「世界は私のものウサ」
食堂での事だった。
朝稽古を終えたてんこといく、ちぇん、その他人間が10名ほど食事を摂っていると、てゐが入ってくるなり言った。
額に一枚の花札らしきものが一枚
肩周りには、ダンボールらしき素材の箱を被り、底に穴を開けて両腕と胴体を出しているため、もの凄く動き辛そう
だった。
箱の表面には、同じく札が9枚ほど付着されている。
「この世界は、私がもらうウサ」
多少気にはなったが、3人はちらりと見上げただけで、再びフォーメーションの話に戻った。
大会が近いのだ。
食堂は一階にあったが、やや掘り下げられた場所に作られ、入り口から4つ分の段差があった。ゆっくりにしてみると、
少し不親切な作りだ。
てゐはその入り口の所にいたので、ちょうど全員を見下ろす形となる
解り安く、図に書いてみながらいくはてんこ達に説明を続けた――――が、二人の興味は、既にディフェンスの打ち合わせ
から完全に離れている事が解ったので、嘆息しつつ、バッグからファイルを取り出した
「続きが見たくって!!!」
「本当は私もです」
先月、乗船したいた豪華客船が沈没し、命からがら脱出したのだが、その時居合わせた秋姉妹の姉の方が持っていた、
小学生時代の妹達が書いたリレー小説だという
コピーだが、結構な量があるので、にまにまと笑いながら読むには少し時間がかかった。その時いなかったちぇんと、少しずつ
読み進めるのが、近頃の楽しみだった。
「何回読んでも、もみじの設定だけの話で噴くね!!!」
「本当に、当時は困ったでしょうねえ 空気読めてませんよねえ」
「読めていないのはお前等ウサ」
てゐはまだ立っていた。
と――――よく見ると、帯剣している。
二刀流である。
どこかで見覚えのある剣だった。
「朝練、今日は来なかった事は別に誰も怒っていませんよ」
「気まずくないから、一緒に食べようねえ」
「ほう・・・・・・・一緒にか」
そこそこ重そうな剣なのに、てゐはその場でぶんぶか振り回しながらさも見下した様に言った
「お前等は、何で違う席で食べているウサ?」
―――そう
手前の一段低いテーブルは、いつも、いく・てんこ・ちぇん・ちるの・てゐが使う場所。専用といえば
聞こえはいいが、人間は単に寄り付かない。
逆に、奥の方は人間だけが悠々とくつろいでおり、ゆっくりがそこで食事を摂る事はまず無い。一々
厨房から受け取って入り口付近まで移動するのは面倒なのだが、いつも、そこら辺で食べる事ができない
「いや………別に、差別している訳じゃないぞ。ただ、何となく距離がなあ」
「ま、あいつらはあいつらで、個人戦とダブルスだから。こっちとちょっと違うからさ」
「そんな事を聞いている訳じゃないウサ」
筋骨隆々な外見に反し、気まずそうに説明する人間のキャプテンをも見下し、てゐは続けた。
これでも、普段はちゃんと敬語を使っているので、既にこの時点で噴飯ものなのだが、誰も逆らえなかった。
「第一、お前等個人とか関係なく、団体では同じレギュラーのはずウサ。練習中は改まって話すくせに、こういう時には
決して一緒に食べようとも話そうともしないウサ」
「単に、このテーブルはゆっくりには使いやすいけど、人間には小さすぎる。それだけの事ですよ」
事も無げに言い、続きが早く読みたいイク。
「本当にそうウサ?なら、何で人間の方へお前等は行かないウサ?」
と、思い切り不愉快な音でテーブルを叩き、よく見えるように椅子どころかテーブルの上に上ったのは、てんこ。
「確かに、私達の方から、人間を腫れ物扱いしていたのは認める」
「ついでに言うと、あの最奥のテーブルってレギュラーと幹部しか座っちゃいけないんですよ。今まであなたが座れなかったのは
そのためでもあるんですけどね」
「…………そうなの? ………この部活ってそこまで露骨な格差社会だったの? ――――それでも」
手を広げ、更に大声でてんこは言った
「私は、ゆっくりである前に、ここ ディノゾール大学・文学部独文学科・ ナックルホライズンボール部所属4年生・てんこ!!!
