参考にならなさ過ぎる冗談 後-2


 さて、こんな茶番劇を見せられ、仲は修復などしていませんが、霊夢殿はもう泣いてはいませんし、紫様も
先程の様に恐ろしい顔をしていません。
 紫様のゆっくりは、何やらはにかんでいたかと思うと―――――霊夢殿に、飛びつきました

 「お久しぶりですぅ~ 可愛い霊夢ちゃぁん」
 「は、始めまして」

 何故か敬語。
 霊夢殿は反射的に受け止め―――やはり紫様だからと思いたい―――まんざらでも無い様子で、紫様の
ゆっくりをしっかりと抱き上げました。

 「あ? なんかいい匂い」
 「え?どれどれ? 本当ね」

 よくは解りませんが、なにやらクリームの様な、チーズのような臭いはしたように思えました。
 霊夢殿に続いて、紫様まで、近づいて匂いを嗅ぎ始めています。
 別に直接触れている訳でもないのに、紫様のゆっくりは、いかにも気持ち良さそうに、それは勝者としても
余裕の表情を浮かべています。
 恍惚と喘いでいるその顔は、ものすごく、こう、性的でした。

 はっきり言いましょう






 こいつら、すげえムカつきます!!!!





 大体、本物とは似ても似つかない霊夢殿と紫様のゆっくり――――面倒くさいので、前者を紅白饅頭、
後者を紫(むらさき)ババァと呼びましょう・



 紫ババァが御二方に可愛がってもらっているのが気に食わないらしく、ワナワナと震えながら、紅白饅頭は
自分だけずるい、と抗議しています。

 「この泥棒猫!」

 誰に対して言っているのか知りませんが、暴言です。
 少し気になって尋ねました

 「2人は、友達なんだよね?」
 「と……… 友達……   友達なんかじゃないよっ! 全く!」
 「仲良さそうに見えるよ?」
 「な……」

 ここで、2人目を合わせて

 「「こんな奴と、友達なんかじゃないんだからねっ!!!」」

 と声も合わせてお互い同時にそっぽを向きます。

 その演技の拙さとわざとらしさに、却って本当に仲が良くないことが伺え、ただそのコンビネーションがあまりにも
絶妙すぎ、長年こうした事を続けてきたことを思い知らされるので、一周して仲がよく見えてしまいます。


 こちらは、大きな問題を抱えているというのに………

 「紫………こいつら何なの?」
 「『ゆっくり』ね………私と霊夢のは初めて見たけど」

 そうこうしている内に、日はとっぷりと暮れてしまいました。

 「今日は――――仕事はいいの?」
 「――――行きますわ。ちゃんと」
 「ご飯食べる前に来てるんだって?」
 「――――ええ」

 悔しいですが、これは認めましょう。どうにも、紫ババァのあの匂いには、ちょっとした食欲増進効果がある様
でして、私も含め、皆腹を鳴らし始めていました。

 「食べてきなさいよ」
 「――――そうさせてもらいます」



 こうして――――私達5人は、神社の中に入って行きました。



 紅白饅頭と、紫ババァまできちんと調理を手伝ったので、ものの30分もしない内に、夕食の準備ができて
しまいました。

 御二方、二人並んで手を合わせています。

 随分、長い長い時間です。

 私は、その向かい側に正座してみておりました。
 ゆっくり2人は、何故かかなり縮んで、ちゃぶ台に転がって、別に夕食を食べる様子もありません。
 一体何なのでしょう



 問題は何一つ解決されていないのです。



 ちょっとイイ話にもなりはしません。
 あのゆっくり2匹に、勝手にかき回され、はぐらかされ、そしてこれが最も重要な事なのですが、良い所を持って
いかれました。
 これから、御2人どうすればいいのか……
 と―――
 長い長い「いただきます」が終わり、少しずつ箸をつけながら―――― 霊夢殿は、泣いておられました。

