3月14日の暇人 同日の乙女

※いつかのバレンタイン作者当てSSの続き的な話です。
※ゆっくりが饅頭じゃないです。
※オリキャラ(秋姉妹のことじゃないよ)が出てきます。
※舞台は原作東方ではないです。




 ピンポーン

 甲高い電子音が家中に軽く響き渡った。

 きたきたきたきた。
 随分と待ちわびた玄関のチャイム音。
 私は鼻歌交じりで玄関に向かう。


「いらっしゃいませぇええええ!!先輩お待ちしておりました!!」
「や、やぁ‥、遅くなってすまない」
「いえいえぇいえぇぃ、そんな全然待ってませんら」
「それで、遅れてきてこんなことを言うのも難だとは思うのだが‥」
「どうかしたんですから?」
「いや、ちょっと頼みたいことがあるんだが」
「はい、先輩の頼みなら何なりと!!」
「済まないが、君の家のキッチンを‥、僕に貸してくれないかい?」
「‥? はい?」
「あと、この子もちょっと預かっていて欲しい」
「ゆっくりしていってね!!」

「うげ‥」





ゆっくりSS 3月14日の暇人 同日の乙女



 -AM 10:12-

 世界感(自分で自分の世界をどう感じるか的なアレで決して誤字ではない)補足1
  • 『私』は魔女の母を持つ


「ころころころろー」

 目の前のテーブルで丸い物体が転がっていた。何か媚びた(主観)不快な音声を発しながら。

「ゆっくりころころころころー」

 余り広い面積を持つテーブルではないのだが、端から端へ、落ちないように器用にユーターンしながら(うまいこと言ったつもりはない)
 テーブルの上を延々転がり続けている。何がそんなに楽しいのだろうか。

「ころころころろー‥ ゆ ゆゆゆぅぅううううううう!!」

 余りにも生産性を感じない動きだったので取り敢えず両手でテーブルを持って傾けた。
 平行感を失い斜面となったテーブルの上の丸いものは重力に従って転がり落ちて行くということはニュートン先生がずっと昔に発見済みなこの惑星の絶対真理である。
 ゆぼん、と声だか音だか分からない効果音と共にそいつは床に落ちた。
 しかしその物体に与えられた位置エネルギーはまだ若干の残留をみせていたため、そのまま床をころころ転がり続け、
 これまたゆぼん、と声だか音だか分からない効果音と共に棚にぶつかって止まる。

「ゆゅぅゆにゅー、世界が回ってるょー」

 見るからに目を回しながらその物体は声高らかに自分の現状を口に出した。誰も聞いてないのにねー。
 ふと、その物体の回していた目と、そいつを見下げていた私の目がかち合う。

「でもーまりさすっごく楽しかったよ!」
「だら聞いてないっての」


 世界感補足2
  • まりさは私が作ったチョコパンから生まれた謎の生物。
  • 一ヶ月で結構な大きさまで成長したようだ(現在バスケットボールくらい)。てか成長とかするんだ…。
  • 一ヶ月前と比べ語彙も随分増えてきたみたい。


「ますたー、ますたー」
「ああ? あによ?」
「まりさ転がるのにも飽きたー」
「私だって退屈してんのよ。あんたなんかと二人きりで先輩を待たなきゃいけないなんて‥、うんざりだら」
「だから何か芸でもしてまりさの退屈を解消してよー」
「‥、ぶっ潰すぞー?」

 悪意無い純粋な瞳をキラキラさせて言ってくる分うざさ3倍である。
 よくまぁここまで人を苛立たせる生物がこの世に存在するもんだ、創ったの私だけどねー。

「芸ができないなら何かであそぼー」
「この家には二人で遊べる面白おかしいものなんて有りはしないわよー。ジェンガならあるけど‥」

 けどこいつにジェンガは無理だろう。指どころか手もない始末。

「役立たずー」
「さっきから随分面白い口を聞くわね、この駄菓子パンは?」

 私は笑顔でまりさの両頬をつねる。
 おお、やわかいやわかい。ぷにゅぅ、と面白いくらいまりさの両頬が適度に伸びた。
 最早この材質はパンじゃないな。

「ゆっひひでひひゃい~」

 涙目になりながら何か反論してくるまりさ。もっと綺麗に発音しなきゃ聞こえないぜ。うひゃひゃひゃ、ざまぁみそらせ。
 しかしこの感触は何か癖になりそうだ。

「フフフ、言ってることが分からないけど?」
「ゆっひひはやひへね!!ひはいひはひよ!!」

 まりさは更に眼を潤ませながら文句を言ってくる。そろそろマジ泣きしそうな雰囲気だ。
 だけど‥、やっばいなぁ、何かこう、ゾクゾクしてきたゾ?
 もっとこの顔を見ていたい。

