ゆっくらいだーディケイネ外伝 皆が見た英雄

 ※途中で一部暴力シーン 痛々しいシーンありますので、ご注意下さい





 あの日、送られてきた最終回の台本を読んで、彼女は脚本家のらんへ電話をかけずにはいられなかった。

 「本当にありがとう! 私、この事は忘れません!」
 『やっぱり思い入れがあるし、最終回だし、皆が揃ってこそのシリーズだったからね』

 電話先で、らんも涙ぐんでいる事がわかった。

 『主人公は、まあ本当は一人なんだけど、本音言うと全員が主人公だと思いたいのよ。勿論そんな事
  ばかり言ってたら台本は書けないんだけどね。』
 「これ、本当に全員かっこいい……私以外も、トトさんもメグミさんも………」
 『描かれないけど、お話が終わった後も、登場人物たちは皆それぞのれ人生を頑張って生きていくんだって
  想像するのが、昔から好きなんだ
  月並みだけど――――――――それぞれの人生の主役は、自分自身だからね」
 「私、これからもやっていけるかな?」
 『できるって、わたしは信じているよ!!!』

 感極まって、ただ流れ出るを押しとめながら、彼女は心から言った




 「私、この番組出られて良かったです」




 ――――今現在も、らんの前でそんな事が言えるだろうか?
 らんは、あの後の自分を見たら何て言うだろうか?


 そもそも―――――自分が主役のこの人生を映画に換算すると、一回見るのに幾らぐらい料金をとったらいいだろう?
 せいぜい、3円から15円くらいだろうな。


 今にも、頭から妖怪に首を引きちぎられて、そんな下らない幕切れを迎えようとしている彼女が、ぼんやりと思い出した
のは、そんないじけた事柄だった。



========================================



 忘れたい思い出は誰にでもある
 しかし、そんな愚痴っぽい感情を通り越して、確実に人生や生活に影響を生んでしまうものもある。
 なんと恐ろしい事だろう

 「竹薮に探検に行こう」

 と仲良しグループに誘われた時、小学6年生にもなってうつほは泣き出してしまった。
 何でも、だいだら法師が出るとか出ないとか。5mもある大女が、一番高い木の天辺で丑の刻参りをしているのだとか。
 あと一年で中学にいくのに、これは致命的な事と捉えたか、おりんは上手くフォローしてその場を取り繕い、人気のない
場所で、うつほに落ち着いて問いただした。
 うつほの取り乱し方は尋常ではなかった。
 元々、このうつほは、鳥頭とある程度の愛情を込めて呼ばれるうつほにしては、引っ込み思案で情緒不安定すぎる
所があった。
 おりんはこの娘と相当付き合いは長かった。が、この情緒不安定さには慣れなかった。
 どうも、これが本当の状態ではないという気がするのだ。
 様々なきっかけでうろたえるうつほだったが、今日のは少し酷かった

 「どしたの?」

 うつほしゃくりあげつつ言った

 「おりんはあの時のことを覚えてないの?」
 「あの時の事って?」

 思い切り噴出した汗がうつほの不安を更に書きたてたようだった。

 「前にも行ったよね、あそこ」
 「いや、行ってないよ」

 反射的に言っていた
 ――――何故、こんな言い方になったのか自分でも解らなかった。
 ゾッとしながら、おりんはうつほの腕を乱暴に掴んで連れ出す。

 「行ってないんだから、怖い事なんかないでしょ!!!」
 「怖いよ!!!」
 「怖くないよ!!! 行って、怖くないって事を理解して、泣き虫を治そうね!!!」


 ―――そう   怖くはない
 何故なら  あれは現実に起こった事じゃないからだ
 あんな事が起こる訳ない
 冬の寒さにやられた、子供の悪い夢だ。


 というか、うつほにも一度言ったはずなのだ



========================================



 よく解らない一生だった。
 人からもらったチャンスはたくさんあったと思うが、ことごとく潰してきた気がした。
 点数を付けると、非常に低いが、具体的な酷さを自分では説明できない。
 もう本当にこのまま、屈強な妖怪達に囲まれて絶命しようとしているのだから、
色々走馬灯の様に思い出がよぎってもいい頃だろうに、思い出すのは下らない事
ばかり。
 泪も出ない。
 ―――――辺りを見回すと、非常に下卑た妖怪達と、一部の腰抜けの人間が、
ヘラヘラとこちらを見て笑っている。

