レアゆっくりハンターMARISA

※新種のゆっくり注意







「――という訳なんだ」

魔理沙はそこまで話すと卓袱台の上に置かれた湯飲みを手に取り、一口お茶を含む。
これは珍しい事だ、と魔理沙は感じた。

最近は私なんかに新茶を出す事などトンと無かったというのに、今日は何故かその無かった事が急に起こった。
今日の霊夢は機嫌が良さそうだ。
意図してかせずかは知らないが、そんな含み笑いを見せる。

対する霊夢もズズッとお茶を一飲みした後、余り興味の無さそうな顔で答えた。

「で、そのレア何とかってやつなんだけど」
「レアゆっくりハンターだぜ」
「そのレアゆっくりハンターだけど、具体的にどんな事するの?」

好し!!
あのモノグサ巫女の事だ、最悪詳しい事すら聞かずに興味が無いと返される可能性も有ったが何とか成りそうだ。

「勿論、未だ見ぬ貴重なゆっくりを発見するに決まってるだろ」
「何それ、発見してどうするの?退治するの?」

一気に話を進めようと前のめりになって話す魔理沙の勢いを殺すかの如く、冷淡にそう返す。

「ハァ?何でいきなり退治する事になるんだよ?」
「だって、あれって妖怪じゃないのかしら」

またこれだ。
以前にツチノコを発見した時も、この巫女は迷う事無く退治しようとしていた。
最近、この霊夢という人間は、暫く妖怪を退治しないと死んでしまう呪いにでも掛かっているんじゃないかと疑いたくなる。

「なぁ、お前って何でそう直ぐ妖怪を退治したくなるの?死ぬの?」
「そうよ、私の前世はマグロだったから」

マグロ?
その名前を聞いて直ぐにはピンと来なかったが、以前香霖が言っていた動きを止めると死ぬという魚らしい。
私自身も本で見知った程度の知識は有る、海の魚だった筈。
海の無い幻想郷だけに、滅多な事ではお目に掛かれない。
淡水魚以外の魚は、たまに三途の川に流れ着いたのがどうとかで見掛けたりするくらいだからだ。
川なのに海の魚が流れ着くとは奇妙な場所である。
はっきり言ってデタラメとしか言いようが無い。

後は、紫辺りが宴会の席で持ってくるのを期待するくらいか。

「そうですね霊夢さん。魚の様な無感情な眼をしている辺り、何処と無く似ていらっしゃる」

いつもの様に皮肉で返す。
が、魔理沙は全然話が進まない事にハッとした。

このままでは、こんなくだらないやり取りで日が暮れてしまうじゃないか――と。
もしやそれが狙いか、霊夢め。

「もう良い!!グダグダ言っていないで出掛けようぜ」

行灯とした空気を払拭するために、魔理沙は座っている霊夢の腕を半ば無理やり掴み立ち上がらせる。

「ちょっと、一体何処に出掛けようって言うのよ?」

強引な行為ではあったが抵抗する素振りも無く湯飲みを置き、しょうがないといった感じで立ち上がった。
結局はいつもの事だ。

「何処って、レアゆっくりを探す旅に決まってるじゃないか」
「そんな事言って、当ては有るの?」
「当たり前だろ、そんなの昨日の内に計画的に決めて有るぜ」

言うが早いか、魔理沙は箒を手に取るとそれに跨って空へと飛び立つ。
霊夢も呆れ顔で後に続く。

「まずは妖怪の山だ!!」

もちろん、今決めたことだ。






妖怪の山に若干入り込んだ所で、いつもの様に白狼天狗の椛が出てきた。
二人は山の上の頂上に有る神社に用が有ると言う。
半分嘘で、半分は本当である。
椛は少し困ったような反応を見せたが、余り道を外れないように。二人が尋ねてきた事は文に報告しておく。とだけ残して消えていった。
そのまま二人は頂上の守矢神社目指して飛んで行く。

「おーい、早苗。お参りに来てやったぜ」

神社に着くなり、魔理沙は大声でそう叫んだ。
境内にその声が木霊し、暫くしんとした後、奥の方から人影が出てきた。
案の定、早苗である。
だが、少し慌てた様子で息を切らしていた。

