以下の点に注意して読んでくれたら幸いです。
- ゆっくりの出番が少ない
- 女の子同士のあれやこれや
- ぼかろ二次創作
――2月14日、正午。
郊外に位置する何の変哲もない安普請のアパート、その一室。
古臭くその本質以上に黄色くなった畳が敷き詰められた六畳一間の空間の中心には、
これまた古臭くその本質以上に色あせぼけた布団が被さった小さな炬燵が置かれていて、
その空間に似つかわしくない派手な黄色い髪のサイドテールの少女が一人、
部屋の隅のちゃぶ台の上に置かれた小さなブラウン管テレビを詰まらなそうな顔をして見ていた。
『ついに最新アルバムがミリオン突破した話題のボーカロイド、初音ミク!
今日はそんな彼女の人気に大接近します!!』
「はぁ、また初音ミク特集かよ」
うんざりとした、本当に興味なさげな顔で小さく溜息をつく。
「意味の脈絡もないムーブメント、録に知らないくせに囃し立てるマスメディア、
それに何の抵抗もなく踊らされる有象無象、もう飽き飽きだね、こういうの」
『はい、本当最高ですよね!ミクまじパネェってかマジパネェっすよ!!』
『性格も大人しめで、少し天然入ってるとこが可愛いですよねぇ』
『私もー、彼女のデビューシングル聞いてから一発でファンになっちゃってー』
街頭インタビューにおける、初音ミクの評判。
見るからにアキバ系と言われるような太った男から、学生と思しき青年、ビジネススーツを着込んだ女性まで、
多くの人間が一概に彼女のことを褒め称えている映像が流される。
「はいはい、大人気。まぁ、こういうテレビで、鼻から批判する阿呆をカメラに映す訳もないけどね」
その様子もまたつまらなそうな様子で少女は眺める。
「この中で、ブームに流されずに、本当にミクが好きだっていう人間が、どれだけ居るんだか‥」
そしてまた、少女は小さな溜息をたてる、
そのタイミングと同時に、
「おっ邪魔しまーす!」
そんな朗らかな訪問を告げる声が、
テレビからではなく少女が居る一室の玄関先から、高らかに元気良く響いてきた。
その突然の来客に少女は更に深い溜息をつく。
「そんで、アイツと本当に出くわして長い間付き合って‥」
少女がぼやいてる中、ドタドタと少女が居る一室に足跡が迫り、
訪問者はまたもや元気よく扉を開いて少女の前に姿を現した。
「じゃーん!やっほう、ネルちゃん元気!?」
「友達続けられる奴がどれだけ居るのかね‥」
今度は溜息の代わりにその両手でやれやれと頭を抱えて、少女は炬燵にうずくまった。
「あっれぇ!?どうしたの、ネルちゃん? 頭なんか抱えて‥。 なんだか元気ないね」
「ああ、どうしてだろうね、どうしてだと思う?」
「全然分かんないや!」
「そんなの、折角のたまの休みに五月蝿いのがアポ無しに来訪したからに決まってんでしょうがッッ!」
「なんだぁ、そんなことだったら、いつものことじゃん!」
「いつもこうだから、こうして私は現在進行形で頭抱えてうんざりしてんのよ!」
コイツが来るといつもこうだ‥。
そう思いながら、黄色い髪のサイドテールの少女、亞北ネルは苛立たしげに来訪者の少女を睨みつけた。
天真爛漫、悪意の一切が見受けられない笑顔を浮かべた、青緑の髪のツインテールの少女、
『こうして今や時のアイドルとなった彼女、初音ミク。その人気の訳は、どこにあるのでしょうか?』
現在進行家で、テレビで特番が組み立てられるほどの人気を博している人気スター、
ボーカロイド、初音ミク、その人を。
ゆっくりSS 亞北ネルは忘れない
どんなに有名なアイドルや芸能人、そしてスポーツ選手やノーベル賞受賞科学者にも、
その知名度を得る前の、いわゆる“普通の人”だった期間が少なからずとも必ずあるものだ。