 (自業自得ね)

 怪我
 挫折
 負債
 破局
 ありがちな転落劇だった。そもそも登ってすらいなかったが…………

 最後に思い浮かんだのは、何故か控え室での同僚だった



========================================



 「いーやーだー!!!」
 「我慢しなよ!!!」

 件の、竹薮の「穴」があったという平地。

 うつほのトラウマの根源の地らしいが、手前でぐずるうつほに、おりんは手をこまねいている。
 他の子供達は、呆れて帰ってしまった。
 と、言うか。
 もう目前どころか、竹を数本隔てて、平地はなにやらにぎやかで、ゆっくりではないが人間が数人騒いで楽しそうに
している様子すら見える
 うつほを立ち直らせるには、絶交のチャンスではないか。
 おりんだって我慢している。本当は怖くて仕方が無い。しかし、ここで探検に付き合わなかったら、クラスの立場的
にも良くない。いや、もう手遅れか。

 「トラウマの克服だよ!!!」
 「とらうま って何? 馬さんと虎さんがいるの? 勝てるわけないよ!!!」
 「うつほなら勝てるでしょ!!!大体そんな安直なボケってないよ!!! せめて 寅さんと馬さんって順序合わせなよ!!!」

 すでに竹薮に突入した一行。
 前を行く面々には声は丸聞こえなので、そろそろメンツも何も意味を成さない、というか、本当にうつほを心配
しているのだが、おりんは頑なに拒んでいた。
 どちらかというと、その姿勢が周りには恐怖だった。

 「怖くないよ!!! 平気だよ!!! ここで饅頭お化けを捕まえて、恐怖を乗り越えるんだよ!!!」
 「だいだら法師がいるんじゃないよ……… そんなものは怖くないよ……」

 じゃあ、何が怖いんだ?
 うつほは泣く事すらせず、顔をしかめて俯くばかりだった。

 「その、何? 昔あたいとここで何を見たの?来るのは初めてだって」

 くしゃくしゃの顔を上げてうつほは漸く答えた


 「穴があるんだよ」
 「穴?」
 「穴があって、そこから色々出て来るんだよ」

 それに、


 「あのサッカさんの事忘れたの?」


 その時、平地にいる者達が、見えた

========================================



 「これ終わったらどうしようか?」

 楽屋で、人間ばかりが集まって話していた。

 「仕事決まってる?」
 「決まってません…………」

 そろそろ少女とは流石に言えなくなりそうなトトさんは、ハラハラと泣いていた。これは大分慣れていたが、
これくらいの危機感を持っていたほうが良かったのかもしれない。
 メグミさんは、手馴れた様子でトトさんの涙を拭っていた。彼女は抜け目なく、次の仕事は決まっていた
はずだ。
 そして我等が主演は――――――その時どうだったかは解らないが、連中らしく言えば、ゆっくりしていた。
壁にもたれかかり、こしこしと眼鏡を拭きながら、嫌味でも相談でもなく、普通の好奇心として聞いてきた
のだった。

 「そっちは決まってるんです?」
 「うんにゃ」
 「私は――――どうしようかな。この仕事続けたいけど、何か中途半端だし……………」
 「あんた生意気な胸してるんだから、この先やっていけるわよ」

 こ、この仕事の価値を…………

 「胸にあるなんて思わないで下さい!!!」
 「大体、それ言ったらトトさん達以外皆負け組になるじゃないですかー」
 「負けとか勝ちとか、何言ってんだか」

 噴出した彼女の顔は、非常に憎たらしかったし、胸の話で言えば、おそらく最も劣勢にあったはずなのに
―――――その不敵さに、とてもその時励まされたのだった。
 彼女は人間だったが、その笑い方は、自信たっぷりの、ゆっくり達のあの笑にも通じるものがあった。

 「やれば皆できるんだって」

 何となく、自分もやっていける気がした
 だが、今では、安易な信じる心は、絶望よりも性質が悪いと思える



========================================



 「いやいや本当だって」
 「そんなの嘘だよ」

 その、竹薮に行く度に、中の岩の上で一服していたらんしゃまの事は、好きだったし、当時の事どもとしてはかなり
素直な性分だったと思うが、うつほもおりんも、そんな言葉をたやすく信じられなかった。

