「…ジミーだ。ジミーはいいね、彼の悲痛なディストーションは心の叫び、まさにロックだぜ」
「あんなヘンテコなもやしのどこが良いのよ、れいむはスレイヤーがいいわ! 圧倒的、破壊的、暴力的なサウンド!
私たちの思いを代弁しているわ、こんな淀み腐った世の中なんか火事にでもなって全焼してしまえばいいってね!」
「世の中が糞な事には大賛成だが、そのもやしって発言はやめてもらおうか。ジミーは歪んだ音の他にもメロディアスな旋律だって弾けるんだ、どこぞの突っ込んでばかりのデブとは違うね」
「あ? お前今なんつった? お前今なんつったって聞いてるんだよ。今のは流石のれいむでもプチンと来たね、この楽器すら触れないかぶれ野郎がロック語るんじゃねーぞおい聞いてんのかクズ」
「ああ? お前は楽器が触れないからって音楽を聴くなっていうのか? あーあ嫌だ嫌だね、こういう短縮的な思考しか出来ないやつはね。まりさは体全身を使って音楽を楽しんでいるんだよ、いわゆるソウル? あんたみたいなちょっとしたメロコア野郎とは違うんですー」
「おいテメエぶっ殺してやる!!!」
耳を塞ぎ、布団にもぐりこむ。
そうでもしないと騒音に対してやってられないからだ。
…耳を塞いでも、十分寝つけられなく膨大なきしみ音が全速力で耳を通り抜ける。
大音量でジャリジャリとした低音を軸に、油断しているとウグイスが首を絞められて全力で鳴いたかの様な高音が、最低のハーモニーを奏で私の耳をつんざく。
バコンバコンと、お前はダンボールにスティックを刺してるのかと勘違いしてもおかしくない打音のドラム、ベース音に至ってはドンドンと地響きを通り過ごして軽くロデオに乗っているかの様な感触がする。
…でも、ベースだけは心地良いかも。
…全て、隣の家から聞こえてくるものだ。
今が深夜で周りは寝付いていようがお構い無しに、容赦なくノイズが降り注いでくる。
…信じられない!
まるで近所迷惑を考えていない!
私はベットの枕元近くに置いてある携帯を光らし、時間を確認する。
…深夜、2時である。
今ではすっかり驚かなくなってしまったが、ほっと一息つけるはずの睡眠の時間が苦痛に感じるのだから、相当なものだ。
本当の本当にあの家にいる奴らは全員原子レベルにまで分解してくれないかなと願う。
最初はいつだったか、つい一週間くらい前か?
脈絡もなく、いきなり夜中に低俗な音の集まりを大音量で流す様になったのだ。
私だけではない。
親も、近所の人も激怒した。
次第に不満は募ってゆき、皆が家に乗り込みうるさいから消せと指摘すると、
『うぜえな、これがまりさたちのロックなんだ! 邪魔されてたまるか、お前らはまりさたちに音楽すら奪う気か!?』
二人がでてきて、平然とのたまいやがった。
私は呆れ返った。キチガイ、そう呟いた。
もちろん、誰かが通報したのだろう、すぐに警察がやってきて二人は連れて行かれた。
その後に出てきた親が『本当に申し訳ない』と涙を流しながら弁明していた。
二人曰く、音を大音量で流すことは『迫害されている人々の魂の代弁だ!』とのことらしい。
アホか。
…考えている内に、前奏が終わったみたいだ。
手で耳を覆う以外に耳栓までしているのに、十分聞こえてくるとは何事だ。
警察はまだか、呆れ返って、遅く来るつもりなのだろうか。
不快な、低俗な触りのする声がどうしようにも、嫌にも聞こえて耳に押し入ってくる。
『おい、聞いてるかクズども! 俺たちは魂の代弁者だ、正義は俺たちなんだ!』
『権力コネ学歴社会世の中腐ってやがる! 俺たちが主人公だ、俺たちは他に無い何かを持っているんだ!』
『お前はクズ! 俺は天才! お前は俺を馬鹿だと思うだろ? だからお前は馬鹿なんだ』
『助けてくれ! 今すぐ圧力という檻に囚われた俺たちを救い出してくれ!』
…歌の、歌詞だ。
ボロボロ音質のスピーカーが必死にシャウトしている、ここまで来るかと感心するほどの、歌詞。
アホらしい。
…冷静になろう。
本当に、社会が淀み腐ってると思ってるなら、デモ起こしなさいよ。
国会議事堂前や永田町で、なんかしら効果あるんじゃない?