彼女、亞北ネルは、初音ミクがそういう“普通のボーカロイド”だった時期からの知り合いで、
友達で、腐れ縁のような関係だった。
『“親友”とは言いたくない』とはネルの談。
「んで、今日は何の用よ? ミク」
当然のように炬燵に入り込んだミクに対し、ネルがジッと三白眼で睨みながら問いただす。
「またまたぁ、まるで用がなければネルちゃん家に来ちゃいけないみたいにさ」
「用がねぇなら来るなっつてんだよ!分かれよ、読めよ、空気を!」
「いやいや、用ならあるよ!」
にへへぇ、と良く分からない照れ笑いを浮かべながら、ミクは背後から薄く四角い何かを取り出して、
誇らしげにネルに向かって差し出した。
「じゃーん!」
「何コレ?」
それは、青緑のリボンで包まれた黄色の薄い長方形の箱だった。
業務用ではない電卓くらいの大きさであろうか。
何かのプレゼントとして用意されたということが容易に想像がつく外観だ。
「ヒント、今日は何の日でしょうか!?」
「ヴァレンチヌス牧師が殉教し天に召された日」
「正解です!」
「あ、その答えでいいんだ‥」
若干呆れながらも、ネルは目前の少女が何をしにわざわざ彼女の部屋までやってきたのか、
大体の見当をつけることができた。
「何だ、また今年も贈る野郎が居ないの? バレンタインチョコ」
「何言ってんのさ!ボクの本命は昔からネルちゃんオンリーだよ!」
「あー、はいはい。思春期特有の百合感情乙」
「むぅ、相変わらず連れない返事。 まぁいいや、じゃ、はい、どうぞ!」
「そして断る」
元気良く差し出された黄色い箱を、ペシッとミクの手から冷たく突き放す。
「にあぁ!!何故に!?」
「うっせぇなぁ、去年言ったっしょ?」
涙目になって炬燵の上に転がった箱を必死に拾うミクを尻目に、
ネルは手の平をひらひらと振りながら拒絶の言葉を送る。
「私は、チョコレートは普通に好き。だけど、ネギの匂いと味がするチョコレートは許容範囲外!」
「えー、何でぇ!?」
「理由聞くとこじゃねぇんだよ、そこは!」
そう、ネルのこの友達の人気アイドル、どういう訳だかネギ好きで、
3度の飯にもおやつにもデザートにも夜食にもネギをリミックスするという
闇の錬金術師的な才能を持ち合わせていたのだった。
「いわゆるアイドルの裏の顔という奴である。嗚呼、恐ろしい」
「妙なナレーションでボクの嗜好を否定しないでよー、美味しいんだよ」
「という訳で持ち帰れ。
そして一人寂しく自分の手作りチョコを自分で食うと言う切なさ乱れ撃ち空しさ無間地獄を味わって死ね」
「まったくもー、ネルちゃんの食わず嫌いー」
「ああ、そうだね。飲み込むどころか口に入れる前の段階で身体全身から拒否反応出たからね、
食すの不可能だったからね、去年のは」
「ちぇー、しょうがないなー」
ふて腐れ顔でミクは手作りチョコレートが包まれている箱を回収する。
と、同時に、
「じゃ、ネルちゃんにはこっちのプレゼントをあげよう!!」
また元気良く、背後から30cm平方はあろう大きな箱を取り出した。
先ほどのものと同様に黄色い箱に青緑のリボンが巻きついたプレゼントボックスだ。
「‥‥え、まだあんの?ていうかでけぇよ、何処に隠してたのよ」
「フッフッフッ‥、女の子のポケットの中には不思議がいっぱいワンダーランドなんだよ」
「んで、何よコレ」
ミクの難解なボケをスルーして、慎重な手つきで、ネルは差し出された箱を恐る恐る持ち上げてみる。
重さはそれなり、ちょうど同じ大きさのゴムまりがあったらこのくらいの重さであろうか。
「実はね、ネルちゃんがボクのネギチョコを受け取り拒否する、そこまでは想定どおり作戦通りだったのさ!
