【ゆイタニック号のゆ劇】海上の船上のローレライ(下)

海上の船上のローレライ(下)






ゆイタニック号より50海里ほど離れた海上。
ゆイタニック号とは何の関係もない、出発地も目的地も違う大型の、それでもゆイタニック号と比べると1回りは小さい貨物船が海上を進んでいた。
現在は航路の都合上ゆイタニック号と比較的近い海域を通っているが、暫くすればまたゆイタニック号とはまるで違う方向へ進行していくだろう。
この船の航路近くを通る船の一つとしてゆイタニック号のことは船員達に航海前の事前情報として知らされてあるが、
救難新号が満足に出されていない現状、まさか近くの海域でその豪華客船が沈没の危機にあることなど知る者は誰一人いない。
故に、その船はゆイタニック号の比較的近場を進行しながらも、沈みゆく豪華客船に気付かず無情に通過しようとしていた。

自室で仮眠を取っていた船長が、部下の取り乱したような叫びで叩き起こされるまでは。

「どうした、何事だ!!」
「それが、それが船長‥」

船長に代わり舵を取っていたはずの部下は、顔を青ざめながら震える声で報告する。

「船の舵が効きません‥。この船は現在、予定航路を遥かに踏み外し、迷走しています!!」




その貨物船の船首、その遥か上空。
その船を見下ろすように、導くように、黒衣の少女が浮いていた。


‐美し少女の 巖頭に立ちて‐
‐黄金の櫛とり 髪のみだれを‐
‐梳きつつ口吟む 歌の声の‐
‐神怪き魔力に 魂もまよう‐


目を閉じ、両手を広げ、静かに、それでいてその海域全体に響き渡るような歌声と共に。
その歌に誘導されるように進む貨物船の遥か遠方には、現在進行中で沈みゆくゆイタニック号があることを、貨物船の船員達は誰も知らない。




少女は何十年もの月日を、海域で幽霊として過ごしてきた。
だが、その場所は人っ子一人存在しない海の上。人間霊である少女の退屈を紛らわせるものは、時折その海域を通過する船の上の人間の活動だけだった。
少女の海域に船が通過するたびに、その船に入り込み、生きている人間の活動を観察する、少女はそんなことを、彼女が死んだ時から何百回も繰り返してきた。
だから、どの季節にどんな船がどんな航路を通るのか、長い年月からなる経験から、少女はその全てを把握していた。
この季節、ゆイタニック号の航路近くに、丁度この貨物船が航海しているということも。

(助かるための、脱出のための手段が船に残されていないというのなら‥、向こうから来てもらうしかない)

少女が考えた作戦は実にシンプルだった。
本来はゆイタニックの航路とは交わるはずはなかったこの貨物船を、自分の騒霊騒動の力で無理矢理ゆイタニック号まで引っ張って、残る乗客を救助してもらう。
この海域の状況を完璧に把握し、そこを自由に移動できる幽霊としての立場をフルに使える少女にしかできない方法。
一つの船を動かす、と言うと大変なエネルギーが必要そうに思えるが、そこまで大げさなものではない。
少女が自分の力で動かしているのは、操舵室に存在する舵といくつかの重要な機器、つまり、実際に人が船を動かす際に必要となる部分だけである。
船という乗り物は、その機関が動いている限り、舵の示す方向に進んでいく。少女はその方向を少しいじり、ブレーキを掛けさせないようするだけでいい。

それだけの作業であったが、少女の表情には既に大きな疲労の色が表れていた。

(分かってたことだけど‥、やっぱり、きつい)

幽霊である少女にも疲労感というものは存在する。
何か大きいものを動かしたり、全速力で移動したり、疲労の条件は生きている頃と殆ど変らないが、その霊力とでもいうのか、疲労の限界というものは未だかつて味わったことがなかった。
しかし、それは、幽霊の力が無尽蔵である、という訳ではないことを、少女は何となく理解していた。

(多分、本当に限界まで到達しちゃったら、私はそこで終わりなんだろうな‥)

