秋姉妹と春の蠢き

――春。

目覚めの季節。
それは、この幻想郷内でも、
数多くの異形のモノ達が住むこの“妖怪の山”であっても同じことだ。

春告精の訪れと共に、
永らく大地を覆っていた雪は溶け、
その下から草木が芽吹き、
活動を停止していた動物や一部の妖怪も、自分の住処から顔を出す。

そしてみな一様に新しい季節の訪れを歓迎し祝福する。

「清清しい青空ねー!あの忌忌しい冬が終わったってことが実感できるわー」

それは神様だって例外ではない。
豊穣の神、秋穣子は両手を青空に向かって大きく伸ばし、春の訪れを噛み締めた。

「そうだね、穣子」

紅葉の神、秋静葉も、妹の穣子と同じように両手を空に向かって延ばし、青空を仰ぎ見る。

「暖かくて、暢気で、緩やかで、どこか眠くなるような陽日‥」

そして静葉は、妹と同じように季節の訪れを心の奥底から祝福し噛み締めながら、

「ああ、そんな季節が終わる瞬間が、今の今から楽しみだ」

心安らかな表情で、心からの正直な願いを呟いた。


「この桜の木も、近いうちに花が咲いて、すぐに満開になるわね」

姉の言葉を綺麗にスルーし、穣子は枝先から緑色の新芽が出た状態の桜の木に手を当てながら、
瞳を閉じてその美しい光景を思い浮かべ、期待する。

「ああ、そして数えられないくらいの花びらが無残に豪快に散っていくんだ。
 最後のひとひらが枝から離れ、地面に落ちていく行く光景が、今からとても、とても楽しみだ。
 地面に落ちたたくさんの花びらが、綺麗だったその身を泥と水で無様に汚し、
 ボロボロになっていく様は、想像しただけで心が躍るよ」

静葉もまた頬を染め、うっとりとした顔で、妹の言葉に返す。

「あら、フキノトウ。ずっと雪の下にいたからかしら?やっと太陽の光を浴びることができて嬉しそう」
「ああ、立派な花茎だ。でもこんな目立つところに咲いてしまうなんて‥、
 近いうちに天狗や河童に容赦なく摘み取られて、食べられてしまうに違いない。楽しみだ」

「姉さん‥」
「ほら見て、穣子。綺麗な蝶々が飛んでるよ。
 元気一杯だけど、なんて弱々しく儚い羽ばたきだろう‥。
 いずれ蟷螂や蜘蛛に食べられてしまうに違いない。楽しみだ」
「姉さん、そろそろ黙ろうか?」

おや? と妹の言葉に静葉は首を傾け、何を言っているのか分からないといった様子で言葉を返す。

「何てこと言うんだよ、穣子。人が折角春を満喫してるっていうのに」
「その言葉、一字一句違わず打ち返して姉さんの顔面にぶつけてやりたいわ、この終焉厨が」
「そんな新しい言葉を作ってまで僕の感性を罵倒することないだろ?
 何事も、終わり散って眠り逝く瞬間が一番美しい、この国の芸術の真理だよ」

どこか、開き直ったように白々しく微笑みながら、静葉は語る。

「春に春の終わりを夢に見て、夏に夏の終わりを渇望し、秋に全ての終焉を待ち望む。
 僕は昔からそういう生き方をしてただろ? ついでに冬は死ね」
「姉さんのそういうところはイヤという程分かっているけど、たまに文句の一つでも言いたくなるわよ。
 隣に居る私の気持ちも考えて欲しいわ。確かに冬は死ぬべき」

姉の奇妙な趣向に大きく溜息をついて呆れながら、穣子はまた山の春の訪れを探すため、辺りを見渡す。

「あら」
「どうしたの、穣子?」

穣子の視線の先、黒く雪解け水で湿った大地で覆われた山の傾斜、

―モソモソっ

その一部分がもそもそと動いていた。

「狐かしら、それともタヌキかな?」
「大きさ的に熊じゃなさそうだね」

なにかしらの小動物が春の到来によって目覚め、大地の下でうごめいているのだと思った姉妹は、
いったい何の動物が飛び出してくるのか、期待しながらその傾斜を見つめる。

―モソゴソ、モソ

「お、出てきた出てきた」
「何かな、何かな?」

「ゅ」

「ゆ?」「ゆ?」

何の鳴き声だろうか、僅かに聞こえた『ゆ』という擬音を思わず二人は呟いた。
―次の瞬間

「ゆゅーーーー!!!!」

地面の中から飛び出してきたのは、
紅いリボンをつけた女の子のような顔をしている頭だけの謎の丸い‥、

「ゆっくりしていってね!!」

よく分からない何かだった。

「‥‥え?」「‥‥はい?」

姉妹、反応に困る。

「ゆー、ゆっくり~!!」

突然地面から飛び出してきたこの丸い生物(推定)は、
傾斜から飛び出ると、嬉しそうに「ゆぅ~~!!」と大きく背伸び(のようなこと)をし、
元気そうに「ゆっ、ゆっ!」と辺りを跳ね回った。