去年なんてネギの匂いだけでネルちゃん吐きそうになってたしネ!」
「それ分かってんなら同じもの嬉々として作るな包むな持ってくんな!」
「だからさ、ボク考えたんだよ!何か、チョコレート以外で素敵なバレンタインプレゼントになるものはないかって!」
「ネギが入ってないチョコレート作るっていう発想はできないんだな‥」
「そしてその結果がこれなのデス!さぁ開けてみて開けてみて!」
「嫌な予感しかしないんだが‥」
そう言いつつも、ネルも中身は気になるようで、気の進まないまま、箱に巻かれたリボンを少しずつ紐解いていく。
「ふふふ~、期待していいよ!」
ミクの横槍をスルーしつつ、全てのリボンを解いたネルは、やはり慎重にその箱の蓋を開けた。
そして、慎重に中身を取り出す。
「こ、これは‥」
まず、最初に彼女の目に付いたのは、薄翠色に輝く煌びやかなツインテール。
そして、見るものを和ませる柔らかそうなほっぺ。
人懐っこそうな (ヒ_] ヒ_ン ←こんな感じの瞳。
そういう、首だけの、モノだった。
しかし、首だけとはいえ、その存在感、造形は、
両腕が欠けたミロのヴィーナスと同じように、
その不足感が一つの芸術として成立していると言っても過言ではない荘厳さで、
見るものを圧倒させる美しさを秘めていた。
そう、その箱の中身こそ、
後にこの日本の平成という時代の芸術感を決定付けたと言われる一大アート、
ゆっくりミク、そのものだということに彼女はまだ気付いていな‥』
「よし、見なかったことにしよう」
『かった‥て閉めないで!う、うわぁああああああああ!!!』
ネルは静かにそのモノを元の箱に戻し、蓋を閉じ、
そして厳重にガムテープで雁字搦めに封印し、部屋の隅に投げ飛ばした。
中から気味の悪い断末魔のようなものが聞こえたような気がしなくもなかったが、
長年連れそった悪友の所為で彼女のスルー技術は高い方だ。
何ら問題はなかった。
「うおー、すげぇ、凄い喋ってたね、さっきの私の生首」
「ていうか何ちゅうもんを持ってきてんだよ、何だよ、さっきのアレ!」
「ゆっくりミクだよ!可愛かったでしょ!」
「何でVOCALOID のお前がゆっくりになってんだよ!管轄が違うだろ、管轄が!
あっちは主にGENSOKYOの連中がなるもんだろ!」
「いやいや、ボクもっとフリーダムで良いと思うんだ。ゆっくりって奴は」
「てめぇのゆっくり感なんて知るかあああぁぁ!!手に取った瞬間本物の生首かと思って本気でびびったわ!!」
「アハハハ、nice boat!」
「五月蝿い、黙れ、ぶん殴らせろ」
「キャン!!」
あいたたたと、両手で叩かれた頭を押さえるミクに対し、ネルは改めて問いただす。
「で‥?何よ、あれ。どっから持ってきたのよ?」
「さっき言ったでしょ、ゆっくりミク。ご覧の通りボクをモチーフにしたゆっくり的な存在だよ!」
「あんたんとこの事務所はあんなものまで売り出してんのかよ? 正気の沙汰じゃないわね」
「うん、ボクもびっくりしたよ。あんなのが売ってるのを見て」
ミクの受け応えに、不審な表情を浮かべる。
「何? あんたの知らないうちに企画販売されてたって訳?」
「ううん、そもそもアレはボクの事務所がプロデュースした製品じゃないよ。公式ロゴマークも一切付いてなかったし」
「はぁ‥? じゃ、あんたはアレをどこで手に入れたってのよ?」
「近所の駄菓子屋!」
「スナック感覚‥?」
「ケースには『1/1 BOCALOID初音ミ久頭身大ヘッドフィギュア』って書いてあったね」
「ただの海賊版じゃねーか!ゆっくりですらねーのかよ!?」
「定価2万5千円!」
「それお前明らかにボられてんだろ!」
「いやぁ、レアかと思ってつい。それにネルちゃん悦ぶかなって思って」
「私はお前ん中でどんな異常嗜好者にカテゴライズされてんだよ!」
炬燵をバンと勢い良く叩き、ネルはミクの顔面に擦れ擦れまで近づけて強く睨みつけたが、
「やーん、ネルちゃん顔近いよぅ!ちょっとドキドキしてきた」
効果がないようなのでそのまま頭突きに移行した。
「キャン!」
初音ミク、本日二回目の損傷である。
「んで、結局どーすんのよ、アレ」
ネルは神妙な顔で部屋の隅に転がった、件のゆっくりミクが入っているはずの箱を遠目で眺める。
何だか時折ガサゴソ動いているようで少し不気味だ。
