『れいむとま りさ』
第三話 無情な運命、忘れぬ愛しさ
ここではないどこか。妖怪や妖精、神に悪魔といった人ならざる者達が跋扈する世界があるという。
そこは巨大な結界によって人の世とは隔てられ、通常は出入りする事はおろか発見する事さえできない。
しかし…
「…その結界も完璧ではありません。時折ほつれや歪みのようなものが生じ、
それに伴いその近辺で局地的な気象の乱れが起こる事もあります。
おそらくれいむさんはその歪みに巻き込まれ、その世界から出て…それどころか、結界の外の世界も含めた広義での
『世界』からも外れてここ、いわば『第三の世界』に訪れたのでしょう」
「おい寝てんじゃねえ」
「…ゆっ!?寝てないよ!気を失ってただけだよ!」
「もう一回お話しましょうか?」
場所は変わり、烏丸宅。ハンバーガーショップで彼女、八雲縁に出会った里紗とスミレは
彼女をここへ連れてきた。自分達しか知らないはずの情報はもちろん、自分達すら知らない情報も
持ち合わせていた彼女にもはやれいむとの関係を疑う余地は無かったからだ。
「ええと…つまりこういうことかしら?
『れいむのいた世界(A世界)には外の世界(B世界)との隔たりである結界があって、
それに時々起こる異常に巻き込まれてこの世界(C世界)に来てしまった』、と」
「Exactly!(その通りでございます)」
「…よくはわからんが、とりあえずややこしい事態だって事はわかったぜ」
「ゆっくり理解したよ!」
最後のは多分嘘だ。
「まぁ、このあたりは割とどうでも良いお話ですので解らなくてもあまり問題ありません」
(だったら話すなよ)
「ここからが本題なのですが…れいむさん、烏丸さま。あなた方は一つの選択をしなければなりません」
おっとりとした笑みは絶やさず、しかし眼差しは真剣なものに変え、縁は二人を見据えた。
「現状まだ問題は起きていないようですが、この世界にとっての『異物』であるれいむさんがこのまま存在し続ければ
必ず良くない事が起こります」
「…どういうことだ?」
「世界そのものがれいむさんに対し排除行動を行います。この世界にとって、れいむさんが存在する事自体が
『異常事態』ですからね。たとえばこの建物に火事が起こって焼け死ぬ。
たとえば原因不明の病気が発生し、それに罹って命を落とす。たとえばれいむさんを中心とするいくらかの空間が消滅する。
少なくとも『異物』であるれいむさんは確実に消されます。そしてその周囲にも高確率で何らかの被害が発生します。
内容も規模も一切不明…この部屋が少し汚れる程度で済むのか、この星が丸ごと死ぬのか。何にせよ、喜ばしい事には
ならないのは保証しますわ」
「…想像以上にとんでもない事態ね」
淡々と語る縁。聞き入る側の三人の顔は真剣だ。
「そうならないために、お二人に選択していただきたいのです」
縁が軽く手を振ると、その手が撫でた空間が裂けた。中は闇。物陰とも、夜の暗がりとも違う怪しい闇。
「ゆっ!?ここだよ!れいむはここを通ってきたんだよ!」
「結界を張った妖怪はれいむさんの事に気づき、なんとか被害を防ごうとしたのですが
流石に異なる世界へ渡る事は出来ませんでした。
そこで『元の世界との道をつなぐ程度の能力』を持った分身を送り込んだ…それが私です。
私の役目はれいむさんを元の世界へと帰すこと。ですが、力を応用して『正常』と『異常』の
境界を操作すればこの世界にれいむさんを受け入れさせる事もできます。
しかしどちらも私の力全てを消費するので選べるのは二つに一つ…」
「…それが、選択か」
「はい。選んでください。
『れいむさんを元の世界に帰す』のか、
『この世界にれいむさんを留める』のか」
里紗とスミレは押し黙った。れいむはおろおろしている。
分かっていた。れいむに帰る意思がある以上、いつか別れが来る事は。
里紗の脳裏には泥酔して帰ってきたあの夜から今までの事が次々と思い起こされていた。
いつのまにか家に居座っていたふてぶてしい顔の変な生き物。
何かというと「ゆっくりしていってね」と言ってくつろがせようとしてくる一頭身。
なんでも食べて、「むーしゃ、むーしゃ、しあわせー」と本当に幸せそうな顔をするやつ。
家にいる間の孤独感をさっぱりと忘れさせてくれたれいむ。
一緒に寝て、一緒に食べて、一緒に遊んで、一緒に風呂に入って、一緒に笑って、一緒に…ゆっくりしてきた、友達。
嫌だ。
離れたくない。
分からなかった。みんなの所に帰れるのに、それが何故かとても辛い。
わけのわからないうちに、わけのわからない所に来て…そして、出会った。
