ゆっくりもこ

妹紅と饅頭



蓬莱の人の形、藤原妹紅は、庵で暇を持て余していた。

この時間、友人の慧音は寺子屋で子供たちに勉強を教えているのだ、邪魔をするわけにはいかない。
最大の暇つぶしは輝夜との殺し合いなのだが、こんな昼間からそんな不健全な行為を行う気にはなれなかった。
自分も、慧音に絆され、随分と丸くなったものだ。
妹紅は小さく溜息を吐いたが、その表情はどこか幸せそうだった。

「そうだ、博麗神社にでも行ってみようかな」

妹紅は、先日弾幕り合った紅白の巫女のことを思い出した。
純粋な人間であるにも関わらず、人間離れした実力と、どこか不思議な雰囲気を漂わせる霊夢。
そんな彼女に惹かれ、あらゆる人妖が博麗神社を訪れるという。
霊夢の方も、賽銭を寄越さない客人たちでも、追い返したりはしないようだ。

「まぁ、邪険にされることはないでしょ。一応人間なんだし」

そう呟くと、妹紅は緋色の翼を広げ、神社へと飛び立った。




「なんだ、珍しい顔だな」

神社に降り立った妹紅に最初に声をかけたのは、霊夢ではなく、その隣で茶を啜る魔理沙だった。

「何よ、私が来たら行けない?」
「いや、悪くはないさ。ただ、珍しいなと思って」

それとも、私が知らないだけでお前もよくここに来るのか?と魔理沙が尋ねると、霊夢が代わりに答え、また尋ねた。

「妹紅がここに来るのは初めてよ。何か用事でもあるの?」
「別に用事はないんだけど、暇で暇で仕方がなくて」

一人でぼうっとしてるより、三人でぼうっとしてる方がいくらか楽しそうでしょ?と言うと、
魔理沙が、違いない、と笑って言い、
霊夢は、どうだかね、と呆れたように言った。




そうして、三人で茶を啜りながら他愛ない話などをしていると、ふいに霊夢が呟いた。

「そういえばあんた、前に饅頭怖いなんて言ってたわね・・・」
「なんだ、落語か?」
「いや…話のノリで言っただけよ。でも確かに、ここに饅頭が出てきたらあまりの恐怖に心臓が止まるかもしれない」

そうおどけてみせたが、

「あら、私にはそんな酷いことはできないわね。楽園の素敵な巫女さんはとっても優しいの」

と一蹴されてしまった。
というか、おまえは何を言っているんだ。

「そうだな、そういう悪戯は私の十八番だ。すぐ戻ってくるから大人しく待ってろよ? 」

魔理沙は、そう言い終らない内に箒に跨り、瞬く間に飛び去っていった。

「…お茶、お代わり」
「はいはい」




しばらくして、白い袋を抱えた魔理沙が戻ってきた。

「なぁに、それ」
「饅頭だぜ」
「動いてるわよ」
「動く饅頭だぜ」

ほら、と袋を開けると、中から飛び出したのは…

「ゆっくりしていってね!!! 」

楽園の素敵な生首だった。

「霊夢、初めて会ったときから人間とは思えない強さだったけど…やっぱり人間じゃなかったのね」
「何言ってんのよ、それのどこが私に似てるのよ。失礼ね」

そうは言っても、頭に付けた真っ赤なリボンは、まさに霊夢が付けているそれだ。
確かに、この生首の顔を霊夢だと言ってしまうのは、少し失礼かもしれないが。

「これはゆっくりれいむって言うんだ。最近神社の周りとかに増え始めたんだが、竹林の方にはまだいないみたいだな。どうだ、怖いか?」
「怖いっていうより、なんだか気持ち悪い」
「これで意外とかわいいところがあるんだぞ。わたしの飼ってるゆっくりありすも、頭を撫でられるのが好きで…」

魔理沙がれいむとやらの頭を撫でると、ゆーゆーと気持ち良さそうな声を出した。

「ゆっくりありす?」
「アリスみたいなゆっくりだ」
「そんなのまでいるのね」
「ゆっくりもこう、も探せばいるかもしれないな」

それは勘弁してほしい。

「で、これが饅頭なの? 」
「そうだよ!れいむ、おまんじゅうなんだよ! 」

魔理沙ではなく、その腕に抱かれた饅頭が答えた。

「喋るのね」
「しゃべるよ!すっごいしゃべるよ! 」
「うるさいわね」
「ごめんなさい!おこらないでゆっくりしていってね! 」

ゆっくりしていってね、か。
それでゆっくりという名前なのか。

「ほら」

魔理沙が、ゆっくりれいむを差し出した。

「何よ」
「これはおまえにやるよ、大事に育ててやれよ」
「は?」
「あら、良い退屈しのぎになるんじゃない? 」
「永遠亭もたくさん兎を飼ってることだしな、おまえも対抗してみたらどうだ。大事にしたら身体が生えて、存外役に立つかもしれないぞ? 」
「まさか!? 」