「ん? だからネルちゃんにあげるって」
「勘弁しろ」
「まぁまぁ、取り敢えずもう一回開けてあげようよ、あのままじゃ可哀想だよ」
「ふぅぅ、やれやれだね‥」
ネルはまた大きな溜息を吐きつつ、箱に手を伸ばし、乱暴に巻きついたガムテープを剥がしていった。
そして、今度は乱暴に箱を逆さにして中身を取り出す。
『ミッ!』
中身は妙な声を出して、ポヨンという効果音と共に思いの他柔らかく地面に着地した。
「ゆっくりと言えボクの顔なんだよ、もっと優しく扱ってよ~」
「あんたの顔だからこそ、この扱いよ」
地面に軟着陸したゆっくりミクは、うつ伏せの体制からダルマのような無機的な動きで誠一に戻ると、開口して、
『み‥、みっくりしていってね!』
そんな、ゆっくりのテンプレートとしての台詞を吐いた。
「おぉ~、喋った喋った、よくできてるねぇ」
「さっきは、もっと饒舌に色々喋ってた気がするが」
そんな二人の会話に気にとめるでもなく、ゆっくりミクはそのまま言葉を続ける。
『今日は!ミクはゆっくりミク!起動にはエネルギーが必要デス!起動にはエネルギーが必要デス!』
「起動って、もう喋ってんじゃん」
「自力で動くのにとか、色々エネルギーが必要なんじゃないかな?」
二人の相談をよそに、またゆっくりミクは言葉を紡ぐ。
『起動エネルギーとして、ネギ一本が必要デス!』
「ネギ!?」
『口から入れてね!口から入れてね!』
ウィィン、と無駄に仰々しい効果音と共に、ゆっくりミクの口が開く。
効果音の割りに、全然メカメカしくない口部ではあったが。
寧ろ歯は揃ってるし、舌も歯茎も確認できるその口部は、どう見ても生き物のソレと同じものだ。
「ネギってそんなもんある訳‥」
「よし、じゃボクの携帯ネギを分けてあげよう!」
「おいー、ネギって携帯の必要性があるもんだっけかぁ!?」
「さぁ、お食べ!」
ミクは何処からか取り出したネギを誇らしげに構え、ゆっくりミクの口に乱暴に突っ込んだ。
「ほれほれぇ、美味しいかい?」
『みゅぅぅ、もぎゅもぎゅ‥、ちょっと苦しい』
「おい、そんな乱暴に突っ込んでやるなよ」
『いやん、こんなに大きいの入りきらないよぅ~』
「うるせー、ほらほら、奥まで咥えるんだよ!」
『中から汁が、汁が出てるのぉ!』
「ほらほら、全部飲み込むんだ!」
「‥‥‥」
ネルは取り合えず二つの青緑頭を殴っておいた。
心なしか顔が少し紅潮している。
意外に純な性格なのである。
「キャン」『キャン!』
初音ミク、本日3度目の損傷であった。
『という訳で完全起動! ゆっくりミクです!ヨロシクね!』
「ヨロシクー!」
「さっきからよくそんな生首と意気投合できんな、ミク」
ネギを食べ終わり、ハキハキと動き始めたゆっくりミクと嬉しそうに戯れるミクを呆れ顔で見つめつつ、ネルはぼやいた。
「だって自分のゆっくりだよ!なんだか感動するジャン、こういうの!」
『いやぁ、それほどでも』
「別にお前が誉められたんじゃないと思うが」
まぁいいや、とネルは仕切りなおす。
「んで、あんたは一体何が出来んの?ゆっくりミク」
『一緒に楽しいお喋りができるよ!』
「よし、捨ててこよう」
『にゃーん!離してよー!離してくださいー!』
即断即結。
ネルはゆっくりミクの頭部を片手で掴むと、ゴミ箱へ投擲の構えを行った。
「えー、いいじゃん、お喋り。友達いないネルちゃんには最適だよー?」
「はっはっはっ、また殴るぞ、ミク。ていうかあんたは友達としてカウントしなくて良い訳?」
「ボクはさ、ネルちゃんの‥嫁だから(ポッ」
凄く乙女チックなポーズで、いじらしげに頬を染める初音ミク。
「よーし、捨てるべきゴミが二つになったぞー」
「ふ、ふひゃぁあああ、掴まないで、頭乱暴に掴まないでよ、ネルちゃん~」
『にゃーん、離して下さい、離して下さい~!あと何か甘いものが食べたいなー!』
「あ、それじゃ私が作ったネギチョコでも食べてみる?」
『ネギチョコって何それ!?めっちゃ美味そう!そういうのもあるのか!』
「フフフ‥、ボクの手作りオリジナルレシピなのだよ!」
『すっげぇ!天才じゃね?マジで天才じゃね?』
「わーい、誉めて誉めてぇ~」
「お前らマジ黙らないとマジで捨てるぞ‥」
「いだだだだだ!ネルちゃん、アイアンクロウ強い強いよ!ボクアイドルだから!顔に傷はちょっと!!