――― ゆっくりだとか人間だとかよく解らないけど、要は実力があってかっこよければそれでいいんじゃないの !!?」
「貴女にはその実力もありませんけどね」
「わかるわかるよー」
「でも」
慈愛に満ちた笑顔でイクはてんこの片足を掴んでテーブルから下りるように促しながら言った
「今の貴女は、本当にかっこいいですよ」
「いく…………」
「おお、いくてんいくてん」
時折見られる、こうした空気の読めないいちゃつきっぷりと、その反動から見られる通常の犬猿の仲っぷりが、実は他の部員から
孤立している要因でもあるのだが、キャプテンを初めとして、人間達はいささか感化されたようだった。
まず、副部長が立ち上がる
「私は、人間である前に、ここ ディノゾール大学・社会学部情報社会学科・ ナックルホライズンボール部所属4年副部長・アンドレイ・ウスチノフ!!!
こだわる事はやめよう!!! ゆっくり達とも、一緒のテーブルで食べようじゃないか!!!」
「同意だ!!!人間である前に、ここ ディノゾール大学・神学部神学科・ ナックルホライズンボール部所属3年・コンスタンチン・ガガーリン!!!
本当は、私もゆっくり達も、てんこ君の事も好きだった!!!」
「おお、こくはくこくはく」
「人間である前に、ここ ディノゾール大学・工学部ドラえもん研究学科・ ナックルホライズンボール部所属4年マネージャー・ワレンチン・カラシニコフ!!!
実は、パンツの線フェチなんだ」
食堂は告白大会と化した
厨房の人間のおばさん達は、皆感涙のあまり立ち尽くしたり、家族に携帯で連絡を取り始めたりしていた。
「やっぱり、ナックルホライズンボール部は一つだね!!! わかる! わかるよおおおお!!!」
ちぇんも号泣している
最後の方で、キャプテンがpixivで『ディフェンスに定評のある』タグで検索するのが日課だという事を知り、流石に皆ドン引きしたが、
涙を抑えつつ、イクが最後に立ち上がった
「私は、ゆっくりである前に、ここ ディノゾール大学・文学部仏文学科・ ナックルホライズンボール部所属4年生経理係・イク!!!
――― 皆今日は最高に空気読めてますね !!」
「……………」
「そして、こうして今までの変な空気を壊してくれた てゐさん。 ありがとう 最後はあなたの番ですよ」
「――私はてゐウサ」
てゐは今まで鞘に入れていた剣を抜刀した
刀身の色が、何か不自然で不安を煽る
「この世界の神となる者ウサ」
笑い飛ばしたかったが、作り物か本物か、とにかく刀が気になって皆表情が固まる
「何を言って………」
「最初から、こんな茶番をしなければならないなんて、人間もゆっくりも下らないウサ。―――私が今立っている段差みたいに」
と、てゐは4つの段差をぴょこぴょこと下りると、皆へ踵を返し、右手の剣をグルリと回した。その時―――刀身が、伸びた。
――――チクワ、といえばいいだろうか?
食堂の壁と床、天井に切り込みが入り、続いてその剣で、2段目を突くと、実際の爪楊枝に対してのチクワのように突き刺さり―――
てゐがそのまま腕を上げると、食堂に走った切込みが綺麗に切れた
そのまま、剣の先を、こびりついた汚れでも払う様に軽く振る。
瞬間、剣の先に「突き刺さったもの」は見えなくなり、恐らくキャンパスを越えた裏山の辺りで、何か途方も無く巨大なものが落下したらしい
轟音がここまで鳴り響いた。
段差はなくなっていた。
外の世界と食堂の間には、滑らかに抉り取られた地面だけが残されていた。
「私は、世界をこうするウサ」
漸く全員と同じ地面に立ったてゐ。
よく見ると、額のカードには、自身の絵があった。
「どういう事なの………?」
「この力があれば、世界をこうして隔たり無く、平らにすることなど容易ウサ。もう一々嘘なんて罠を張る必要もないウサ」
改めて驚いたようにちぇんが悲鳴をあげた
「あ、あの剣………」
「し、知っているのかね、ちぇん君!!」
「知らないけど、剣道部の道場で見たよ~」
「あーあれかあ……… 悪い心を持った人が持つと、自分が受けたダメージと同じ分だけの斬撃を周囲に放つって言う、『妖刀ムラマサ』」
「そんな伝説だっけ………? でも、詳しい事は解らないけど、あるよね、道場の裏手に、石に突き刺さったままの剣」
「引き抜いたのか………てゐ………………」
歴代の名うての剣道部員達でも抜けなかった剣。おそらく、極端な嘘つきしか抜けないとか、持ってしまうと、とりあえず悪魔に取り付かれて