それをのけのけと汚い音を重ねて、アホかっつーの!
何が反社会主義よ、そんなところでチマチマ妨害する勇気しかない癖に!
ああ、もう!
やっぱり腹立つ!
…パウパウパウと、サイレンがどんどん近づいてくる。
その内不愉快だった音の集合体は消えて、代わりにタイタニック号の被害者の代わりに海に沈めるべき二人の怒号が聞こえてきた。
「何が悪いんだ!!!」
全部よ、全部。
あんたたちみたいなクズには全ての権利を与えられていないの。
…音は、止んだ。
部屋、辺り周辺には望まれていた夜独特の静寂が戻ってきた。
きーんとしたすこし耳障りな耳鳴りも引き連れて。
あーあ、やっと寝られる。
携帯で再び時間を確認してみたら、深夜の二時半を回っていた。
馬鹿みたい、なんであいつらの家庭とはなーんにも関係ないはずの私がこんな目に?
ああ、なんか対策とってよ、いや、自分で取らないと、いや、耳栓しても駄目だし、…ああ!
そもそも警察があのクズどもを留置所に入れないのが悪いのよ!
何なの!?
ほんっともうあいつらの親もさっぱり注意を、…しているだろうけど効いてないし、もう駄目だこの国!
寝よ、寝よ!
…あの二人が学校のクラスメイトだなんて、信じられなぁい…!
「…うるさかったあ。でも、ほんの少しだけど。…憧れる、かなあ」
東風谷さなえのロックバンド!
「おはよ、さなえちゃん!」
「あ、さとりちゃん。おはよう」
ゆっくり育成共同施設―中等部
名称:学校法人 幻想学園 ゆっくり育成共同施設
所在地:〒AYA-YAYA
TEL:XX-XXXX-XXXX
理事長:ゆかりん
学園長:かわいい
校 長:アイドルあやや
生徒定員・学級数
生徒定員………20 学級数………… 1
校歌 作詞 作曲:
中略
概要
野生のゆっくり及び飼育されていたゆっくりを預かり、育成
概ね体の付いているゆっくりが入園の資格を持つ 例外もあり
学園のあらまし
ゆっくり育成共同施設とは、YUYUKO年に創立された歴史ある~…
私は、現在ゆっくり育成共同施設…、いわゆる中学校に通っています。
年々増え続けてくるゆっくりたち、…私たちは無駄に知能があるので、昔の里の人たちは私たちにとても手を焼いていたそうです。
そこで、『むしろこの知能を有効活用しよう!』と考えられたのがこの施設。
中等から入り、中等を卒業できた者は高等、高等を卒業できた者は晴れて里入り、というシステムの下成り立っています。
中等部の人数は20人ほど。ゆっくり全体の数を考えれば少ないですが、よくもまあこんなに集まったなとしみじみ思います。
何故かって? ほとんどのゆっくりは、拘束を嫌い自由に行動しますからね。
たとえ全ての言うことを聞きそうなゆっくりきすめでも。
桶ごと跳ねて、ぴょんぴょんどこかへ行ってしまうのです。
流石にゆっくりと言うべきか、性の問題で入園してくる生徒は少ないというわけです。
まあ、こんな学園でも、なんと新しく転入生を迎えたのです!
名前は、ええっと、…なんだっけ。
ぱっと見でクラスを見回すと、まだその人は来ていないみたい。
…うーん、いきなり出席日数大丈夫なのかな?
こういう事を考えるのもイタイですが、一期一会は大切にしていきたいなあ…、と。
しみじみ、そう考えているので、その人に朝の挨拶が出来ないのはちょっぴり寂しいかなあ…。
そう、思います。
「おい、いつまでドア前にいるんだよどんくさいさなえ! お前がいると後ろ詰まるんだよ!」
「…」
「な、なんてこと言うのあんたたち! さなえちゃん、気にすること無いよ、行こう!」
私はさとりちゃんに手をひかれるがまま移動教室に向かいました。
…今あった通り、私のクラスの立場は決して高くありません。
むしろ、下から数えた方が格段に早いくらい。
私はグループとか、カーストとかクラス内での派閥というものが嫌いでした。
色々な人と関わって来たのですが、どうも鼻につかれたらしく、今ではクラスの隅で縮こまってばかりの毎日です…。
…後悔はありません!