人間を構成しているのは身体、魂、心の3要素だという話を聞いたことがある。
そして、今の少女に、身体という概念は間違いなく存在しない。
しかし、何かしらのエネルギーを消費して自分に疲労感を与えている『何か』が少女に存在することは確かである。
それが俗に言う魂、或いは心というものなのかどうかは少女には分からない。
けれど、もしその『何か』が限界を超え、機能しなくなってしまったなら。

『分かる?人間も、ゆっくりも、幽霊だって、いつか必ずいなくなる』

先ほどゆっくりるーみあに言われた台詞が思い出される。
少女の胸に僅かに灯る、消えてしまう、ということへの恐れ。
だが、少女はその不安を払拭するように、更に声を張り上げ歌を歌う。





貨物船・船内。
少女の決意など知る由もなく、貨物船の操舵室はこの常識では考えられない現象によって混乱の渦に包まれていた。

「ええい!本当に舵が動かん!!このままではまずいぞ!」

顎鬚を蓄え、力強い体躯をした壮年の男、この貨物船の船長が、ドンと勢いよく壁に己の拳を叩きつけて唸る。
この男は何回も船長としてこの船に乗り、無事航海を遂げてきた熟練の航海士だったが、今回のような尋常ならざる事態に巻き込まれたのはこれが初めてだった。
人の意に反し動き続ける船など、自分たち、そして海の上に存在する者すべての安全を保障するために、絶対にあってはならないものだ。
しかも、今進んでいる進路上では、今朝がた大型の氷山の情報がいくつか寄せられていた。
今のまま航海を続けたら、この船、そして全てのクルーにとって致命的な事態になりかねない。

「仕方ない機関部に報告しろ!今すぐにタービンを無理矢理にでも止めるんだ!」
「は、はい!了解です!!」

一人の部下が慌てて部屋に設置してある通信機を手に取った。
それは船長にとって苦渋の決断だった。
海の上で一度機関部の動きを全て止めてしまったら、再出発するのにそれなりの手間と時間がかかる。
大きく航路が反れてしまった今では、貨物を予定通りの刻時に届けることはできなくなってしまうだろう。
この船、そして彼らの企業は取引先からの信用を大きく失うことになる。

(だが、それでも、クルーの命には代えられん)

船長は苦々しく俯く。
だが、連絡をしていたはずの部下が、泣き出しそうな声で船長に訴える。

「せ、船長!!機関部との、通信が、繋がりません!!」
「な、馬鹿な!!船内で通信障害など起こるはずは‥」
「いえ、それが‥、回線は通じているのですが、何故か誰も応答しないんです!!」
「くそ、貸せ!!」

船長は部下からひったくるように、通信機を手に取って耳と口に当てる。

「こちら操舵室!こちら操舵室!おい、どうした!!通じていないのか!おい!誰か答えないか!!」

その船長の叫びに呼応するように、ようやく通信機から耳慣れた部下の声が聞こえてきた。

『せ、船長‥』
「馬鹿者!通信に出るのに何分かかっている!!いいか、いますぐ‥」
『船長‥!助けて‥助けてください!!』

この船の機関部を担当しているはずの部下の声は衰弱しきっており、今にも消えてしまいそうな危うさを含んでいた。
ただならぬ事態を察し、船長は通信機に大声で問い掛ける。

「おい、どうした!何があった!」
『や、いやだ‥。な‥なにも‥見えない。船長‥、闇です。暗闇が‥ぁあ!!』
「おい、どうした‥!返事をしろ!! 」

通信機の向こうで部下の声が途切れる。
そして、暫しの静寂。
しかし、その静寂が続いたのは本当に少しの時間だけだった。

『じ‥ るいは‥  し‥  みを‥ れ‥  か?』

通信機の向こうから、聞きなれない、途切れ途切れの声が聞こえた。
船長は最初、通信が途切れた部下が再びこちらに連絡をしてきたのかと思ったが、
その割にその声は先ほどのものより幾分か高めであり、とても同じ者の声には聞こえない。
それに、この緊急時の報告にしてはその声は嫌味なくらい落ち着き払っているように聞こえた。

「な‥、何だ? 今、何と言った?」

緊張の面持ちで、船長は通信機の向こうに居る『何か』に向けて問い掛ける。
その『何か』は、今度ははっきり聞こえる声で、
通信機越しなのに、まるですぐ隣にいるかのような存在感と共にこう聞いた。


