れいむとま りさ2

『れいむとま りさ』

第二話 異邦人来たれり


結局、「『まりさ』じゃない」と教えるのに小一時間かかってしまった。

「今度こそゆっくりわかったよ!おねーさん!」
「ゆっくりでもわかってくれて嬉しいよ。あと、おねーさんはなんかくすぐったいからやめてくれ」
「ゆーん…じゃあ、まりさにそっくりなおねーさんだから…
『まりねさん』」

美味そうだな、おい。

「…もういいや、好きに呼んでくれ」
「じゃあまりさ!」

グッバイ今までの小一時間。
呼び方なんぞにこだわるんじゃあなかったと思いながらさて何を聞こうかと考え始めたとき

『ピンポーン』

インターフォンが鳴った。

「ゆ?なになに?ゆっく…」
「しっ!黙ってろ」
『ピンポーン』

れいむはとりあえず「ゆっくりしていってね!!!」と叫ぼうとしたが、口をふさがれた。
里紗はめんどくさいので…もとい、れいむを見られては厄介だと考えてこの来客をやり過ごす事に決めた。

『ピンポーン』
(しつこいな…)

インターフォンはしばらく鳴り続けた。時計を見たらもう11時に近くなっている。
そういえば起きてから何も食べていない。腹減ったな、とか思っていると音に変化が起こった。

『里紗ー、いるんでしょー?』
(あいつか…)

聞き覚えのありまくる声、来訪者が誰なのかはわかった。「あいつ」である以上出なければ後がうるさそうだ。
だが…視線を落としてれいむを見る。こいつが何ものかわからん以上、
下手に見つかって騒がれでもしたら面倒…おい何頬染めてんだ気色悪ぃ。

「ちょっとこの中入ってろ。んで大人しくしてろ。冬のナマズみたいに」
「ゆっ?なんで?」

どうしたものかと考えた挙句、とりあえずクローゼットにでも隠しておくことにした。

「いいから。出てこないのはもちろん、物音ひとつ立てず冬のナマズみたいにじっとしてろよ」

念を押してクローゼットを閉め、玄関に向かう。
ドアを開けると、思った通りの人物…里紗の幼馴染のピアニスト・スミレがいた。

「あら、やっぱりいたのね。ゆうべしこたま飲んで帰って、起きて小一時間くらいたったところで
ピンポンピンポン鳴ったけどめんどくさくなって冬のナマズみたいに大人しくしてやり過ごそうとしてたとかそんな所かしら」
「お前はエスパーか。こんな朝っぱらから何の用だ?」
「もう昼前って言ってもいい時間帯よ。とりあえずあがっていいかしら?」
「いやー…アポなしでいきなり来てそれであげろっていうのは人としてどうかと思」
「ケーキあるわよ」
「どうぞおあがり下さいませ」

女の子である。
空腹も手伝って、烏丸防衛線はあえなく崩壊した。

「お茶淹れるから台所借りるわよ。ちょっと待ってて」

待ってろと言われたら手伝うなんてせずに素直に待つのが里紗さん。
ちらりと視線をクローゼットにやる…ガタガタ揺れてる、なんてことは無い。
耳を澄ます…寝息一つ聞こえない。
どうやら言われたとおり、冬のナマズみたいに大人しくしているようだ。
よしよしそのまま出てくるなよ…と思いながらケーキを待つ。が、待つ時間というのは長く感じられるものだ。
まして空腹時にケーキを待つなどという状況下では尚更である。

「おーいまだか…」

ひょいと台所を覗き込んだ里紗がそこで見たものは…

「じゃあ、おねーさんはありすじゃないの?」
「そうよ。私の名前は有坂(ありさか)スミレ。まぁ別にありすでもいいわ」

れいむと和気藹々と話しながらお茶を淹れているスミレだった。



「…で、あれはなに?」

紅茶を一口飲んで、ようやくスミレはその質問に至った。

「あー…最新のぬいぐるみだぜ」
「動いてるわよ」
「最新だからな」
「喋ってるわよ」
「最新だからな」
「本当は?」
「…実は、私もそこんとこがよく分からんのだ」
「むーしゃ、むーしゃ………………しっ、しあわせええーーー!」

もうこうなったらケーキを食べながられいむに色々聞こうと思ったが、当のれいむは
ケーキに夢中で話を聞けそうに無い。仕方ないのでスミレに知っている限りの事情を話した。