私は自分の正しいと思った行動を貫いただけです! …けど、けど。
…なにかしらケチをつけられてちょっかいを出されるのは、辛いなあ。
「…ふん! 何よあいつら、きっと私たちの美貌に見とれてきっかけが欲しいからちょっかいを出しただけよ、きっとそうだわ!」
さとりちゃんが廊下でのたまいます。
さとりちゃんも、こういう事を思うのはどうかと思いますが、決してクラス内の立場が高いわけではありません。
さとりちゃんは入学当時、どちらかと言うとクラスでの高峰の花でした。
幼い顔立ちに思えますが、近くでみると引き締まっていて、キレイ系? と、いうのかな。
雑誌で勉強したかいがありました。
ともかく、美人な人でした。
友人もそれなりにいたはずです、なのにある日突然私を庇ってくれたのです!
『なによ! あんたたちよってたかって、さなえちゃんにちょっかいだして! ただじゃ済ませないわよ!』
…さとりちゃんのあの言葉を、私は今でも覚えています。
さとりちゃんには、感謝してもしきれません。
実は、この学園の七不思議としてさとりちゃんファンクラブと言うものがあって、そのクラブに伝わる話では『さとり様が一言以上の会話をされた時天変地異が起こるだろう』とまで言われていたそうです。
あっさり、崩れちゃいましたがね。
そこからさとりちゃんは、…ううん、さっきの言葉は訂正します。
今もさとりちゃんは、私から見てトップクラスの立場に居ます。
…慕われています、たださとりちゃんが関わろうとしないのです。
恥ずかしい話、助かっています。
今の私の友達は、さとりちゃんだけ。
さとりちゃんと仲が良い友達が来ると、不意にさとりちゃんがあっちに行ってしまうのではないかと思って、不安に思ってしまうのです。
…そんなの、本人の自由なのに。
…ともかく、このような事情があって園内ではもっぱらさとりちゃんと一緒に過ごしているのです。
「…でね、さなえちゃん! 今回の鋼の錬金術師がまた面白いのよ、駄目な意味で! オートメイル左右逆だよ? 信じられない!」
「さとりちゃん、私アニメわからないよ」
「あら、そう? じゃあ、ローゼンメイデンはわかる? 薔薇水晶ちゃんはとっても可愛い! かわいいけどね、ありゃ2期いらんかった! 1期だけでよかったよ!」
「さとりちゃん、私アニメわからないよ…」
移動した教室内での談話。
一人の時はこの授業までの間が、本当に嫌に感じます。
されども、さとりちゃんが近くにいるとさほど嫌に感じず、ほっと安心できる時間に変わるのです。
…周りの目を、気にしなくていいからです。
この移動した教室は視聴覚室。
様々な機械があり、机も一つのものではなく長机になっていて、授業中なんだか息苦しく思います。
しかし、席は自由に座ってもいいことになっていて、さとりちゃんがいつもそっと近くに居てくれるので気にしないことにしています。
…私が関わっているさとりちゃんは、噂と打って変わって饒舌な人でした。
特に今まで私が避けていた、オタク関連のことに凄く強い人でした。
…姿の印象とはまるで逆方面の趣味を持っていて、とても意外に感じたことを今でも覚えています。
失礼な話、私と一緒に居るようになるまで、さとりちゃんがまともに会話に参加している姿を見たことがありませんでした。
クラスのトップの集まり(怖い人の集まり)で、いいやだとか、相槌を打っている姿しか見たことがありませんでした。
ファンクラブの人の話(その人たちは大声で話しているから嫌でも聞こえちゃうのです!)だと、『その様なさとり様もそそる!』との事です。
うーん、変態ですね。
「ちょっと、さなえちゃん! またよそ見して、私の話はそんなに退屈!?」
「正直面倒臭いかなあなんて…、あっ」
「…! …ふん。つーん」
「ああ、ごめんねさとりちゃん! 悪かったよ!」
「…今度、一緒に空の境界見に行くこと」
「ええ? 私わからないし、わからない人が近くにいると盛り下がるだろうから一人で行ったほうがいいんじゃ…」
「い・く・こ・とっ!」
「は、はいぃ!」
さとりちゃんが、こんなにも会話の抑制が出来る人だとは思いませんでした。
いっつも静かで、蕭散というか。
滅多にに喋らない人だと決め付けていたので、意外を上塗りして、さらに意外に思います。
「…」
…考えていることがさとられたのかな、さとりちゃんがつぶらな瞳をして、ジト目で私を覗いてきます。
あ恥ずかしい、そんな見つめられると身動きができないですよ~…。
「よう待ってたか社会のクズども!!! まりささまのおでましでぇ~い!」
「…フッ、今日も俺のレスポールが輝いてるぜ」
…でました、中等でもっとも浮いている存在、『れいむ』と『まりさ』。
最初は真面目なゆっくりたちで、いつも勉強ばかりしていたのですが、何を間違えてこうなったのか。
二人とも、背中にでっかい楽器を担いでいます、ギターでしょうか。
れいむは黒と金を交えたアシメの髪型、まりさにいたってはなんかもうもじゃもじゃです!