 「素敵ね」
 「え?」
 「ゆっ?」

 お豆腐の味噌汁と、ジャガイモの煮っ転がし。

 「食べる事ができるって、本当に幸せな事ね」
 「全くね」

 本当に美味しそうに、お二方は口に運びます。
 紫様は、ほんの少し、霊夢殿に寄り添いました。
 霊夢殿も、それに抗いはしません。

 「私は、少なくともその気持ちを忘れた事はないわ」
 「――――私だって」

 ぐしぐしと、力強く涙を拭う霊夢殿の肩に、紫様の手が回され―――髪を優しく撫でられます。

 「―――………私に食べられたい、なんて事だけは、もう言わないでね」
 「………そんなに美味しい自信もなくなってきた」
 「―――善人は何故か不味いっていうのよね」
 「てか、あんた最近化粧濃いから、それで食べられるの、ちょっとだけやだ」

 あ、それは私も少し思いました。
 妖艶ではあるものの、濃い目の青紫という色は少し趣味が悪いかと………
 軽口を叩きあいながら、ごくごく自然に肩に手を回したまま、御2人は食事を続けました。

 「全く――――こんなに近くでご飯食べられるんだから、焦る事無いのね」
 「ゆっかりすればいいのに」

 軽口を叩く2匹に律儀に反応しつつも、紫様も涙目です。
 と、何かを思いついたように、手を離すと―――――


 「ね………お願い」


 目を閉じ、その花のような唇を、霊夢殿に開いて見せます。
 食べさせて欲しい、という事ですね!!!  解ります!
 無遠慮に、紅白饅頭と紫ババァも歓声をあげました。



 「調子に乗るな!!!」



 ――――もの凄い勢いで―――― 霊夢殿は箸で紅白饅頭をつまむと、紫様の顔面に、ブニュリ、という
音を立ててぶつけました。


 「そういうのはまだ早い!!!」
 「あらあら、本当に素直じゃないわねえ」

 笑いながらも、霊夢殿の眼前に小さなスキマが生まれ―――そこから出てきたのは、至近距離にいたはずの
紫ババァです……

 「もがもごご」
 「美味しそうよ?」

 本当に苦しそう………
 口一杯に、紫ババァを詰め込まれ、霊夢殿は外に出す事もできずに呻いています。

 「…………」

 ちょうど、後頭部を咥えた形ですので、紫ババァの困った表情もよく見えたのですが――― 紫様は、
何かを思いついたように、その美しい口に、紅白饅頭の後頭部を咥えました。

 両者とも、騒ぐ事も無く静かに目を閉じ、唇を突き出しています。

 「霊夢」
 「ふはひ(紫………)」

 御二方とも目を閉じ――――途中に、ゆっくり2体分のスペースは残しながらも、一気にお互いの唇の距離を
詰められました。





 代理の様に、ゆっくりの霊夢殿と、ゆっくりの紫様は、熱く口付けを交わしています。





 ――――食への感謝は当然忘れないとして


 距離とか
 妖怪とか人間とか
 それぞれの役割とか
 罪滅ぼしとか復讐とか
 妬みとか劣等感とか
 算数の問題の進行とか


 そんな事はもうどうでもよく





 私は、「どちらかに代わって貰いたい」 と真剣に思いました




                                            了











  おまけ

※私自身の八雲藍さんと、幻想郷の一部にに対する妄想がかなり描かれていますので……



 橙も眠り、主もいつまでも帰ってこない。
 自身の仕事はもう終わった。
 気にならないはずもないが、これ以上介入するのも野暮というもの。
 夜更けの人里を、とぼとぼと八雲の式は歩く。