 「疑っちゃいけないよ」
 「そういうこと、かんたんにいっちゃいけないんだよ!!!」
 「信じれば夢はかなうのさ」

 一緒に遊んでいた人間の子供達まで笑った。つられて、言った本人のらんしゃままで、面白そうに笑う。

 「言い方がちょっと悪かった。夢は信じなくちゃかなわないよ」

 それでも、そんな言葉は聞き飽きた。

 「大人はそういう、自分がかなえてもいないくせにこどもに言う―――――」
 「らんは、ちゃんと自分の夢をかなえたよ。ちょっとだけ方向は違ったけど、今の仕事を続けて幸せだしね」
 「信じただけで上手く行くわけないよ!!! 人生そんなに甘くないって、お母さんも、先生も言ってるよ!!!」
 「最初から駄目だって思ってたら本当に駄目になるよ~  信じることから始めなきゃね」

 しかし、このらんしゃまの仕事は非常に地味だと皆は思っていた。今になってみれば、とんでもない大仕事だと解るの
だが、まだ実感できない程度に皆幼かった。
 らんしゃまは、この時、ちょっとだけ寂しそうに言ったのだった。


 「本当はね、本当に皆可能性があるんだよ。特にゆっくりはね」
 「……………」
 「ま、最後は努力と根性の話になっちゃうんだけどねwwwww」



========================================


 ――――私には、可能性も最初から大して無かった上に、努力も根性も絶望的に足りなかった。


 詰まる所はそこか


 思ったより長めの回想を一瞬で終えて、自分を食べようとしている妖怪を睨む。考えてみれば、もっと強い連中は
いるはずだし、こんな所で隠れて自分のような屑を食べようとしている、自制心の無い妖怪である。やろうと思えば、
脱出できる気もしたが、そんな力も無い。
 気力も無い
 基礎的な、仕事に使う体力やらを鍛えておけば、もしかしたら抵抗できたかもしれない。
 だが、それができない。
 体はもう、ちぎれそう


 (あの娘なら…………もしかしたら、できたかも)


 非常に努力家の少女だった。出会った時は、自分よりもひ弱だったはずなのだが――――今では、どうしているだろう。
学校のならず者達と、勝てない喧嘩をひたすらあの珍妙な台詞で続けているのだろうか?


 ―――あなたは、これからも、自分の人生を、自分の世界で、周りをゆっくりさせるべく頑張って生きていくんですね
    最後まで見届けられない事と、あなたと別れる事が今は寂しいけれど、できると信じてます。


 最終回の収録の少し前、豪華版のFANブックを出すというので、出演者一同、「役への手紙」を書いた

 彼女の名前は――――――


========================================


 「鳴井―――――勝さん・・・・・・・・・?」



 彼女が出演した、一番有名な役の名前
 元いじめられっ子の、あまり目立たない正義の味方の一人


 もう、10年近くも呼ばれていない名前を――――――一発で、藪から顔を覗かせたうつほの子供は、自分に向かって
言った。

 その時、何かが彼女の中で爆ぜた


========================================


 「あ・・・・・・・ 同じじゃん・・・・・・」

 緊張感の無い声で、おりんは呻いた
 罪悪感もあった
 この状況―――――10年前も見たのだった。


 うつほの言った事は正しかった


 迂闊に10年前に、この竹薮に夜に探検に来た。
 そして見てしまったのだった。

 妖怪が――――もしくはその腰巾着の人間が、ゆっくりと人間を、文字通りに「食い物」にしようとしている空間

 地獄絵図

 今も昔も、妖怪が人間やゆっくりを食らう事は違法である。無法状態だった更に昔とは違い、一応法で
体裁上の決まりができたのが、彼女たちの生まれる少し前
 本当に妖怪の側からも厳しく自重が行われ始めたのはその惨劇の後だったが―――――――それは
あまり関係なくなっていた。

 二人とも、あまりの凄惨な光景に立ちすくんでいた


 その時。
 今ここに生き残って、愚かにもノコノコ同じ現場に舞い戻ってきたという事は―――――その時助かったのだ


 だが、おりんはそれを思い出すことが、今は出来なかった


========================================


 「――――――――――離せよ」
 「ん?」



 「離せ!!!  お前等も逃げろよ!!!」



 体も鍛えてなかったし、本当に色々死にかけていた。
 抵抗する気はさらさらなかった。

 だが―――――うつほの一言だけで、 理屈ではなく、反射的に――――――彼女は、自分を掴んでいる
妖怪を、殴りつけていた。


========================================


 まず、泣く事もできず呆然と立ちすくむうつほを、見ていた腰巾着の人間が、掴もうと近寄った。
 だが、それはできず―――――一人、この竹薮で初めてみっともない叫びをあげる

