ちらりと時計を見ると、もう23時になっていた。
私が見張りを始めたのが昨日の20時だったから、もうとっくに1日経っている。
見張りなんてのんびり海面を見ていればいいんだからさぞゆっくりできる仕事なのだろうと思われがちだが、そんな事はない。
常に海に気を配り、わずかな変化も見逃さないために集中力を維持し続けなければならない。しかしほとんど変化のない海を
見続けるわけだから体感時間はもの凄く長く感じる。単純だが、過酷な仕事なのだ。
「ちょーかわしろい」
後ろに座っているにとりさんが、突然そんな事を言い出した。
『ゆっくりもみじの憂鬱』
「ちょーかわしろい」
また言った。大事なことなんだろうか。
正直言って、無視したかった。徹頭徹尾、ダンマリを決め込みたかった。
だが放っておくといつまでも言い続けそうなので意を決して相手をすることにする。
「…なんですか、それ」
「私を褒め称える新しい言葉。はやる?」
案の定、くだらない事だったらしい。
「はやりませんよ」
「そうかなぁ…」
落ち込んだようだ。自信があったのだろうか。
「ゆうべ寝ないで考えたのに…」
「他人が徹夜で見張りやってるのになにやってんですか!せめて寝てくださいよ!」
つい大声を上げてしまった。一瞬、これが原因でゆっくり関係がギクシャクしたら嫌だなと思ったが、この場には
私とにとりさんしかいないしそのにとりさんは「てへっ☆」となんともムカつく反応をしてくれた。
「そういえばもみじ連続でやってたんだっけ。あれ?もみじろうは?」
「弟ならまだ部屋でふさぎこんでますよ」
そう、本来見張りの仕事は私と弟のもみじろうの二交代制だった。
だが昨日、その弟は遠距離恋愛していた彼女にフラれた(別のゆっくりになびいたらしい)ようで、ずっと部屋でふさぎこんでいる。
「もみじろうもねえ…ほら、アレだったらよかったのに」
「なんですか」
「にとられ属性」
「あなたそれ言いたかっただけでしょう」
後ろから「ゆふふ」と笑い声が聞こえた。私は振り向かない。振り向けばきっとにとりさんが「してやったり」といった顔をしているだろうから。
わざわざそんなムカつくもの見たくない。
放置していると、後ろからぽりぽりぽりぽり、何かをかじる音が聞こえてきた。
「きゅうりうめえ。もみじも食べる?」
「いりませんよ」
「きゅうりにはちみつつけて食べる?」
「だからいりませんって。メロンの味もしませんよ」
「じゃあたまねぎ食べる?」
「殺す気ですか!」
流石に今度は振り向いて怒鳴った。そしたら本当にたまねぎを持っていた。なんでそんなもの持ち込んでるんだ。
それからしばらくは沈黙が続いた。時折にとりさんが「劇団にとり…違うな…」などとぶつぶつ呟いていたが全て無視した。
そして30分おきに書き込む見張り帳に「特に変化なし」と書き込んでしばらく後…突如として轟音が鳴り響いた。
「もみじ…おならだったらトイレでしてよ…」
「違いますよ!」
言いながら私はすばやく状況を確認する。どうやら氷山にぶつかったらしい。
さっき見た時は避けられない位置ではなかったハズだが…まさか氷山を発見できていなかったのだろうか。
「どうも氷山に衝突したみたいですね」
「マジで?沈んじゃう?」
「このままいくと、おそらく」
「やばいよ。早く逃げないと」
「ああいや、衝突したのは『ターゲット』の方ですよ。それに、『もともと沈んでる』じゃないですか」
そう…『もともと沈んでいる』のだ。ここは潜水艦なのだから。
潜望鏡からは遠くに浮かぶ氷山の傍らで不自然に傾いている客船『ゆイタニック号』の姿が見える。
我々海賊潜水艦「ニトリンベル」の一味は数日前からあれをマークし、ちょっかい出してやろうと思っていたのだが
艦長のにとりさんが「いまひだまりスケッチ観てるから後で」とか言って今まで手出ししないでいた。
「それはそれでマズいね。状況わかる?」
「ここからだと遠いのでなんとも…氷山にぶつかって船体に致命的なダメージを負っている所まではわかりますが」
「じゃあ偵察飛ばそう。『きめぇ丸さん準備お願いします』」