「そう…要するによく分かってないのね」
「そうだ。要するによく分かってないんだ」
「うっめ!これめっちゃうっめ!」

かなり勢いよく食べているように見えるが、何故かケーキの減るペースがゆっくりなので
なかなか食い終わらない。

「ところで…よく驚かなかったな、お前」
「え?そりゃあ…
自分の身の丈以上の大きさで、いかにもバケモノ然としたのが奇声上げながら飛び掛ってきたっていうならともかく
自分の身の丈の半分も無い、間抜け面した一頭身が「ゆっくりしていってね!」って言いながら跳ねてきたのよ?
少しは驚いたけどそれ以上に気が抜けたわ」
「それもそうだな」

自分のときもそうだった、と思い返しつつれいむを見やると乗っかっていたイチゴを食べ終わり
「ヘヴン状態!」などと叫びながらなんとも言えない恍惚の表情を浮かべていた。

「あー、おい。れいむとか言ったか」
「ゆ?なーにまりさ?」
「とりあえず…お前、何もんだ?」
「れいむはれいむだよ!」
「そうじゃなくて…」



れいむは、れいむ以外の何ものでもない

れいむは他の誰でもなく、他の誰もれいむにはなれない

れいむの前にれいむは無く、れいむの後にれいむは無い

それが

それこそが

Soul Of Yukkuri――――れいむ



「なんだよ↑これは」
「解りやすくしてみたよ!」
「余計解りにくいわよ…もうそっちはいいわ。れいむ、あなたどこからどうやってここに来たの?」
「ゆ?話すと長くなるけど…かくかくしかじかだよ!」
「それで分かるワケねーだろ」
「そうだったの…」
「分かったのかよ!?」
「もちろんよ。いい?つまり…」

スミレ曰く。
れいむとその仲間達は嵐のおかげで洞窟の中での生活を余儀なくされていた。
数日間に及び猛威を振るい続ける嵐…れいむ達は、洞窟でじっと耐えながらもどうしても気になることがあった。
田んぼ。
みんなでゆっくり作った田んぼ。秋になったらみんなのお米でしあわせーになれるはずの田んぼ。
それが今どうなっているのか…れいむはそれを確かめるべく嵐の中にひとり飛び出した。
しかし嵐は思いのほか激しく、田んぼに行くどころか一寸先すら見えない。いつのまにかよく分からない暗い道に迷い込んでいた。
そこをひたすら進んでいくとここに出た。昨夜は疲れてたから一休みして、朝起きたらまりさがいたので起こしてみたら
それはまりさ(ゆっくりまりさ)ではなく、まりさ(里紗)だった。
映姫さま大好き。

「大体こんな感じね」
「なんか最後ノイズが混じってなかったか?」
「それにしても妙よね。嵐どころかここ数日晴れっぱなしよ?」
(無視された…)
「ゆ?そんなはずないよ!すごい嵐で、みんなずっと洞窟の中でゆっくりしてたんだよ!」
「ンな事言ったってなぁ」

そう。スミレの言うとおりここ一週間は嵐どころか曇りにすらなっていない。
どうにも話がかみ合わないなと思っていると、スミレの方は口にこぶしを当てて何か考えているようだった。

「…」
「どうした?手からいいにおいでもするのか?」
「…あくまで仮説だけど、この子どこか別の世界から迷い込んだんじゃないかしら?」
「はぁ?」

里紗は呆れた。
言うに事欠いて『別の世界』?いくらなんでもそれは…

「そりゃメルヘンすぎだろ、お前。『ありす』って呼ばれてなんか変なもんでも乗り移ったのか?」 
「この子を目の前にしてもまだそんな口を聞くの?」

『この子』。即ちれいむ。
人語を解し
人間そっくりの顔を持ち
しかし顔だけの妙ちきりんな生き物。

「…うーん」

そう言われると変な説得力があるから困る。こいつを目の前にするともう何でもアリな気になってくる。
だが当のれいむはひどく戸惑っている様子だった。

「ゆ?ゆ?まりさもありすも帰る方法知らないの?」
「というか、お前さんがどこから来たのかすら分からんぜ」

帰れない。即ちそれは仲間との永遠の離別を意味する。
その事実にれいむは強い衝撃を受けた。

(帰れないの?みんなのところに?)
(もうみんなと会えないの?)
(一緒にゆっくりできないの?)