 おりんが腕に噛み付いたのだ。
 渾身の力で、千切れるほど

 人間は、怒りに任せて手を振り回し、地面におりんを体ごと叩きつけたが、それでも離れず、結果、大きく
藪の向こうへ放り投げる形となった
 更に―――――今にも食べられようとした人間の女までが、妖怪に不意打ちで鼻っ柱に一撃を入れ―――
身を自由にすると、うつほを小脇に抱えて、おりんが飛ばされた方へ駆け込んでいく
 一瞬のこと
 反応できなかったのは、子供のゆっくりと、食われることに抵抗しなくなった、負け組人間という――――おおよそ
予想がつかない抵抗のためだった。



========================================


 あの時、らんしゃまは言った


 「ゆっくりは、本当は何にでもなれる存在なんだよ。本当に、信じればなんだってできるはずなんだ」

 でも――――


 「この世界のゆっくりは、その可能性を途中で捨ててしまったのかもね」



 もし、何でもできるというのなら、一刻も早く、うつほはおりんを助けたかった。
 投げ飛ばされたおりんは、本当にこちらが号泣したくなるほど傷ついていた。
 あの場で、もしもおりんが何もせず、ただ立ち尽くしたり逃げたりすれば、うつほは捕まり、「鳴井勝」さんも、
あのまま抵抗できずに食べられていたかもしれない。
 手を離れて地面に降り、泣きながらうつほはおりんを起そうとした。
 目に涙をためながら返す

 「ごめんね…………」

 先ほどの妖怪達が、ここを探している足音が聞こえる

 「あたい、嘘ついてた」

 そんな事はどうでもいいのに、おりんは歯を食いしばって続けた

 「あたいとおくう、やっぱりここに来てたよ。で、同じくらい怖い目にあったよね」

 うっすらと泣いている

 「でも、怖かったんだ。忘れたかったんだよ。だから、無かったことにして、おくうを嘘つきにしちゃったね。
  ごめんね、ごめんねえ」

 今生の別れの様におりんは泣いたが、まだ手当てをすれば助かるはずだと、彼女もうつほも思っていた。
しかし、この竹薮から無事に生き延びられる自信はどこにもなかった。

 「成井さんは、どうしてここにいるの?」
 「私は、成井勝じゃない…… そうは呼ばないで欲しい」

 肩で息をしつつ、蒼ざめた顔で彼女は顔を背けた。
 同じ様に泣いている

 「よく覚えててくれたね…………」
 「……」
 「もう、あんな風にかっこよくは振舞えないのよ。――――っていうか、元々お芝居。本当の私は



 ――大人気の特撮に出て名を上げたかと思ったら
 ――それ以降はお呼びもかからず
 ――それでも芸能界にしがみついて
 ――手をこまねいているうちに年だけとって
 ――目が覚めて諦めがついた頃には、体を崩して
 ――生活もままならなくなって、妖怪と関わらざるをえない底辺の世界にいきついて
 ――色々身包み剥されて、最後は、奴等に本当に頭から食われかけていた