でもそれ以外だったら、いくらでも傷物にしていいから!ネルちゃん相手だったらいくらでもボク我慢できるから‥!」
『中身出ます!中身出ます!駄目だよ、お嬢ちゃん、もっと優しく握らないと女の子は痛がっちゃ‥、いだだだだだだ』
「いだだだだだだ!」
「あー、もうこいつらマジどっか捨てるとこねーかなぁ!」
まるで旧友が二人になったような感覚に、ネルの頭痛と溜息は増すばかりであった。
『後は、録音機能とラジオ機能、CD再生とかもできるよ! バリボリバリボリ』
ミクが持ってきたネギチョコを本当に美味しそうに食べながら、ゆっくりミクは自分の機能についての説明を続ける。
「わー凄い!見た目よりずっと多機能なんだね!」
「そーだね、普通のCDプレイヤーくらいの凄さだね。ていうかネギ臭い」
ネルの恐れていた通り、ネギチョコのパッケージを開封するや否や、
辺りにはネギの青臭さとチョコレートの甘い匂いが、破壊的なハーモニーを奏でながら充満してきた。
部屋に居るだけで精神的にも物理的にも涙目になる不思議仕様である。
『そして更にその辺の電波を自動受信データを更新することによって様々なオプションを付加することも可能なのであった!』
「うわぁ、よく分からないけど凄い、凄いね!」
「本当に良く分からないけどね」
チョコレートをバリボリ齧りつつ、ゆっくりミクは自身ありげに上を向くと、無駄に誇らしげに高々と最後の機能を主張する。
『そして何より可愛いよね!えっへん!』
「う~ん、可愛いよ!ぷにぷに~」
「こいつマジ捨ててぇ!てか殴りてぇ!」
満面の笑顔でゆっくりミクの頬を突っつくミクの後ろで、ネルはまたもや大きく頭を抱えた。
こういうまるで意味のないところで自身ありげな表情をするとこなんて、本当にミクそっくりだ。
実は血でも繋がってるんじゃないか、そんな気すら覚える。
「ていうかさ、ミク。そんなに気に入ったんならお前が引き取れよ~」
再びネギチョコをバリボリと食べ始めたゆっくりミクをうざったそうに見下ろしながら、
同じ光景を正反対の顔で見下ろしている友人にネルは言った。
「う~ん、それも良いかもかも~!本当かわゆいし!」
「そっかー、それじゃ是非持ち帰れ、即刻持ち帰れー」
「でも、やっぱりボクは遠慮しておくよ」
「聞いてー、人の話を聴きやがれ、初音ミクー」
「ボクさ‥、今週末から全国ライブなんだよ、まず最初は九州、次に四国‥、知ってた?」
「あによ、突然‥」
突然、脈絡もなく自分の予定を話し始めたミクを訝しげに睨みながらネルが聞く。
「全国ツアーでね、もうこれから半年以上は告知リハ本番含めてもう大忙し」
「そりゃ、私に対する自慢かよ、時の人初音ミク」
「フフ、凄いでしょ、だからね」
「だから‥、次の休み、いつとれるか全然分からないんだ」
気がつけば、ミクの表情はいつもの天真爛漫な笑顔ではない。
切なげな微笑と共に、ミクは小さく言葉を紡いだ。
「あぁ、まぁ‥、そうだろうね」
「アイドルの仕事、どんどん忙しくなってる‥。テレビに出る回数も増えたよ」
「ああ、知ってる」
デビューしたての頃は、それこそテレビ出演が決まる度しつこくネルの携帯電話に、
その時間帯を告げるメールが逐一送られてきたものだが、最近ではそういうこともなくなった。
多すぎるのだ、出演する当人でさえその時間帯と数を把握できない程に。
「ボクのこと好きだって言ってくれるファンもたくさん増えたよ、
ファンレターだってもう読みきれないくらいたくさん贈られてくるんだ」
「そっか」
ファンレター全てに返事をしている、そう誇らしげにネルに告げていたのはいつの頃だったか。
「CDだってもう通算すれば何万枚売れてるかボクにだって分からない‥、
数え切れない程の人たちがボクの歌を聴いてくれているんだ」
「うん」
それこそ、ミクの訪問の前、ネルが見ていたような特集が何度も、