「だーかーらー、何言ってるか分からないって!!」

 縦縦横横、丸書いてちょん、と。思い思いに頬をそのままこねくり回してみる。

「ゆ゙ゆ゙ぅううー!ひゃなじでよー!!!」

 うひゃひゃひゃ、なにこいつ凄く面白い。伸びる伸びる。頬をこねくり回すたびにどんどん涙目になってくる。
 いいぜいいぜ、こいつ凄く面白いぜ。
 こりゃいつもの鬱憤を晴らす絶好の機会だと私は思います。

「ていうかあんたはね、私のことマスターマスター呼びまくってるくせに、どうして忠誠心は0なのよ!おかしくない!?」
「ゆ゙―!ゆ゙ー!!」

 普段から思ってた不満を思い切り捲くし立てる。先輩に懐く心情は分からないでもないが(だって素敵だし)、
 私だって少しは羨まれても良いはずじゃなくて?って話だ。

「私がね、夜寝る間を惜しんで一生懸命作パン生地こねなかったらあんたは産まれてこなかったのよ?
 いわばあんたの産みの母よ、マザーよマザー」

 決して意図して出来上がった訳ではなかったけれど。

「その癖さ、私はこれでもかというくらい蔑ろにするのに、先輩にだけは媚び売りまくってさ!
 ぎゅっと胸の中に抱かれたり、すまし顔で頭の上に乗っかったり、あまつさえ頬ずりなんて‥!!いい加減妬ましいってのよ!!」
「はん、このれずびあんが!!」
「だらぁ!!どうしてそこだけはっきりくっきり喋ってんのよあんたは!!」

 突然涙目を止めて思い切り見下した眼で辛辣な一言をかましてきたまりさを、私は思わずぶん投げた。

 違うやい、見境が無いだけだい!
 格好良い男の人も大好きだし!!


 世界感補足3
  • 分かり易いキャラクター相関図
 まりさ→(両想い)←先輩←(片想い)私


「あーうー、先輩はやく終わらせてくれないかなぁ。いつまでこいつと二人っきりになってなきゃいけないのよぉ、もうやだ疲れるだらぁ」
「ゆゆゆ?そんなに緊張しなくてもいいよ?自分の家だと思ってゆっくりしていってね!!」
「ここが私の家だら」
「ますたーのものはまりさのもの!」
「OK、まりさ。取り敢えずマスターって言葉の意味について小一時間ほどゆっくり話し合おうから?」


 今日は3月14日。
 聞く人が聞けば分かるだろう。
 そう今日こそはバレンタインデイの意趣返し、どこぞの製菓企業が発案した浅はかな恋人達の適度に熱い初春の祭典、ホワイトデイなのである。
 けれど実在した司教の名がついてる分どこか神秘的なバレンタインデイと違って、
 今日という日は明らかに菓子メーカーが考案した人工的なイベント感が強いため、乙女的には魅力半減なのだけど。
 そもそも乙女な自分としての職務はバレンタインデイに全て済ましたつもりでいるので、今日と言う日に能動的に起こすべき行動はない。
 今日は×で表される掛け算で言うところの後者、受けと呼ばれる役回りに立ちただただ待つのみ。

「ゆんゆん、分かってるよ。下克上だね!!まりさは上がいい!!」
「OK、勝負だ。全力で蹴り落としてあげようから?」

 不本意ながらこの駄チョコパンと一緒に、だが。
 今日がホワイトデイということは、私が先輩にこのまりさをプレゼントしてから丁度一ヶ月経ったということになる。
 月日が経つのは速いものだ。
 私としてはこんな不思議生物を敬愛する先輩に送るつもりなんて1ミクロンも有りはしなかったのだが、
 どういう訳だが先輩は自然発生したこの不気味生物を痛く気に入ってしまい、そのままプレゼントする結果に相成ってしまった。
 そのことは、まぁいい。結果的に先輩との友好度が鰻上りだったからオーライよ、オーライ。
 そして、今日はそのバレンタインプレゼントとの正当なる報酬として、
 親愛なる先輩から何かしらの愛とか詰まったプレゼントをもらえる、はずなんだけど‥。


 ガラッガッショシャァァアン!!!