 「どれ………軽く行くか」

 立ち寄ったのは、居酒屋。
 何、大規模でも、決して強豪や名士揃いの場所でもないが―――宴が開かれるのは、神社だけではない。

 「こんばんはー」

 ガラリと戸を開けると―――手前の方から喧騒が止み、それが奥まで波紋の様に広がり―――そして、一気に
全体がその数倍沸き立つ


 「藍様だ! 藍様じゃ!」
 「おおい、藍様のご来店だ!!」
 「何という幸運!」
 「藍様が見えられたぞーーーー!!」
 「おお、藍様、藍様!!」


 人も妖怪も入り乱れての、盛大な歓迎
 屈強な荒岩を蚤で削ったような筋骨と精悍な顔つきの、今年80になる店主が一際声を上げる

 「野郎ども! 藍様がいらっしゃったんだ!席を開けネエか!!!」
 「いや、そこまでしてくれなくてもいいのに」
 「何をおっさります。 さて、こちら麦酒と!」

 極端に大きな杯に注がれた酒を、豪快に藍のカウンター席に置き

 「あと、いつもの奴でごぜえやす」

 冷奴と油揚げの炒め物のセットである

 「ご苦労。いつもありがとう」
 「いえいえいえ、藍様が来ていただくだけで、この店はもう――――どいつもこいつも、藍様の尻尾を見られるだけ
  で眼福って奴等ばかりですだで」

 誰もが、その立派な尻尾に憧れを抱くが、みだりに触ったりする愚か者は、妖怪にも人間にも、この店には
いない。

 「おお、いつ見てもええのう」
 「全く、寿命が延びる思いじゃわい」
 「素敵よねえ」
 「ちょっと、まだこの豆腐手をつけてないから渡してくる」

 一人2人と、我も我もと、藍に食べてもらいたくて、皆酒やつまみを手に、カウンター席に押しかけるのだが、決まって
暖かく笑いながら、やんわりと藍は断り、慎ましくサービスでもらった一杯と、自身で注文した分だけをちびちび呷り―
―――

 「藍様」
 「いつもありがとうございます。こうして何だかんだで平和に暮らせるのも、藍様が頑張って働いてくださるおかげで…」
 「これ、私等夫婦からのほんのお心づくしでごぜえますよ」

 老夫婦から、一杯と、あと自宅で作ったという漬物など
 これだけは丁重に礼を言って、嬉しそうに受け取っていた。


 今日も、人間妖怪入り乱れて盛り上がる平和な居酒屋の様子を満足げに見て、藍も自身の仕事に満足と
納得を覚える。
 明日も頑張ろうと思いつつ、今日の事を思い出して―――― 胸に大きく開いた穴はふさがらないけれど


 (一人の最愛は手に入らないが、その横で、百の憧れの眼差しか――――それも悪くは無い)


 そう思って一杯呷ると、少し離れたカウンターの席で、金髪のおかっぱ頭の少女が、やたらと大盛の飯をかきこんでいる
のが見えた。
 あれは――――

 「ルーミアかい?」
 「ああ、あなたかあ。こんばんは」

 妙に肉類が多い

 「その――――何だ。久しぶりのエモノだったようだが、私のゆっくりが迷惑をかけてしまったようで……」
 「別にいいよう」
 「その、解体した肉はどうしたの?」

 箸を少し休めて、ルーミアは言った。

 「いやあ、美味しくいただきましたわ。 知り合いの妖怪ども集めて、皆で美味しいね って。本当に美味しかった」

 皆で分けあったせいで、その分小腹が減ったので、ここで食事にしてるけど と付け足して、2人は苦笑した。

 「何か振られたような顔してますねえ」
 「ああ、実際にまあ……あなたも随分やつれてるけど……?」
 「それなら、ちょっと紹介したい妖怪ってか、 饅頭がいますから、今度話してみますね……」
 「そうね」

 それにしても、こうした店は楽しい。
 紫も忙しく働いてくれている。



 趣味か何かで、喫茶店でもその内開こうかと、藍はぼんやり考えた。

  • これ名作だろ
    良すぎ -- 名無しさん (2010-08-01 12:54:25)
  • 理知的ならんしゃまの口調が新鮮。 -- 名無しさん (2010-08-01 19:01:19)
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最終更新:2010年08月01日 19:01