思わず受け取ってしまったが最後、ゆっくりれいむは妹紅の腕の中で、おねえさんよろしくね!と叫んだ。




「なんだ、ゆっくりじゃないか」

夕刻、庵に戻ると寺子屋から戻った慧音に会った。

「慧音、知ってるの? 」
「あぁ、無害だし、言葉を話すこともできるからな。里の子供たちに人気なんだ」

こんなものが流行るとは、最近の若い者の感性は不思議だ。

「おねえさん、こんにちは! 」
「あぁ、こんにちは。ほら、礼儀正しいだろう? 」
「うーん…こいつ、妖怪なんじゃないの? 」
「さぁ、どちらかというと妖精に近いような気がするな。何にせよ、妹紅がペットを飼うなんて、珍しい」
「いや、これは…」
「これを機に命の大切さを学んで、殺し合いだなんていうのも止めてくれると嬉しいんだが」
「それとこれとは別でしょ」
「む…まぁ、妹紅がこうした小さな命にも目を向けてくれたことが嬉しいよ」
「…」

妹紅も、不死とはいえ、命の重さ、大切さというものを忘れてしまったわけではない。
自分と輝夜は例外として。

ただ、ふてぶてしい顔をしてゆっくりを見て、命の大切さを説くことは、なんだか滑稽に思えた。

(殺しても死ななそうな顔ね)

だが、嬉しそうな慧音の顔を見ていたら、そんな無粋な言葉を口にすることが憚られた。

(まぁ、どうせ寿命も短いんだろうし、少しくらい飼ってやっても良いかな)

こうして、妹紅とゆっくりの生活が始まった。




朝、ゆっくりしていってね!!!という大声で目が覚めた。

「…うるさい…」
「おねえさんおはよう!!! あさだよ!!! ゆっくりおきてね!!! 」
「わかった…起きるから、静かにして。寝起きにあんたの声はきつい」
「わかったよ! ゆっくり静かにするね! 」

相変わらず大きな声だったが、それでも先ほどよりはいくらかマシになった気がする。
妹紅は、寝巻きからいつもの服に着替え、布団をしまう。

「そういえば、餌って何をあげればいいんだろう」

饅頭だから、砂糖などの甘いものが必要なのだろうか?
わざわざ菓子類を調達するのは面倒だ。

「れいむ、なんでもたべれるよ! おやさいも、おにくも、だいすきー! 」

それはありがたい。
妹紅は、いつものように川でてきとうに魚を捕ることにした。



道中、やはりれいむは騒がしかった。

不死鳥の翼を見て、火が怖いと泣き喚いたかと思えば、無理やりにでも抱えて飛んでみれば、お空を飛んでると大いにはしゃいだ。
青い空、澄んだ空気、生い茂る木々、鳥の囀り、そんな当たり前のもの全てが、れいむを喜ばせた。

きれいだね すてきだね たのしいね

そう言って笑うれいむが、なんだか羨ましく思えた。




川で魚を捕って、焼いてやる。
それを食べたれいむは、目を輝かせて叫んだ。

「しあわせー!!! 」

そしてガツガツと物凄い勢いで平らげていく。

「れいむ、おさかなはじめてたべたよ! 」
「そうなの? 」
「そうだよ! おみずはこわいから、おさかなはとれないの! おみずにぬれたら、ゆっくりできないよ! 」
「ゆっくりできないって、死ぬってこと? 」
「そうだよ! あんこがなくなったら、しんじゃうの! 」

