ゆっくりできないゆっくりの話

そのゆっくり霊夢は、生まれてから一度たりとも、ゆっくりしたことがなかった。
「ゆっくりするって……何?」
何度繰り返した言葉であろうか。
懐古にも似た感傷を抱きながら、ゆっくり霊夢はひとりごちた。

外界には、言葉を話せるような存在は人間さんだけで、私たちのような、ゆっくりとか言う生物はいないらしい。
いつか会った、神社の巫女からきいた、戯言にも似た噂話。
でも、ここは幻想卿。
人間はおろか、妖怪や、あろうことか神様までいる。そしてゆっくりもだ。

でも、それらはみな役割がある。人間は日々彼らの暮らしを営み、妖怪は人間を恐れさせる。神様は言わずもがな。
ならば、ゆっくりは?
道行く人妖に聞けば、みな、こう答えるのだった。
「ゆっくりはゆっくりするためにいるんじゃないか」と。

でも、ゆっくりするって……何?
ゆっくり霊夢の見るところ、仲間のゆっくりは、可能な限り、思い思いに「ゆっくり」していた。

もちろん、野生育ちの運命か、過酷な生でもあった。
動物による捕食をかいくぐり、一年に一度は必ずやってくる冬に備えて食料を溜め込む。もちろん、ねぐらの確保も忘れてはいけない。
それでも、ゆっくりたちは、暇を見つけては、仲間や、子供たちとともに「ゆっくり」していたのだ。

ぱちゅりーはどこからか見つけてきた本の上で。まりさは、帽子を船に見立てて川で遊んだりもした。
また、大多数のゆっくりは、文字通り太陽の光にあたって、リラックスすることでゆっくりとしていたのだった。

だが、この霊夢は違った。
母親のれいむや父親のゆかりん、姉妹たちと並んで日向ぼっこをし、ゆっくりしようとはするのだが、どうしても、
「なぜ、私は生まれてきたの? 今、この時間をすごしている私は何?」と、滝のように疑問が頭の中をぐるぐると回って、
どうしても、両親や姉妹のようにゆっくりできないのだ。
なんでだろう?
母親にきいても、父親に聞いても、霊夢の悩みは晴れることはなかった。どちらとも、霊夢の悩み自体を理解できなかったのだ。
群れ一番賢いとみなされている、ぱちゅりーに聞いたときも、
「むきゅー。わたしたちはゆっくりするためにうまれてきたのよ」と、答えてはくれるのだが、霊夢は納得がいかなかった。

何度、自分も何も考えずに、仲間とともにゆっくりできたらどんなに楽だろうか、と考えたことか。
でも、霊夢はどうしても、考える、という作業をとめられなかったのだ。


たとえば、群れの中に多数いるれいむは、皆リボンをつけている。それがないと、どのれいむもゆっくりできないのだという。
どういうことだろうか?
霊夢のみるところ、リボンがなくったって身体的には不利にならないのだ。どう考えてみても。
そう考えて、ある日、ためしに自分のリボンを取ってすごしてみた。
結果は、群れの皆から、
「おりぼんのないれいむはゆっくりじゃないよ! そんなのおかしいよ!」と、責められる結果となった。
そのうえ、母親のれいむがパニックになってしまったのであった。
「あああ! れいむの、れいむちゃんのおりぼんがないよ! これじゃゆっくりできないよぉぉぉぉ!!!」

まるで我が事のように心配してくれたのは霊夢としてもちょっぴりうれしかったが、やはり霊夢の疑問は尽きることがなかった。
「リボンのない霊夢はゆっくりできないの?」
よくわからない。ゆっくりれいむたちは、リボンがないとゆっくりできないのか?
リボンがないと、たとえゆっくりしていても、ゆっくりではなくなるのか?
そこまで考えると、何だか頭の奥がズキズキとしてきて、考えがまとまらなくなってしまうのだった。

大人になった霊夢は、群れの中では一番狩りが得意だった。
他の皆がえさの虫に向かって一直線に飛び出すのに対し、霊夢は、あらかじめ虫が逃げ出しそうな経路を予想し、
それをふさぐように行動していたからだ。
はじめのうちは、群れの中で重宝がられた。霊夢はいつだってたくさんの獲物をとってきたからだった。
でも、それは最初のうち。
ゆっくりの生きる目的はみんなで「ゆっくりすること」。それなのに、霊夢はゆっくりできないのだ。
ゆっくりは、他のゆっくりとゆっくりするのが大好きである。
言い換えれば、他のゆっくりがゆっくりしていないと、自分もゆっくりできない。
「あのれいむ、へんだよ。なんだかゆっくりできないよ!」
「ゆっくりできないこはあっちいってね!」
それでも家族は霊夢を一生懸命かばったが、霊夢は群れのなかから孤立していった。

「ゆっくりできないゆっくりはゆっくりじゃない……」
「じゃあ、私は何?」
「いったい何のために生きているの……?」
霊夢がついに群れから追放されたときに発した独り言である。

群れから離れた霊夢は絶対的に孤独であったが、生活の手段は心得ていた。
ゆっくりできないということは、生きることには何の障害にもならなかったのだ。
だが、それが霊夢の苦悩を強くする。
「ゆっくりするって……何? 生きるって……何?」

霊夢はいろんなところに行ってみた。その答えを探すかのように。
途中で、人間の里へ降りてもみた。半妖の先生に教えを受けて見たりもした。
字は書けるようになったが、さすがの先生も、
「生きるとは何、か……わからんな」と、匙を投げてしまうのであった。

旅をするうちに、霊夢は野生のゆっくりの生態を外れるようになった。
狩りをするよりも、人間や妖怪の手伝いをして路銀を稼ぎ、その代金で食料を買ったほうが、
効率よく、しかも質の高いえさを手に入れることができる、と気がついたのだ。