これは酷い!!
皆、まりさたちの方向にチラと目線を動かし、すぐに別の方向に移してしまいました。
教室内は静寂に包まれます。
…れいむとまりさが入り口から中へと入ってきました。
その視線は私に向いていて、足取りもこっちに向かってきている、…うう、
やめろ、こっちにくるな、くるなくるなくるなくるな…。
「おい優等生かぶりのさなえ、なんだか嫌そうにしてるじゃねえか? 嫌なら態度で示せよ、お前なんかにはロックを理解できないだろうな!」
「「あっはっは!!!」」
「…う、うう」
…ネタに、されてしまいました。
その言葉が耳に入り、胸の内がえぐられて、揺さぶられる衝撃を受けました。
じーんと目が潤ってきて、涙をこぼしそうになりましたが、下を向いて必死にこらえます。
…しかし、本当に嫌なのはこれから。
こいつら自体も嫌ですが、私がくるなと思っていた理由は、…後でみんなのネタにされ笑いものになってしまうから。
今も、クラスの陰から『さなえ』が何とか小さくささやかれています。
皆だって、あいつらを避けている癖に。
あいつらが関わってきたら、大丈夫と慰めあっているのに。
なんで、私の時はからかわれるのだろう…。
「…不快ね」
ドアから呟く声が聞こえたので、はっとその方向に振り向きます。
そこには、胸を張って堂々とした、転校生の姿がありました。
転校生は恐れる様子も無しに、ずかずかと二人の間を割って席に着こうとします。
…あああ、なんて大胆な!
「…おい! ちょっと待てよ!」
うわあ、言わんこっちゃない! …転校生は、二人に関わられてしまいました。
クラスからは同情の目線と、私ではなくて良かったといった安堵の吐息が漏れ出しました。
中には、大げさに胸を撫で下ろす奴も。
…けれど、人のことばかり批難してられません。
恥ずかしい話、私も転校生に標的が変わって、解放されたと思いほっとしてしまったのです。
…こんなの、おかしい!
私たちは、なんで困っている人を見捨ててしまうんだ!
「や、…やめなさいっ! その人はただ席に着こうとしただけです、おかしいのはあなたたちだ!」
「さ、さなえちゃん!」
『またさなえかよ』
『でしゃばりやがって』
クラスの声が痛い、胸がどきどきする、…なんで、私はこんなことを!
首を絞めるだけ、転校生の人にも迷惑が掛かるってなんで気が付かない!
やめておけばよかった、私はやはり大うつけだ、…なんてことを!
ああ、息がし辛い、前を見たくない!