「ハァ…ハァ…。あっ、霊夢さんに魔理沙さん。こんにちは」
「こんにちは。どうしたの早苗、息なんて切らして」

その様子に霊夢はそう切り出す。
早苗は胸に手を当てて、二、三度深呼吸をした後、息を整えてこう返した。

「それが、諏訪子様が見当たらなくて。お昼ご飯になっても帰ってこないんです」

何だそんな事か。
と、神社を尋ねた二人は呆れ顔でそう思った。
子供でも有るまいし、お昼ご飯に帰ってこない程度でこんなになって探し回るとは。

「相手は神様なんだぜ、そんな……」
「でも、いつもはこの時間になったら一度は帰って来るんですよ」
「うーん、たまにはそういう日も有るだろうし……」
「そうは言っても、もし諏訪子様の身に何か有れば」

言葉を遮られ、真剣な眼差しでそう返されては無責任な発言をするのも憚られる。
しかし、あの神様の身に何か有ればとは中々に考え付かない。

妖怪の山では最早信仰の対象の一部で有る訳だし、襲う者など存在するのか?
そもそも襲われた所でそこいらの魑魅魍魎どころか、名うての上級妖怪でもマトモな戦いにすら成らないのでは無いだろうか?

そう思いはすれど、それを口に出すには少々場の空気が重すぎた。

「判ったぜ、それなら私達二人も探しに行ってやる」
「本当ですか!?」

魔理沙のその言葉に早苗の表情は一気に明るくなる。
実はこの後、人里に向かい神事を行わなければ成らないようで、これ以上探している時間はないらしい。

「霊夢さん達なら安心です、申し訳有りませんがお願いします。」
「困った時はお互い様よ」
「そうですか、ありがとうございます。
 それと、お礼代わりといっては何ですが諏訪子様を連れ帰った後、晩御飯食べていって下さい。私は夕方には戻りますので」

矢継ぎ早に、早苗はそう言い残して人里の方へと飛んでいった。
その後姿を見送った後、霊夢は魔理沙の方へ振り返る。
やはりそうか。

「良かったわね、妖怪の山を散策する良い口実が出来て」
「何だよ、私は純粋な善意でだな……それにお前だって、「晩御飯をごちそうして貰える、しめしめ」とか考えているんだろ」

したり顔の魔理沙に霊夢が呟くと、慌てて弁解を始めた。
霊夢はやれやれといった風に、話を半分も聞かずに近くの森の中へと飛んでいった。

魔理沙も慌ててそれを追う。
何故この方向なのか?
と、霊夢に問いただす事も無かった。
どうせいつもの勘だ、神通力でも篭っているんじゃないかという程度の。
早苗にしても「魔理沙さん達」ではなく「霊夢さん達」と言っていた辺り、その信頼度は伺える。
ちょっと悔しい事では有るが。











森に踏み入って半刻もしない内に、何処からか変な声が聞こえてきた。
二人は眼を合わせ、何も言わずに頷くと声のする方へと歩いて行く。

「ケロ…ケロ……」

何やら蛙の鳴き声の様なモノが聞こえる。

「諏訪子なのか?」

魔理沙は言う。
早速の目標物発見の期待に何処か嬉しげである。
流石は博麗の巫女の力だぜ。と、でも言いたげだ。

そんな様子を霊夢は横目で見ながら、

「あの神様だって、何時もケロケロ言ってる訳じゃないのよ」

と、相変わらず期待を打ち砕くような事を返す。

そのまま二人は足音も立てず茂みの中を進むと、少しばかり拓けた場所に出た。
其処には何やら黄色い帽子の様なモノが一つ落ちている。

これは怪しい。
二人は何の合図も無く、揃って足を止めた。
妖怪退治を生業とする二人だけに、こういった場面では周囲に対する警戒を怠る事は無いようだ。

「……周りには何もいないか」

数瞬、辺りの様子を伺い危険も無いと判断すると、我先にとばかりに魔理沙は歩を進め、その帽子を拾おうとする。

「これって諏訪子の帽子か?しかし何だってこんな所に……ッ!?」

その帽子に近付いて手を伸ばし掛けたその時、地面に置いて有るだけの筈であるそれが確かに動いた。

やはり、あの帽子が本体だったかッ!!?
一瞬、そんな考えが頭をよぎる。

いや、その帽子が大きかったせいでよく見えなかったが、何やら帽子の下にバレーボール大の変な丸い物体が存在していたのだ。

「ケロケロしていってね!!」

その謎の物体は急に振り返り、突然大声でそう叫びながらピョンピョンと跳ね廻る。
突然の事に肝を冷やしたのか、魔理沙は「うわぁぅ!!」などという素っ頓狂な声をあげ尻餅を付く。
それにも構わず、謎の球体は「ケロケロしていってね」と連呼しながら魔理沙に近付き、
それに対して魔理沙は腰が抜けているのか「あ、あ……」などという変な声を挙げながら後ろにズリズリと後退して行く事しか出来なかった。