『人類は、原始の宵闇を恐れますか?』


次の瞬間、
船長の眼前を暗闇が包んだ。

船長が最後に聞いたのは、通信機の向こうと、自分のすぐ背後から聞こえる『クスクスクス』という静かで、それでも確かな存在感を持った笑い声だった。




ごとん、と、通信機が落ちる音だけが部屋に響く。

一瞬の内に、停電でもないのに暗闇に包まれ、動く者が誰もいなくなった操舵室。
通信機の向こうから、その声だけが虚ろに響く。

『さてさてさて、御節介な御膳立てはこれにて御仕舞』

『御嬢さんの上乗なる御奮闘と健常なる御帰還を祈願しつつ』

『御後は唯の宵闇らしく、唯唯此処其処に存在しせりってな』

そして、ガチャンという通信機の切れる音の共に、
その笑い声も虚ろな声も、もう何も聞こえなくなった。
ただ暗闇だけは、ただそこに変わらず在り続けた。









死にたくなかった。

死んで動かなくなった娘を見て狂ったように嘆き悲しむ両親。
そんな戯曲なら使い古された、あまりに有り触れたシーンを、私はまるで第3者のような心地で、世界の後ろ側から眺めていた。
悲しいとか、悔しいとか、そういった感情は不思議とさっぱり沸いてこなくて、
ただ、私の死体の前でひたすらに嘆く両親を見ながら、
死にたくないと心の中で思った。
何度も何度も、
両親が私の名前を呼ぶ回数だけ、
私は心の底からそう思った。

私は、自分が死んだということを否定したかった。
両親に、自分は此処に居るから悲しむことはないんだと、ずっとそう言いたかった。
だからだろう。
私が何度も船の上の人間に恐れられようと挑戦し続けたのも、
魔女ローレライを名乗ろうとしたのも、
私がここに存在すると、誰かに認めてもらいたかったからだ。


少女は、息を切らし今にも崩れ落ちそうな体制の中、
それでも必死に歌いながら、
少女にとってあまりに巨大すぎる貨物船を誘導しながら、
そんな自己分析に興じていた。
もう何十分歌い続けているか分からない。
積み重なる疲労感は少女の気力だけでなく、存在そのものを奪っているように感じる。
文字通り、自分で自分の身を削る行為。


だから、
だから本当は、
こんなことはしたくない。
今日やっと少女のことを認識してくれるゆっくりと人間に、
たった一日で二人も出会えたから。
私はまだこの世界に居たい。
もう二度と死にたくない。

けれど、
このまま、あの船を見捨てれば、
たくさんの人がきっと嘆いて悲しんで後悔する。
あの時の私のように。
あの時のパパとママのように。
いっそ一瞬で一度にみんな死んでしまうくらいの事故だったら、
みんな同じように死んでしまっていたならば、
少なくともこの海の上で悲しむ人は居なかったのだけれど、
既に、乗客の半分は脱出済だから、
これから、悲劇はいくらでも生まれ得る。
だから、まぁしょうがない。

それに、これは我儘だ。
悲劇だ嘆きだなんてもの、もう二度と見たくない。
見たくなかったから、そんなもの否定したかったから、
私は今日の今までこの海に存在していたんだ。