 「ヒーローの対極だわ。本当に笑える。――――生きて、ここから帰れたら」

 うつほは泣きながら首を振って聞いている

 「私みたいになったら駄目。ヒーローなんていないの。もっと、現実を見て真面目に生きなさい」

 しゃくりあげながらうつほは彼女の胸にむしゃぶりついた

 「何でそんなこと言うの…………!!!」
 「大きな声出さないで…………」
 「鳴井さん、助けてくれたじゃない。それに、おりんも!!!」

 振り向いた顔は、少しだけ怒っていた

 「本当に覚えてないの!!?」


 あの惨劇を見た後


 「一番忘れちゃだめじゃない」


 確かに、おりんも見たはずだ


 「あれはさあ………だって…………………」


 あれは、辛い思い出ではない
 むしろ、状況によっては、素晴らしい忘れられない記憶になるかもしれない

 ただ、前半の記憶が酷すぎることと、その光景が、あまりにも現実離れしすぎていて、全てを疑うことに拍車をかけていた。

 本当に信じられない


 あんな事が現実におこるはずがない




 「らんしゃまだって言ってたじゃない!!!」




 ――― ゆっくりには、本当は無限の可能性がある
 ――― 思い込みだけで世界を変えてしまうほどの



 ――― 夢をかなえたいなら


 ――― ゆっくりしたいなら、 誰かをゆっくりさせたいなら




 「あれ? あの時の穴だ……………」

 空間が何やら円形に曇ったレンズでも浮いているように、歪んで霞んで見える箇所が、3人のすぐ脇に広がっている


 「こんな所まで、あの時と同じ…………?」


 おりんは思い出さずにいられなかった


 その空間から、何かが弾き出され、彼女の手に収まった


 「え?」
 「成井さん!!!」



 彼女にはそれが何だか解っていた。
 回数こそ少なかったが、自分が一番、この「道具」の扱いには慣れているはずだった。
 うつほと、おりんと、そして「成井勝」の胸に、あの時の言葉が蘇る




       「絶対に自分を信じなきゃ駄目だ」



 そして、3人は信じた


========================================


 耳障りな音がして―――居場所が判明したと、暗がりの中竹を掻き分け

 今度は、追跡者達が呆然とする番だった



 天敵がいた



 かつて、自分達の治外法権だったこの里に突然現れ、仲間を打ち倒し、首領までも叩きのめすと、
そのまま和解させてしまって、今の重苦しい、人間とゆっくりへの自重を強制させる取り決めのきっかけを
作る事になった――――人間ともゆっくりともつかない、謎の存在

 どうやら子供番組のキャラクターと知ったが、関係性は解らない
 厳密に言うと、10年前に暴れた相手ではない。
 ただ、あの忌まわしい番組の登場人物の一人だ


 「………… ゆっくらいだー!!?」


 正確な名前は知らない。
 主役でない事は確か
 見た目はゆっくりいくにかなり近いが、帽子の下には十字架のようなバイザーが目を覆い、753と謎の
数字が書かれたTシャツを着ている。
 その横には、やはりゆっくりいくの帽子を90度傾けて顔を隠すように被り、リボン部分が跳ね上がってΦの字
を描いた、甲冑を纏ったゆっくりが立っている。


 「……………嘘だろう………?」
 「何をふざけてるんだお前等」
 「く………く…空気の……………」


 震えていた、Tシャツの方は、思い切って、そして、何千回も繰り返したかのような身のこなしでポーズをとり、
屹然と言った


 「空気の読めない荒らしはどこですか!!?   その命、神に返しなさい!!!」


 横で、鎧の方も言う


 「ばっちりだね!!! 体が覚えてるんだね!!!」


 ―――どうやら、先ほど食べようとした人間と、邪魔をしたゆっくりうつほが中身らしい。原理は不明だ。
 正直、かつての宿敵の再来はかなりの恐怖だったが――――妖怪二人は、怒りに任せて、攻撃を仕掛ける



 しかし、それより早く、ゆっくらいだー二人は、見るからに古臭い、場違いに楽しげなポーズをとり始めていた。



========================================


 あの時。

 妖怪に囲まれて、自分達も食われると思った矢先―――――あの「穴」が出現した。
 今と違って、とんでもなく大きく――――中から出てきたのは、信じられないが、「部屋」そのもの

 中から出てきた女性は、自分達の憧れのヒーローとは似ているだけの知らない人だったが―――――
いや、今でこそ、これからも―――――うつほとおりんの中では、言い切れる(特に胸が)



 ―――本物の、床次紅里―――――




 彼女は、うつほとおりんを無言で背に、弾幕の渦巻く妖怪達の群れに立ち向かっていった。


 ほぼ、言葉は発しなかった。



 ヒーローは、背中で語るものだと知った



 弾幕が終わり、自分達を庇ってボロボロになった床次紅里は―――――



 あの時、本当にディケイネに変身したのだった。



========================================


 「あ……………」
 「どうなすった」
 「変身セット落とした……………」


 端の展望台にて
 風が強かったことは認める
 天空に浮遊するこの都市。
 巻き上がった帽子二つが、そのまま地上に落下して無事ではなかろう


 「てんこさん……あんた何のために生きてるんですかい」
 「う、うるさいな…………。元々、もう変身する機会もないじゃない」
 「いや、解りませんz…………いやまあそうか」
 「本当になんかあったら、図書委員全員で頑張ればいいのよ」
 「もう皆卒業してますから!! それより単位落とさないようにしてくださいな」
 「ん………じゃあ色々教えて欲しい」