その様子を少し離れた場所で見ていた霊夢ではあったが、冷やかな視線を浴びせつつも、実はその有様を楽しんでいるようでもある。

「残念ね、諏訪子じゃなかったわよ。その代わり、あなたの探していたレアゆっくりみたいだけど」
「ゆっくり……ああ、こいつゆっくりだ。ゆっくりすわこだ!!」

急にそう叫んだせいか、魔理沙に近付いていたゆっくりすわこがビクリと身を震わせ近くの木の影に飛び跳ねながら隠れていった。

何とか冷静さを取り戻した魔理沙は立ち上がると、パンパンと服に付いた砂を手で払い始める。
そして、ちょっと顔を紅くしながら「霊夢に恥ずかしい所を見られたぜ」とか「でも、いきなりあんな帽子が向かってきたら普通ビビルだろ?」などと一人言を呟く。
不測の事態なんだからしょうがないじゃないか。といった風体だ。

そんな様子を、ゆっくりすわこは木陰から不思議そうな顔で眺めている。

「あーうー、お姉さん達は何処から来たの?ケロケロ出来る人?」

大声でビックリはしたものの、余り警戒心も無く顔を覗かせてそのゆっくりは問い掛けてきた。

「ん?ああ、山の外から来たんだよ。ちなみにケロケロ出来るかは判らないが……」
「じゃあ、ゆっくりする人なの?」
「まぁ、どちらかと言えばゆっくりする方かな。」
「あーうー♪」

何が嬉しかったのか判らないが木陰から出て、魔理沙の方へと近付いていく。
魔理沙の方も嬉しそうに飛び跳ねてくるそれを抱きとめて、懐から何やらお菓子のような物を取り出す。
恐らくはゆっくりを見つけた時のために用意していた物だろう。

「やっぱりゆっくりは可愛いなぁ。霊夢、お前も触ってみろよプニプニしているぞ」
「ケーロケロ♪」

帽子が邪魔で頭を撫でる事が出来ないが、口の下の顎の辺りを撫で回すと嬉しそうな声を挙げる。
それが気に入ったのか、魔理沙が段々と速度を早めていくと「あぁううぅぅぅぅ♪」と言いながらプルプル震えている。

相変わらずよく判らない生き物だと霊夢は思った。

そんな二人が楽しそうにじゃれあっているのを傍目に、霊夢は周囲を見渡し何かを探している。

「なぁ、霊夢ぅ……」
「もう五月蝿いわねぇ。何だかこの近くに諏訪子の気配が感じられるんだけど、あなた達のせいで乱れてばかりよ」
「ゆっ?諏訪子なら居るよ!!」

諏訪子という言葉に反応し、すわこは魔理沙の腕から霊夢の方へと飛び跳ねてそう答える。
霊夢は少し苦笑しつつも穏やかな声で、

「ごめんなさいね、あなたの事じゃないのよ。何て言ったら良いかしら、身体の有る諏訪子……その娘を探しているの」

ゆっくりにも出来るだけ判る様に説明する。
それを聞くと、ゆっくりすわこは少しだけ考えるように動きを止め、パッと表情を明るくするとまた飛び跳ねた。

「あーうー、その諏訪子なら知っているよ。皆とケロケロしているよ」

本当に?
霊夢は一瞬驚きの表情を見せたが、どうせ体付きの特殊なゆっくりというオチだろうと考え直して表情を戻す。
だが、魔理沙の方は「やったぜ、これで諏訪子も発見だな」と言い、ゆっくりに案内して貰えるようにお願いした。
そのまま二人は霊夢の承諾も得る事無く、もう奥の方へと進み始めている。

「どうしたんだよ、早く来いよぉ!!」
「……まぁ、別に時間も有るし、暫くゆっくりと散歩するのも良いかしらね。」

何かを諦めたような様子でポツリとそう呟くと、霊夢は二人の後を付いて行った。










「ケーロケロ♪」
「ケロケーロ♪」

ゆっくりすわこが歌い出すと、魔理沙もそれに合わせて歌い始める。
二人は山のピクニックにでも来ている気分なのだろうか。

一緒に歩く霊夢では有ったが、そのテンションには流石について行く気力は無かった。

「お姉さんも一緒にケロケロしようよ♪」
「そうだぜ霊夢、お前も歌えよ」

二人が揃ってそんな事言うものだから、何だか頭まで痛くなってくる。

そんな調子でゆっくりに合わせたゆっくりペースで歩いていると、何やら川のセセラギとでも言おうか、水の流れる音が聞こえてきた。
それに気付いたのか、ゆっくりすわこは急にその方向へと素早く飛び跳ねながら進み始める。