死者が生者の命を救う。
それがあってはならない、この世界の理から遠く離れたタブーだったとしても、
やっちゃならない道理にはならない。

少女は今一度力を振り絞り、両手を広げ高らかに歌う。


‐漕ぎゆく舟びと 歌に憧れ‐
‐岩根も見やらず 仰げばやがて‐
‐浪間に沈むる ひとも舟も‐
‐神怪き魔歌 謡うローレライ‐


悲劇も嘆きも、この掌の上で好き勝手弄んでやる。
この海の上にある限り、自分は魔女ローレライなのだから。

ローレライは、その為に此処にあり続けた存在だから。












4月15日 早朝。
航路を激しく外して進行していた貨物船『油津来里丸』が、沈みかけているゆイタニック号を発見。


「船長、お気を確かに船長!!」
「う、うう。ああ‥大丈夫だ。私は‥どれくらいの間気絶していた?」
「自分も先ほど起きたばかりですが、おそらく1時間弱ほどかと‥。そんなことより船長、あれを!!」
「あれは‥、ゆイタニック号か‥。それほどまでに航路をずらされたということか‥。しかし、あの様子は」
「はい、沈没しかけています。しかも、まだ避難しきっていない乗客がいるようです。救命ボートは積まれているはずですが‥、一体、何があったのでしょうか?」
「くそ、今日は何という日だ。今すぐ、全クルーを叩き起こせ!救助活動に向かう!」
「しかし船長、この船は貨物船です。あれだけ多くの人間を乗せられるスペースは‥」
「ならばその分を叩き下ろせ。この船に、人命以上に重い積荷など乗ってはいない」
「は、はい!了解しました!!」


同時に、『油津来里丸』クルーらによる迅速な救助活動が行われる。
これにより、多くの人とゆっくりの命が救われることになった。


「救助が来た‥ 僕たちは‥助かるのか」
「左様で御座いますかぁ」
「うわぁ!!師匠!いつ戻ってきたんです!?」
「そりゃあの船と一緒にな。どうやら間に合ったようだな」
「これは‥、あの子が呼んできたんですか?」
「そんなことよりリボン返してくれよな。この状態疲れるんだからな」
「そんなことって‥、答えてくださいよ!あの子はどうなったんですか!?あの船はあの子が連れてきてくれたんでしょう!?」
「ああ、はいはい。左様左様。るーみあはちょっと手伝いしただけだしな」
「それで‥、あの子は?」
「分不相応の力を使った存在がどうなるか‥、坊やにも教えたはずだがな?」
「それじゃ‥もう‥?」


しかし、どうして『油津来里丸』がコースを大きく外れて、ゆイタニック号を見つけることが出来たのか、その明確な理由は未だ解明されていない。
船員達の証言によると、突然舵が効かなくなり、止むを得ず機関部を直接停止させようとした矢先に、暗闇に襲われた、ということだが、どうも要領を得ない。
しかも、『暗闇の中、何者かに襲われた』ではなく『暗闇そのものに襲われた』というのだから、尚更理解し難い話である。
また、一部のクルーからは、『海の向こうから少女の歌声が聞こえた』という証言もあり、調べれば調べるほどオカルトめいた背景が浮かび上がる。


ゆっくりるーみあと少年が再開する5分ほど前。
海上。
それは、そこに浮いていた。
普通の人間やゆっくりには決して見ることのできない、
とっくの昔に身体を失った虚ろな存在。
それは既に人の形すら失ってしまっていた。

それでも、彼女はまだそこに居た。
ゆっくりるーみあは彼女に近づき、声をかける。

「まさかな、本当にやり遂げるとはな」
『‥ぇ ‥ ‥ い ‥ ?』

彼女には既に口にあたる部分が存在していなかった。
だからだろうか、それまでのようにはっきりした言葉を喋ることはできないようだ。

「ああ、全部お嬢さんの思惑通りだな、賞賛に値する」

それでもゆっくりるーみあは少女の言葉の意図を読み取り、的確な返事をする。

『‥  ゃ ‥   でも ‥』
「それと、良い歌だったな。とても良い歌だった」
『 ‥  も  で  ‥ い  ?  へ ‥ ぇ』
「ふん、このるーみあが心の底から何かを絶賛するなんて、すげぇ貴重なんだがな」
『 ふ  ふ ‥  え  そ‥  に‥』
「なーんだーとー」

『ね‥  、私 ‥ こ   終わ ‥の?』 

「ああ、お嬢さんの幽霊ライフはこれで御仕舞な」
『 っか』
「だから止めとけって言っといたのになぁ」
『い‥よ、 私 ‥  もう  ‥ 死   る  』
「るーみあ的には、よくないなー」
『そ か‥』

そして彼女は、
とても残念そうに、
けれども確かに笑いながら、

『ありがと、るーみあ。お兄さんにも宜しくね‥』

ちょっと照れるように、最後に一言、
はっきりと聞こえる声でそう言った。

「ああ、こっちこそ、ありがとなー」

少女は笑顔で頷いた、ように見えた。
その直後、少女に僅か残っていた力が急速に失われ、
眼に見えることのできない彼女は、ゆるやかに堕ちて行った。
重力にならい、
海面に向けまっすぐに、