そういえば、これは饅頭だったな、と改めて思い出した。
饅頭にも、死という概念があるのか。

「あんた、死ぬのは怖い? 」

れいむは、先ほどまてとは打って変わり、とても静かな声で答えた。

「とっても、こわい」




適当に暇をつぶして、庵に戻ってゆっくりしていると、雨がパラパラと降ってきた。

「ゆゆっ! 雨だ! ゆっくりできないよ!! 」
「馬鹿ね。家の中にいるんだからゆっくりできるでしょ」
「そっか! おねえさんすごいね!! 」

なんだか、ゆっくりに褒められてもあまり嬉しくないな。
むしろ馬鹿にされているような気がしてきて、軽く突付いてやれば、れいむはころころと後転していった。

「ゆゆ~!? 」
「あはは」

そんなことをしていると、ふいに、戸を叩く音が聞こえた。

「誰だ?」

出迎えれば、雨の中、永遠亭の兎が一羽、雨の中立っていた。
後ろでれいむが、いらっしゃい!! などと叫んでいるが、無視して話を始める。

「姫様が、いつもの時間に、いつもの場所で、と」

何のことはない、いつものお誘いだ。

「今日も?雨が降ってるんだけど」

兎が、その幼い顔に似合わぬ、意地の悪い笑みを浮かべた。

「殺り合う前から言い訳ですか?らしくもないですね。ここのところ負け続きですからね、臆病になるのも無理はないですけれど」

カッ、と全身が熱くなる。

「まさか。不死鳥は雨ごときで掻き消えたりはでしない。私の復讐の炎も同じことだ」
「そうですか、では」

兎は何食わぬ顔で去っていく。

「れいむ、私は出かけるからね。ここでゆっくりしてな」
「ゆっ!? おそとはあめがふってるよ! 」
「わたしはゆっくりじゃないから平気。輝夜と殺し合うってのに、そんなものを気にする方が馬鹿だったわ」
「ゆっ!? 」

しまった、口を滑らせた。

「ころしあいって!? だめだよおねえさん!!! ゆっくりできなくなっちゃうよ!!! 」
「あんたには話してなかったけど、私は死なないの。永遠にゆっくりできるのよ 」
「ゆっ!!? 」
「だから、殺し合いなんて別に―」
「うそだっ!!! 」

れいむが叫んだ。

「嘘じゃない、なんならあんたの前で死んで見せようか?すぐに生き返るよ」
「ちがうよ!!! ちがうの!!! 」

れいむは、駄々をこねる子供のように、ぐずぐずと続ける。

「けがをしたら、いたいよ!! いたいのは、ゆっくりできないよ!! 」
「そんなの、慣れてるから平気だって― 」
「だって、あおいおようふくのおねえさんだって、かなしむよ!!! 」

痛いところを、突かれた。

「…慧音は、解ってくれる。でも、あんたは、あんたに、私の何が解る!? 私の歴史を知ってるとでも!? 私の屈辱を!痛みを!苦しみを!! 」

たかが饅頭のくせに。
そう吐き捨てたときの、れいむの悲しそうな顔。

妹紅はそれを見なかったことにして、庵から飛び出した。






その晩、妹紅は、完膚無きまでに輝夜に負けた。

「いつもに増して腑抜けてるわね。どうしちゃったの? 」

輝夜にまで、そんなことを言われる始末だった。

「あなたがそんなんじゃ、私が困るのよ。良い暇つぶしの相手が見つかったと思っていたのに」

何を言い返しても、負け犬の遠吠えでしかない。
だから妹紅は、黙って聞いていた。

「…ねぇ、妹紅。私は、殺し合いじゃなくても、暇は潰せると思うのだけれど」

だって、あなたって、見てるだけで面白いわ。ちょっと馬鹿なところが。
からかうように付け加える。

「まぁ、私が憎いというなら、いくらでも付き合ってあげるわ。それこそ永遠に、ね」

その言葉を最後に、輝夜は立ち去った。

「…馬鹿みたいだ」

身体に降り注ぐ雨が、冷たい。
獣でも寄ってきたら厄介だな、と思いながらも、立ち上がる気力もなかった。

「…」

結局、ただの意地なのだ。
千年もの間、意地を張り続けている。

そうしないと、自分を保てないような気がした。
けれど、それはただ、子供が駄々をこねているようなものだ。

いつもと同じような傷。
けれどいつも以上に体が重くて、寒かった。

(…あいつに、あやまらなくちゃなぁ)

目を瞑る。
遠くから、あの喧しい声が聞こえた。

「おねえさん!!! 」

走馬灯だ。
この身体になってから、何度も見てきた。
しかし、飼い始めてたった一日の饅頭を見ることになろうとは。

「おねえさん! ゆっくりしてないでおきてね!!! 」

(まったく、こんなときでも煩い奴だな…)

「おねえさん!! 」

その喧しさが、なんだか心地よかった。
だが、

「おねえさん!!!!!!! おねぇぇぇええええぇぇえええさあああぁぁあぁぁああぁん!!!!!!!!!! 」
「うるせぇぇええええええぇぇぇぇええ!!!!!!!!?? 」