「こっちだよお姉さん達、ゆっくり付いて来てね」

これは速い、と二人は思った。
ゆっくりにしては異常とも思える跳躍力でピョンピョンと跳ねている。
ゆっくりすわこの言う通り、ゆっくり付いて行っては見失ってしまう程のスピードが出ている。

「ゆっくりすわこ、跳躍力が高く、それに比例してスピードも他のゆっくりより速い――と」
「何よ、それ?」
「これか?ゆっくりメモという物だぜ」

魔理沙は駆け出しながらも何やら手帳を取り出し、メモを取っていた。
ゆっくりの特徴をメモしているらしい。

ただ単にゆっくりを見つけるだけじゃなく、それなりに観察もするのね。と、霊夢にしては感心していた。

「っゆぅ~!!」

メモを取ったりと、ゆっくりから少し遅れていた二人で有ったが、その声にハッとした。

ゆっくりすわこに何か起きたのか!?

スピードを上げて駆けていくと、直ぐに河川岸に辿り着き二人は止まる。
周りを見渡しても、ゆっくりすわこの姿は何処にも見えなかった。

「あっ、あそこ!!」

霊夢が指を指す方向に眼を向けると、ゆっくりすわこが川に流されている最中であった。

「あいつ、勢い余って川に落ちたか!?」

それを確認するとすぐさま肩に担いでいた箒に跨り川下の方へと飛んでいた。
霊夢も少し遅れて後を追う。

川の流れは速い、激流一歩手前のスピードだ。
だが、二人のスピードなら十分追いつけるレベルではある。

「大丈夫か、すわこ!?」

そのままゆっくりすわこの上まで追い付き、そう問い掛ける。
川の流れの中、すわこのあの変な帽子だけが顔を出していた。

本体はもう、ブヨブヨにふやけて川の中に沈んでしまったのではないか!?

そんな嫌な想像が頭をよぎる。

「ケーロケロ♪」

心配を他所に、ゆっくりすわこはくるりと仰向けに反転し空を見るような体勢で笑い掛けてきた。

「……思いの他大丈夫そう。というより、結構楽しそうね」
「そうは言うがな霊夢、この先を見ろ!!」

前方に眼をやる。
何という事だ、川が途切れている。
正確にはこの先は滝になっており、近付くにつれ水が湖面に叩き付けられる音が大きくなっていく。
なるほど、水の流れが速い筈だ。
先ほどから流れは加速している。
最高速でも付いて行くのがやっとの程まで速くなっているのだ。

「早く助け無いと!!」
「でも魔理沙、助けようとして水の中に落ちちゃったらどうするのよ」

ゆっくりはアレでいて結構重いのである。
掬い取るように川面から助け出そうにも、その時にバランスを崩して水面に落ちる確率は高い。
自慢ではないが、二人とも泳ぎが得意という程でもなかった。
そこから更に、滝に差し掛かる前に空中に飛び出せる余裕が有るか判らない。

「魔理沙、あなたは川の切れ目に先回りしてあの子を受け止める準備をして!!」

突然、霊夢が指示を出した。
具体的な事は判らない、だが何かしらの考えが有るのだろう。
そう判断してすぐさま滝の方へと向かう。

耳を引き裂かんばかりの轟音が聞こえてくる。
ゆっくりが滝壷へと落ちていくのに数秒と掛からぬ地点まで差し掛かっている。

――エクスターミネーション!!