そして、海面に何かが落ちる音をゆっくりるーみあは確かに聞いた。

「ああ、一応の御別れな、お嬢さん」

ゆっくりるーみあは、眼をそらさず海面を見つめ続けた。


結局のところ、その時『油津来里丸』で何が起こったのか、何一つ明らかにされていない。
しかし、我々の知識が測り知れぬ何らかの現象が起きたことは確からしい。
巷で噂になっている『金髪宵闇』と呼ばれるゆっくりの仕業、
マリーセレスト号に代表される幽霊船現象の一つ、
クラーケンに代表される伝説の海獣によるもの、等など様々な、
法螺話にしか聞こえない仮説が最もらしく主張される中、真実を明らかにするのは不可能といえるだろう。
だが、そんな法螺話の中、一部の生存者の間でまことしやかに囁かれている仮説がある。
それは‥、






4月15日 午前7時。
貨物船甲板。


ああ、重い。
まぶたが重い。
いや、まぶただけじゃないみたいだ
腕も脚も、胸も頭もお腹も、身体全体が酷く重い。
まるで身体の色んな部位に重りが一個一個、縛りつけてあるみたいだ。
死んだら天国に行けると思ってたのに、どうも身体は重力に引っ張られる。
地獄行きになるような悪行に心当たりはないけどなぁ。
あ、そっか。
親より早く死んで悲しませた子供は地獄に落ちるって話があったっけ。
じゃぁ、しょうがないのかなぁ。
うう‥、地獄って痛いんだろうなぁ。

「   ‥さい!! きて‥!  しっか‥   しっかりしてください!!起きて!!」

うう、五月蠅いなぁ。
耳元でそんな大きな声出さなくてもいいじゃない。
ああ、眼がちょっと痛い?いや、眩しいんだ。
眩しい。
そっか、今は朝なのか‥。
だから、こいつも起きろって‥。

でも‥、誰かに起こされる経験なんて、何十年振りだろう。
なんせ私が死んでから、朝起こしてくれるママの呼び声なんて聞かなくなったし、そもそも別に眠らなくても良い存在になったし‥、‥?

「起きてください!大丈夫ですか!?」
「うん? あれ? え?」

そこで、黒衣の少女はやっと眼を覚ました。

「ああ‥?ええと、お兄さん?」
「良かった‥起きましたね」

少女の眼の前には、そう言って安心そうに微笑む、黒いコートを着て眼鏡をした金髪の少年がいた。

「ええと、ここどこ?」
「『油津来里丸』、君がここまで運んだ貨物船の甲板です」

言われて、少女は自分が寝ている床が上下に揺れていることに気付いた。

「船の上?」
「そーなのなー」

声をした方向を見つめると、いつもの能天気そうな顔をして、赤いリボンをした金髪のゆっくりが中に浮かんで少女の顔を見つめていた。

「るーみあ?」
「また会えたなー、お嬢さん」

そして、少女は上半身を起こす。
そこは確かに少女が運んだ貨物船の甲板の上だった。
はらり、と、少女に被さっていた毛布がはずれる。

「え?」

少女はその感触に大きな違和感を覚え、顔をしかめる。
と同時に、

「あら、良かったぁ。起きたのね!」

子供を胸に抱いた中年女性が嬉しそうに彼女の顔を覗き込みながら言った。

「あ、あなたは‥? てか私‥?」

自分のことが見えるのか? 
少女がそう聞く前に、女性は少女の問いに答える。

「私もあなたと一緒。この船に助けられたの。助かってよかったわね、お互いに」

そして少女に向けてにっこりと微笑む。
そこで、少女は気付いた。

(確か‥この人、船の中で子供を捜していた‥。それで、私とるーみあが捜してあげた)