霊夢は積極的に人里や妖怪の元へ通った。
人里で人間の手の届かないところを掃除したり。夜雀の屋台でサクラになったり。
竹林で、ウサギが掘る落とし穴の囮役にもなったりした。
苛められる事や、戯れに命を奪われそうになったことも何度もあったが、霊夢はそのたびに効率のよい回避法を編み出していった。

そして、雇われるたびに、雇い主に疑問をぶつけるのだった。「生きてるって、何」と。
とある姫は「死なないことね」と。
高名な薬士は「責任を全うすることよ」と。
人形遣いは「探求すること」と。
陽気な鬼は「楽しむことさ」と。
誰の答えも、霊夢の疑問を氷解するには至らなかった。

あるとき、とある大妖のまくらになったことがあった。
目覚めた妖怪に、ゆっくりは聞いた。「生きてるって、何ですか」

美しい金髪の妖怪は、ひとつ微笑み、
「さあ、何でだと思う?」と聞き返す。
「わからない。私はゆっくりできない子だから。私は何のために生きてるかわからないんです」

「ゆっくりはゆっくりするために生きる。それはひとつの真理ともいえるわね。でもね、あなたはゆっくりできないけれども、
 あなたはゆっくりとして生まれた。それは否定できないでしょう?」
「でも、ゆっくりできないゆっくりなんて、聞いたことがないです」
「あら、生まれてきたことを後悔する? あなたの両親は、あなたのことをなんと思っていたの?」
「ゆっくりできない子だけど、とてもしあわせーにしてくれる、子、だと……」
思わず、両親のことを思い出してしまった。涙が嗚咽とともに出てくるのを霊夢は止められなかった。
「ならばあなたはまぎれもないゆっくりだわ」
妖怪は微笑む。
「そしてあなたはこの私、八雲紫の前にいる。それはあなただけの歴史。事実」
「は゛い゛……」
「あなたはあなたよ。それは私にすら変えられない事実。いえ、変えちゃいけない境界」
「私は、私……?」
「あなたの質問。生きること、を説明するのは、きっと誰にでもできるし、誰にでもできないものなのだわ」
「そうなのですか……?」
「でもね。みんなそうだから、生きてるのよ」
「正直、よくわかりません」
「ふふふ。私もよ」
そういって、妖怪は姿を消し去ったのだった。

あのときは、答えを見つけそうだったのになあ。
霊夢は自分を笑った。霊夢は、あれから普通のゆっくりの何倍も生きた。
それでもゆっくりとは何か、答えは出ない。

霊夢が最後に働いていた、紅魔館。
そこでゆっくりは最期のときを迎えようとしていた。
「あら、だいぶ弱っているようね」
「お嬢様……」
霊夢の部屋を訪れたのは、紅魔館の主、レミリア・スカーレットである。
「これ以上お役に立てなくて申し訳ありません」
「そう、残念ね。あなたはゆっくりにしては異常に役に立ったから」
「褒め言葉と受け取っておきます。ありがとうございます」
やや沈黙が降りた後。当主は言った。
「あなた、私の眷属になる気はない? 特別よ、ゆっくりなんかを誘うのは」

正直、惹かれなかったといえば、嘘になる。
「そうすれば、このままのたれ死ぬこともなくなる。ゆっくりとは何か、の続きを探求することだってできるわ」
「……せっかくですが、お断りします」
「あら、何故?」
「吸血ゆっくりになると、私が、今までの私でなくなるような気がするんです」
そう、と当主は静かに頷いた。

「私は、私ですから」
「そうね。あなたがゆっくりとして歩んできた、有限の歴史の積み重ね。それを侮辱する権利は誰にもないわね」

その瞬間、ゆっくりの中に光が舞い降りた。そう、それこそが、私というゆっくりなのだ。
「ええ、私は、ゆっくりできませんでしたが、誇りを持って、自分のことをゆっくりだといえます」
「そう、おめでとう。そしてさよなら、ゆっくり霊夢」
「さようなら、お嬢様」
霊夢は目を閉じ、逝った。



閻魔の裁判を待っているゆっくり霊夢がいる。
船頭死神との話は楽しかった。
「ゆっくりにしては話は楽しいし、三途の川もやたら短い距離だったよ」と、名残惜しそうにしてくれた。
すべての思い出が寸刻のうちに繰り返される。
「次、ゆっくり霊夢!」
呼び出された。
四季映姫と名乗る閻魔が、宣告を下す。
「ただいまから審判を開始する。まず、名前と種族名を言いなさい」
霊夢は、自信をもって答えた。
「私はゆっくり霊夢。種族はゆっくりです」




万年初心者

  • 素晴らしい。
    -- ぽけわん (2009-05-29 20:25:00)
  • 素晴らしいです。 -- ゆっけのひと (2009-06-03 20:44:33)
  • こりゃすばらしいわ・・・ -- 名無しさん (2009-06-08 21:57:33)
  • まさかゆっくりに感動させられるとは・・・ -- 名無しさん (2009-08-22 15:12:48)
  • 素晴らしいです。
    感動しました。 -- くるくるくるる (2010-03-17 23:55:53)
  • 生きるとは何か・・・か。まだその答えは見つからない。
    はっきりした答えは無いだろう。だが、自分なりの答えは持ちたい物だ。 -- 名無しさん (2011-02-02 19:17:17)
  • 現実的によく考えさせられるお話でした -- ばんちょー (2014-03-13 01:04:57)
  • 偶然凄い物語を見つけてしまった -- 名無しさん (2014-03-21 18:50:49)
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最終更新:2014年03月21日 18:50