※いつも通り、東方キャラ登場注意です。
※あの話の更に前日談です。
あの人を、何かに例えるとしたら“空”だと思う。
どんな場所からでも仰ぎ見ることができる、青く明るくどこまでも広がる大きな空。
何者にも平等で、何者にも囚われない自由な大空。
私がどんなに両手を伸ばしたって、あの美しい大空に少しも触れることなどできはしない。
「‥、私は詩人かよ」
気がつけば、単純で美しい言葉を羅列しただけの、分かったようなことを考えていたようで、
そんなあまりにも自分に似合わない思考を浮かべる頭に対して、自分で呆れて大きく溜息をつく。
そして、大きな木の木陰から、遠く臨む小さな神社を見て、ポツリと呟く。
「博麗神社‥」
博麗神社。
人間の参拝客は極端に少ないが、それでも一部の人間や多くの妖怪が頻繁に訪れる場所。
今日も、白黒の魔法使いや七色の魔法使い、瀟洒なメイドなどの参拝客じゃない客が訪れているようだ。
「博麗神社の博麗霊夢‥」
そして、その神社に住まう、妖怪にも人間にも人気のある紅白の巫女。
幻想郷の中でも屈指の実力者である吸血鬼や亡霊、妖怪の賢者にも好かれているらしい、色んな意味で最強っぽい人間。
「そして、私は‥」
私はルーミア。
ただの、闇を操る妖怪変化。
「私じゃ‥、届く訳ねーだろ」
空を見上げて眺めることしかできない、ただの小さな弱い妖怪。
それが、私だ。
ゆっくりSS 『常闇の妖怪は暴言のち、前言撤回する』
突然だが、私が考えた結論を言う。
“ゆっくり”には縁結びの効果がある。これは、本当のことだ。
実際、私の知り合いの何人かは、ゆっくりを飼いはじめた途端、フラグ乱立のオンパレード。
どこぞの蟲野郎は花畑で緑髪のサディスティッククリーチャーとヨロシクやってるようだし、
ある月の姫と竹林の白髪頭はお互いの顔をしたゆっくりをそれぞれ飼っていて、それをきっかけに連日イチャついているようだし、
ある夜雀に至っては、ゆっくりと友達になった途端、冥界の主たる亡霊という格上にも程がある彼女をゲットしてしまった。
爆発すればいいのに。
という訳で、そんな中私だけ独り身っていうのはどうも納得がいかない。
ゆえに私は決めた訳だ。
「私の、私だけのパートナーゆっくりを捜そう!そうすれば、孤独を癒してくれるかわいい彼女ができるはず!」
半ば意固地に。半ばやけになって。
そして、その晩、とりあえずいつもタムロしてる馴染みの森で、
「どっかゆっくり余ってねーかなー」って適当にふよふよと漂っていた時、
私はそいつらを発見した。
『焼き饅頭~、伊勢崎名物焼き饅頭は要らんかね~』
『焼きたてほっかほか、濃厚な味噌ダレがたっぷりかかって美味しいデスよー!』
茶色く焦げた頭に大きな紅いリボンを載せた、謎の丸い物体=ゆっくり。
リボンの形と髪型からして、恐らくゆっくりれいむ。
それが二匹、森の夜道で、謎の呼び声を発していた。
なんだあいつらは?と思い、足を止めて見つめてしまったのが失敗だった。
そいつらと、目が合ってしまった。
『お、そこのお嬢さん!どうだい、焼き饅頭一口食べていくかい!美味しいよ!』
『他の饅頭と一緒にするなよ!ほっぺた落ちっぞ!』
「‥‥」
たしかに私はゆっくりを捜していた。それは認めよう。
だけど、私にも選ぶ権利はあるはずだ。
『おい、露骨にスルーしてそのままふわふわ浮いていくな!』
『喧嘩売ってんのか、この金髪!』
「五月蝿いよ、れいむは呼んでねーんだよ、ていうかお前ら黒こげで不味そうなんだよ」
『『はぁぁぁあああああぁぁ!?』』
さっさとどっかへ行って欲しかったのだが、どうやら、私の言葉選びがまずかったらしい。
先ほどまでの営業スマイルは何処へやら、途端に饅頭二匹は全力で眉毛を吊り上げ目を見開かせ大きく口を開け、
顔の筋肉全てを駆使して表情に怒りを体現させ私に食ってかかってきた。
『おい、貴様。今私達をコケにしてな。食ったこともない饅頭の味を否定したな』
『そういうの、一番許せないってんだよ!! 私らの何処が不味そうってんだ、言ってみぃ!』
しかし勝手に因縁つけられて黙っているほど、私もお人よしではない。そいつらを食べ物として真っ向から否定してやる。
「寄るな、鬱陶しい。それに食うまでもないでしょうが、そんな黒焦げじゃ。
そもそもお前ら餡饅頭だろ。中身入ってないならいざ知れず、中身餡子の癖にソース塗りたくってバカじゃないの?」
ソースのしょっぱさと餡子の甘さじゃどう考えても不釣合いだし、そもそもこいつらは丸焦げだ。
食として失敗したものの末路にしか見えない。
『分かってねー!お前全然分かってないよ!』
『見た目でしか物事を判断してない、本質がまったく見えていない!食を見る目が下の下だね!』
「はん、一目見りゃ分かることってのも世の中たくさんあるわよ。食はまず目からって言葉を知らないのかしら?」
それに、生憎私はレア派だ。ウェルダン通り過ぎて残念な物体になっている茶色い塊に用はない。