邪心が肥大化するとか、まあそんな設定なのだろう。
とにかく、野心家のてゐだが、こんな大それた悪事や暴力に訴える性格ではない。第一、あの剣だけで世界征服などは、まあ無理だ。
しかし、今はこの部員達全員の命が危ない。
「目を覚ませ、てゐ!!!」
「黙れ」
「………馬鹿が力持ってしまうと、一番性質が悪い、っていうけど、小賢しい奴が更に悪どく、強くなるってもっと怖いですね………」
「もがががが」
倒れたテーブルの影で、いきり立って考え無しに抵抗しようとするてんこを懸命に抑えつつ、イクは考えを巡らす
「てゐ あなたは世界を征服してどうしたいんですか?」
「この世の境界線を、あのババア無しで全部なくしてやるのさ」
「境界っていうと?」
「お前等の言う、下らない 格差 だよ!!!」
何かコンプレックスでもあったのだろうか?
その時だった
「 ________________ryの境界線_______________________________________________________________
ry
________________神の境界線____________________________________________________________
真の勝者。
将来は全く明るい。女金すべてが自由。理由なく他人を殴っても許される。超エリート。 べジータ。鷲頭巌
________________チルノの境界線_______________________________________________________________
やっぱりあたいは最強ね!!!
」
トイレから出てきたのは、チルノ。
手には、白く輝く剣を携えている。
「あれ?あんなの今朝から持ってたっけ?」
「ガバディ部の壁に刺さってた剣じゃなかったけ?」
「あーあれかあ……… 清い心を持った人じゃないと持てないという、『レフトハンドソード』」
しかし、チルノは右手で持っていた。
「世界はあんたの好きにはさせないよ!!!するんなら、最強のあたいを倒してからね!!!」
「ふん………『レフトハンドソード』を手に入れたウサか………面白い」
どうやら、チルノの持っている剣に関しての情報は正確らしい。
強いかどうかはわからないが………
両手で持ち、本当に戦闘態勢をてゐはとった。
(二刀流だったが、もう片方は何の意味があったのかと思ってよく見たら、緋想の剣だった。てんこは何してる)
ちるのも構えを取る
「世界は私のものウサああああああああ!!!」
「そんなことより……… あ、『ブレード・ブレイド・オブ・ブレイド』!!!」
――直訳; 剣剣の中の剣 ???
恐らく、今考えた技名だろう
食堂は白い光に包まれた――――
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気がつくと―――食堂どころか、脇のプレハブ小屋、トイレ、花壇まで綺麗に無くなって、辺りは平らになっている。
しかし、ゆっくりも人間も、厨房にいた面々や用務員さん達も含め、皆無事だったようだった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
てゐも、ちるのも、安らかな顔で眠っていた。
比喩ではなく、別に死んだとかじゃなく、眠っていた。
てんこは、恍惚として涎を垂れながら寝そべっている。
「ふう・・・・・・・・・」
結局、あの剣はなんだったのだろう?
やはり、持ち主の悪意を増殖し、狂わせる何かがあったとは思う。
しかしだ
「悪い心を持たない者なんて、いるのかしら………」
ちなみに、チルノの剣は辺りを探したが、どこにも見つからなかった。
てゐの剣は、地面に刺さっていた
「とりあえず、剣道部に返却して詳しい事でも聞きましょうか……」
と、恐る恐る手をかけようとすると、代わりに軽々と抜いてくれた者がいる。
「あ、ありが………」
ちぇんだった。
「さっきいったよね。わかるわかるよー」
悪い心
ちぇんは、天使のような笑みで、ガタガタと震えるイクに、焔の様に真っ赤な口を開いて言った。
「世界は ちぇんのものだよー」
完
- こえぇぇー!!!
ちぇん、お前もか! -- 名無しさん (2009-06-28 22:38:36)
最終更新:2009年06月28日 22:38