 突如、そんな皿と茶碗がまとめて4,5枚割れたようなけたたましい効果音が響いた。
 発信源は恐らく我が家のキッチンルーム。

「‥‥‥‥、さっきみたいな音、これで何度目だっけ?」
「3度目だよ、ますたー。お姉さん‥大丈夫かなぁ」
「駄目そうだなぁ」

 普通、プレゼントってものはプレゼントする予定の日より前に準備するものだ。この辺りは紳士淑女に関わらず常識だろう。
 だけど、どういう訳か先輩は、当日である今日、たった今、何故か私の家のキッチンを借りて、そのプレゼント的なものを作っている。
 もちろん、事前にそんな約束は承ってない。これは先輩にとっても予定外の事態、なのだと思う。
 あの人の性格から考えて、ぎりぎりまでプレゼントを作るのをサボっていたとか、忘れていたとかいうことは無いと思う。
 凄く真面目だし。
 ということは、だ。

「ねぇ、まりさ。アンタ先輩と一ヶ月間一緒に暮らしてるのよね?」
「ゆん、まりさは生まれてからずっとお姉さんと一緒に暮らしてるよ」
「先輩が料理しているとことか、あんた見たことある?」
「ゆ‥、あるよ?」
「それが成功しているところは?」
「‥‥‥‥」
「そっか」
「ゆん」

 どっがぁあああんんん

 今度はよく分からない爆発音がキッチンの方から家中に響き渡った。
 妖怪どものスペルカードもびっくりの破壊の音色だね。

  って、爆発音?

「流石に捨て置けない状況だら、これは」
「まりさも行くよ!!」

 流石にキッチン調理をしているだけで死ぬようなことにはならないだろうが、さっきの爆発音は流石に心配だ。
 ていうか何が爆発したんだろう。危険物質は置いてないはずだけどなぁ。


 私は廊下を走りぬけ、キッチンの扉を勢いよく開けた

「先輩‥?せんぱーい!!!」

 その扉の先に広がる光景は、私が思っていたよりも3倍酷い有様だった。
 まず、壁一面にはクリームらしき乳白色の半液状物質がこれでもかという具合に飛び散っていた。
 所どころ赤いものも混じっているが、あれはイチゴシロップだろうか?
 飛び散り方が派手すぎてちょっとした怪奇殺人現場のような有様だ、名探偵御用達。
 床にはありとあらゆる調理用具が散らばっていた。ボール、皿、ミキサー、さえばし、ピーラー、包丁。
 更に、皿、茶碗、フライパンなどが無残にも割れ床に散りつめられていて危険だ。
 ていうか、フライパンを割るのはけっこう難易度高い気がするんだけど、どうやったんだろう。

 そして、先輩はその惨状の中、顔中をクリームっぽいものに覆われながら気を失っていた。

「先輩!!」

 私は付近に散らばる皿やらフライパンやらの欠片を踏まないように先輩に駆け寄った。
 倒れてる先輩の頭を自分の膝の上に乗せ、具合を伺う。

「うぅうう‥」

 声が届いたのか先輩は軽い呻きをあげる。
 何てことだ。命に別状はないだろうが相当の無茶をしたのだろう。
 でなければ、こんな顔中にクリームべったりな状況になるわけがない。
 ああ、髪にもこんなにべっとりと白濁色の白い物体がこびり付いてて‥


 あれ?

 このシチュ、なんか凄くエロくね?