あらゆるマスメディアを通じて放映されるくらいのムーブメントを巻き起こす程に。
「でもさ‥、ボクは、嬉しくないよ」
「人気が出れば出るほど、忙しくなって、自由にできる休日がどんどん減っていって‥、
ネルちゃんに会える日も‥どんどん減ってく」
弱々しい手つきで、ミクは静かにネルの服の片袖を掴んだ。
その両手は、小さく震えている。
「そういうの‥、ボクはちっとも嬉しくないんだ‥」
「ミク‥」
彼女の言っていることは本当だ。
それこそ、ミデビュー前には毎日のように続いていたミクの来訪が、
知名度を得るにつれ、メディアで取り上げられるにつれ、
その頻度がどんどん減っていったことは、実際に来訪を受ける側であるネルが一番痛感していた。
彼女ほどの人気アイドルが、貴重な休日の、どれだけの暇を削り、自分に会いに来ているのか、
それが分からないほど、ネルは芸能界について無知ではない。
「でもさ‥、こういう嫌だって言う気持ちを、この寂しさを‥、ネルちゃんに押し付けたくないから‥
ボクは頑張る‥、ボクの頑張れない理由を、ネルちゃんの所為にだけはしたくない」
だからさ、とミクは続ける。
「この家で、ネルちゃんがボクのゆっくりと話す度に、一緒に遊ぶ度に、
ボクのことを思い出してくれているって、ボク自身が思えれば、思い込むことができれば、
きっとボクは、もっと頑張れると思うんだ」
震えるような声で、弱々しく言葉を連ねたミクは、恐る恐るネルのことを上目遣いに見上げてみた。
「だから‥、ゆっくりミク、ネルちゃんにもらって欲しいんだよ‥。 駄目かな?」
「重いわ」
「キャン」
そんな彼女を待っていたのは、辛辣な一言と振り下ろされた容赦なき垂直チョップ。
「たく、前々からあんたのことは馬鹿だと思って常々馬鹿にしてきたけど、
まさかこれほどまでに馬鹿馬鹿しい馬鹿だとは思わなかったわ」
「酷い!馬鹿って一つの文章中に5回も言った!」
「しょうがない、だって馬鹿だし」
ニヒッと、小ばかにするようにニヤリと笑ってミクは言葉を続ける。
「あんたのことなんて、街頭であんたの歌が流れる度に、馬鹿なテレビであんたの特集が組まれる度に、
否が応でも思い出してんのよ、私は!」
「あうあうあう!」
ペシペシっと、片手でミクの額にデコピンを連続で打ち込みながらネルは言葉を紡ぎ続ける。
「私の頭ん中からあんたのことを忘れさせてくれる奴がいたなら、
そいつはきっと地球温暖化問題もサブプライム問題も同時に救えるようなレベルの勇者だろうね。
いねーよ、そんな奴」
「ネルちゃん‥」
「まぁでも、そこまで言うならしゃーないしゃーない」
ネルは片足を持ち上げ、未だにチョコをバリボリ食ってる青緑の生首に足首を乗っけて適度に踏み潰す。
「もらってやんよ、あんたにもらった鬱憤は一つ残らずこいつにぶつけてストレス解消気分爽快でも目指すことにしてやるわ」
『ミクっ!?』
不穏な空気を感じてか、ゆっくりミクは潰されながらも敏感に声を発す。
「ネルちゃん‥、ありがとう」
「なーんで、プレゼントあげる側が礼言ってんだよ、馬鹿じゃねーの?」
「それと大好き!ぎゅっとして!抱きしめて!」
「はいはい、それはまた今度次週の残念賞」
「あと、『あんたにもらった鬱憤』って‥、なんだかちょっとエッチぃね」
「ハハハハ、また私の拳固が喰らいたいのかこのドMさんめ!」
取り合えずネルは叩いた。いつも通りに華麗に叩いた。
いつも通りに「キャン」という音がした。
初音ミク、今日何回目の負傷かは、面倒なのでもう数えない。
「じゃ、私はもうこの辺で‥、明日はもう早いから」
ミクはすっと立ち上がり、腕時計を見ながらそう告げた。
ぐだぐだと会話を続けていれば、気がつけばもう時刻は夕刻、
ミクの帰りの足を考えると、もう帰らなければいけない時間帯だ。
「おうおう、帰れ帰れ」
「そこは別れのキスをプレゼントするところでしょ~」
