ひとりぼっち?

ひとりぼっち?

 わふ、とおれは声を出す。畑に入ってきたゆっくりを追い出す時に使う声だ。
周りは真っ暗で、月の光だけがおれと、目の前に居る饅頭のような生物とを照らしていた。
今日は畑の番をうとうととしながらやっていたが、まさか本当に来るとは思っておらず、眠くて仕方が無い。
主人の家は森に近く、そしてすぐ近くの畑はさらに森に近かった。

 こずえの擦れるざあざあという音が、五月蝿いほどに聞こえるが、今日はそれも無く、むしむしとして暑い。

「わからないよー!!!」

 二股のしっぽをふるふると振りながら脅えているのは、ゆっくりの中ではあまり見ない、ちぇんという種類だ。
それもとりわけ小さく、子供のように見える。

 出て行ってくれさえすれば、噛み付かなくて済むし、お互い痛い目を見なくて済む。
ここ最近、どうにも近隣の畑を荒らすゆっくりが出ているというが、このちぇんがやっているのだろうか。どうにもそうは見えない。

「むしさんがたべたいだけなんだよ! ゆっくりどいてね!!!」

 そういって、昔大根を盗んでいったゆっくりが居るから、どうにもこの言葉は信用ならない。
といって、本当に虫を食べるだけなら、危険を冒して人里まで降りてきたちぇんを死なせてしまう。後味が悪いのは確かだ。
 だが、よく一緒に居るというらんしゃまという種類のゆっくりが居ないのが気にかかる。
ひょっとすれば、このちぇんをおとりにして、野菜を取るだけとって、逃げる腹積もりかもしれない。
いや、大切にしている、という話が正しいなら、流石にそれは無いだろうが、可能性を切って捨てるのもどうかと思うのだ。

「おれはべつにかまわないが、おれの主人がこまる」

「わかるよー! でも、ちぇんはおやさいきらいだからたべないよ!」

ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、笑顔で訴える。
話す態度を見せたのが不味かったかもしれない、とおれは思った。こうなったら、多分どれだけ言っても口では引くまい。
ううう、と喉の奥から唸り声を発する。
しかし、ちぇんは一瞬たじろいだが、それでも、むしさんを食べたい、食べたい、と訴え続けている。

「いいかげんにしろ、おれは気が短いんだ。親にとって貰えばいいじゃないか」

そういったとたんに、ちぇんは飛び跳ねなくなり、じっとこっちの目を見てきている。

「わからないよー。いなくなっちゃったんだよー」

わからない、とはどういう事だろう。元々居ないのであれば、居なくなっちゃったという言い回しは使うまい。

 親が死んでしまった、という事だろうか。
なら、こんな小さいゆっくりが里に下りてくる理由も分かる。
ただ、慈悲をいつまでかけていたって仕方が無いし、人間に養われない野生などそうなって当たり前と言えば当たり前だ。
こっちにしたって主人に怒られるのは願い下げなのだから。

 だが、いくらなんでもこんな小さい生き物に牙を立てて追い払う、という事をやるのは、気がとがめる。
だいいち、おれは小心なのだ。けんかだって嫌いだし、話し合いが出来るなら話し合いで方をつけたい。そのほうが面倒が無くていい。

 では、どうすればこのちぇんとやらに手を出さないで、追い出せるのだろうか。ひとしきり考えるが、さてどうしたものだろうか。

「どうしてどいてくれないのー? わからないよー!!!」

「少しまて、おれは考え事をしているんだ」

ぷくう、と膨れて文句を言うが、俺だって文句の一つも言いたい。
ゆっくりしていけと普段は言うくせに、こういうときはちっとも待たない。おれは人間のようにため息をつければ、そうしたかった。





 そのとき、ちょっとした悪知恵がひらめいた。こいつが畑に入らなければ済む話で、おれが畑に入ったって何の問題も無いのだ。
主人の言いつけも守れる、このゆっくりに噛み付いたりもしなくても済む。一挙両得だ。


「ちょっとまっていろ。食べられない虫はあるか?」

「ないよー?」

ついさっきまで膨れていたのに、今ではおれの頭ほどの大きさにしぼんで、にこにこと笑っている。
たぶん、虫の味を思い出して、食欲がわいたのだろう。
たたた、と畑の中に入り、それを追いかけてこようとするゆっくりちぇんを唸り声で制し、青虫をさがす。
普段自分は食べないし、食べようとも思わないものだけに、どこに居るのやら見当もつかなかった。
だが、どうにか見つけ、ちぇんのところにもっていく。