「あ‥あぅあう」

 うん、先輩の表情も喘ぎも、何だか凄くソレっぽいし。
 何があったか知らないけど、先輩が着ている服(普段着)+エプロンも良い感じではだけてて、何と言うか、良い感じだ。
 エロイ、これは凄くエロイ。
 咄嗟に駆け寄ってしまったけど、こんな風に先輩と物理的に接近してる状況もメッチャレアじゃん。

 ‥‥‥、

「取り敢えず、見た感じ無傷っぽいけど、本当に怪我がないか調べる必要がある気がするら。
 だってほら、服の仲間では流石に判別できないしら。だら、これはしょうがないことしょうがないこと。うんうん、ごくり」

 取り敢えず、まずは胸元からね。そぉっと私は手を伸ばし、

「まりさアアアアすぱぁあああくッッッ!!」

 謎のビーム砲に私は身体全身ふっとばされて天井高く舞い上がった。









 -AM 11:27-

 世界観補足4
  • 家系が家系なだけに私ん家のキッチンは広い。
  • 食物の調理以外にどんな用途があるかは想像にお任せします。


「済まなかった!!本当に済まなかった、ごめんなさい!!」

 目が覚めるや否や、先輩はキッチンルームの惨状を見て顔を青ざめた後、思いっ切り頭を下げ深々と謝罪してきた。

「そんな先輩、頭を上げてください。こんなのすぐ片付けられますから」
「ゆっくりしよー、ゆっくりー」

 私は先輩の頭の上でゆんゆん言ってるまりさと一緒にフォローする。

「だが、しかし‥。バレンタインの恩義を返すための行為のはずが、こんな多大な迷惑をかけてしまうなんて‥!
 それどころか爆発までにも巻き込んで君自身にまでそんな黒コゲな姿にしてしまうなんて‥!僕は最低だ!!」
「あー、すいません。このコゲは自業自得です」

 うん、流石に気絶中に無理やり引ん剥くのはマナー違反だ。乙女のやることじゃぁなかったね。
 しかし長距離光学兵器まで使いこなすとはなにものだ、この菓子パンは。
 いや創ったのは私なんだけどさ。

「ゆっくり反省してね」

 お前に言われるとむかつくけどね。

「けれど僕は‥!」
「それより先輩、聞いていいですか?」

 一つ確認したいことがあった。
 なるべく静かに、冷静な口調であるように、私はゆっくり聞いた。

「今更問いますが、どうしてわざわざ私の家で調理を?」
「そ、それは‥」

 その問いに、それまでしどろもどろだった先輩の顔は更に青ざめ、がくりと下を向いてしまう。
 少し酷な質問だったかもしれない。だが、そこで言葉を止める気は更々無かった。

「広くて設備が整っていて、調理器具がたくさんある、この家のキッチンでなら、自分でも美味く料理できるはず、とでも思いましたか?」
「‥!どうして‥」

 どうして分かったのか、全部言えていればそういう言葉に続いたのだろうか。
 先輩の身長は私より一回りほど大きい。
 だから、普段会話するときは私が見上げることになるのだが、椅子に座り、背中を猫のように丸めている今の先輩は、私から見下ろす位置に頭があった。

「だいたい分かりますよ、素人の考えそうなことです。
 成功を知らず、何度も失敗を繰り返すと、その原因が本当に自分にあるのだろうか、もしかしたら他の諸因があるのではないか、
 料理に限らず誰もがそう考えてしまいがちです」

 テレビゲームで死ぬときも、弟に向かって『お前が五月蝿いから死んじゃったじゃん』とか言う兄貴とか居るらしいしね。
 私は一人っ子だから本当に居るかどうか知らんけど。

「ちょっとますたー、お姉さんを苛めないでね」

 横の方からまりさが何か言ってきたが、取り敢えず今は無視だ。

「えと、つまり、先輩は料理とか苦手‥なんですよね?」

 あまり遠回りから攻めるのは私の性に合わないので、ストレートに聞いてみた。
 先輩は俯いたまま、そのままコクリと首を立てに動かした。

「うん、実は‥そうなんだ」

 顔を俯かせながら、まるで自分の罪状でも懺悔でもする様に、後悔染み入った声で先輩は語り始めた。

「僕の家では家事はすべて使用人がやってくれていてね、恥ずかしいことに料理や洗濯、清掃なんてものは自分の分ですら満足に行ったことが無かったんだ。
 それでも、先月君にあんなに可愛いまりさを手作りでもらって‥、自分でも手作りで何かお返しをしたかっ」
「あ、すいません。その辺はばっさりです。面倒なので」
「‥え?」
「はい、ばっさりー」