「生憎こちらに用意できるのは決別の拳だけなんだ、いるか?」
「う~、ネルちゃんのイケズ~」
『バリボリバリボリ‥ ゆっくりまたね!』
ネルが適当に、ゆっくりミクがチョコ食いながらも元気に別れの言葉を告げる。
「それじゃ、今日は楽しかった。全国ライブも頑張って演ってくるよ!」
「はん、それこそあんたにとっちゃいつも通りでしょうに」
ニッ、とネルはミクに対し笑いかけ、
「あー、そうだ忘れてた」
わざとらしい演技がかかった口調でそう呟くと、適当な雑貨が乱雑に積み上げられた部屋の隅へ歩み寄り、
そこからガサゴソと何かを取り出して、
「ほらよ、ハッピーバレンタイン」
そのまま、乱暴にミクの方に放り投げた。
「うわっと‥」
危なげに、ミクはネルから放り投げられた薄い長方形の箱を受け取る。
青緑の包みに黄色いリボンが巻かれたそれは、昼ごろミクが最初にネルに渡した包みによく似ていた。
「これ‥、まさか‥」
「あー、そうよ」
なるべくミクと顔を合わせないようそっぽを向いて、途切れ途切れにネルは言葉を続ける。
「知ってたからさ、もうすぐあんたの全国ライブ始まるって。
だから、どーせ、いつもみたいにホワイトデイじゃ返せないし。まぁ、だから‥。
あんたみたいに器用じゃないから、手作りなんて、出来なかったけど、なるべく高いの選んで買ってやったんだから」
まぁ、そのなんだ‥、そう続けた後、ネルは伝えるべき言葉を逡巡し、詰まらせ、
「味わって、食えよ」
結局、自分で作った訳でもないのに料理職人みたいなコメントで落ち着いてしまった。
「ネルちゃん‥」
「だぁ、うるせぇ!もう帰れ、早く帰れよ!」
「これ軽いよ?」
きょとん、と首を傾けて、不思議そうにミクが呟いた。
「だから、うるさ‥、 ‥軽い?」
「ていうか、空っぽ?」
二人してきょとんと首を傾ける。
ネルは無言でミクから、さっき渡したばかりの長方形の箱を受け取る。
「軽い‥ていうか空っぽだな」
「空っぽだね」
どうして投げる時に気付かなかったのか、今朝まで確かに中身が詰まっていたはずのその箱は、
現在悲しいくらいに中身の詰まっていない、厚紙とリボンだけの質量しか存在しない物体に成り下がっている。
「あれぇ‥、おかしいな。! どうして‥!」
ネルは混乱しながらも、決して広くない部屋を隅から隅まで目配せし、
その中身がどこかに転がっていないか捜し始める。
ミクはその様子を不安半分、不可思議半分といった表情で見つめ、
「‥‥ん」
ふと、気付いた。
さっきから、ミクの足元でチョコを食べていたゆっくりミクの存在に。
「あれ‥」
ミクが、ネギチョコを渡したのは一時間以上前の時間帯なのに、
『バリボリバリボリ‥うまかー』
未だに、チョコを口に入れ続けているゆっくりミクの挙動のおかしさに。
「‥‥‥」
ミクは、無言でしゃがみ込み、
『み?』
ゆっくりミクが食べているチョコの匂いを嗅いだ。
正方形の板状の、表面には絵画のような装飾が施された、高級そうなチョコ。
ネギの匂いは、しない‥。
「ああ‥、 そっか‥」
『み?』
「そっかそっか‥」
初音ミクは状況を理解した。
そして、今日の中で一番の大きな笑顔を浮かべ、
無言で、背中から緑と白の細長い管を取り出した。
初音ミク
装備:ニア 長ネギ(ドンパッチソード)
攻撃力:74947934032
状態:激昂
チリモノコサンッ!
ブレードトンファー!オラオラオラー!!
ミルガイイ、オマエガオチユクサイシュウジゴクヲ!
サァゼツボウシロ!ムシバム、ソノココロマデモ!
ハハハ、ソレコソガシフクノヒメイダヨ!
――5分後。
「どいて!ネルちゃん‥!そいつ殺せない!!」
「落ち着けぇ!取り敢えず落ち着いてその凶器を床におろせ!チョコならまた買ってやるから!!」
『み‥、み‥、 みっくり‥(ガクッ)』
ゆっくりミク
HP:0
ざんねん!! ゆっくりミクの ぼうけんは これで おわってしまった!!