接近すれば詳しい状況もわかるのだが、沈みかけている船に無闇に近づくわけにはいかない。
海賊潜水艦という性質上、うかつに見つかってしまうのもあまり好ましくない。
そこで飛行能力を有し、必要に応じて上空からの偵察・哨戒行動を行うきめぇ丸さんの出番となるわけだ。
内線でにとりさんがきめぇ丸さんに出動を要請、状況を説明する。
『おお、了解了解』
「『じゃあ出しますね。よろしくお願いします』」
きめぇ丸さんを搭載したロケットが発射され、海上に出たところで空中分解。きめぇ丸さんがカメラと通信機を持って飛び立つのが潜望鏡から見えた。
…そろそろ現場上空に着いた頃だろうか。それにしては何の音沙汰もないのが気になる。
「…通信、ありませんね」
「あっ」
にとりさんが間抜けな声をあげた。今度は何なのだろう。
「通信機とアイスモナカ間違えて渡しちゃった」
「なにやってんですか…」
「もみじの」
「なにやってんですか!」
本当に、何をやっているのだろうこの人は…あれ楽しみにしてたのに。
その頃、現場上空――
「おお、ボーノボーノ(うめえうめえ)」
「とにかくきめぇ丸さんからの報告は期待できそうにないね…」
あなたのせいですけどね。
「しょうがない、ジェットダイバーを使おうか」
この艦にはにとりさんが作った役に立つもの立たないものが数多く積んである。(大半は後者だ)
その中の一つが『ジェットダイバー』、ダイバー用の強力な推進機関で、艦に先行して工作する時などに使われる。
あれ?でも…
「『発進よろしく』」
「ダイバーのぱるすぃさんって確か、前に立ち寄った港町で降りてましたよね。誰行かせたんですか?」
「ちぇん」
『ちぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!』
そして海上に黒と黄色の塊が浮かんだ。
…
「あちゃあ」
「おお、むーざんむーざん」
水に弱いちぇんさんは結局、海中に出た時点で目を回して気絶してしまった。
ついでにそれを追って装備無しで海中に出たらんさんも二の舞を演じた。
二人を回収しに浮上したところでタイミングよくきめぇ丸さんが戻ってきてくれたのがせめてもの救いか。
「とりあえず二人は後で医務室に運んでおこう。で、きめぇ丸さんどうでした?」
「おお、報告報告」
にとりさんときめぇ丸さんは向き合うと、お互いの目を赤くビカーっと光らせて…
「なんですかそれ!?」
「IrDA(赤外線通信)」
「そんな事できたんですか!?」
「練習したらできた」
「おお、精進精進」
すぐに目は元に戻った。通信終了したらしい。
「じゃあ、きめぇ丸さんお願いします」
「おお、合点合点」
「もみじ、私達はブリッジへ」
「あ、はい」
きめぇ丸さんは再び飛び去っていった。
「…にとりさん、結局どうだったんですか?」
「うん、きめぇ丸さんからの報告によるとね…」
[報告:客船ゆイタニック号の現状 報告者:きめぇ丸]
まず私が感動したのは、その皮だった。湿気ることなくしっかりと乾燥していたその皮は噛むとパリッという心地よい音を立てて割れ、
口の中にほのかな香りを漂わせる。続いて舌に触れたのはバニラアイス。とろりと溶けたそれは瞬く間にミルクの風味と
バニラの甘い匂いを口全体に広がらせ、先ほどの皮との絶妙なハーモニーを奏でる。至福の時をかみ締めて最後に現れたのは
板チョコだ。バニラアイスの中に隠されたサプライズ・チョコレートは香ばしい皮、甘くとろけるバニラアイスとはまた違った
ほんのり苦い甘みをかもし出し、そしてそれらは一体となって口の中にとどまらず私の全身をしあわせー!で包み込んだ。
船はすぐ沈みそうだった。
「…ほとんどモナカの感想じゃないですか。それできめぇ丸さんはどちらに?」
「アイス買いに」
「船は!?」
「私ときめぇ丸さんの2個分」
「私のは!?」
そんな事を言っている間にブリッジに着いた。
「いろいろ言いたい事はありますけど、これからどうするんです?」
「このドサクサに紛れていろいろかっぱらってこようと思ってる。とりあえず艦を寄せなきゃね」