転校生の人にも、きっと呆れられて、怨まれて…。
「…ありがとう。さなえ、さん? でも生憎気にしてはいないわ。私は、クズには興味ないの」
「はっはっは! おいクソさなえ、転校生が余計なお世話だってよ! はっはっは!」
「嫌われすぎだろ、さなえ…!」
「おめーらだよ生きていて資源にすらならない肥溜め野郎ども。身を弁えろクズが」
「…ああん!?」
「だ、だめだよ、えっと!」
「私はぱちゅりー。ぱちゅりー・のーれっじよ」
「あ、そうなの? 私は東風谷さなえ! よろしくね…、違う! 逆上させる様な事を言ったら、駄目だよっ!」
「いいのよ、怒らせておけば。あいつらの抱えてる楽器見てみなさいよ? ボロボロのソフトケースで、どう考えてもかっこつけの見せつけのためじゃない」
「…言わせておけば、好きなこといいやがって」
「事実でしょ。あんたたち、筆箱にいっつもピック入れてるけど、ださい事この上無いわよ」
なんだか専門用語が飛び交ってさっぱり内容がわかりません、一つ、雰囲気でわかる事はあの二人がかなり怒っているという事です。
大丈夫かな、ぱちゅりーちゃん…。
「犯すぞ、アマッ!」
「犯す? 犯すって、私? そんな度胸も無い癖に。…ギター貸しなさいよ。私が見極めてあげるわ」
「…」
二人の内のまりさが、ギターをぱちゅりーちゃんに手渡します。
「よっと。あ、ベースなのね。…うえ、フォトジェニックスって、あんた。置物中の置物じゃないの、なんでこんなの買ったの…? ネットとかの評判とかでわかるでしょ、せめて下調べしなさいよ…。まあ、値段は8000円くらいだろうし、お手ごろかもね。実用性は300円だけど」
「…あああああああああああああああ!」
とうとう怒りを抑えられなくなったまりさが拳を振り上げ、パチュリーちゃんに手をあげようとします!
危ない!
「ぱちゅりーちゃ、がっ!」
「…さなえちゃん!」
景色が暗転して、ふと気が付いたら私は地面に突っ伏してうつ伏せの体勢になっていました。
その内に燃え上がるように右頬に痛みを感じてきて、…痛い、痛い、
…いたいよお。
頬の中が、じわじわと締め付けてきて、熱い。
その内、なんだかどろっとした感触がして、鉄っぽい。
…血だ、血だあ…。
「…え、えぐ、ひええ…」
『あーあ、でしゃばるからだ』
『ザマーミロ!』
…なんでそんなことを言うの!?
なんで、そんな酷いことを言う必要があるの!!?
なんで!?
聞きたくも、耳を貸したくも無いのに、無神経に入ってくる言葉。
私は、そんなに…。
「…う、くうっ、あっ」
「さなえちゃん! …最低、ゲス以下よあなたたちは! さなえちゃん、ハンカチ。保健室に行こう、寄りかかっていて…」
「…ま、まりさは悪くない! スン止めしようとしたんだ、お前が出てきたから悪いんだからな!」
「…さなえさん。これが終わったら、あなたと友達になりたい」
「へっ、場を考えろよ。何を言ってるんだか、頭でも沸いたか?」
「クズはクズなりに行動しているからいつまでもクズなのよ」
「…本ッ当に、調子に乗りやがって!」
「見せ付けてやるよ、天才ってヤツをさあッ! お前らクズには百万億年掛かっても届かない、『パフォーマー』としての領域をよオッ! …少し、だけね。お前らみたいなクズに見せ付けるのは勿体無い」
「ああああああああああああああああああああ!?」
憤り叫ぶまりさをものともせずぱちゅりーちゃんがベースをぶん取る!
ぱちゅりーちゃんは『安物ですらない』と言葉を地面に吐き捨てます。
移動教室の設備にあるスピーカーに、スピーカー近くの籠に入っていた太いジャック、…チューブ?
それを入れて、コンセントと電源を入れ何やら音量をいじくりつつ音を出しはじめました。
ズーンと、お腹へ這い向かってくる重低音が響きます。
…教室内は、再び静寂に包まれます。
しかし、この静寂は嫌悪のものではありません、『何を始めるのか?』といった期待のもの。
ぱちゅりーちゃん、一体何を…?
「…ボロね。ベースからだと、まともに歪みすらかけられない。いや、デフォルトでディストーション加工になっているわ、どういうこと? ネックにジミーペインとか書いてあるし、…こりゃあテンケテキテキな観賞用ね」
「…早くしろよ、ビックマウス」
「私がビックマウスかどうか見せ付けてやるわ」
突如、ぱちゅりーちゃんが演奏を始めました!