「姉さん、なにこの生物?」「全然分からない」

二人は呆然と立ち尽くしながら、その奇妙な生物の奇行を見守ることしか出来ない。
そして、二人はその生物に気を取られていた故に気付かなかった。
先ほど、その奇妙な生物が飛び出した傾斜から、


―モソゴソゴソ
 ―モソモソモソ
   ―グラガガゴソ
      ―モソソランテ


―モソモソ
   ―ゴソンゴソン
  ―モソモソウーウー!
     ―おお、モソモソ


いくつもの、本当にいくつもの、そんな大地の蠢きが生まれていることに。
あまりにも数が多く、モソモソ動いている傾斜が一つの生物のように蠢いて、
随分気持ち悪い光景になっている。
そして、

「ゅ」
「え?」「へ?」

傾斜から生まれたその小さな鳴き声に姉妹が目を向けた時、
それらは一斉に青空の下へと跳びだした。


「―――ゅ‥」

「ゆっくりしていってね!!」「ゆっくりしていってね!」「ゆっくりしていってね!!!」
「うー!うー!」「ゆっくりしていってね!」「ゆっくりしていってくださいね!」


黒い髪のもの、金色の髪のもの、帽子を被っているもの、いないもの、
多種多様な頭だけの生物が、


「ゆっくりしていってね!」「おお、目覚め目覚め」「ゆっくりしていってね!!!!」
「ゆっくりしていってね!」「ちーんぽ!!」「ちんちーん!!」「そーなのかー!!」
「ゆっくりしていってね!!」「ゆっくりするが良い!」「分かる、分かるよー!」
「さっとりしていってね!」「ゆっくりしていってね!」「あーうー、けろけろ!!」
「ゆっくりしていってね!」「よいぞ!」「ゆっくり死ね!!」
「ゆっくりしていってね!」「ゆっくりしていってね!!」「ゆっくりしていってね!!」


何十、いや、百を裕に超えるであろう数の生物が一斉に傾斜から跳びだし、大地へと振り注いだのだ。
一様に、「ゆっくりしていってね!」と謎の言葉を口に出して。
人と同じ顔を持った謎の生物が、こんなに馬鹿みたいな多さで飛び出してくる光景は、
そらを黒く染める烏の群れ以上の迫力と不気味さを見るものに与える。


「きゃぁあああああああああああああ!!」「いやぁああああああああああああああ!!!」


そんな光景を間近で見てしまったのだ。
神とは言え、二人して手を手を合わせて抱き合って、涙目になって大絶叫をあげるくらいは仕方無いことだった。


「ゆっくりしていってね!!」「ゆっくりしていってね!!」「むしろゆっくりしていけ!」
「ゆっくりしていってね!」「ゆっくりゆっくり!!」「ゆっくりしていきはなれ!!」
「ゆっくり‥」「ゆっくり‥」「していってね‥」
「ゆ―――」「して――」
「――」













謎の生物が凄い数で、凄い勢いで、凄い元気に跳びだし、
それから凄い勢いで山下へ下っていた、その数分後。

「‥はぅ」「‥ひぃ」

二人の姉妹は、やっと口を開けて声を漏らすことができた。

「な、なにアレ姉さん!? すっごい数が、すっごい数の生首がぁ!!」
「怖かった‥!凄く怖かった‥!!」

二人を腰を下ろし、互いの無事を確認し合うように、互いの身体を深く抱きしめながら、
ガタガタ震え、先ほどの光景を思い出し、今一度戦慄した。

「なんだったの、アレ? 本当何なのアレ?」
「わ、分からない。僕にも分からないよ‥。ただ‥」

二人にとってとても信じられない光景ではあったが、
傾斜に空いた百を越える数の穴倉が、先の光景が夢ではないと告げていた。
静葉は、顔を思い切り暗く染めながら、震える声でボソリと呟く。

「僕は今から、来年の春が怖い‥」
「私もよ‥、姉さん」

あの生物が何なのかは分からない。
だが、もしかしたら、あんな恐ろしい光景が、
この山の、今年の春からの風物詩になってしまうのではないだろうか、
そんな恐れを胸に抱き、傾斜に空いた、百を超える穴倉を見つめながら、二人の姉妹はただ震える。