あまりの声量に飛び起きた。
人間の身体ってすごいね、その気になれば何でもできるんだ。

「ゆっ!!! おねえさんっ!!! 」
「ちょっと! なんであんたがここにいるのよ!!! 」

驚いて怒鳴りつけると、れいむは身体を震わせて泣き出した。

「ごめ゛んな゛ざいぃぃぃ!!! お゛ねえざんにひどい゛こといってごめ゛んな゛ざいぃぃぃ!!! 」

おこらせて、ごめんなさい。ごめんなさい。
何度も謝るれいむを抱き寄せて、雨から守ってやる。

「そんなことのためにここまで来たの? 死ぬかもしれないのに! 」

れいむの身体はだいぶ濡れていた。
とりあえずは庵に戻ろうと、立ち上がる。

「ゆっくりできなくなるのはやだよ!! 」

ゆっくりなんて、人間よりも、下手したらそこらの小動物よりも弱い生き物だというのに。

しぬのは、こわい
れいむは、そう言っていた。

「おねえさんとゆっくりできなくなるのはやだよ!! 」

濡れて力が出ないのだろう、ぐったりとしながらも、れいむは叫んだ。

「れいむは、おねえさんとゆっくりしたいよ!!! 」

おねえさんとおそらをとぶのは、とってもたのしかった
おねえさんといっしょにたべたごはんは、とってもおいしかった
おねえさんのせなかのひは、こわいけれど、とってもきれいだった

れいむは、何度も何度も、妹紅に言った。
おねえさんがだいすきだということ。
いっしょにゆっくりしたいこと。

妹紅は、慧音と出会った日のことを思った。
人間が好きだと、自分を好きだと言ってくれた慧音のこと。
とてもうれしかった日のこと。

「ごめんね、れいむ。…ありがとう」

一際強くれいむを抱きしめて、呟いた。
れいむは、ゆっ、と一声鳴いた。




庵に戻ると、れいむのからだを丁寧に拭いてやる。

「ゆゆ~、くすぐったいよ~ 」
「少しは我慢しなさい」

掌の上に小さな火を起こして、身体を温めてやる。

「ゆゆっ、きれいだね! れいむ、おねえさんのひ、すき~ 」

れいむは無邪気に笑う。
妹紅も、笑って言った。

「おねえさん、じゃないわよ」
「ゆっ? 」
「妹紅、私の名前。自分も紅く染まれって意味なのよ」
「もこーにぴったりな名前だね! 」

おそらく、意味もよく解らず言っているのだろうが、それでも、なんだか嬉しかった。

「もこー」

もこ、もこ、もこー
楽しそうに何度も

「ねぇ、れいむ」
「なぁに、もこー」
「あんたは、ちっぽけで、弱い命なんだよ」
「うん」
「だからね、あんたがゆっくりできるように、私が守ってあげる」
「じゃあ、れいむがもこーをゆっくりさせてあげる! 」

これってぷろぽーずなんだよ!とれいむは言った。
プロポーズか、ならば幸せにしてもらわないとな、と妹紅は思った。

これからは、退屈しなくてすみそうだ。




次の日、妹紅の庵を訪ねた慧音に、ふたりは叫んだ。

「「ゆっくりしていってね!!!! 」」



おわり



はじめまして、まめちこ、と名乗らせて頂きます。
もこたんが饅頭怖いと言っていたなぁ、と思い始めたら止まらず、勢いで書き上げてしまいました。
落雷で停電したときはもう…orz

なんだかありきたりな感じではあるのですが、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
ゆっくりはかわいいですね。
今回のゆっくりはありえないくらい賢い感じなのですが、おばかなゆっくりもかわいいですよね。
ゆっくりもこうとか、増えて欲しいです。
とらうまになるよ!!

それでは、お読みくださって、ありがとうございます。








  • 妹紅と輝夜の関係がいいですね。意地を張ることしかできない妹紅と、殺し合わなくても共に過ごせるのではないかと思いながらあえて戦いを受ける輝夜。二人がゆっくりが加わったことによってこれから救われたらいいなと思います -- 名無しさん (2008-09-06 17:18:54)
  • やっぱり愛で最高 虐めから移ろうかな -- 名無しさん (2008-10-03 22:37:00)
  • 後日談も是非!! -- 罪袋 (2009-07-14 16:38:39)
  • ありきたりとか作者さん言ってるけど、キャラの心理描写が良くて全然ありきたりじゃなかったです。 -- 名無しさん (2010-05-03 19:37:04)
  • ゆっくりは人間の精神的パートナーになれると思うの。 -- 名無しさん (2010-11-27 19:23:28)
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最終更新:2010年11月27日 19:23