 静かな、天空の町中、ゆっくりてんこと、一人の人間の女性が、手をつないで一息つきながら
歩いていくのを、この世界からは見る事はできない




========================================


 「何だっけ、確か本当はゆっくり用に開発されたって設定だっけ? 『193』 って」
 「違う。相手もゆっくりさせようって気持ちのある奴、って設定。でもスーツみたいなもんだから、体が痛くなるの」


 病室
 全身をくまなく包帯で巻かれた、元タレントの横で、少し年下の現役の女優が林檎を剥いている


 「よく覚えてますねえ」
 「メグミちゃんだって、グウヤの技の名前くらい空で言えるでしょ?」
 「そりゃまあ…………」

 程なくして、病室は更ににぎやかになる
 そろそろ中学にあがろうかというゆっくり二人が、果物の盛り合わせを持ってやってきたのだった


 「鳴井さん、お怪我大丈夫?」
 「私は大丈夫だけど、おりんがもう退院してる事が驚きだわ」


 あんなに痛めつけられたのに


 「ゆっくりは皆丈夫なんだよ!!!」
 「私が変身する必要あったん?」
 「それ、本当なんですか?」


 ニヤニヤ笑いながら、メグミは彼女の口に林檎を押し込んでいく


 「本当に変身して、妖怪をぶちのめしたんですか?」
 「あのさ、普通は頭から信じずに、馬鹿にして聞くもんでしょ? 半分信じてる素振りの聞き方っておかしくない?」
 「いや、何かそういう事ありそうだと思って」
 「本当に、鳴井さん変身したんだよ!!!」
 「うつほも変身してね!!! で、妖怪も悪い人間も『りゅーぎょのいかり』で倒したんだよ!!!」


 そう、妖怪は倒した。
 しかし、負債は―――――― 今の入院代は―――――――


 「そういう時に、何で私達に相談しないんです?」
 「お金借りるわけにはいかないし…………」
 「いや、そうじゃなくて、仕事とか」
 「私に出来る仕事なんてあるの?」


 これは、自嘲でもなんでもなく、確かに死地を切り抜けたとは言え、いつかの楽しかった状態を取り戻せる自信は無い。


 「いくらでもあるでしょ。例えばほら――――――――」


 病室に、更にたくさんの人間とゆっくりがなだれ込む


 「トトさん! リグルに……………」


 かつての戦友である役者達、そして「ゆっくらいだー」自体を勤めた名アクター達


 「今年は何の年?」
 「………『ディケイネ』が終わって10周年?」
 「ついでに、『ゆっくらいだー』自体も30周年」


 そして―――脚本家のらんしゃまも来ていた


 「あ・・・・あああああああ!!!!」


 涙が止まらない
 らんしゃまも涙ぐみながら、りんごを口に一切れねじ込みつつ言った。



 「やるよ、 今年の冬に 『劇場版 ゆっくらいだー  オールゆっくり VS ハイパーショッカー』 当然君も出演して闘うんだよ!!!」



 うつほとおりんは、色々な意味で驚ろき、飛び上がって喜んでいる。
 彼女は信じられなかった。
 こんな自分にも、まだ見捨てずに、一時とは言え出来る仕事があるのだとは
 でも


 「本当にいいの……? 私、リアルじゃ 駄目ゆっくらいだーだったけど………」
 「鳴井さん、まだそんな事言ってる!!!」
 「もっと自分信じろってあの時言ってたじゃない!!!」


 それでもこんなに大怪我してるし、完治しても自信が無い
 心から嬉しいが、まだまごついてる彼女の病室に―――――――最後に遅れて入ってきた者がいる。
 ありきたりだが、本当に、どこかでもう一度言って欲しかった言葉なのだろう



 主役の―――――すっかり貫禄が付いた、しかし、あの自信たっぷりのゆっくり的な笑い方と、胸のサイズだけは変わらない
元・床次紅里。




 「大丈夫。 これはあんた自身と皆の物語よ」



                                             了

名前:
コメント:

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2010年01月05日 09:13