まぁ、どうせ沈む船だ。多少積荷をいただいた所で問題あるまい。私達は沈み行くゆイタニック号に向けて艦を進めた。
「これは…思っていた以上に早く沈みそうですね」
ゆイタニック号は酷い有様だった。どう酷いのか考えるのめんどくさいんで描写は省くが、とにかく酷い有様だった。
「これじゃ積荷を回収する間もなく沈んじゃいますよ」
「しょうがない、アレを使おう。全艦トランスフォーメーション!」
そう言うとにとりさんは艦長席にあるハンドルを回した。
正面モニターの隅に表示されていた『巡航』の文字が『変形』に変わり、艦内放送が流れる。
『これよりトランスフォーメーションを開始します。全クルーは所定の位置でゆっくりしてください。
繰り返します、これよりトランスフォーメーション…』
そう…この潜水艦ニトリンベルには変形機構が備わっている。にとりさんがノリで付けた機能だ。
放送の後、艦内を微弱な揺れが襲った。艦首部分が二つに割れて足になり、船体の両サイドに付いている小型艇は腕に。
艦尾にある主推進機関は船腹にあるレールを使って腰の部分に移動し、頭のない人型になったニトリンベルはその身体を起こした。
「じゃ、後よろしく」
にとりさんは専用通路を通り、元は艦尾だった場所…『頭』の部分に飛び出し、ドッキングした。
潜水艦ニトリンベルが変形したボディに艦長のにとりが合体したロボット…それこそが、海賊潜水艦ロボ・アクアニトリオン!
『にときもちいいっ!』
「はいはい」
合体すると気持ちいいらしい。良い子の私にはよくわからない。
しかし常々思っているのだが、このバランスの悪さはなんとかならないのだろか。もともと潜水艦だったボディに
(大きさは)普通のゆっくりであるにとりさんが合体しているため、頭身がえらいことになっている。
『GO!アクアニトリオン!』
アクアニトリオンは沈み行くゆイタニック号の下方に取り付き、その両腕で船体を持ち浮上を試みる。
ちなみに制御の優先権はにとりさんが最上位になっているので、ブリッジからは何も出来ない。
『たかが客船ひとつ、ガンダムで押し返してやる!』
「いまはっきり『ガンダム』って言いましたね!?」
しかし大型客船+アクアニトリオンの二つを浮上させるには推力が足りないようで、沈没速度を緩めるにとどまっている。
このままだと翌朝の日の出あたりには沈みきってしまうだろう。まぁ積荷をいただいてくる時間くらいは稼げるか。
いい加減疲れたので自室に戻って寝ようと思ったとき、ふと気づいた。
「…にとりさん、積荷を回収するんですよね」
『そうだよ』
「誰が?」
ニトリンベルクルーの状況
にとり:アクアニトリオンの頭部
きめぇ丸:アイスを買いに行った
もみじ:ブリッジにいる
もみじろう:失恋のショックで引きこもり
ぱるすぃ:前の港町で降りた
ちぇん:医務室でダウン
らん:同上
…嫌な予感がする。
『それはもちろん、もみじが』
ああ、やっぱり。そうだよね、手の空いてるのって私しかいないもんね。
私は寝るのを諦めて、ダイバースーツに着替えてゆイタニック号に移る準備をした。
ええと、なんだったっけ。こういった状況を表現する言葉が何かあったような…
…
ああ
思い出した。
「ちょーかわしろい」
-おしまい-
書いた人:えーきさまはヤマカワイイ
- モナカアイスが好きなきめぇ丸可愛いwww突っ込み役のもみじは本当に大変だなwww
-- 名無しさん (2009-06-08 18:36:14)
- 変形シーンが面白過ぎる。「所定の位置でゆっくりしてください」が何かツボりました。
なんていうか、チョーかわしろい -- 名無しさん (2009-06-10 13:15:42)
- にとりがいいキャラしてるね。これはもみじが大変だ。それにしてもなんでもみじはいじられ役が似合うんだろ? -- 名無しさん (2009-06-13 00:40:22)
- モナカレポートに噴いたw
ちょーかわしろい! -- 名無しさん (2009-07-28 02:09:01)
最終更新:2009年07月28日 02:09