 私はチョップで空気を縦に切るようなジェスチャーをして先輩の話を無理矢理止めた。
 まりさもつられて「ばっさりー」とか言ってはしゃいでいる。うっぜぇw
 私の突然の制止に先輩はポカンとした表情をしながら、言葉を止める。ああ、こっちはこういう表情も本当に可愛らしい。

「事情はもうだいたい察したので、それ以上は要らないです」
「へ?いや?でも‥」
「ていうか、順番が間違ってますよ。
 先輩が家事下手なのは大体察していましたが、それでもちゃんと言ってくれなきゃ分からないじゃないですか」
「ああ、えっと、その。ごめんなさい‥?」
「違います」

 聞きたいのはそういう言葉じゃないんですよ。
 そもそも私は別に怒ってもいないしね。
 料理ができないのなら、当日までうまくできなかったのなら、それが原因で自分を追い込むくらいなら、

「私に、お願いしてください。要求してください。美味しい菓子の作り方を教えろ、とでも。
 私がそういったこと一通りこなせるのは知ってるでしょう?」

 最初から、そうしていれば良かったのに。
 そうすれば、先輩を手助けすることで先輩の中の私株価が急上昇し、ついでに二人っきりの手作り調理イベントで親密ポイントもアップ、
 更にあの駄チョコパンと過ごす退屈な時間だって存在することも無かった。

「いやでも、それはおかしいじゃないか!?これはそもそも君へのプレゼントで!」
「些細なことです。大丈夫、私は気にしませんからら」
「いやいやいやいや、主に気にするのは僕っていうか僕の気持ちなんだけれど」
「けど、それでゆっくりしすぎて間に合わなかったらしょーがないよ、お姉さん!!」

 ぴょん、と飛び跳ねながらまりさが言う。
 こいつ極々稀に良いこと言うわね。

「それとも何ですか?私へのプレゼントは最悪渡せなくても構わないと、そういうことを思っているんですか?」
「たかだかますたーとはいえ、流石にその扱いは酷いと思うよ!!」

『ますたー』って単語の接頭語に『たかだか』って言葉は何か間違ってないか、まりさくん?
 この野郎後でまた粛清してやるからな。

「そ、そんな訳ないじゃないか!!君には本当に感謝してるんだ、だから僕は‥」
「じゃ、決まりですね。ちゃっちゃとこの惨状を片付けて取り掛かりましょうか!!」
「まりさも手伝うよ!!」
「ちょ、ちょっと待って。でもだからって君を巻き込んで‥」
「ささ、先輩。こういう時、動かすべきは口ではありませんよ」
「ゆふふ~!!お菓子作りお菓子作りぃ~♪」

 残念ですが先輩、私先輩のためならば、先輩の私への気遣いなんてオールスルーの構えです。
 これも愛情です故、どうぞご容赦を。
 半ば躊躇いがちの先輩をまりさと一緒に無理矢理動かして、私と先輩とおまけ一匹のお料理教室、今ここに漸くオープン。
 いやぁ、まさしく青春イベントですねぇ。ちょっと興奮してきたぜ。


 以下、音声のみで光景をご想像ください、別にR-18な行為が含まれている訳ではないけどー。




「取り敢えずこの世紀末伝説が始められそうなくらい荒れきったこの部屋のお掃除から始めましょうか」
「これは本当に、済まない‥。あとで僕のお小遣いから弁償するから」
「まぁここに設置してある魔法アイテム『刻の砂時計』を回転させれば一発なんですがね」
「ゆゆ!!凄いね、ますたー」
「はい、嘘ー。そんな都合の良い魔法があるかよ」
「ゆがーん!!」「そっか‥嘘なのか‥」
「せ、先輩まで騙されないで下さいよぅ!!」



「ふぅ、オワッタァ!!次は残った材料でも確認しましょうか?」
「えーと、小麦粉に、お味噌に、小倉、お塩、砂糖、強力粉‥」
「んー、基本的なものしかないですねー。こりゃ凝ったものは作れそうにないかなぁ」
「うう、本当にごめんね。僕が‥僕が‥ほとんど爆散させてしまった所為で‥!!」
「あ、ちょ、泣かないで先輩泣かないで。大丈夫、全然大丈夫!!何とかしてみせますから!!」
「蛙さんの瓶詰め、蛇さんの瓶詰め、小鬼さんの爪、蝙蝠さんの目玉、えーとあと、まんどらごら!!
 ますたー、この棚にはたくさん材料があるよ!!」
「まりさー、そういうグロいのはスルーで」