『はん、こりゃ口でいくら言おうと分かり合えそうにないな、痴れ者め。こうなったら手段は一つ』
『まさか、姉じゃ‥。こんな奴に!?』
『ああ、味あわせてやるよ。この“焼きれいむ”の味、その真髄を!』
「はぁ?」
言うや否や、片方の饅頭がピョンと勢い良く私の胸に飛び掛ってきた。訳の分からないまま私はそいつを掴んで受け止める。
『さぁ、食ってみろ、妖怪。そして、どちらが間違っていたかその舌で確かめて痛感して後悔して頭を垂れろ。
貴様に絶対的な敗北の味って奴を教えてやる』
『やめるんだ、姉じゃ!こんな焼き饅頭の何たるかも知れないような小娘に、一つしかない身体を差し出すっていうのか!?』
『言うな、これも饅頭の意地なり。それに心配するな。この小娘には一口くれてやればそれで十分。
すぐさまに己の過ちを認めて地べたに這いつくばることになるだろうよ』
『姉じゃ、そこまでの覚悟を‥。分かった、そこまで言うなられいむだって饅頭の端くれ。
その覚悟、ここから見届けさせてもらうよ!』
『悪いな、妹よ。お前にはいつも心配させてばかりだ‥』
『それは言わないお約束だよ、姉じゃ。姉じゃの意地は妹の意地。姉じゃの喜びは妹の喜び。
れいむたちは、いつだって二人で一つ。その通りだろ?』
『ああ、その一言、一辺の相違無し』
「なにお前は人の手の平の上で盛り上がってんだよ‥」
ていうか何だろうこの寸劇は‥。
ゆっくりっていうのは、もうちょっと可愛い存在だと思っていたのに、こいつらのこの覚悟、どこの戦場のソルジャーだよ‥。
無視して通り過ぎようと決めたはずなのに、何時の間にか完全に饅頭のペースに乗せられていた。
『グダグダ言うな。ここまで饅頭が覚悟を固めたんだ。まさか逃げるとは言うまいな、妖怪のお嬢さん』
「だぁぁ、もう分かったよ!食えばいいんでしょ、食えば!」
喋る謎の饅頭を生で食べるという行為にはひたすらに抵抗があったが、ここまでお膳立てされて逃げる訳にもいかない。
私も覚悟を決める。
「頂きます!」
バクッ。
思い切って口を開いて、手の平の上の饅頭の頭にがぶりついた。
モグモグ、咀嚼。
「ん‥」
ゴックン、と咽下。
‥‥‥あれ?
「美味しい‥」
『だろう?』
手の平の上で身体の幾分かを齧られた饅頭が、誇らしげに微笑む。
「うわー、超意外。美味しい、凄く美味しい。思ったより全然苦くないし、
饅頭全面に濃厚に広がった味噌ダレが絶妙の甘じょっぱさを演出してて、饅頭の噛み応えに合う合う」
『ぬはははは、もっと誉めて誉めて』
「ねぇ、もう一口食べて良い」
『おらぁ、食え食え』
私の「美味しい」の一言でかなり機嫌をよくしたのか、饅頭は快く了承した。
待ちきれなくなり私は大きく口を開きそれを口に含む。
「うわー、わー、もう‥こんなに美味しいの久しぶりー!」
『まったく、近頃の妖怪は良いもん食ってないのかねー。おらぁ、もっと食え』
「だって私あまりお菓子作りとか上手くないからー。
あー、餡子も最高。味噌ダレの甘じょっぱさとうまく絡みあってて最ぃ高ぅー!」
『嬉しいこと言ってくれるじゃないの!ほら、もっとたんと食え食え』
「マジ美味しー」
『あんなに嬉しそうに‥。やっぱり姉じゃは最高の饅頭だね‥』
じーんという感じで、妹の方の饅頭が涙を流していた気がするが、
それに取り留めることなく、私は夢中で饅頭を胃袋に入れる。
「こいつはうめー」
『わはははは』
「ほんに美味よのー」
『そうだろうそうだろう』
「これなら、いくらでもいけるー」
『おらぁ、いけいけ』
「乙な味じゃのー」
『食べ物がマジ美味そうな妖刀アクションゲーム「朧村正」 Wiiみんなのお勧めセレクションで好評発売中ー』
「CM乙ー」
そんなこんなで、私は久方ぶりの美味しいおやつを味わった。
味わい尽くした。
「わはー。ご馳走様でしたー」
『どうだ、姉じゃは美味だったでしょ!』
「うん、最高だったよ。見た目で判断してごめんね。これは私も普通にマジ反省だわ」
『ゆふふ、素直に謝るんだったら、これ以上れいむから言うことはないね』
「また偉そうに‥。ま、今回ばかりは私の負けね」
『それじゃ、姉じゃ。そろそろ行こうか‥』
‥‥‥。
あれ? なにかとてつもない大きな過ちを犯したような予感が胸いっぱいに広がった。
「あ」『あ‥』
そして妹の方の焦げれいむと、ぴったりと目が合った。
こちらも何か重大な事態に気がついたようだ。
そして、私も思い出した。何でか知らんがリボンは薄い紅しょうが味だった気がするなー、と。
そう、そういえばこの場にはもう、姉の方の焦げれいむが残っていない。
「あー。全部いっちゃったわ」
『あ、姉じゃぁああああああああああああああああああああああああ』
こうして、とある焦げれいむ姉妹の冒険はここで終わってしまったのであった。
だいたい私の所為。
~終わり~
最終更新:2011年08月26日 15:02