ここに居ていいと言われて、嬉しかった。なんとかしてやると言われて、安心した。
一緒に食べたごはんはおいしかった。一緒に遊ぶひとときは楽しかった。一緒に入ったお風呂は気持ちよかった。
一緒に笑いあえて…ゆっくりできた。
ああ、そうか。
このまりさといると、すごくゆっくりできるんだ。
みんなの所に帰るということは、このまりさと別れること。
そして、二度と会えなくなること。それはとても辛い事だ。
でも、みんなに会えないのも同じように辛い。
「う…うー…」
れいむは今にも泣きそうな顔で、身体をぷるぷると震わせていた。
れいむはかつてないほどに迷っていた。そしてこんなに迷う事はこれから二度と無いだろう。
大切な友達のまりさと別れて、みんなの所に戻るのか。
大事なみんなと会えなくなって、まりさの所に残るのか。
どちらを選んでも大切なものを失ってしまう。どちらも白で、どちらも黒。
「ううう…うー…」
考えるのが苦しくなって。
もうわけがわからなくって。
泣き出しそうになったとき、頭の上にぽんと手が乗せられた。まりさ(里紗)だ。
うつむいていて、その表情はよく見えない。
「…行けよ。待ってるやつらがいるんだろ?」
静かに里紗は言葉をつむいだ。
本音は嫌だ。別れたくない。
しかしそんな我侭で、れいむと仲間の絆を断ち切るようなことはしてはいけない。
れいむはきっと決断できない。ならば自分が、スパッと決めてやるしかない。
『なんとかしてやる』そう言った。しかし自分は何もしていない、するのはこの縁だ。
それならせめて、境界の無い選択に、ぴっちり白黒つけてやろう。
「でも」
だが、せめて。
「忘れるなよ。私も絶対に忘れない。住む世界が違っても、どんなに時が流れても。
私とお前は間違いなく、これからもずっと…友達だ」
れいむを見据えるその表情はどこまでもまっすぐで、そして優しく微笑んで。
縁は無言で『道』を開いた。れいむは身体を震わせながら、その前まで飛び跳ねた。
振り返ったその顔は、涙でくしゃくしゃになっていた。
「…うん!れいむも絶対に忘れないよ!れいむとまりさは、これからもずっと…ずっと!」
遂に耐え切れずに泣き出してしまった。今まででたぶん、一番泣いた。
わんわん泣いて。泣きじゃくって。そうして少し経った後、里紗は別れの言葉を告げた。
「ああ、約束だ!…それじゃあ、さよならだ。達者で…いや、違うな。こうじゃないな」
里紗は「にっ」と笑った。
れいむも同じように笑う。
そして二人は声を合わせた。別れの言葉にはどう考えても間違っている、しかしこの二人にとってはこれ以外にないその台詞は…
「「ゆっくりしていってね!!!」」
言い終わると同時にれいむと縁は暗い道の向こうへと消えていった。
きれいさっぱり、消えていった。跡形もなく、いなくなった。
残された里紗とスミレはしばらく何も喋らなかった。
しばらくどちらも動かなかった。
しばらく経って、里紗がようやく口を開いた。
「…おいスミレ。動くなよ。動いたら死ぬぜ」
言うなり里紗はスミレに抱きつき、胸に顔をうずめた。
「…………………っ………………ぅっ…………
うぇぇぇぇぇ………うぅぅぅ…………っく…………
ぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………ぅあっ……ひぐっ……」
肩が震える。
涙が止まらない。
普段の彼女を知る者には想像もつかない嗚咽。
スミレは里紗をそっと抱きしめ、何を語るでもなく優しくその頭を撫でた。
れいむと里紗。
あるゆっくりと人間の奇妙な縁(えん)は、こうして終わりを迎えた………
でっかい空の真ん中に、まんまる太陽輝いて。今日は秋晴れ、収穫日。
ゆっくりの作った田んぼには黄金色の稲穂が踊っている。
「いっぱい実ったね!」
「ゆっくりできるよ!」
「やったねみんな!」
ゆっくり達は口々に喜びの言葉を発する。みんなで作ったみんなの田んぼ。
みんなで作ったはじめての稲。その場は一体感と達成感と、そして歓喜に包まれていた。
「…でも、れいむはまだ見つからないね…」
しかしその喜びも、それを思い出すと素直に受け入れられないものがあった。
田んぼの様子を見に行くために、嵐の中に飛び出したれいむ。
嵐の後にみんなで一生懸命探したが、遂に見つける事は出来なかった。
「…大丈夫だよ!れいむはきっと戻ってくるよ!」
「ただいま!」
「そうそう、こんな感じで…………!」
一同は一斉に声のした方を振り向いた。
噂をすれば影が差す。
そう、そこにはずっと探し続けたれいむの姿が…
