「おはよう、さとりちゃんっ!」
「おはよう、さなえちゃん、ぱちゅりーちゃん!」
東風谷さなえのロックバンド!
ライブから、4日が過ぎました。学校も週末になり、休みを挟んだのですが、未だにライブでの躍動感が忘れられません。
「…本当に、あれから4日も過ぎたんだね」
「…ええ。私も、信じられない」
さとりちゃんが、感慨深く呟きます。…同じ、気持ちを抱えているのでしょう。自分の右手に注目します。手で和音を弾いた感触がむずむずっと、妙な違和感と伴って指先から手のひらに伝ってきます。
ぱちゅりーちゃんも、程度の違いはあれど実感しているのではないかと推測します。あのライブの後、学校が無くて本当に良かったと思います。ぐったりして、一日中立てずじまいでしたから…。
日曜にはぱちゅりーちゃんから『打ち上げをするわよ!』と誘われて、ああ、私たちはやり遂げたんだな! と改めて心が跳ね躍る感触を憶えました。
どっとした疲労感は拭えませんでしたけどね。そのせいか、私たち以外の3人は倒れていて不参加でした。それでも、日曜に行ったカラオケや外食ラーメンが、あんなにも楽しく美味しいものだとは思いませんでした。最高、でした。
月曜は、皆学校にて思い思いに集まってライブでの感想を口々にしました。あのとき、胸に感じた衝動。あの時はうまく言葉に出来なかったけれど、月曜では大いに語り合いました。
たった一週間そこらの経験でも、十分に通用したこと。次回はいつやるか、どこでどんな曲をやるのか。
『今度こそ、MCはきちんと行いたいわね』とぱちゅりーちゃん。『まりさたちが行わせてやるよ!』と、れいむとまりさ。
それぞれの明確な方向性、それこそ音楽にのめり込んでいる程度の違いはありますが、感覚を共有した有意義な一時でした。
そして、今日…。
「おい、どんくさいさなえ! お前何クラスの真ん中で笑ってるんだよ、汚物は汚物なりに陰でコソコソしてろよな!」
教室でさとりちゃん、ぱちゅりーちゃんと笑い話し合っていると、いきなり後ろから肩をど突かれてクラスメイトから嫌なことを言われてしまいました。
さとりちゃんとぱちゅりーちゃんはそれぞれ軽蔑の眼差しを、言い返してやろうと腕を捲くってくれました。
…ありがたいです。けれど、もう私にはその必要はありません。
「…なんとでも言うがいい。お前らは、私たちとは違う特別な何かを持ってると勘違いして自惚れているがいい」
「…あ゛あ!? 調子乗ってんじゃねーぞ、お前に人権はねェーっつうの!」
「それはれいむたちに喧嘩を売っているということだな」
出てきたのは、不良のあいつら二人組でした。いつ登校してきたのやら、二人は制服にチャラチャラとつけた鎖を鳴らし、それぞれ黒と金髪のアシメ、なんかもじゃもじゃで何を主張したいかわからない髪形を前に押しやり相手を威圧し始めました。
クラスメイトは、びくびくと目が泳ぎ動揺している体付きです。
「…え、は!? なんでお前らが出てくんだよ、悪いのはさなえだろ!?」
「言ってろ。まりさたちは、素直になろうって改めて決めたんだ。今までみたいにひねくれた素直さじゃなくて、正直な素直さだぜ。
まりさは、さなえと仲良くなりたい。単純に、芸能人の娘だぜ? 気にならない、近づきたくないと言う方がおかしい。それに、…いや。ともかく、相手はまりさが受けて立とう。普段まりさたちに怯えてお前らこそ影でコソコソしている癖に、粋がっているんじゃねーぞオラ」
「…くっ」
クラスメイトは、足早に自分の席へと戻っていきました。クラスから、『大丈夫?』といった哀れみ、心寄せの声が聞こえてきました。同時に、私たちに対して批難の目線も。
…勝手に、やっているがいい。そうやって、よくわからない信条や流行を押し付けあって、ずっと互いで依存しあっているがいい。
悪いことを、悪いと言わない奴らに興味はない。…悲しい、考えだけれど。私は、この考えを絶対に出さない、押し込めるために今まで躍起になってクラスに注意を呼びかけていたのだけれど!