だが、少女の考えがまとまる前に、また別の声が少女に向かってかけられた。

「お嬢さんが目覚めましたね」
「うー!うー!」

少女の脇にはいつの間にか同じように少女に微笑むゆっくりさくやとゆっくりゃが居た。
ゆっくりゃは嬉しそうに少女に向かって頬ずりをしている。

「お嬢ちゃんも運が良かったなぁ。この船が海に浮いとるお嬢ちゃんを見つけて引き上げてくれんかったら、お嬢ちゃん今頃海の底やで」

気の良さそうな笑みを浮かべるのは、センスを煽ってふんぞりと座っているきもんげ社長。

「良かったね、お姉さん」「ゆっくちちていっちぇね!!」

ゆっくりれいむの親子が。

「まりさは目覚めると信じてたぜ!本当だぜ!」

ゆっくりまりさが。

そして、人間の老婆が。
若いカップルが。
ゆっくりもこうが。
ゆっくりみすちーが。
仲睦まじい夫婦が。

様々な人間やゆっくりが甲板の上で、少女を穏やかな顔で見つめていた。
少女はそんな現状をポカンとした顔で受け止める。

「え‥どうして‥ なんで‥?」

(どうして皆私が見えてるの?ていうかどうして私まだ存在し照られるの?それより、この身体ってまるで‥)

少女が横になっている時、その身体には毛布が掛かっていた。
それまでの、幽霊であるはずの体なら、少女が身に纏っている衣服以外の物体が彼女に触れることはないはずだ。
それ以前に、ゆっくりるーみあや黒コートの少年以外に、自分の姿が見られてること、それ自体がおかしいのだ。
これではまるで、

「私‥生きてる‥?」
「ええ、本当に、助かってよかったわね」

中年の女性が笑顔で少女の頭を撫でた。
その手の平は、確かに少女の頭に触れた。

「うひゃ」

びっくりして、つい甲高い声を出してしまう。
久々に頭に乗った感覚は、少しくすぐったくて、暖かった。
少女は信じられないという顔をして、女性に撫でられた部分を右手で摩った。
そして、答えを求めるように、少女の脇で浮いているゆっくりるーみあの方を見る。

「どうしたのな、お嬢さん?お化けでもみたのかなー?」
「ち、ちが‥。じゃなくて、えっと、ねぇ‥どういうことなの?おかしいじゃない、私は、消えちゃうんじゃなかったの?」
「そーなー。この近海に出没していた幽霊少女は消えたのなー、幽霊だったお嬢さんとは永遠に御別れなー」
「いや、だから、どうして生き返ってるのよ!?」

ゆっくりるーみあはニヤリと笑い、少女にだけ聞こえる小さな声で耳打ちする。

「言った通りなのなー。『死人に生きた人類を救うだけの力はない』、『分不相応の力を振るう者はこの世界に存続できない』。だから‥」

るーみあはちょこんと少女の頭の上に座る。

「生きた人類を救ったお嬢さんは、既に『幽霊』でも『死人』でもない。『死』という現状を否定し破壊し尽くして、より高い、分相応の力を持った存在に昇華しました」

ちょこちょこ、ちょこちょこと、ゆっくりるーみあの金髪が少女の口に伸び入って犬歯をいじる。

「ひょ、ひょっと、何するのー」

少女は自分の口に指を入れてゆっくりるーみあの金髪を追い出した。
と、同時に気付く。
自分で触ってみた彼女の犬歯は、やけに鋭く尖っていた。

「これ‥なに?」
「妖怪の歯」

少女の疑問にゆっくりるーみあは、ニィと笑って簡潔に答える。

「えと、つまりですね。幽霊としての潜在能力を裕に超えた力を出したあなたは怪異レベル2、妖怪クラスの存在にクラスアップした訳です」
「は‥はぁ‥ えぇ?」

まだ状況を把握できない少女は軽く頭を抱えて考え込む。
生き返った‥じゃなくて、妖怪になった?そもそもこの世界に妖怪なんて存在が居たこと自体が、少女にとって寝耳に水だ。

「まぁ、難しく考えないでください」

少年は苦笑する。

「今なら、お嬢さんの姿はみんなに見えるのなー。そして、お嬢さんには、今度こそ本当に力がある。もう何だってできるのな。お嬢さんがずっと望んでいたことも」
「私が‥望んでたこと‥」

少女は自分の手の平をまじまじと見つめる。
少女がずっと、この世界に存続し続けてきた理由。
少女がずっとしたかったこと。
懐には、少女がずっと持ち歩いていた手帳がある。