「まんどらごら!!まんどらごら!!ゆはははは!!まんどらごら!!」
「気に入ったのか?そのフレーズ」
「ああ、まりさ可愛いよぅまりさ」



「取り敢えず卵を割ってみましょうか」
「う‥うん。分かった。やってみる‥‥」
「先輩?ただ割ってそのボールの中に入れるだけですから、ね?そんなに緊張せずとも」
「だ、大丈夫さ。よ、よし。えいやぁアアアアッッッッ!!!」
「ちょっと先輩、力入れすぎ、それじゃボールに入れる前に割れちゃ‥あぁあ、割れちゃった」
「うぅううぅ‥済まない。やっぱり僕には無理なのかな」
「ま、まだまだこれからです!!初心者ならこんなもんですよ!きっと」
「そ‥、そうかなぁ‥」
「えい、べちゃ、ぽい、と。お姉さん、ますたー、初めてだったけどまりさにもできたよー。簡単だったー」
「‥‥‥‥やっぱり、僕は‥」
「まりさー、お願いだら空気くらい読んでねー」



「さて、そしてこの生地を思い切りこねてください」
「よし、こねこね、と」
「ゆゆー、こねこねーこねこねー♪」
「そんな感じで。そして生地が薄く膜を張るようになるまでそのままこね続けてください」
「こねこねこねこね、これは‥なかなかの気持ち良さだね。まりさの頬みたいな感触だ」
「こねこねー♪こねこねー♪」
「先輩は体力ありますからねー。私よりうまいかもしれませんよ?」
「いやいや、流石に君にはまだまだ適わないよ」
「こねこねーこねこねー♪」
「そんなことありません。なんだかんだ言って先輩は色んなことに天才肌だし、すぐにコツとか掴んじゃいますよ!!」
「はは、有難う。君のおかげで少し気持ちも落ち着いてきたみたいだ」
「こ、こね‥、こね‥、こねー‥。お、おねーさん、ますたー!!まりさくっついちゃった!!こねこねが取れないよ゙―!!!」
「ま、まりさ!!大変だ、今助けるよ!!」
「お前もう帰れよ」



「凄いな、大分形になってきたね」
「そして、この完成した生地の中に小倉を入れる訳です」
「まんどらごら!!まんどらごらー!!ゆゆー!!」
「それは要らない。ていうかしつこい」
「かわゆいなぁまりさ」



 そして何やかんやの作業行程を経て、

「後はオーブンに入れて焼成するのみです」

 最後の仕上げと相成りました。
 ふぅ、苦労したぜぇ。素人様と手足無しの生物と一緒に調理することがこんなにも重労働だとは思わんだら。
 まぁ先輩の素敵フェイスを心のフィルターに何枚も焼き付けることができたので、私的にはバリバリ楽しかったですが。

「うん‥、ついにここまで来たんだね。ちょっと緊張してきたな」

 先輩も慣れない作業に疲れきった顔をしていたが、その表情はとても充実していた。
 何かをやり遂げるってことは心身ともに大きな成長と達成感をもたらしますからねぇ。
 そして心のフィルターに焼き付ける画像1枚追加ら。
 そして、残りの不思議生物はというと。

「ゆゆーい♪」

 よく分からないけど、出来上がった生地と一緒に厚い鉄板の上で仰向けに寝ていた。
 これまたよく分からないけど、やけに満足気な顔で。
 無駄に腹立つ表情だなぁ本当。

「まりさ君?何で君は鉄板の上でそんなにも寛いでいるのかな?それこれからめっちゃ焼くんだけど?焼身自殺が望みから?」
「ゆゆ~ゆゆ♪何だかこことってもゆっくりできるんだよ!!よく分からないけど!!」

 くそ、無駄に機嫌がいいな。よく分からないのはお前の存在そのものだというのに。
 しかし鉄板の上がゆっくりって、どういう心境なんだ、こいつ?