…もう、叶わないのかな。
「嫌われ者にも、嫌われ者なりの生き方がある」
どうしても今の出来事が腑に落ちなかった私は、教室の隅で固まっているクラスメイトに届くくらいの声量で呟き、再び仲間内で会話を再開します。
まりさたちが、私たちに近づいてきました。
「…さなえ。気にすることは、無いぜ」
「…生憎ですが、私はあなたたちの事が苦手なので。苦手よりも、嫌いです」
考えを改めようと思ったのは、あいつらだけではありません。…私も、もう少し『本当の意味で』自分に素直になろうと、そう決めました。
まりさとれいむは、悲しそうな目をします。しかし、すぐの表情を活発な明るいものに戻し、私に向いていいました。
「絶対に振り向かせてやるぜ! まりさは、諦めない!」
そう告げて、やはり例の如く足早に教室を去っていきました。次の授業は、移動しないのに。
全く、あの二人は本当にどの様な理由を持ってこの学園に入学したのでしょうか。
「…私だって。さなえちゃんを本当に好きなのは私なのよ。異性や同性だなんて関係ない、絶対に負けないんだから」
「さとりちゃん?」
さとりちゃんが、俯いた様子で何かを呟いています。しかし、その呟きの声量はとてつもなく小さいもので、さっぱり全て聞き逃してしまいました。
ぱちゅりーちゃんはそれでも何を言っているのか理解した様で、トロリとした優しい笑いを浮かべて『ファイト』とさとりちゃんの肩を叩いています。…うーん、なんだろうなあ?
さとりちゃんは顔を赤く染め上げてぷいっとよそを向いてしまいました。…ダイエットかな? ダイエットなら、確かに乙女共通の永遠の課題ですもんね! 私も応援します!
「ダイエットファイト、さとりちゃん! ぜい肉なんて燃やせ燃やせ! コレステロールは敵です!」
「…。ふんっ!」
良かれと考えて言葉を口にしたのですが、逆にさとりちゃんがさっきまでの照れた様子と打って変わって表情をまぎれもなく怒らせたものに変化させてしまいました。
ぱちゅりーちゃんも手を額に当てて『あ~あ』と肩を振っています。…二人とも、なんですかそうやって私だけ一人除け者にして!
それでいてそんな突っぱねるような態度をして、なんなんですか!
「あっははは! そんな、頬を膨らませないでよさなえちゃん! さなえちゃんが、正直疎くて安心しているの」
さとりちゃんが顔を崩し笑いかけてきて謝ってきます。しかし、私の怒りはもはや怒髪天を衝いています。
許さないもん、絶対にそう簡単には折れないもんね~だ!
「…ふっふふふ。私は、さなえちゃんはそういう心情を察することに敏感だと思っていたけれど。確かにそうなのだけれど、まだまだねさなえちゃん。もっと修行を積まないと、逃げられてしまうわよ?」
「…??」
ぱちゅりーちゃんから意味深な言葉を言われましたが、どうせいつもの適当な思わせぶりでしょう。
ぱちゅりーちゃんは様々な思考、考えを持っていますが、それ故に私を惑わせてくるのです!
「…ふふ。どうする? このまま、バンドを続行させる?」
ぱちゅりーちゃんが、尋ねてきました。…その言葉の真意は、『これから活動するんだったら、とてつもなく辛い事があるぞ』といった、問い掛けの様なものでしょう。
単純な意味ではない、ぱちゅりーちゃんの陰の部分というか、その。…それの『底意』に値する、どす黒く醜いもの。
「私は、活動を続けます」
それでも、私の答えは既に決まっていました。
「ええ、私も。後に続くようで、なんだか情けないけれどね」
さとりちゃんも、言葉を続けます。ぱちゅりーちゃんは『そう』と一言だけ口に漏らし、自分の席に戻ります。
右手で自分の髪を掻き揚げるぱちゅりーちゃん。…恥ずかしさを誤魔化すため、私たちに悟られない様にするための行動でしょう。しかし、はにかんだ、安心した表情を隠しきれていないですよ、ぱちゅりーちゃん。
…私に必要なものは、『自信』だったのでしょう。前々から、理解はしていました。自信が無いから、抵抗しているように見せかけても流されて、自分から辛い立場へと向かっていってしまったのだと振り返りました。
全てに、勇敢に立ち向かう必要は無い。わかっていた、つもりだけれど。…学園生活、全体から見渡せば楽しいものになるかわからない。
けれど、私は広い海に出てみようと思う。一つの世界に留まっていないで、様々な、広大な海にへと飛び込んで行こうと思う。
「さなえちゃん、もうチャイム鳴っちゃうよ! それに今日は宿題提出だよ、さなえちゃんやってきたの?」
「…ふ。鉛筆とは道具に過ぎぬ、生を担うは私の手」
「忘れたのね」
―…時折、失敗を繰り返すけれどね。
「あっはははは! むきゅ、何よそれ! 格好付いてるけど、全っ然格好よくないわ、情けないわね~!」
「…ぱちゅりーちゃんにとって、ベースやギター。楽器って、何ですか?」
私は、ずっと気になっていたこと。ぱちゅりーちゃんが質問攻めに遭っていた時から、心に溜めておいた事を、尋ねました。
「…別に。ただ、一番長く続いた趣味よ」
東風谷さなえのロックバンド!
最終更新:2009年05月09日 00:49