すわこが落ちるか落ちないかという地点で、そのスレスレに霊夢が何やら弾幕を放った。
それは水面にぶつかると、大きな音を立てて爆ぜる。

「あーうー!!」

その爆発によって滝つぼへと落ちずに前方へと投げ出されるゆっくりすわこ。
空中で錐揉み状に回転し、眼を廻す。

結局はそのまま落ちるかに見えたそれを、空中で捕らえる影があった。
魔理沙である。

「全く、心配させやがって」

最高速で飛翔したため乱れた帽子を直しながらそう呟くと、腕に抱えたゆっくりは子供みたいに笑い、

「ゆ~、凄いよお姉さん達、すわこお空を飛んでいたよ!!」

と、嬉しそうに語り出した。

「本当に、人の気も知らないで」

追い付いていた霊夢も、疲れた様子でそう愚痴を零す。
しかし、それは怒っている様子でも無く、何処か嬉しそうに魔理沙に抱かれていたゆっくりを見つめていた。

「……ん?」

ふと下に眼をやると、何やら滝壺の周りに変な物体が大量に蠢いている。
蛙だ、怖ろしい程の蛙が滝壺の周りに群生しているのだ。
他にも何やら――変な帽子が、というより大量のゆっくりすわこが蛙と一緒に跳ね回っているではないか。
どちらも、霊夢や魔理沙と同じ背丈はあろうかという巨大なモノまで存在している。

そして、その囲みの中央。
滝壺の水面の上に人影が見える。

「えっと、あれって……」
「ああ、諏訪子だ。間違いない。本物だぜ!!」










諏訪子を発見した後は、滝をそのまま飛んで下降し、湖面に叩きつけられ舞い上がる水飛沫が飛んで来ない場所に着地する。
近くには沢山の蛙やゆっくりすわこが居た。
魔理沙が腕に抱えた子供のゆっくりを気付いてか、親と思われるゆっくりとその子供達が近付いてくる。

「すわこ何処に行っていたのよぉ!!」
「ぁーぅー、ぉねぇちゃーん♪」
「ゆっくりけろけろちていってね」

やはり家族のようだ。

「ケーロケロ♪おかーさん、すわこお空を飛んだんだよ」

子供達を少し離れた場所で待機させ、心配して駆け寄って来た親にそう笑い掛けながら返す。
親のゆっくりすわこは見慣れない人間を少し警戒しているのか、若干距離を於いて様子を伺っているようだ。
そんな様子に気付いたのか、魔理沙はゆっくりすわこを地面に置くと「行ってやりな」と優しく語り掛ける。
すわこの方も少しだけ魔理沙の方を振り返り、意図した事に気付いたのか母親のゆっくりすわこの方へと跳ねていった。

「す”わこ”ぉぉぉ」

余程心配していたのだろうか、跳んで来た子供すわこを抱きとめると急に泣き出してしまった。

「ゆっ、おかあさん、何で泣いているの」

当の本人は、母が何故いきなり泣き出したのか理解出来ない。
いつの間にか兄弟か姉妹かは判らないが、他の子供達と思われるゆっくりすわこがその周りに集まっていた。
どれも嬉しそうにピョンピョンと飛び跳ねている。

そんな仲睦まじく寄り添う家族の様子を眺め、魔理沙は何処か物憂げな表情だ。

珍しく家族の事でも思い出したのかしらね。
普段は不遜で豪胆に振舞っていても、それなりには少女らしいセンチメンタルな部分は残っているらしい。
と、少し離れて一部始終を見送っていた霊夢は思った。

「麓の巫女と白黒の魔法使いか。お前達二人がこんな辺境にまでわざわざやってくるなんて、不思議な事も有るもんだね」

ふと後ろから声が聞こえたので、振り返ってみると、案の定それは守矢の神・洩矢 諏訪子であった。
あっけらかんとしたその表情に、霊夢は少し呆れた素振りで、

「不思議な事って……遠路遥々あなたを探しに来たのよ」
「私を?何か急用でもあるのかしら?」

霊夢は一部羽織りながらも、早苗が心配していた事。途中でゆっくりすわこを発見し、ここまでやってきた事を伝えた。

「そうだったの、わざわざ済まなかったね。ここの皆で、楽しく大合唱していたので時間なんて忘れていたよ。早苗は怒っているかなぁ」
「そうね、今頃は人里で大量の蛇でも集めているんじゃないかしら」
「あーうー」

思った以上に驚く諏訪子を見て、「冗談よ」とだけ返して周りを見渡す。
滝の水飛沫が霧状に舞い散る中、大量の生物が蠢いていた。
様々な色と種類、大きさの蛙・蝦蟇が。ここに連れて来た種類と同じものだけだが、大小様々のゆっくり。

「しかし、大合唱ねぇ……」

滝壺の周りに群生しているそれらは、自らを表現するかの如く思い思いの鳴き声を挙げていた。
蛙の「ゲコゲコ」やすわこの「ケロケロ」はまだ良いのだが、ウシガエルでも混ざっているのだろうか、たまに「ンモウオォォォォ」などと聞こえてくるから脱力ものだ。
霊夢であれば小一時間聞き続けていれば、余りの騒音に退治しかねないレベルである。
こんな場所でゆっくりなんて冗談じゃない。