私が思い描いていた同じ音の連続のものとは違い、まるで跳ね馬に乗った、弾む様なサウンドです!
ベースは一つです、しかし一つで演奏していない様に聞こえる!
まるでもう一人の共演者の居る様な…!
ぱちゅりーちゃんは腕をあまり動かさず、手首をスナップさせて弾いています!
ぱちゅりーちゃんの指元に注目すると、何やら小指と薬指、親指横の第一関節で弦をはじき、様々な音色を出してリズムを作りあげています!
それに音は、ドレミ状のものだけではありません!
『スカッ』とした表現、しかし音にしたら『カッ』というか『ガスッ』というか、…『音が鳴っていない音』も、交えてリズムを築きあげている…!
ぱちゅりーちゃんは足をステップさせ体全体を動かして、しかし顔は無表情で淡々と、冷静に演奏を続けています!
振り向いたり、後ろを向いて股を開きそこから顔を覗かせたり…。
そんなに動いたら、表情の一つや二つぐらい変わるものではないでしょうか!?
辛い表情はもちろん、楽しさを抑えきれない表情なんかも!
全て、表さない…!
ぱちゅりーちゃんは以前背中を向けたまま爽快なリズムを刻んでいます。
突如、ベースを背中に回し、後ろを向いたまま弾き始め、て、ええ…!?
…わからない!
ぱちゅりーちゃんの腕が、後ろに伸びている!
でもちゃんと弾いている、足だって止まらずに小刻みに動いて、音と体が一体している!
…わからない! わからないけど、
…すごい!!!
クラス皆がぱちゅりーちゃんを見入っています!
私を保健室に運んでくれようとしたさとりちゃんですら、見入っているのですから!
その内、クラスの皆が手拍子を始め、手拍子からジャンプに代わり、最後には踊り始めました…!
広いけれど狭い視聴覚室で!
ぱちゅりーちゃんの演奏のスペースを残して!
踊り始めたのです!
それこそ、漫画で見たライブハウスみたいに、感じている躍動を隠さずに!
八拍子くらいしたら時々入る『弾む音』ではない『連続した音』、しかしその音も一つ一つ違い、音階状のサウンドを奏でています!
その音が鳴るたびに私の体全体がブワアと鳥肌を立て、その後にじわじわと高鳴ってくる胸、ズキズキと痛みを増す頬!
皆が見て、感じているものを、共有している!
全てが、私のリズムとなっている…!
ぱちゅりーちゃんがベースを前に戻し、振り返る! 演奏は続きます!
フレーズが繰り返されます!
そのフレーズが終わったのかと思うと、いつのまにかそのフレーズに戻っている!
躍動感、高鳴りが止まらない、いつまでも聞いていたい!
いつまでも、ここに居たい!!
『ダンッ!』
…演奏が止まりました。少しの、呆気からんとした間、そしてすぐに皆の歓声、拍手。
中には上機嫌の口笛も聞こえます。
私も感動を抑えきれず、ぱちゅりーちゃんに何か声をかけようと思ったのですが、
…終わった瞬間に、どっと疲れがなだれ込んできました。
皆の顔色も伺うと、どこか疲れ切った表情をしています。
ぱちゅりーちゃんは、何事も無かったように。
さも当然の様に、スピーカーの音量をいじり、スピーカーの電源を切ってコンセントを抜きました。
…片付けて、いるようです。
息を切らせた様子もなく、淡々と。
私ですら胸の起伏が大きすぎて息切れしているというのに、ぱちゅりーちゃん…!?
ぱちゅりーちゃんはベースとスピーカーからチューブのジャックを抜いて、まりさにベースを押し付けました。
二人は唖然としたままです。
…当然でしょう。
さらに、皆からの歓声が大きくなりました。
「…わかったかしら? クズはクズなりにクズだからいつまで経ってもクズなのよ。私は追い抜かせないッ!」
東風谷さなえのロックバンド!
乞うご期待!
- 久々に楽器を触りたくなりました。 -- 名無しさん (2009-04-27 03:05:00)
- ふわー…かっこいー…。 -- ゆっけのひと (2009-05-12 23:49:59)
最終更新:2009年05月26日 13:36