「むーしゃむーしゃ♪ しあわせー!!!」

「ばか、おれが怒られるじゃないか。静かにしてくれ!」

「わかるよー! ゆっくりしずかにたべるよ!!!」

注意すると、ちぇんは少しは静かになったが、主人がおきだしてこないか、おれは正直びくびくしていた。
葉物ではないとはいえ、葉っぱをちぎったことがばれると、面倒ごとが多い。

 虫を全部食べ終わると、ちぇんは満腹したのか、すやすやと寝息を立て始める。
しかし、そうなっては朝に見つかった時が恐ろしい。何度か鼻面でつつき、起こそうとするが、ちっとも起きない。
 ええい、ままよ。そう思って、おれは自分の小屋の中にちぇんを引き込み、小屋の前で眠る。
 ちぇんが見つかった後のことは、正直考えたくなかった。主人はそれなりに優しいが、それなりにきびしい。
つまりは普通という事で、普通の人間は野良のゆっくりを飼う事は少ない。
確かに希少種や野生でしかあまり見られない種類は、野良を飼う事も多くある、ということは知識として知っている。
だが、おれという食い扶持がある以上、どう転ぶか、ちっともわからない。
 不安だったが、もうやってしまったことだ。そう腹をくくって、目を閉じた。







 で、翌朝、当然のようにあっさりとばれた。おれの浅知恵なぞ所詮この程度だった。

 朝餉を作る前に主人は小屋を覗き込み、寝息を立てているちぇんと、その前でふさぐようにして寝ているおれとを見比べて、おれの方をたたき起こした。
案の定というべきか、散々怒られて、おれの朝飯は抜きだった。
だが、幸か不幸かどうやらちぇんのほうは気に入られたらしく、例のむーしゃむーしゃ♪しあわせー!という台詞を言っていた。
ひとしきり食べて満足したのか、おれの事を思い出して、自分の分を分けてくれようとしていた。
優しい子なのだな、と思ってみていると、主人にだめと言われて、結局引き下がった。なんという現実だ。

朝餉が終り、すきっ腹を抱えて小屋の前でうずくまっていると、ちぇんがやってきた。

「わかるよー!」

「わかってても、だまっててほしかったな、おれは」

悪気が無いのは分かるが、どうにもおなかが減って苛々している。
それを隠す為に前足に顔をうずめ、目の前で跳ねているちぇんをながめる。
 なるほど、たしょう憎たらしいところはあるが、まるまるとしたつぶらな瞳に、楽しそうに踊る尻尾、そのくせ、どこか抜けている。
これはおれが『ゆっくりらん』だったら飛びつくような可愛さだろう。あいにく、おれは狐ではなく柴犬だったが。
 それに、このわかるよー、という言い回しが主人の心を掴んだのだろう。
人間とは、犬より気苦労の量が多いらしいのだから、納得は出来るが。

「きのうはむしさんありがとう! ちぇんはとってもうれしかったよ!」

「それはよかった」

 そういって、ちぇんはおれの頭にぴょんとはねてとびのり、耳を甘噛みしてくる。
上を見てみるが、見えない。多分、にこにこと笑っているのだろう。



 しょうがない、今日は一日ここで『ゆっくり』していよう。あくびをかみ殺しながら、そう考えた。










あとがき

どうも、ねことれいむの話を書いた人です。ゆっくりちぇんと犬のお話でした。
本当はもっと話を転がすつもりだったのですが(ちぇんの両親が居ないあたりとかがなごり)結果としてこんな感じに。

ゆっくりかいたけっかがこれだよ!!!




  • 十分楽しめました。ちぇんかわいいです -- 名無しさん (2008-11-14 00:01:50)
  • なんか変だなーと思ったら、犬だったのか(笑) こういう話結構好きですね。 -- れみりゃ好きの人 (2008-11-14 18:21:25)
  • 柴犬最萌伝説 -- 名無しさん (2008-12-02 23:08:39)
  • このちぇんは素直でいいな 可愛いすぎる♪ -- 名無しさん (2010-03-28 05:07:53)
  • ちぇんも柴犬も可愛いよ!飼い主さんちょっとお話しょうか。 -- 名無し (2011-03-18 22:26:32)
  • 飼い主さん! お・も・て・で・ろ☆ -- くいもんのうらみ (2012-08-13 20:01:42)
  • 飼い主、後で屋上、こいよな? -- 名無しさん (2012-12-15 18:02:20)
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最終更新:2012年12月15日 18:02