「ふふ、可愛いものだろう」

そんな生物達の様子を見つめながら諏訪子はそう言う。
「流石にそれは無い」と、返すべく諏訪子の方を向いた霊夢は、一瞬言葉に詰まった。
楽しそうに合唱している蛙やゆっくりを見つめながら眼を細めるその横顔は、感慨深い何かを持っていたためである。
思えばこれらの蛙も、突き詰めれば諏訪子の産み出した「子供みたいなもの」なのだろう。
正直、坤や乾を創造するというのも具体的にはよく判らないし、天や地が創造できたら生物も作れるのだろうか。
そもそも何処から何処までがこの神様や神奈子の創造したものなのかは不明だ。
取り敢えずは、蛙というのは諏訪子に近い何かなのだろうというのは最近理解した。

「……そうね」

なので、社交辞令としてそれとだけ返す。

「ところであのゆっくりだけど、あれはあなたが作ったのかしら?」
「まさか……私とてあのようなモノは作り出せない。」
「そうなの?早苗曰く「坤を創造出来る」らしいからあれくらい創り出せるのかと思ったけど」

霊夢のその冗談じみた発言に、諏訪子は声を挙げて笑う。

私、何か面白い事言ったかしら?
霊夢は不思議に思った。
まぁ諏訪子が作ったとしても、ゆっくりすわこだけなら兎も角、人里周辺の森に生息するゆっくりれいむやまりさといった別種まで作る意味は無いか。
と、頭の中で勝手に納得した。

「うーん、それにしても変な生物よね。知ってるかしら?あの中身って餡子だったりするのよ?」
「ほぅ、それはまた珍妙な生物だね。幻想郷とはそのような生物まで存在するのか?」
「流石にそんな生物は他にいないわよ。
 でも、そうねぇ……脳味噌の無いのに色々と思考出来たりする吸血鬼も存在するし、似たようなのは沢山居るから余り違和感は無いけど」
「ふむぅ」

水辺の手頃な石に座りながら、そんな風に、滝を降りしきるように落ちてくる滝の流れを見つめて他愛の無い会話をやり取りする。
魔理沙はというと、ゆっくりすわこに懐かれたのか、遠くの方で大量のゆっくりと戯れている。

「しかし、全てを受け入れると言われる幻想郷とはいえ、大量にあのような謎の生物が湧けば、存外に食物連鎖が狂ってしまったりするのではないか?」
「大丈夫よ、ゆっくり達は基本的に蟲や草といったものしか食べないし、幻想郷の自然もそれくらいを受け入れられない程に弱くは無いから」
「そうなのか、それならば良いのだが」
「でも彼女ら、食物連鎖的には結構下の方だけどね」

いつの間にかピョンピョンと、先程のとは別のゆっくりすわこが飛び跳ねてきた。
「ゆっゆっ♪」や「あーうー♪」などと言いながら、諏訪子の膝の上に飛び乗る。
諏訪子も笑顔でそれを迎え入れる。

「それも致し方なかろうな、強者も居れば弱者も居る。それが理というのなら、私にはそれを邪魔する道理は無い
 そもそも、私達自身も多くのものを喰らって生きている訳だし」
「ふーん、神様って自分の気に入ったモノには誰にも侵させない的な、傲慢な思考が有るのかと思ったけど」
「ははっ……確かに、何かを守るために禁忌を定め行動を制限する事や、巫女や預言者を使い問題を仲裁する事も有る。
 時として異教との戦いが起これば、崇める者達に神徳を与え助ける事も有るが。」

膝の上に居るすわこの頭の後ろの辺りを撫でてやると嬉しそうに「ケーロケロ♪」と歌い出す。
諏訪子もそれに合わせて少しだけ「ケーロケロ♪」と歌ってやる。

「そうは言っても、何事にも限度や尺度は存在するものさ。それを間違えば悲しい事になる事を、私や神奈子は知っている。
 自分を信じる者や傍に居てくれる者を守ろうとしたある昔の神は、東に病が流行れば自ら出向いて直し、西に敵が現われれば全てを自らの手で討ち果たした。
 それがどういう結果を招くのかすら知らずにな……。
 時が経ち、己の足で歩けなくなったその人間達の文明は滅び。そして信仰を失ったその神も同じ様に、異教徒から邪神として淘汰されて歴史の中に消えてしまったよ」