みるみるうちにれいむの目に涙が溜まり、零れ落ち、溢れ出す。

「ゆ"え"え"え"え"え"え"え"え"!」
「おいこら、泣くな!」
「ゆ"あ"あ"あ"あ"あ"ん"!み"ん"な"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!」
「ちょっと、落ち着いて!」

ゆわんゆわんと大きな声でむせび泣く。大切な仲間たちともう二度と会えないかもしれないことを考えると無理からぬ事だった。
スミレがれいむを抱きかかえて頭を撫でながらあやすが、一向に泣き止む気配は無い。

「あー!もう!」

見かねた里紗が、大声で泣き続けるれいむの眼前にびしっと指を突き出した。

「いつまでも情けなくゆーゆー泣いてんじゃねえ!こいつも何かの縁だ、この私がなんとかして元いた所に帰してやる!
それまでここにいていいからいい加減とっとと泣き止みやがれ!」

泣き声の中でもはっきり聞こえる声で啖呵を切った。
それでも泣き止む事は無かったが、次第に落ち着いてきたれいむはぐすぐす泣きながら尋ねる。

「…ほんと?」
「おう、女に二言は無いぜ」

きっぱりと言い切るその瞳には一点の曇りも無い。
一度やると言った事は何が何でもやり遂げる。たいていの場合やり過ぎる。
彼女はそういう女性だった。

「うん…わかった。ゆっくり待つよ…」
「おう。任せとけ」

とりあえず落ち着いたれいむは、泣きつかれたのかゆっくりと寝入った。

「ちょっと、大丈夫?」
「何がだ?」

スミレはれいむを起こさないようにそっとベッドの上に乗せ、小声で話しかけてきた。

「あんな事約束しちゃって。アテなんて何も無いじゃない」
「来たんだから戻れるだろ。私が大丈夫と言ったら大丈夫なんだ」
「単純ね、まったく…」

そして楽観的。だが悲観的になるよりはいい。少なくとも、今のれいむにはこの根拠の無い自信が励みになる。

「まぁいいわ。私も何かわかったら連絡する」
「一応言っとくがこの事は…」
「他言無用でしょ?大丈夫よ。第一こんなこと話したところで心の病を疑われるのがオチよ。
とりあえず今日のところは用事を済ませて退散するわ」

そう言ってスミレは棚からCDを数枚抜き取り、鞄の中にしまった。

「…おいおいおい、何やってんだよ」
「あなたが勝手に持っていったCDを返してもらってるんだけど。
知り合いだからいいものの、やってる事は窃盗よ。手癖の悪さ、直しなさい」
「ちょっと借りただけだぜ」
「他人の所有物を無断で持って行くのを『盗む』って言うのよ」

悪びれもせずへへへと笑う里紗に、スミレは呆れて告げた。
盗みダメ、ゼッタイ。

「それにしてもワーグナーにドヴォルザーク…あなたこんなのも聞いたのね」
「ああ。何か新曲のヒントになるかもと思って研究でな…
そいつらのはなかなか良かった。やっぱ音楽はパワーだぜ!」
「音楽はメロディー、常識よ。とにかくこれは返してもらうから」

スミレはそう告げるとさっさと帰っていった。
残された里紗は、未だに眠っているれいむの頭を撫でて囁いた。

「ま、これからよろしくな」





空に薄闇、街には灯り。晩御飯の時間帯。
エレベーターのドアが開いて、中から一人の少女がひょいっと出てくる。

「んー、ちょっと買いすぎたかな…」

彼女が持つ買い物袋は大きく膨らんでいた。中にあるのは食べ物ばかり、一人分にしては多すぎる。

「まぁいいや、あいつの胃袋は…あるのかどうかもよくわからんが、なんとかなるだろ」

たたっと自分の部屋の前まで小走りしてドアを開ける。

「ただいまーっと」

返事は無い。一人暮らしなのだから当然だ。
…しかしそれは少し前までの話。

「おかえりまりさ!ゆっくりしていってね!」

奥からぽぃんぽぃんと跳ねてくるのは数日前に現れて、いついている頭だけのへんな生き物…ゆっくりれいむ。

(…うんうん。やっぱいいな、これ)

里紗はにまーっと笑って応えた。

「おう、ただいま。ゆっくりするぜ」

ただいまと言ったらおかえりと帰ってくる。
この状況を彼女はとても気に入っていた。男勝りな態度と言葉遣いをしている彼女だが、
独りで過ごす時間は人並み以上に寂しかったのだ。
彼女はれいむを気に入って…いや、家族として愛していた。

「今日はちょいと買いすぎちまったからな。イヤって言うほど食わしてやるから覚悟しやがれ」
「ゆふふ…望むところだよ!」

パンパンに膨らんだ袋を置きながらにひひと笑う里紗。その横でゆふふと不敵に笑うれいむ。
この後彼女は、大量の食料をぺろりとたいあげるれいむを見て先の心配が杞憂だったと知る事になる。