(ああ、そっか。私は‥ずっと‥)

少女はすっと立ち上がった。
何事かと、周囲の視線が少女に集中する。
少女はニヤリと笑って、その視線に応えるように両手を振るう。

「アハハハハ、アァハッハハハッハ!!」

突然、凶悪な笑顔で笑いだした少女の様子に、周囲の人、ゆっくり達は驚愕の、そして心配そうな表情を向けた。
えっと、この娘だいじょうぶかしら、頭とか打ったのかしら?的な。
だが、ゆっくりるーみあと、黒コートの少年はそんな少女の姿を見て、満足そうな笑みを浮かべる。

「皆さま、お初にお目にかかります。私はローレライ。この海域に住まう魔女」

そして、次の瞬間、
少女は勢いよく大空に向かって飛び上がった。
その両手は、いつの間にか黒色の大きな鳥の翼に変形している。
力強い羽ばたきで、少女は空中に留まり更に語る。

「そして、船惑わす呪われし魔歌の歌い手。終わりの翼のローレライ」

「きゃぁ」「何やと!」「うー!」「あらまぁ」「ゆ、うわぁあああああ」「うわぁああああああああああ」

その少女の異形なる姿を見た人、ゆっくりは例外なく恐れと驚愕を織り交ぜた表情で空を飛ぶ少女を見つめる。
少女は今、この上ない畏れと共に、人々に見つめられていた。
その様子を見て少女は満足そうに微笑み、新しい身体のパーツを試すように中空で1回転する。

「おい、そこのるーみあ!あの娘はいったい何者なんや!それに‥、ろーれらいって確かワシを助けたってお前さんが手紙で言っといた」

きもんげ社長だけでなく、ゆイタニック号の中でるーみあと少女に助けられた人、ゆっくりはみな『ローレライ』という名前にそれぞれの反応を示す。

「そーなのなー」
「ええ、あの子こそがローレライ。僕らの命を救ってくれた、この海域で最も恐ろしい魔女の名です」



伝説がある。
嘗て、かの有名なゆイタニック号が沈没した海域に出没するという魔女の伝説。
曰く、遭難したボートを付近の海岸まで導いた。
曰く、溺れた子供をすくいあげ元の船に戻してあげた。
曰く、海賊船の武装が何の前触れもなく海に落とされた。
曰く、船上で宴会を開いていたらいつの間にか紛れ込んでいて、何曲か歌った後に気分良く去って行った。
出現率の高さに定評のある、半鳥半人の黒衣の少女の伝説。

「さぁ畏れ戦き震えてブルって泣き叫べ!そして、末代まで知らしめよ。あんた達を救った魔女の名を!!」

海の上に現れる、魔女ローレライの伝説。

「破滅の権化、麗しの妖魔、終わりの歌、魔女ローレライがここ居るよ!」


その伝説が今、始まった。












            海上の船上のローレライ  fin




歌詞引用先
http://www.d-score.com/ar/A02111103.html
「ローレライ」原曲
作曲 フリードリヒ・フィリップ・ジルヒャー
日本語訳 近藤朔風










後書き
  • ゆっくりSS‥?とか呟いたそこのあなた、あなたはとても正しい。
  • オリキャラでしゃばりすぎなSSを延々流してごめんなさい。おかしいな‥草案時にはもっとこうゆっくりと人間が協力し合う感じのSSだったのに。
  • 企画だからしょうがない、しょうがなかったんや‥とか思って自分に言い訳している私はきっと間違ってます。絶対に真似しないでください。
  • キャラの一部が厨二魂を持っているのは作者の影響です。
  • キャラの一部の性能が厨二なのは作者の趣味です。
  • かぐもこが俺のジャスティス。


  • 「しかし船長、この船は貨物船です。あれだけ多くの人間を乗せられるスペースは‥」
    「ならばその分を叩き下ろせ。この船に、人命以上に重い積荷など乗ってはいない」

    かっこいいー!!
    ちょっとくらくらしたです。 -- ゆっけのひと (2009-06-10 07:09:53)
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最終更新:2009年06月10日 07:09