「ああ…、そうか」
「ゆ?」
「あんたもこうして産まれたからら?まだ1ヶ月しか経ってないけど、この鉄板があんたが生まれた胎内みたいなもんだからねぇ」

 まだ当時ただのチョコパンだったまりさがそのことを覚えているとは考えられないが、
 魂というか、身体そのものに当時の記憶が刻み込まれているのだろう。
 自分の誕生した場所だと安心できるという感情は、一応生物として考えるなら分からなくもない。

「まりさが‥ここで‥産まれた‥ そっか‥。そうなんだ‥ドキドキ」
「せんぱーい?落ち着いてくださーい。こいつ元はただのチョコパンですからね?全然いやらしくありませんからね?
 分かってますか、おーい、せんぱーい?」

 突然顔を真っ赤にして両手で覆ってうずくまる先輩に、取り敢えずのツッコミを入れてはみたけど、効果の程はないようですら。
 人のこと言えないけど、この人もけっこう重症だなぁ。
 そこがまた良いのだでどもね。

「ゆーゆーゆー♪ゆっくりー♪」
「お前も本当にそろそろそこから降りないと、マジで一緒に焼くぞ、おい」

 ‥‥、ん?デジャヴュ‥
 そういえば‥、何か忘れてるような気が。
 凄く大切なことを忘れてるような気がする。

 気のせいかなぁ。




 そして、焼き上げること数刻。
 取り出して、アレやコレや云々。
 仕上げに、アレとかコレとかソレとか。ドレとか言うなよ、説明するのめんどいし。

 お待たせいたしました、完成ですよ。




 PM 7:07

「という訳で、何ら珍しくもない普通のアンパンの完成ですよ!!やったぁあ!!!」
「ゆっゆーい!!やったね、お姉さん。あとついでのついでにますたーも」
「ハッハッハハァ、こいつめぇ。ほっぺ抓り千切ってやろうか?」
「ゆぅ、ゆ゙ゆ゙ぅぅぅ!ひゃひゃひへぇ!!」

 恒例になりつつあるまりさのほっぺ抓りを実践しつつ、私は完成したアンパンを眺める。
 先輩が中心にして作った大きいものが一つ、そして私が作った小さいものが一つ、
 まりさが作ったよく分からない形をしているのが一つの計三つ。
 ホワイトデイにアンパンていうのもけっこう謎の構図だが、
 うちに残った材料で何とかできそうにあった菓子系食品がそれだったのだからしょうがない。
 まぁ、チョコパンの返しだから却ってバランスが取れてるような気もするし、いいのさ。
 これだけでも作るにはけっこう時間てものが懸かるのさ、ああ疲れた。
 まぁ材料は限定されていたので驚きの隠し的な要素はないが、
 その分時間と手間をかけて作ったので、なかなか美味しそうな出来ではある、まりさの以外。

「いやぁ無事完成しましたし、間に合って良かったですね、先輩!!」

 愛想100%の笑顔で私は先輩に話しかけた

「う‥うん‥、凄いや‥本当にパンになってる‥」

 戸惑いながら当然のこと呟く先輩。気のせいか目のあたり潤んでいるように見える。

「そんな当たり前じゃないですかー。皆で一生懸命そういう風に作ったんですらら」
「それでも、ちょっと‥信じられなくて。あのグニャグニャしたのが、本当に、お店で売ってるみたいなパンになるなんて‥」
「まるで魔法だね!!ゆゆーい♪」

 まりさが空気を読まず間に入った。
 ていうかお前がそれを言うか。

「そうだ、そうだね、まりさ。ほんとに魔法みたいだよ」

 自分で作り上げたパンをまじまじと見つめながら、先輩は本当に感動した様子で、しみじみと言葉を漏らす。
 そして、顔をあげると、


「君は、本当に魔法使いなんだね。本当に、有難う」


 突然私の手を握ってにっこりと気恥ずかしそうに笑いながらそう言った。

「らら!?」

 らららららららら?
 ららら?
 ららららららら?

