんだけど、あめがふってきてれみりゃにげてったから、
 それでまりさもあめがやむまでずっとかくれてたんだよ! しっかりがんばったんだからね!!!」
「短いわ!! あと何で最後は自慢げにふんぞり返ってるんだ!!!」
 いや、今のは餡子脳ではかなり頑張った長文じゃないかという気はする。
 だがそれとこれとはまったく別問題だ。
 どう聞いてもあれだけハードな事になる状況の説明じゃない。
 というか、今の話どっかで聞いた気がするぞ。
 ……あれだ、れいむが心配してた事そのままじゃねぇかよ。
 ゆっくりの餡子脳で思いあたるくらいありきたりな事だったらちゃんと気をつけろよお前……一応家族の大黒柱なんだろうがよ。
 もう何度目か判らない餡子脳の緩さにため息まで尽きてしまいそうだ。
 いや正直、怒るを通り越して呆れてきた。
「お前、怪我が治っても山は入るの禁止な」
 まりさにはっきり言い渡す。
 もういい、聞く気も失せちまった。
 恐らく若い、のもあるだろうが、もう少し色々な事を教えておかないと、放り出した次の日に死んでました、なんてのが冗談じゃなくなりかねん。
「とりあえずお前ら。怪我が治って、子供がちゃんと生まれるまでは、ここに居ていい」
 これは妥協、だろうか。
 それとも情に絆されちまったか。
 どっちでもいいか。
「約束は、覚えているか?」
「ちゃんとおぼえてるよ! ばかにしないでね!!」
 本当だろうか。
 激しく不安が募る。
 と言うか、不安しかない。
「ま、ダメだったら菓子にでもするか」
「ゆっ!? おじさんやめてね、れいむをたべないでね!?」
「まりさはたべてもおいしくないぜ!?」
「ははは、ダメだったら、って言っただろ? ……ダメだったら、な?」
 俺が甘いもの、特に饅頭や大福の類が苦手だなんて教えてやるつもりは無いがな。
 ああ、そうだ。
 残しておいた饅頭あったな。
 飯の準備中につまみ食いしなかった事に免じて食わせてやるか。
「ほら、動くなよ。部屋に戻ったら饅頭食わせてやるからな」
「おまんじゅう!? わかったよ、うごかないからはやくたべさせてね!!」
 はいはい、ひとつしか残ってないから半分ずつだけどな。

 そういやこいつら、なんで饅頭なんて単語は知ってるんだろうな??






                                続く







 またまた中書き

 オッスオッスオッス! よう、俺だよ俺。
 今日は作者代理って事で頼むわ。
 あん? 俺が誰だかわからないって?
 ああ、作中じゃ「俺」か「男」としか表記されて無いからな。
 作品中で名前が出ていないのにここで名乗る訳にもいかんし。
 とりあえずはゆっくりアニキとでも呼んでくれ。
 アニキと言ってもパンツレスリングとかはしないぜ?
 とりあえず話が大分長くなってきたな。
 出産編までとか言いながら食事と終盤の描写をノリノリでやったもんだからあっさり容量オーバーで次に持ち越し。
 これでまた1編伸びる計算だな!
 まぁ描写の事もペースが遅い事もバカな子ほど可愛いと思って見逃してやってくれよ!
 ゆっくりした結果がこれだよ!!



  • ゆっくりゆっくり -- 名無しさん (2010-11-28 02:25:13)
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最終更新:2010年11月28日 02:25