「「「ゆわああああああああああああ!」」」
「ゆ!?」
れいむ以外の全員が怯えた声を上げた。
「おばけだああああああ!」
「こわいよおおおおおおお!」
「ゆーれいだあああああああ!」
「………」
どうも、れいむを幽霊だと勘違いしたようだ。
みんなは口々に怖い怖いと叫んでいる。
そんな中、みょんだけが半分悲しそうな顔をしていた。
「みんな落ち着いてね!おばけじゃないよ!」
「でも、でも…!」
まりさががくがく震えながられいむの方を見て、言った。
「足が無いよ!」
「もとから無いよ!みんなにも無いよ!」
その一言に、全員がはっとする。
( そ う い え ば ! )
だがまだ半信半疑のぱちゅりーが、恐る恐るれいむにたずねる。
「れいむ…ウサギさんの目が赤いのはどうしてかしら?」
その問いに、れいむはゆっへんと答えた。
「ゆっくりしてるからだよ!」
その答えを聞いてみんなの表情が疑念から喜びに変わっていく。
間違いない。こう答えるのは本物の…
「れいむ!」
「れいむだ!」
「「「れいむううううううううう!」」」
みんなが一斉にれいむに群がり、すりすりする。
行方不明だった仲間の帰還を、全員で力いっぱい喜んだ。
「よかったあああああああ!」
「心配したのよ!バカ!バカ!アンコ!」
「おかえりーーーー!」
「またみんなとゆっくりしてようね!!」
みんなが喜びの言葉をかける中、まりさはふと浮かんだ疑問を口にした。
「でもれいむ、今までどこに行ってたの?」
れいむは少しだけ目を閉じ…ゆっくりと笑って答えた。
「そうだね、みんなにも聞かせてあげるよ!れいむに出来た、ゆっくりできる友達のお話を!」
「あぁーーー………………やる気出ねえーーー………」
里紗はその日も絶不調だった。れいむが帰ってから数日、喪失感からずっとこの無気力状態が続いている。
「ちょっと里紗ー。いい加減元気出しなよ、何があったか知んないけどさー」
「ほっときなさい飛鳥。どうせそのうち戻るわよ」
「ユリちゃんひどーい」
テーブルに突っ伏している里紗を尻目に、他のメンバーは勝手に練習を続けた。
しばらくして、練習室のドアが開く。リーダーの坂上 優(さかがみ ゆう)が入ってきた。
「みんないるわね?こないだ言ってた新しい子を連れてきたわ」
「おー、待ってましたー」
ぱちぱちぱち。里紗以外の二人の拍手が響く。
(新メンバーかー…そーいやそんな事言ってたなー…)
どんな子だろう。相変わらずやる気は出ないが少しは気になったので、
テーブルに伏せたままとりあえず顔だけ入り口の方に向けた。
「すごくかわいい子だけど、一目ぼれしちゃダメよ?さ、入って」
そして一人の少女が入ってきた。
その姿を見た時…里紗に衝撃が走った。
「おー、かっわいいー。私、二川 飛鳥(にかわ あすか)。よろしくぅ!」
「…倉八(くらはち) ユリよ」
「あんた達が先に挨拶してどうするのよ。こういうのは新人さんがまず名乗るものでしょう?
ごめんね落ち着かない連中で。じゃ、自己紹介してくれるかしら?」
確かにかわいい子だった。似ているような、いないような。
これは一体何の冗談だろう?
黒い髪をなびかせて、後頭部に大きな赤いリボンを付けたその少女の名は…
「はじめまして、駒ケ嶺 睦月(くがれい むつき)です!よろしくお願いします!」
別れを経て、仲間達と再会したゆっくりれいむに――
別れを経て、新たな出会いを得た烏丸里紗に――
――ゆっくりしていってね!!!
-おしまい-
この物語はフィクションです。
実在する人物、団体、地名その他あれやこれやとは一切関係がありません。
…実在しない人物とかには、関係があるかもしれません。
全三話お付き合いいただきありがとうございました。
書いた人:えーきさまはヤマカワイイ
- 戻って来たときのゆっくり達の反応が面白いw『そういえば』ってw
大変良いお話でした -- 名無しさん (2009-05-13 20:39:14)
- 二川 飛鳥(にかわ あすか)の名前に隠されている東方キャラの名前がわかりません。解った方いますか?他はわかったのですが・・ -- 名無しさん (2009-06-25 00:30:21)
- カワシロニトリですね、確かにこれは他のより難易度高い -- 名無しさん (2009-06-25 01:09:09)
- 恥ずかしながら「倉橋ユリ」の東方キャラがわからないのでわかった方はおしえてください。
-- 名無しさん (2012-06-18 17:48:09)
最終更新:2012年06月18日 17:48