~fin~
以下、需要ありそうなQ&A
Q.何故にボクっ娘?
A.初音ミクの消失とか、一人称ボクのミク歌けっこう多いから間違ってないはず!
Q.ゆっくりの出番が少ないよ
A.人はまた‥、同じ過ちを繰り返す‥。
そしてこれよりおまけーね
「あぁぁ‥ 疲れた」
なんとかネルをなだめ家に帰らせることに成功した後、
がっくしと、本当に疲れたというように、ネルはまた炬燵にうずくまった。
『ミ‥み‥身‥ 未‥』
ゆっくりミクは未だにビクビクと痙攣しているが、多分命に別状はないだろう、ないといいなぁ。
まぁ、例え死のうと自業自得だからしょうがない。
「こういう奴の死ぬビジョンって、あんま思い浮かばないのが素敵に不吉だけどなぁ」
寧ろ、明日の朝になったら何事もなかったように復活しているような気しかしない。
こんなものを引き取ると言ってしまった安請け合いを、早くもネルは後悔し始めていた。
「全国ライブ‥、ね」
ポツリと呟いて、今日ミクが言っていた言葉を思い出す。
―全国ツアーでね、もうこれから半年以上は告知リハ本番含めてもう大忙し
―人気が出れば出るほど、忙しくなって、自由にできる休日がどんどん減っていって‥、
ネルちゃんに会える日も‥どんどん減ってく
「はぁ‥しょうがない、買ってやるか」
ネルは小さな溜息をつく。
ライブチケット、というものは存外安いものではない。
アーティストの質にもよろうが、少なくともネルぐらいの年齢の少女にとって、それは非常に高い買い物になる。
ミクのことだ、ネルの方から頼めば、いや、頼まなくても勝手に向こうから贈ってきそうなものだが、
そういうことに関しては、ネルはいつもミクに「その必要はない」と断ってきた。
「そんなライブ、行きたくないから」、というのは表向きの理由。
本当は、歌う本人からの招待状を受け取るという行為に、
まるで自分が特別扱いを受けているような居心地の悪さを感じるのが嫌だったから、それだけである。
ネルは炬燵から立ち上がり、テレビの横に置いてある小物入れの棚を探る。
そして、その中から、厚い茶色い封筒を取り出して、その中身を取り出した。
「どうしようかな‥」
その中に入っていたのは、初音ミク、全国ライブのチケット、
それが32枚。
今予定されているだけでも50以上の地域で行われるライブ、
そのうち、32箇所で開催されるもののライブチケットが、その封筒には入っていた。
もちろん、全てネルが自分の小遣いを叩きに叩いて購入したものである。
「もうちょっと、買っちゃってもいいかなぁ‥。流石にこれ以上はお金勿体無いかなぁ」
でもなぁ‥、と悩まし気な表情で、ネルはギュッとチケットを胸に抱きしめる。
「ミクの歌は、何度聴いても良いものだしなぁ‥、ていうか聴く度に好きになってる自分がいるし‥」
決して、ミクの眼の前では見せなかった、女の子らしい朗らかな、
大好きなものを想い浮べているような恍惚とした笑顔。
「あー、もう!今からライブ楽しみー!! ミクの生歌早く聴きたい!聴きたいー!!」
キャー、と女の子らしい黄色い叫びをあげ、ネルは更に深くチケットを抱きしめた。
亞北ネル、公私混同は避けるタイプ。
ツンデレとは言わせないとは、本人の談である。
~終~
- 実はデレデレじゃないかw一筋縄ではいかない -- 名無しさん (2010-02-14 16:58:11)
- 「うまかー」可愛い -- 名無しさん (2010-02-14 20:21:00)
- 乙女心は複雑なんだね。
ゆっくりミクでミクのCDを再生したとき、ネルはどんな気持ちになるのだろう。
-- 名無しさん (2010-02-15 13:26:42)
- 久々に読み返したので誤字修正 -- 書いた人 (2011-06-12 19:03:49)
- >しかし、首だけとはいえ、その存在感、造形は、
>両腕が欠けたミロのヴィーナスと同じように、
>その不足感が一つの芸術として成立していると言っても過言ではない荘厳さで、
>見るものを圧倒させる美しさを秘めていた。
大げさなんだけどなんかわかるw
-- 名無しさん (2012-03-23 12:55:16)
最終更新:2012年03月23日 12:55