「ただいま」
答える者のいなくなった空間に虚しく響く声
いつもなら
『おかえりなさい!! ゆっくりしていってね!!!』
と出迎えてくれていた
一人で過ごす時間はこんなにも味気無いものだったのかと気づかされる
「ゆっくりしていってね、か」
今日はれいむが家に来てから丁度一年目
ビックリさせてやろうと準備していた、新しい真っ赤なリボン
お前が一番ゆっくりしてくれなかったよ、と心の中で呟く
そのリボンと同じ真っ赤な夕日を見つめながら
~遠き山に日は落ちて~
「ゆっくりしていってね!!!」
帰ってきたら部屋の真ん中に、なにかが鎮座していた
「ゆっくりしていってね?」
しかし、今は箱の中に詰め込んである
「ゆっくりしていってよー!!!」
一体何なんだろう
自分が知るなかではあんなものは見たことがない
「なあ、お前は何なんだ?」
箱から出して聞いてみる
「ゆゆ? ゆっくりしていってね!!!」
これはコミュニケーションがとれた、とみていいのだろうか
「ゆっくりしていってね・・・?」
「ゆー!!! ゆっくりしていってね!!!」
「ああ、ゆっくりしてるよ」
「ゆっくり!! ゆっくり!!」
そう言いながら部屋の中をポムポムと跳ね回っている
一体何を食べるんだろう、そもそも食事とかするのか、寝床とか欲しいよなぁ
等と考えながら着替えを済ませ、部屋に戻ってきてみると
すでに寝ていた
「ゆぅ・・・ゆぅ・・・」
寝息らしきものも聞こえるので、呼吸はしているらしい
フローリングで直接寝ていたので使わなくなったクッションに乗せてやる
本当に不思議な奴だ
はじめはそれくらいにしか思っていなかった
ご飯は食べない、語彙があまり無い、など
半年ほど一緒に暮らして色々なことが分かった
元々独り暮らしで話し相手が欲しかったところだ
お互い言葉は通じないが楽しくやっていた
「おにーさん! いってらっしゃい!!!」
そしてもうすぐで一年が経とうとしていた時だった
彼女はかなり変わった
語彙が増えたお陰で会話が出来るようになった
「それじゃ行ってくるよ」
そう、やっと会話が出来るようになった
そんな日が続くと思っていた矢先の事だった
「ただいま」
返事がない
何時もなら真っ直ぐに跳ねてくるのに
大方寝ているのだろう
「れいむ?寝ちゃったのか?」
そこにれいむの姿はなかった
「居ない・・・」
家中探したがどこにも居なかった
「何処行ったんだよ・・・」
ふと、れいむが何時も寝ていたクッションの上に
手紙らしきものがあるのに気づいた
「おにーさんへ、居間までありがたう・・・」
頑張って書いたであろう手紙はほとんどが平仮名で
たまに使っている漢字は所々間違っていたが
俺への手紙だった
『おにーさんへ
居間までありがたう
とつぜんだけどれいむはほんたうのおうちに帰るよ
北のがいきなりなら帰るのもいきなりだね
ほんたうのおうちの方のせかいへのとびらがもうすぐしまっちゃうんだって
もともとこっちのせかいの物じゃないから帰らなきゃだめなんだって
れいむはお馬鹿だからよくわからないけど
もうあえないのかな
でもさよならは泣いちゃうからいわないよ
縁が会ったらまたどこかであえたらいいね
れいむ』
「・・・縁があったらまた何処かで会えたら良いね。れいむ」
あまりにもいきなりすぎて状況が飲み込めなかった
手紙を持ったままどのくらいの時間が経っただろうか
涙が頬を伝う感触で現実に引き戻された
「嘘だろ・・・」
『ゆっくりしていってね!!!』
初めて会ったときも
『ゆうひさんはすごくまっかだね!! れいむとおそろいだよ!!!』
とても赤い夕日に興奮してはしゃいでいた時も
『おにーさんはゆっくりできてないね!!』
一緒にゆっくりしてくれない、と怒っていたときだって
『おにーさん!いってらっしゃい!!!』
そして今日の朝でさえも
あいつはずっと笑顔だった
自分が帰らなければならない事をいつから知っていたんだろう
誰にも相談せず独りで悩んでいたのだろうか
そう考えると胸が痛い
「また会えたら良いね、か・・・ あいつにしちゃ気の効いたこと言うじゃないか」
沈んでいく赤い夕日を見ながら
独りポツリと呟いた
おわり
最終更新:2009年04月25日 10:18