ちびゆっくりをゆうかいしてゆっくりさせないはなし

「ゆっくしちゅゆの?」

 半開状態のアパートのドアを見たときは、鍵をかけていなかった己の愚かさと、泥棒に
侵入されたのではないかという恐怖に囚われた。
 夏休みの間、実家に帰省するため、大きな荷物を送る手続きをコンビニでおこなって数
十分……。何故、自分はしっかりと戸締りをしなかったのか。
 後悔と不安を胸にボクのバーカバーカとドアを開けてみれば、玄関に小さな饅頭が鎮座
している姿がそこにはあった。
 うわああああああああ、めっちゃ可愛ぇぇなぁ!
 なんだこのちっさいの。おめめがくりくり動いてるで、オイ。
 『ちゅゆの?』と、首を傾げたような姿勢のまま、つぶらな瞳でこちらをみている。
 なんと穢れの無い瞳か。うわーうわーと叫びたいのを堪え、状況の把握にいそしむ。
 これはあれか、噂のあれか、ゆっくりか!? 自分の住む地域ではあまり見ない生き物で
、目にするのは今日がはじめてだが、不思議饅頭生物と呼ばれる意味は理解できた。それ
が持つ可愛さも含めて。
 ちっちゃい赤いリボンをしている。確か、れいむ種というやつだったろうか?
 うわーうわー、可愛いなー。リボンが赤ちゃんゆっくりの挙動にあわせてフリフリ動く
。実際に見るのははじめてでも、これはやばい。コロリといきそうだ。武器は持たない、
ゆっくりだ! 可愛さは兵器! 自分はだいぶん混乱しているようだ。でも可愛い。うわ
ーうわー。
 赤ちゃんゆっくりはずるい。ちっちゃい生き物は無条件で可愛いものだ。……と興奮値
が一定量に至ったあたりで、やっとこさ疑問が追いついた。
 当然の疑問:何故、赤ちゃんが一人でこんなところにいるのだろうか?
 親がいないのは不自然だ。幼い子を置いてどこかに出かける親などいるはずがない。何
かあったら問題だ。自分なら目を離すだなんて、不安でしょうがない。それにこんなに可
愛い。
 だとしたら何故だ? もう一度、状況を把握する必要がある。こうして出会ったのも縁
。放っては――赤ちゃんゆっくりが、不思議そうかつ好奇心一杯の目でこちらを見つめて
いる。うわーいうわーい――おけないわけで、手持ちの情報だけで、必死に思考をフル回
転させる。

 ――「ゆっくしちゅゆの?」――

 この言葉が鍵になるはずだ。
 邂逅一番この赤ちゃんゆっくりは、自分に言葉をぶつけてきた。赤ちゃんらしく、ろれ
つがまわっていない言葉で。
 少なくとも独りでいるときに、初対面の人間にぶつけた言葉なのだから。なら、正しい
言葉にして、その意味を推し量らなければならない。
 考えろ。友人達から聞いたゆっくりの生態から、正しい言葉、赤ちゃんゆっくりが自分
に伝えたかった言葉を。

