れいみゅはすごくゆっくちできりゅよ!どおちてにんげんさんはゆっくちできない?

韓国で書いた物を訳したものですからちょっと本来の意味と
ちがく訳される可能性があります。
後、日本の作風と違うのはスルー。

むかし、
むかし、ゆっくりを知る者がそう多くはなかった頃。
ゆっくりはそんな生き物じゃありませんでした。
もちろん、あの時もちょっとウザイ顔でしたけど凄く可愛くて…ゆっくり達のいつもの「ゆっくりしていってね!!!」という叫び声は忙しい日を過ごす現代人へのメッセージみたいなものでした。


でも結局人間がそうしたのでしょうか?
結局ゆっくりさえも自分達の色に染めました。
ゆっくり共がキモイとかウザイとか生意気だとか、あるいは何も理由もなく虐待することになったものの、それは自己嫌悪のようなものなのに…


むかしのゆっくり達はそうじゃなかった。
むかしのゆっくり達はそんなにたくさん喋れなかった。人間達があの子達に言葉を教えた。
むかしのゆっくり達は「ゆっくりしねっ!」とか「よこせ、くそジジイー」とか「さっさともってきてね!」とかそんなこと言わなかった。
人間がおしえたんだ。
人間はゆっくり達に教えては、それをゆっくり虐待の口実としてしまった。
人間を殺したら人生終わりだが、まだ生き物としても認められていないゆっくりは…
ニンゲンガコロシタイノハケッキョクジブンジシンダ。









れいみゅは、とってもゆっくりできるゆっくりなのです。
私がこの子に出会ったのはお散歩の最中でした。
「ゆう?」
“…よお、ゆっくりしていってね!”
「ゆっくちしちぇいってにぇ!!!れいみゅしゅごくゆっくちできりゅんだよ!にんげんしゃんはゆっくちできりゅひちょ?」
最近のゆっくり達は人にこんなに話をかけられないようになりました。
最近のゆっくりは自分達の子供にも人間はゆっくり出来ないと教えます。一時ゆっくりによってゆっくりさを取り戻す糸口を見つけてたゆっくり出来ない人間共は結局ゆっくり達にも捨てられたのでした。
“ごめん、わたしはゆっくりできなくなったの。”
「ゆゆっ??しょんなんじゃだめだよ! ゆっくちしちいってにぇ!!」
自嘲の笑いしながら、れいみゅの質問に否定に答えた私に、れいみゅは近づいてぽよんぽよんと跳ね回りながら「ゆっくちしちぇいってにぇ!!」とさけびました。
“れいみゅのおかあさんはどこ?”
「みゃみゃはゆっくちできりゅときょにいっちゃったよ!」
“…ああ…まだちっちゃいのに…。”
「れいみゅはチビじゃにゃいよ!れいみゅはもうおちょなだよ!」

最近の虐待はいろんな種類が存在する。
れいむたちに主に行われる虐待をいえば、むかしはおちびたちを「ゆ質」にした虐待が主だったが、最近は他のゆっくりたちにいじめさせて死ぬとか自滅するようにフラグをたてる方法の虐待は多い。
こういうれいむの虐待は母のほうに集中されることが多い。れいみゅたちはちょっときびしいことがあってもゲス化することが少ない。だから母だけ虐待して、落として、子供は放っておく事が多い。
そうやっていき残されたれいみゅたちが生き残ることはほとんどない。大体ママを恋しがりながらしんで、あるいはママを探しに無謀な旅をでて死ぬとか、餓死する。

でもそんな中でもれいむたちは生きてゆく。
れいむたちはどんどん強くなっていく。
虐待により目の前で自分の母の体が破ける姿も見られた。
そのばでも生き残ったれいむたちは餡子遺伝により、どんどん精神的に強くなっていく。
ゆっくりたちの未来は暗い。にもかかわらず、彼らは自分達のやり方でいく。
ゆっくりたちは無能ではない。
ゆっくりたちは進化している。

その場で我らはゆっくりを可愛がる存在として何をすれば良いのか。
論争があった。直接な助けは問題を起こす上に、ゆっくりたちのためにならないという話が多かった。
所詮我らに虐待をやめさせる方法はない。
ならばせめて、小さな助けを。
せめて
この小さな子供でもゆっくりできるように。
“あなたみたいなゆっくりできる子にあげようと私が用意したのがある……はい、小さく切ったリンゴだよ。どうぞ。”
「ゆうう!!リンゴさんはしゅごくゆっくちできるよ!」



ただ、一匹のゆっくりを連れて行って飼うだけというのなら愛護とはいえないだろう。それはただの自己満足のための手段としてゆっくりを利用するだけ。
半人前の愛だ。
その一匹が幸せなところで、外では100匹のゆっくりが街で、ゆ虐の水槽で苦しんでいる。
それがいやだった。
“なあ、わたしがもっとゆっくりできる場所をしってるんだが、そこにいかないか?”
「ゆ?ゆっくちできりゅときょりょ?いきちゃい!いきちゃいよ!!!」
“うん、よし、つれていってあげる。”

カンウォンド(*)である道知事が通過させた条例により、ゆっくりと人間の共存運動がおこなわれている。そこでゆっくりを狩ったり、虐待したら重い罰金があたる
一部の虐待家ゆっくりを放って置くと生態系の均衡が崩れると声をあげる。自分はまさに環境を考えて虐待をやっているといいたいのか、それともそうだと自分達にも暗示させたのか。
大体生態系で一匹が一気に3~5匹産むのはそう珍しくもない。後は弱肉強食のみだ。
それで、ゆっくりたちが集まるある山がいる。そこでゆっくりたちが青菜の摘んだりして周りの人たちのジャガイモ、ハクサイ、ニンジンやリンゴ、ブドウみたいものと交換するという物々交換が盛行している。
それで、私達は時々子ゆっくりたちをあの山に送ってあげる。
ゆっくりたちの一生は2年半ぐらい。
その短い生涯を、それを、私達(人間)がゆっくりできないその生涯の代わりとしてゆっくりしてくれることを願う心。
それは、
韓国での私達(ゆっくり愛者達)の小さな希望です。




“はい、着いたよ。”
「ゆう…、籠さんは暗くてゆっくりできな…ゆうううう!!しゅっごい!!!」
カンウォンドの山は遠くから見ても都市のあれとは次元的の差がある。ちなみにこの山は今、人間の登山は禁じられている。ここなられいみゅが大きくなるまで無事にいられるだろう。


“ここならゆっくりできるさ。”
「ゆうう!ゆっくちありがちょう!」
“れいむ!”
「ゆう?」









“ゆっくりしていってね!!!”
「……ゆ!れいみゅ、ゆっくちしゅるよ!」


人間ができない分、私達ができない分。
あなたたちがゆっくりできることを祈る。



<end>


(*)カンウォンドは韓国の都の一つです。韓国の北海道みたいな存在。




韓国の作風といったものの、わたしがもうちょっとああいう雰囲気で書いただけです。
これは逆翻訳しているのですごくむずかしかったです。

  • 投稿ありがとうございます。細かいところは直しておきました。
    ゆっくりが幸せに生きられる世界だといいですよね。 -- 名無しさん (2009-09-20 09:17:21)
  • 名作や -- 名無しさん (2011-12-22 16:29:18)
  • いじめ、ダメ、ゼッタイ -- 名無しさん (2014-03-22 07:16:28)
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最終更新:2014年03月22日 07:16