食事を終えた後は、二人で一緒にお風呂に入る。

「あー…いい湯だな」
「そうだねー…いい湯っくりだよー…」
「…まぁ、いいや。それで」

食事も入浴も本来ゆっくりには必要ない。しかし、里紗はれいむが食事をして「しあわせー」というのが好きだったし
風呂に関しては好き嫌い以前に洗っとかないとなんか気持ち悪いというのがあったのでこうして一緒に入っている。
特に何を話すわけでもなく、里紗は天井を眺めながら、れいむはぷかぷか浮かびながら命の洗濯を堪能していた。
少しすると、湯船にふよふよ漂っていたれいむが里紗の胸にぽょんとぶつかった。

「…なあ、れいむ」
「ゆ?」

里紗は天井を見たまま、胸先にいるれいむにぽつりと語りかける。

「お前さえ良かったらさ、ずーっとここにいてもいいんだぜ?」
「ゆーん…」

れいむは少し考えた。

「…でも、やっぱりみんなの事も心配だよ」

親友のまりさをはじめ、離れ離れになった仲間たち…
心配というのももちろんあったが、それ以上に会いたいという気持ちがある。

「…そっか。そうだよな、うん」

相変わらず里紗は上を見ている。その表情はれいむからは窺えない。

「変な事言って悪かったな。別に戻る方法探すのサボってるわけじゃあないぜ?」

10数秒程度経って、里紗はいつもの「にかっ」とした笑顔を向けてそう答えた。

「怪しいもんだね!」
「言ったなこの野郎!」

里紗は手で水鉄砲を作り、お湯をぴゅっとれいむにかけた。れいむの方は何かよくわからない動きで応戦する。

「てめっ、このっ…どーなってんだそれ!?」
「まりさがれいむに勝とうなんて100年ゆっくりしてるよ!」

結局その日は、長湯してしまいのぼせて床についた。





「…随分仲良くなったのね」
「ん、まあな」

後日、ハンバーガーショップで昼食を摂りながらスミレにその事を話した。
スミレの方は別段和むでも、馬鹿にするでもなく何かを考えるような表情で聞いている。

「?どうした?」
「…いや、なんでもないわ」

テーブルの上に置いてある紅茶を一口すすり、今度は「むっ」とした表情になる。

「…紅茶持ち込みって出来ないのかしら」
「何言ってんだ馬鹿。それよりお前、なんか情報ないか?あいつについての」
「あるわけないじゃない。探しようがないわ」
「なんだよ使えないな」
「貴女もでしょうに」

確かにそうだった。
人語を解する頭だけのなんかよくわからない生き物に関する情報など調べてわかるものでもない。
どうしたもんかなあと何気なく視線を泳がせると、里紗の目に一人の…女…がいた。
一瞬遅れてスミレもその…女…を見つける。
彼女は、どうやらずっとこちらを伺っていたらしく、スミレが視認するのと同時にゆっくりとした足取りで近づいてきた。

「ごきげんよう。初対面で不躾なお願いだとは思うのですが、そのお話に私も混ぜていただけないでしょうか?」

彼女はにこりと笑ってそう言ってきた。

「…混じってもワケわからんと思うぜ?」
「あら?そうでしょうか?」

彼女は小首を傾げ…とんでもない事を言い出した。

「ゆっくりれいむの事でしたら、私少しは知っているつもりなのですが」

里紗とスミレの二人は驚き、顔を見合わせる。手がかりが向こうからやってきてくれたのだ。しかも、こんな突然に。
不思議な…女…だった。
女同士でも思わず見とれるほどの、腰まで伸びた輝く黄金色の髪。
その顔と、醸し出す雰囲気はまだあどけなさの残るかわいらしい10台半ばの少女のようでもあり、
大人の魅力と若さを兼ね備えた美しい20台後半の女性のようでもあり、
完成された色気を見せる成熟した30台の淑女のようでもあり…
まるで、『少女』と『女性』と『淑女』の境界が曖昧になったかのような錯覚を覚える。

「…あんた、何者だ?」

日傘を携えた彼女は、ハンバーガーショップに不釣合いな美しい緑色のドレスの裾を持ち上げ一礼し、にこりと笑って答えた。

「申し遅れました。私、八雲 縁(やくも ゆかり)と申します」

-つづく-


この物語はフィクションです。
実在する人物、団体、地名その他あれやこれやとは一切関係がありません。

書いた人:えーきさまはヤマカワイイ

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最終更新:2009年05月06日 22:27