切ない事だな。
最後に諏訪子はそう付け加えた。

いつに無く真剣な話だ。と感じた。
霊夢は巫女という神と最も近い人間という立場でありながら、自堕落な事に余りそういった思案や会話をした事は無い

そういった、「見守る」といった部分はやはり神としては大切なものなのかしら。
出来るのにやらないと言えば語弊が出るか――自分が行えば解決出来る。だが易々と自らが出て行く訳にもいかない。
そういったジレンマというものだろうか。兎に角、神というものは色々と抱えるものが多そうだ。

もし自分だったら、色々と我慢出来ないだろうな。
霊夢は改めて人間で良かったと思った。

「しかしまぁ、自然の摂理を外れぬのなら口出しなどはせぬが、面白がって蛙を氷付けにする何処ぞの妖精のようなのも居る事だ。」
「チルノの事ね……この前、文々新聞に大蝦蟇に飲み込まれたって書かれていたけど……」
「ふふ、そうか。因果応報、それに懲りたら行いを改めて欲しいものだな。
 それに、そのような輩はそう居ないとは思うが、もし似たような命を粗末にする不届き者が身近に多く出てくるようなら……」
「出てくるようなら……?」
「……久方ぶりに、祟り神としての本領を発揮する事になるかもしれぬな」

その言葉を呟く諏訪子の横顔を見た霊夢は、背中に電流にも似た寒気を感じた気がした。
膝に乗っていたすわこも、同じく何かを感じたのか、ブルブルと震え出している。
それに気付いたのか諏訪子はその子供を持ち上げあやしだし、すわこの方も「あーうー、おねえちゃーん♪」と笑顔でそれに答える。
そして、霊夢の方を向き直ったかと思うと「冗談よ」とだけ返して、ペロリと舌を出したかと思うと、ゆっくりすわこと駆け出していった。
なるほど、先ほどのお返しらしい。

しかしながら、本人はそう言ったものの実際そんな人妖が現われれば、それは恐らく冗談では済まないだろう。
恐ろしいものである。

だが、ここは妖怪の山。それも、ここまで奥まった場所だ。
まず人間なんて入ってくる事など有り得ない。私や魔理沙、後は早苗と咲夜以外は。
妖怪にしても、こぞってゆっくりを襲うものなど、存在しないだろう。
今では人間すら怖がらそうとしない連中ばかりだからだ。
紫曰く、襲うのは駄目だが、怖がらせる程度ならそれが妖怪の存在意義なので行うべき。らしい。
私が見掛ければ、勢い余って退治してしまうかもしれないが。

まぁ取り敢えずこの周辺は、当分はゆっくりと蛙の楽園のようなものであろう。

しかし、先ほどの諏訪子の凄みは――自分に向けられたものではないというのに恐ろしいものであった。
諏訪子といい、神奈子といい、普段は接し易いロリっ娘であったりフランクな神様だったりするが、やはり神話の時代から生きる神様だ。

霊夢は、向こうの方で魔理沙と一緒に蛙やゆっくりと楽しそうに遊んでいる諏訪子の姿を見て、ふとそんな思案をしていた。










余談

日も暮れ、もう直ぐ夕食となる守矢神社の食卓

諏「お腹すいたよ~。早苗、今晩の夕食は何なの?」

早「今日は人里で頂いた物が沢山有るので豪華ですよ」

霊「へぇ、例えばどんなのが有るのかしら?」

早「前菜は鯛の軽いマリネと春の魔法の森風サラダ添え、スープには山菜乾貨(かんぶつ)で出汁を取り七草を散りばめた神の粥的なスープ。
  メインには蜂蜜とグレープフルーツソースで蒸した鶏と夜雀のグラタン添えに、御柱で彩られた永夜風ヤツメウナギの赤ポルト酒ソース煮。
  デザートには魔理沙さんから頂いた、ゆっくりすわこの水羊羹グラッセですね」

諏「……えっ、何だって?」

早「前菜は鯛の軽いマリネと春の魔法の森風サラダ添え、スープには山菜乾貨(かんぶつ)で出汁を取り七草を散りばめた神の粥的なスープ。
  メインには蜂蜜とグレープフルーツソースで蒸した鶏と夜雀のグラタン添えに、御柱で彩られた永夜風ヤツメウナギの赤ポルト酒ソース煮。
  デザートには魔理沙さんから頂いた、ゆっくりすわこの水羊羹グラッセです」