 やばいやばいやばいやばい。
 今の不意打ちはまじやばい。半端ない。
 先輩の大きな掌が私の手をすっぽり覆っていて何だか凄く暖かい。
 ちょっと心臓が、慟哭が、うるさい、うるさいよ。
 ていうか熱い、顔が熱い、熱い、もうまともに先輩の顔が見れないくらい熱いよぅ。
 まずい顔がニヤける。顔が凄くみっともないことになりそう。

「あ、あ、こららこそ有難うございまぁッす!!」

 そう言って私は先輩の手を振りほどいて、速攻で後ろを向いてしまった。
 嗚呼ちくしょうもったいない。
 でももう無理、駄目、はずい、はずゆい。
 バクバク鳴る心臓を一生懸命片手で押さえつけて気分を落ち着かせる。

「‥‥大丈夫かい?」

 きょとん、とした顔で先輩はこっちの様子を見ているようだ。
 すいません、先輩。もう少し時間をくださいな。

「ゆふふふ、ゆふふふふふ」

 まりさは妙な笑い声を薄くあげながらこっちをニヤニヤしながら見つめていた。ああちくしょうてめぇはむくつくんだよ。
 あ、でもこいつの腹立つ顔見てたら少し落ち着いてきた。
 すぅはぁすぅはぁ、深呼吸、深呼吸。

「取りあえず、かなり時間がかかってしまって、その上君自身にまで手伝わせてしまって非常に遺憾なのだが、
 どうか、これを受け取って欲しい」

 そして先輩は、また少し気恥ずかしそうに私に対してその出来上がったアンパンを差し出してきた。
 頬を少し染め、自分だけで作り上げることが出来なかったからか、ちょっと複雑な表情で、それでも笑顔で。

「あ、はい全然お構いなく!!私凄く嬉しいですらら!!」

 軽い緊張感。
 そして、それ以上の高揚感。
 先輩が私のために。
 ただそれだけの、嬉しいという感情。

「有難うございます!!」

 だから、私も笑顔でそれを受け取った。
 焼きたてのあったかい、良い香りのするアンパン。



「ゆっくりしていってくださいね!!」



 それが、突然そんな変な挨拶を、元気で朗らかに言い放った。

 らら?
 らららら?

 突然聞こえた誰かの声に、私は咄嗟にまりさの方を見た。
 先輩もおなじタイミングで目を丸くしながらまりさの方を見た。
 見つめられたまりさは『いやいやまりさじゃないよ?』と目で語っている。

「ゆっくりしていってくださいね!!」

 らら、また聞こえたら。
 何か私の手の上あたりから聞こえたような気がしたが、取りあえず無視してまたまりさの方を見てみる。
 先輩もまた同じタイミングでまりさの方を見つめた。
 またもや二人の人間に同時に見つめられたまりさは少し顔を赤くしながら、それでも『だから違うって』と目で語っている。

「あの、無視ですか?」

 また、私の手の上から何かの声。心なしか不満そうだ。
 どうやら、現実から目を逸らすのもそろそろ限界らしい。
 私は恐る恐る、自分の掌の上に載ったアンパンを見つめた。

「ゆっくりしていってくださいね!!」

 私と目があったそれは、笑顔で元気良くまたそんな挨拶をした。
 蛇と蛙の髪飾りをつけた緑髪の、ちょっと大人しそうな、女の子の顔、だけ。
 顔だけ。さっきまで持っていたアンパンと同じほどの大きさの、生首のような生物。

「さなえはさなえって言います。これから宜しくお願いします!ご主人様!!」

 そしてさなえと名乗ったそのアンパンは、甘えるような仕草で私の掌にすりすりと気持ち良さそうに擦り寄ってきた。


 世界観補足5
  • 創った『好き』なものに生命を吹き込む程度の能力、を持つ私。
  • という設定を忘れて先輩のプレゼント作りに協力してしまった私。


 先輩の眼は、既にキラキラと溢れんばかりの光で輝いている。
 その輝きは、大好きな憧れの殿方を見つめる乙女が如き。

 ああ、はい、分かったよ。
 またこのオチか。


 こうして、3月14日、ホワイトデイの今日。
 不思議な生物がまた一匹、不本意ながら誕生した。

 ああもうこれだから、魔法って奴は始末が悪い。




                   fin.



後書きっぽいの
  • バレンタイン企画SSで書いたキャラの続きが何となく妄想できたので書いちゃいました。
  • でもホワイトデイには間に合わなかったのでした。
  • 作者当てSSの続きってどうなのよ?と思いましたが、どうせバレバレだったのでやっちゃいました。
  • 百合スキーではなく恋する女の子がただ好きなんだァァァ
  • と自分の中では思ってたのですが、兄貴が持ってた咲-saki-にハマってしまったのでそろそろ諦めます。。
 ハジメとステルスモモがヤバイヤバイ。

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最終更新:2009年05月17日 19:38