―モソモソ ゴソ


「ひぃ!」「きゃぁ!」

また、傾斜の一部分が蠢いた。
また、先ほどの大群の残りが飛び出してくるのではないか、
そんな未来を恐れながら、二人の姉妹は恐る恐る、その蠢いた一箇所を見つめる。

「ゅ」「ゅ」

「‥!」「‥?」

案の定、その一箇所からは、先と同じような生首が出てきた。
それも二つ。
だが、先とは様子が違う。
決して、跳び出るようことはせず、傾斜の上から辺りを見渡しているようだ。
そして、その生首の外観には見覚えがあった。
二人は、黙ってお互いの顔を見交わす。

「私と、姉さん?」「僕と、穣子?」

そう、その二つの生首の顔は、髪の色といい、髪型といい、帽子といい、髪飾りといい、
どれも、二人の姉妹にとても良く似ていた。


「うむ、おはよう、みのりこ!」「おはよう、ねえさん!」
「さっそくですが、この光景を見なさい、みのりこ!」「なにかしら、ねえさん?」

傾斜の上の二つの生首は、そんな会話を交わしている。
どうやら見た目が似てるだけでなく、二人の姉妹の名前、関係すらそのままのように見える。

「大地に芽が生え、動植物は元気に動き回り、心地良い日差しが台地に降り注いでいる。
 即ち、今の季節は春だ」
「マジかよ、ねえさん」
「ああ、春だ」
「じゃ、ひぃふぅみぃ‥、秋までまだ半年近くもあるじゃない!」
「ああ、我々は早く目覚め過ぎた」

そして、姉と呼ばれた静葉にそっくりなゆっくりは傾斜の方を向き、大きな声で言った。

「大地に眠る我が同胞達よ!聞こえるか、大地に眠る我が同胞達よ!
 今の季節はまだ春である!よって、まだ我々の作戦『秋以外の季節をゆっくりさせなくする作戦』の開始時刻ではない!
 繰り返す!今の季節は春! 作戦の開始時刻ではない!」

なんだ、その作戦は?
二人の姉妹び頭の中でそんなツッコミが生まれたが、
わざわざそんなことを口に出して、二つの生首に注目されるような危険はもちろん冒さない。

「よって、今はまだ眠りの刻!存分に力を蓄え、秋に存分にその力を発揮してもらいたい!
 聞こえたか、我が同胞達よ!我が、428の同胞達よ!」


(姉さん、さっきあいつなんて言った?)
(さ、428‥!? あんなのがあと400匹以上居る‥っての?)

流石に信じられない、そんな様子で顔を見合わせた二人の姉妹であったが、





「「「「「「イエス、オータム!!!」」」」」」(意訳:了解です、我らが秋)





傾斜から聞こえた、何百もの声から構成されたと思われる、
大きく蠢く敬礼のような返事を聞き、


(やべぇよ、姉さん。マジであの中にいるよ、428匹‥)
(マジで居るね、あの中に428匹‥)


その信じられない圧倒的な数に、また大きく身を震わせた。

「よし、では我今一度々も眠るか、みのりこよ」
「分かったわ、ねえさん!」

二つの生首はそう言うと、今再び穴倉の中へ潜っていき、

――ドシャドシャ

その上からは砂礫が落ちて、
入り口は完全に塞がった。

そして、傾斜には依然、
何百もの穴倉が空いたままの風景が残ったのみであった。


「‥‥‥」「‥‥‥」


残された二人の姉妹神、暫し無言。
それからまた暫くして、妹の方が姉に呟いた。

「姉さん、私、今年の秋が来るのが怖い‥」
「うん、僕もだよ、穣子」


それは、よく晴れた日の出来事。
二人の姉妹を襲った、奇妙で少し不幸な春の蠢き。

この後、428匹の生首がどういった作戦を行ったのか、
その時、秋姉妹はどうしたのか、

秋が来なければ分からない。




           ~FIN~






  • 続きは秋ですねわかります -- 名無しさん (2010-04-29 22:56:34)
  • ホラー化しやがったよw -- 名無しさん (2010-04-30 20:23:12)
  • 静葉の性格が個性的なのにゆっくりが全部インパクト持っていったよ。
    ゆっくり秋姉妹つえー。 -- 七氏 (2010-07-02 12:08:46)
  • 秋最高 -- 名無しさん (2010-11-25 11:47:53)
  • フキノトウはむしろゆっくりが食べるイメージが
    今年こそ秋をゆっくりさせていってね!ここ数年夏や冬に負けっぱなしだから・・・ -- 名無しさん (2012-03-23 13:19:53)
  • 今年の秋は早めに来たからゆっくりできるね! -- 名無しさん (2012-09-19 18:20:18)
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最終更新:2012年09月19日 18:20