神「客人も居る事だし、豪勢にしてみたのさ」

諏「えっ、いや……」

霊「……ゆっくりすわこって」

魔「勘違いするなよ、霊夢。ゆっくりすわこの親の方から「子供を捜してくれたお礼に、少しだけゆっくり食べていってね」って言い出したんだから。
  私は痛いだろうから遠慮するって言ったんだけど、「優しいお姉さん達にどうしても食べて欲しいの」とか言うものだから」

神「へぇ、よく判らないけどあの妙な生物にも恩義に対する殊勝な精神が有ったんだね」

魔「だから私はなるべく生活の支障にならない部分を切り出して、代わりに持ってきた餡子を詰め、切り出した際の皮を水で溶かした小麦粉で張り直したりしたんだぞ」

霊「ふーん、あなたにしては中々細かいのね。でも何で慌てているのかしら?」

魔「それはお前と諏訪子が怖い眼でこちらを見たからだろうが」

諏「でも、水羊羹の中に普通の餡子を混ぜても大丈夫なの?」

魔「流石にゆっくりすわこの中身なんて知らなかったから持ち合わせがなかったんだぜ。ゆっくりすわこの方は馴染めば大丈夫って言っていたんだが」

神「案外、適応能力や生命力自体は高い生物なんだね」

魔「まぁ、後日調査も兼ねて様子を見に行くさ。それにあのゆっくり、皮の周りに片栗粉のような薄い膜が有ってだな、それによって水を……」

早「みなさーん、お夕飯の準備できましたよー」

霊「残念ね、熱く語っていた所だけど、話はまた後日聞いてあげるわよ」

魔「…………」





レアゆっくりハンターMARISAのメモ

  • ゆっくりすわこ

体格――幼体10cm~50cm 成体80~150cm(帽子含む)

補足 ゆっくりれいむやゆっくりまりさとほとんど変わらないが、帽子のため少し大きく見える。

性格――活発で明瞭。

身体能力――跳躍力が高く、それに比例してスピードも他のゆっくりより速い。水中でも活動出来る様子。

特徴的な台詞――「ケロケロしていってね♪」「あーうー」など


総評

洩矢 諏訪子を模したゆっくりの一種。
所謂、水棲種に属するらしく主に水辺に生息する。

構造事態は他のゆっくりとほとんど変わらず、中身も〔水羊羹〕と甘味物であった。
大きさにしても他のゆっくりれいむ種やゆっくりまりさ種と余り変わらずスタンダートと言ってよい。
ただ帽子の大きさのためか、見た目は若干大きく見える。

特筆すべきは二つ。
その驚異的な跳躍力と、体の周りを覆う膜状の物質である。

跳躍力に関しては、それに比例して移動スピードも速く、他のゆっくりと比べれば優秀な部類だ。

皮はゆっくりれいむ種・ゆっくりまりさ種とほぼ同じであるのに、水の中で長時間活動出来る理由は周りの膜状の物質によるものだろうか?

恐らくは粘液か何かと思われるが、ゆっくりすわこ曰く「食べても大丈夫」なものらしい。
これによって水を弾き、皮の部分をふやけさせない様にしていると考えられる。

食事は他のゆっくりと同じ様に、蟲や草花を食すようだ。

以上のような特徴でありながらも、何故かその生息範囲は限定されていて狭い。
家族だけでなく、近しい者達と一緒に共生している事が有る為、生息範囲を積極的に広げていくという部分に欠けているのかもしれない。

ちなみに幼体・成体問わず、近くを飛び跳ねる蛙を捕食しようとする個体がいなかったので、それらとも何かしらの共生関係に有るのかもしれない。




後書き

読み返せば、ほとんどゆっくりを愛でてないですね。
ゆっくりを愛でるSSの名を借りた東方二次小説みたいになっていますし。
次からはその点を気を付けます。

設定に関しては自分設定なので、今SSを書いている方は余り気にしないで下さい。
そもそも自分が見落としているだけで、新種とか希少とか言いつつ、虐待スレの他のSSに大量に出ているかもしれませんからね;

逆に持ち出すなとも言いません。
愛スレ・虐スレ問わずです。

虐待の方でも残虐なSSを結構書かせて頂いた身ですが、あれも愛ゆえにという事で。
北斗の拳っぽい事言ってスイマセン。
でも、ゆっくりは素晴らしいものと思います。


  • おもしろかった -- 名無しさん (2010-11-28 12:07:51)
  • 諏訪子ちゃんますます可愛くなってる! -- なおたん (2012-02-11 00:51:39)
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最終更新:2012年02月11日 00:51