●ゆっくりする生物である
●『ゆっくりしんでね!!!』と叫ぶこともある
●『ゆっくりしたけっかがこれだよ!!!』が不本意な末期の際の言葉

 ぽっくぽっくぽっくちーん。
 ずばり、ここから導き出される答えは、

 ――ゆっく死するの?――

 ゆっく死――おそらく餓死や怪我の悪化や病気で、誰にも助けてもらうことなく、寂し
く死んでいくことを指すのではないか? ただ時間の経過のみがある死。
 都会は恐ろしいところです母さん。
 自分も進学のために、実家のある田舎からこの大学近郊に引っ越してきたが、アパート
の優しい住人達との関わりがなければ、寂しさとストレスにやられていたかもしれない。
こっちも田舎だって? うるへー、ウチの実家がド田舎みたいな言い方はよせやー!
 さておき、自分は幸運にも良き隣人を持てたが、赤ちゃんゆっくりの一家はそうでなか
ったに違いない。都会でのゆっく死。
 ただ赤ちゃんゆっくりの両親は、最後に赤子を生かす選択をした。自分達の食事を子に
与え、子に未来を託したのだ。
 もちろん、赤ちゃんであるこの子が独りで生きていける程、世の中は甘くはないだろう
。それでも、それでも生きていて欲しいと、親は願ったのだ。君に幸あれと。
 自然と涙が溢れてきた。赤ちゃんゆっくりの両親の愛と、赤ちゃんゆっくりの行く末を
思うと、涙が止まらなかった。
 この子は幼さゆえ、己が置かれた状況をきっちりと理解してはいないだろう。だが、両
親が死んだその様を覚えており、いずれ己もそうなるのではと、初対面である者に投げか
けたのだ。
 「わたしもゆっく死するのかな?」と。
 その赤ちゃんゆっくりが、こちらの涙に対し、「どうしちゃの?」と訊ねている。他人
の痛みがわかる優しい子だ。ふと、昨年生まれた姉の子を思い出した。
 姉子守をしていた時のことだ。一人暮らしをはじめ不安であったこちらの心を感じ取っ
たのか、姉の子は指を握ってくれたのだ。幼子の小さな手で、握ってくれたのだ。守るべ
き側が、逆に守られた。――それを、何故か思い出した。
 泣いている場合ではない。涙を拭う。今、心に生まれた思いと誓いのままに動くと決め
た。
「ゆっく死させへんで! ボクがお前をゆっく死させへんで!!」
「ゆっゆ!? ゆっ~♪」
 笑っている。赤ちゃんゆっくりが、自分に対し微笑んでくれている。
 ボクが! ボクが今日からお前のお母ちゃんやー!
 美味しいもんを、ゆっくりできないぐらい、いっぱい食わせたる!
 実家帰りに乗る電車の窓から色んな景色を見よう! めまぐるしく変わる風景は間違い
なくゆっくりできひん!
 ハウスみかんを食べながら、車窓からの景色を楽しむのもええな! みかんのネットを
ハンモック代わりに遊んでもええ。もちろんその楽しさに、ゆっくりなんて不可能や!
 実家につけば、家族の皆が歓迎してくれる。誰もかもが賑やかな連中だ。新しい家族に
喜んで、ゆっくりなんてさせてくれないだろう。
 父は特にそうかもしれない。父が姉の子を風呂にいれようとすると泣くので、赤ちゃん
ゆっくりと一緒に風呂にはいろうと、はしゃぐかもしれない。風呂までゆっくりできない
のだ。外まで聞こえるほど、ゆっくりできない笑い声が聞こえることだろう!
 そして、夜寝るときも一緒や! 決して、お前を一人でゆっくりさせへんで!!


 手荷物を左手、赤ちゃんゆっくりを右手に、『ボク』はアパートを後にする。
 「電車に乗るのははじめてか?」「ゆゆっ♪」と二人は互いに独りではなく、明るく笑
いあって旅に出る。
 憂いはなく、ただ快なり。我らの旅は前途明るくただ快なり。
 憂いも何も、今度こそ鍵はきっちりとかけたのだから……。





















「れいむーれいむどこーっ! おへんじしてねーっ!」
「ゆっくりぷれいすのいりぐちがあいてないよー! どうしでぇぇぇぇっ!?」
「れいむのあがぢゃんどこなのぉぉぉぉぉぉっ!?」
「ざっぎまであいでだのにーっ!!」

 「ゆっくりしていってね!!!」と戻って来た両親が――
 「ゆっくしちちぇいっちぇね!!!」と返事があると思っていた両親が――
 帰省のため、食料を腐らせないよう一切合切処分してあった『ボク』の部屋に、安全そ
うだからと幼い赤ちゃんゆっくりを残し、餌を採りにいった両親が――
 鍵のかかったドアの前で泣き叫び、騒音が気になった見に来た『ボク』の御近所さんか
ら話を聞き、赤ちゃんゆっくりとの再会の旅に出ることになるわけだが――
 それはまた別の話、別の物語。機会があれば語ることにしよう。

  • ちびゆっくりの可愛さは殺人級だと思う。続き楽しみにしてます。 -- 名無しさん (2008-08-21 22:34:20)
  • 次は赤れみりゃかちぇんを・・・ハァハァ・・・ -- 名無しさん (2008-11-02 01:53:18)
  • 赤れみりゃ編希望!! -- れみりゃ好きの人 (2008-11-19 18:00:42)
  • 待て、その理屈はおかし(rx
    取り敢えず今日帰ったら同じ状況になってないかなぁと切に想う -- 名無しさん (2009-01-31 17:53:33)
  • 続きが気になるなあ。涙の再会とか見てみたい。 -- 名無しさん (2009-08-21 11:46:07)
  • 久しぶりに見たがやっぱり可愛いなあ…初心に戻りそう -- 名無しさん (2009-10-08 18:52:51)
  • 続きが気になってしょうがない。


    -- 名無しさん (2012-04-29 04:30:08)
  • だまってドア開ける俺、プライスレス -- 名無しさん (2012-07-31 21:24:31)
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最終更新:2013年01月22日 23:39